第97話「自我解放‐エゴリベレーション‐」


「ここは……暗くて何も無い? いや、ボクはここを知っている」


『だろうな。ここは俺らが一人でいる場所だからよ』


「君は……ボク? なのか?」


 目の前にはボクがいた。髪型は若干違って昔のアニキに似せているようにオールバックにしているが間違いなくボクだ。もう一人のボクだった。


『ああ、直接会うのは……いや違うな、お前も理解しちまったんだろ?』


「な、なんのこと?」


『はぁ、俺は理解しちまった……いや全部が茶番で、あのお節介野郎の実験。くだらねえ……くだらねえな』


「だから、何を言って――――『いい加減にしやがれ!! いつまで鏡に向かって話してんだよ……俺っ!!』


 そう言われた瞬間に周囲の景色が一変して場所は狭霧に絶縁を言い渡して決別した因縁の廃工場になっていた。





「ここは……」


『ここは俺が生まれた場所、いや生まれたと勘違いした場所だ。春日井信矢、決着をつけようぜ』


「なんで、どうして君とボクが戦う必要がっ――――』


 痛い、明らかにこの光景は夢か何かなのに痛みがボクを俺を襲った。どうして殴ったのは彼の方なのにボクも彼もダメージを受けているんだろう。


「痛い、何をっ!?」


『俺とお前の決着だ……やろうぜ俺!!』


「今はそんな事よりも、さぁーちゃんを助けに」


『だから、やんなきゃいけないんだよ!! お前を俺が!!』


 こうなったらやるしかない。さぁーちゃんのために目の前の彼を第二災害人格を大人しくさせるしかないんだ。


「はっ!!」


『くっ、やるじゃねえか!! これならどうだ!?』


 彼の戦い方は喧嘩殺法、アニキや愛莉姉さん、竜さん、レオさん、サブさんそしてリングの仲間や敵の人達のあらゆる戦い方を学んで模倣した戦い方だ。


「だけど、ボクだって途中までは一緒に戦ってたんだ!!」


『ああ、なら見せてみろ弱虫野郎!!』


 どこからか出したダガーソードを構える目の前の俺に対してボクの手にも気付けば同じ物が有って構えていた。


「こんなに重くて、そして冷たいんだ」


『ああ、あの須藤との決戦の夜に使ったサブさんのソードだ。でも、お前はそれを知ってるんだ』


「いや、あの時にはもう君に人格変更していたから……」


 そう言いながらダガーでの戦いは終始押されていたけど徐々に扱い方を思い出していた。あの夜の戦いもそうだった。


『ま~だ言うのかよ……そろそろ認めろ!!』


「違う、違うっ!! ボクは、ボクは!!」


 そしてソードが手の中から消えて周りの景色が再び変化して今度は神社に切り替わった。


『いいぜ、いくらでも付き合ってやる弱虫野郎!! いい加減、逃げるな!!』


「逃げるなんて、ボクは、さぁーちゃんのために……」


『それが逃げてんだよ!! いつまで演技を続けてんだよ俺ぇ!!』


「それは……」


『そんなんじゃ今度こそ狭霧が、俺のいや、お前の女が居なくなっちまうぞ!! いいのかよ弱虫の春日井信矢!!』


 そしてボクの顔面に俺の拳が入った瞬間に理解した。今度は痛くない、だってここには最初からボクしかいないんだから。ずっと一人で、この暗い空間の中でボクは一人で戦っていると思い込んでいただけだった。


「そうだね。もう一人のボク、いや俺……君は、そうだったんだ」


『ああ、俺はお前のイマジナリーフレンドのような妄想の産物、全部お前が演じていただけなんだからな……』


 見ると暗闇の空間には鏡だけが有ってその鏡の中で俺はニヤッと笑っていた。


「うん。そう……だったんだね。俺が壊れないように、あの夜に生まれた振りまでしてくれたんだよね?」


『分かってるなら言うな……俺は夢の中でしか会えなかったテメーの相談役。それをお前が勝手に多重人格だと決めつけた存在だ』


 そうだ、そうだったんだ。小さい頃から狭霧をサポートしていたけど限界がすぐに来る器用貧乏な自分をボクは誰にも相談出来ず、一人で考えてる内に気付けば夢の中で相談するようになっていた。


「君に、夢の中で全部アドバイスされたんだよね。蜂蜜レモンも応急処置の知識も、バスケの練習方法も……全部」


『だけど正体はお前が必死になって仕入れた知識だ。図書室で借りて来た本、ネットで調べた知識、親から聞いた話、それが俺を形作った』


「最初は認識してたのにさぁーちゃんと仲が進展していく中でボクは徐々に忘れてしまった。その後は小学校のイジメで完全に砕けそうな心は限界で、でも忘れてしまったボクは君に会えなかった」


『そうだ。そして二度目の契機が狭霧の裏切りだ。あそこでお前の心は完全に壊れそうになったが俺達は余りにも器用過ぎた。何でも中途半端に出来る器用貧乏の性質が結果的に自分自身を中途半端に騙した。自分の心を守るために俺の存在を利用し多重人格者のフリをしたんだ』


 彼の言った通りでボクは多重人格を演じる事で自分の心を守ろうとした。だけど自分の心を自分で守るからダメージは蓄積されていくのが当然で結果的に常にストレスに晒され、その代償が頭痛となってボクを俺を何度も襲った。


「そう、つまり……」


「「ボクが、俺が、狭霧から逃げ出したのが原因だ」」


 ボクが言った瞬間、鏡の中の俺が笑った。


『そうだ、俺はいつでもお前の中にいる……だから勝てよ春日井信矢。まだ勝ってない相手がいるだろ?』


「うん……ボク行くよ。ありがとう……俺」


 そして目の前の鏡にピシッとヒビが入り最後にパリンと割れた。


『弱虫卒業だ……もう一人の、俺』


 そして周囲の空間が変化するけど全て分かっている。この空間にはボクであり俺しか居ない。だからまだ一人待っている。





『やっと真理に至りましたか……さすがは私だと褒めておきましょう』


「ああ、ボクも少しは自分のことが分かった気がするよ」


 目の前には眼鏡をかけて理知的でブレザーをきっちりと着こなした理想の姿の自分がいた。


『じゃあ私の正体も分かったのですね?』


「うん。君はボクの願った姿で研究所でボクが生み出してしまった第二のイマジナリーフレンド、そうだね?」


 そう、さっきまでの第二人格が幼少期のイマジナリーフレンドなら目の前の彼はボクが中学生になって作り出した友人だ。そもそも天才のドクターでも人格なんて作り出すなど不可能だった。


『では、なぜドクターが今日まで実験が成功したと思い込んでいたか分かりますか』


「うん。仁人先輩は、ドクターさんは自分の能力を過信し過ぎた」


『ええ、彼は天才過ぎた。だから私と君で罠を張ったんじゃないですか。そろそろ思い出しましたか?』


 あの戦いの後、研究所に運び込まれたボクは体中を調べられた。とにかく解放されたかったボクは無意識に新たな第三の人格を用意して私を演じることで解放されようとした。でもそれは既に第二を演じていたボク自身の負荷が凄まじくなるからと第二は最後まで反対していたけどボクは構わず強行した。


「作戦は見事に成功……だけどボク達はドクターを甘く見過ぎた」


『ええ、ドクターの逆行催眠と暗示、あれがあそこまで強力だとは思わず第二の彼ごと記憶の一部を封印されてしまいました。そして結果的に君は私たち三人を演じ分けていた事すら忘れ本当に多重人格者だと思い込んだ』


 後は単純で自分を多重人格者だと思い込んだボクは都合が悪い事が起きる度に脳に負担がかかり頭痛を起こした。正確にはドクターのかけた暗示が破られて行く度に頭痛が増したり体に異常が出ていたんだ。


「その不安定な状態のまま二年近く過ごし第二の彼がメガネの暗示を解かれ中途半端に認識と記憶が回復してからは、より不安定な精神状態で三人を同時に演じるなんて器用なことを約半年間続けていた」


『そうです。ですから君のやる事は分かってますよね?』


「うん。君を倒すよ……私を倒してボクは先へ行く」


『いい覚悟です。ですが私も簡単には消えませんよ……狭霧を君に、弱い君に任せられるかテストしてあげましょう!!』


 そして戦いは始まった。だけど彼は第二の俺が言うほど守り一辺倒では無く冷静で堅実だ。基本の戦法は守りは古武術、中身としては合気と空手の合いの子のような武術で攻めはボクシングと柔道の合わせ技というメチャクチャな戦い方だ。


「本当に第二の彼が、がむしゃらなら君は武術なら雑食で混沌とし過ぎだよ……」


『よく言う。君はこれにシステマとカポエラまで組み込もうとしたんですよ? この街にジムや道場が無くて良かった』


 そう言いながらボクは投げ飛ばされた。師匠に何度もかけられた技で今度は正拳突きと回し蹴り。これは何度も繰り返したからボクでも使えるから返すと彼はまた技を変えて来た。


「今度はボクシング、基礎と受けしかやってないから……あとは」


『我流です。ですがプロを目指すのではなくケンカに使う程度ならこれで問題は有りません!!』


 言うと足の動きが空手からボクシングの動きに変わっていく。リズムの刻み方も歩法も全然違う。だからボクは簡単に態勢を崩され、最後に合気道の、あらゆる技をかけられた。


「ぐっ……強い。こんなに強い……なんて」


『ええ。強いんですよ……今のあなたはこんなにもね?』


「でも、これは君達が手に入れた力で……ボクは」


『何を言っているんですか、第二の彼も私も元を正せばあなたが生み出した理想の自分の姿、なりたかった自分なのです!!』


 今度は右ストレートと左フックがきれいに決まる。ボクは何度も何度も倒されて吹き飛ばされては起き上がるを繰り返した。


「強い、こんなのがボクなわけ……」


『そうですか……なら本当に私に体を明け渡せばいい。正確には私を演じ続ければいい。弱い君にはお似合いだ』


 そう言いながらボクは理解していた。私がそんな事を望んでいないことに私が望んでる言葉は別だ。理解してるけどボクは……。


「ボクは……」


『なら消えて行った第二の彼もろとも私を演じ続けろ、狭霧は私が幸せにするよ偽りの私がな!! 永遠に狭霧を欺き続けろ弱い私よ!!』


 さぁーちゃんを一生騙し続ける……守るボクが騙し続けるのはダメだよね。ならさ……勝とうよ、勝たなきゃダメだ。


「そうだったねボクは……さぁーちゃんを、いや狭霧を守るために!!」


 そしてボクと私の正拳突きが合わせ鏡のようにぶつかり合い全ての技が同じ動きを見せる。そして最後の右ストレートが私の頬に当たり眼鏡が飛んでいた。


『ぐっ、こう、なりますか。私はボクなのだから当然……頼みましたよ狭霧を守るんだ春日井信矢。応援してますよ弱かった私……』


「うん……ありがとう私……だからボクは先に進むね……」


 最期にフッと笑ってメガネをクイッとする仕草をすると溶け込むように闇に消えた。そして周囲の世界がまた変わる。そこは夢の中で狭霧を見ていた映画館でボクの心の闇を凝縮した空間だった。


「ありがとう。二人とも俺でも、私でも……そしてボクでも無い。本当の思いと心で行くよ……ボクは!! らしく!!」


 そして周囲の闇が晴れて次の瞬間に意識を取り戻していた。倒れていたようで目の前にはドクターが焦った顔をしていた。





「どれくらい気を失っていたんですか?」


「ああ、二分と十秒だ……それで君は誰だ?」


 今の問いかけで心の中での戦いが永遠の刹那と理解した。だけど、もう迷わない。ボクは僕なのだから。


「僕は春日井信矢……ですよ仁人先輩」


「それが本当の君か……まったく騙されたよ大したもんだ」


「凄いでしょ? 僕たちは」


「ああ凄いさ。まったくESを、超自我を物理的に証明して作り上げようとしたのに全部が台無しだ……何が天才児だ聞いて呆れる」


 なんか僕を使ってとんでもない研究をしようとしていたみたいだ。だけど一つ分かった事が有る。


「少なくとも仁人先輩の言葉で誘導されて動かされた。だけど狭霧との絆を取り戻せたのは間違いなくあなた方のお陰です。ありがとうございます」


「はぁ、いよいよ完璧な人格形成か……そもそも三分の一の状態を保って人生縛りのような状態で今日まで生きて来たなら自分では器用貧乏だと思うだろうな」


 僕はそのまま仁人先輩の手を借りて立ち上がると互いにニヤリと笑いあった。


「ええ、今の数分で二人に……大事な自分で友人に教えられたんで」


「自分のコンプレックス、トラウマを自力で解消したのだから当然か……どんな気分だ三分の一から完全に戻った気分は」


「自分でないようで自分の感覚、でもこれが私で俺で……そして成長した僕なのだと、はっきり実感出来ます」


「はぁ、見事に自説を反証したわけか……いやいや感謝するよ失敗は成功の母だ」


「俺はお役に立てませんでしたが研究の成就をお祈りします。それと、早く狭霧を迎えに行きましょう」


 道は一本道だが目的の部屋まで途中にドアが何個か有る。このどこかに狭霧が居る可能性も有るが先輩たちの会合した部屋で社長たちに直接聞いた方が早いと判断して俺たちは奥の部屋に向かう。


「よし、あの扉だ急ごっ――――」


「仁人先輩来ますっ!?」


 俺達が廃墟のような通路を進んでいた中で扉の一つが開いて数人の男が出て来た。恐らくはヤクザだろうと思ったが違った。


「久しぶりだなぁ!! 春日井!! そして権力者のクソガキがっ!!」


「お前は、桶川……」


「そうだっ!! 先週までは教師だった桶川だぁ!! お前の、お前達のせいで俺は懲戒免職だクソガキ共めええええ!!」


「なるほど少し前まで教師だった人間がここで浮浪者ですか?」


 煽るように言う仁人先輩に桶川たちが叫び上げながら襲い掛かって来る。俺が構えようとするが、その前に仁人先輩が手で制した。


「死ねクソがきいいいい!!」


「敵地に臨んで何も用意してないとでも?」


 仁人先輩は冷静に白衣のポケットから小さいスプレーの容器を取り出し襲い掛かる桶川の顔面に中身を吹きかけた。


「ぎゃああああああ!! 目が目がああああ!?」


「ハバネロスプレー。暇だから七海の護身用にと作ったものだが……他にもこんなのも有る、幼稚園児の頃に手慰みで作ったものだが効くぞ?」


 間髪入れず懐からライターで球体の爆弾のような何かに火をつけると手投げ弾のように投げつけた。


「「ぎゃあああああああああ」」


 激しい炸裂音がして煙が晴れると桶川の後ろにいた二人も一緒に爆風で吹き飛ばされていた。


「昔は、駄菓子屋で売られていた「かんしゃく玉」というものを改良したものだ。もちろん威力は上げておいた特注だ」


「仁人先輩……やっぱ無駄に天才ですね」


「それよりも急いだ方がいい。今の音で奴らに気付かれたから逃げられるぞ」


 それを聞いて急ごうと動き出すが敵も無能ではない、今の音で他の廊下のドアが開いて追手が出て来た。


「くっ、こんな時に来やがったのか」


「なら、ここは定番通り俺に任せてくれ信矢。この装備があれば俺もある程度は戦えるから問題無い」


「分かりました。ヤベーと思ったら逃げて下さいよ」


 そう言って背を向けた僕に声がかけられた。


「ああ、自らのトラウマを乗り越え自我を制した者……いや自我を解放した者……リベレーター、自我解放エゴリベレーションとでも今後は呼ぼうか」


 自我解放エゴリベレーションか確かに抑圧され三分割されていた自我が解放され元に戻ったと考えれば納得できる名称だ。そしてドクターは僕に手製のかんしゃく玉を二つ渡してくれた。


「ありがとうございます。では後で……ドクター先輩!!」


 あれだけの装備なら足止めどころか援軍に来てくれるかもしれないと思って社長室を目指して走り出す。そして、その背に力強い声が届いた。


「ああ、じっくり聞かせてくれ研究のしがいが有る!!」(ここを無事切り抜けられたらな。かんしゃく玉はあと一つにスプレー三回分か……厳しいな)


「あのガキを逃がすなあああ!!」


「まあ待て、お前らに天才の講義を受けさせてやろう!!」(一〇分は稼ぐ信矢……これでも人並みに君達に対して罪悪感は有ったんだよ俺もさ)





 そして僕はついに社長室に突入した。ドアを蹴り飛ばすと中は意外と広く教室一つ分くらいありそうで、そこには例の女社長の谷口と護衛の傭兵三人組、俺が不覚を取った二人と狭霧を連れ去った大柄の男がいた。


「失礼。僕の幼馴染を返してもらいに来ました!!」


「これはこれは、辿り着いたのが子供一人なんて……さすが梨香が有能と言った子ね? そう思わない?」


 そして視線を動かすと猿轡に縄でぐるぐる巻きにされてミノムシ状態になった狭霧と冴木さんが転がされていた。


「んんっ~!!」


「まずは無事でよかった。じゃあ今から助けるから少し待っててね狭霧」


 狭霧とついでに冴木さんも助けるために僕は構えた。そして眼前に立つのは昨日の夜に敗れた電流特殊警棒と接近戦の男二人だった。


「昨日の借りを返させてもらいます!!」

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