第98話「今の決意と過去の思い」-Side狭霧&梨香-


◇ ――――Side狭霧


「昨日の借りを返させてもらいます!!」


 目の前で一人突入して来たシンのジーンズはズタズタでシャツも血が滲んでいた。何か声をかけたいけど私は今朝から縛られてミノムシ状態で喋ることも出来ない。


「ガキがプロに勝てるわけ、ねえだろがっ!!」


「今度はこのガキ、バラしますよ隊長」


 そう言って二人の男が前に出て来た。二対一で昨日シンを倒した奴らで武器の金属棒を舌なめずりしているのが気持ち悪かった。その二人を見たせいで私は昨日の捕まるまでの行動を思い出していた。





「でも何で梨香さんと連絡が取れないんだろ」


「分からない、かな……狭霧お姉ちゃん……」


「ま、分からないから行くんだけどね。でも皆の前では絶対に『お姉ちゃん』って言ってくれないよね?」


 私は内部調査をしている事務所に一緒に行動している妹分で事務所では先輩の綾ちゃんと事務所に向かっていた。


「だって私、一人っ子だし……少し恥ずかしい……」


「気にしなくて良いのに、お姉ちゃんに任せてよ~」


 むしろ実の妹には威厳すら保てなくて完全に立場は逆転してしまった私はお姉ちゃんぶれる妹が欲しい。何より綾ちゃんは可愛くて素直だ。そんな少し残念なことを考えていたら事務所に着いていた。


「「おはようございま~す」」


「ああ、おはようって綾華ちゃんも狭霧ちゃんも今日はオフよね?」


 お昼なのに『おはようございます』はバイトをして知った。バイト入りの挨拶のパターンはこれが多いらしい。


「はい。確認したい事が有って梨香さんに連絡したんですけど連絡が無くて」


「そうなんです。連絡しても返信が無くて」


「もしかしたら社長室かも、なぜか電波入らないのよ、休憩室で待ってみたら?」


 それだけ言うと事務の人は電話がかかって来たから私達は休憩室で他の子と話そうなんて思っていたら、そこでチャンスが巡って来た。


「今から上の階に行くんですか?」


「うん、社長が特別な話が有るってね……もう研修生で四年目だし、デビューとかならいいけどさ……もしかしたら」


 退所勧告かも……と言って休憩室を出て行った。上の階までマネージャーと一緒に社長に会うと言ったのを聞いて私は閃いた。


「これはチャンスだよ綾ちゃん」


「へ? 狭霧……お姉ちゃん?」


 部屋を出て行った先輩はこれから社長に会う予定らしい。つまり上への階段のゲートが開かれるという意味だ。


「で、でも……後ろから行ってもバレちゃうよ」


「ふふん。私にいい考えがあるの!!」(これでシンや皆の前科も……全部)


 そして私と、なぜか不安顔の綾ちゃんの二人は堂々と付いて行く事にした。私だって色々と考えていると綾ちゃんを説得して先輩たちにこう言った。


「上の階に梨香さん居るらしいんですけど私達だけじゃ入れないんで一緒に付いて行っていいですか?」


 先輩とマネさんは何の疑いもなく私達の同行を認めてくれた。前に聞いた話だと上の階に行く方法は許可を貰った人のIDカードによる認証か内側からの解除の二つだけらしい。


「じゃ、じゃあ私たちは、この階に梨香さんいるらしいんで」


「失礼しま~す」


 二人が50階に行ったのを確認した私達はすぐに調査を開始した。だけど49階は聞いていたような階層じゃなかった。


「なんだろ……ここ、廃墟?」


「工事中にしては強烈だね。それにドアは開かないし……怪しいね……って開くよ、この部屋」


 私が偶然触れたドアが嫌な音を立て開いたから覗き込むと強烈な匂いが私達を襲った。汗とか他にも生理の時の匂いに近いキツイもので中を見たら原因が分かった。


「っ!?」


「わわっ!? こ、これって……まさか行方不明の、人たち?」


 薄暗い室内に居たのは若い女性ばかりで目が虚ろ。工藤先生が少しだけ見せてくれた写真の被害者の女の人に似ていた。


「…………狭霧お姉ちゃん逃げよう。春日井さんなら絶対そう言うよ」


 言われてすぐに頷いた。確かにシンなら安全第一で動くからと思って後ろ手にドアを開けてガチャっと物音が鳴った瞬間だった。


「アアアアアアアアアアアア!! イヤアアアアア!!」


 室内の女性たちが一斉に大声で叫び出した。後で聞いた話だと極度のトラウマと開いたドアの音で記憶がフラッシュバックしたのだろうと診断されたそうだが、この時の私にはそんなの分からなかった。


「ええっ!? いきなり何でっ!?」


「マズイですよ!! 見つかっちゃう!?」


 その声に呼応するかのように今まで鍵の閉まっていた部屋が騒がしくなって中から明らかにヤベー人が出て来る音が聞こえ私達は急いで逃げ出した。


「脱走か?」


「いや違うぞ。外の人間だ。いずれにしても逃がすな」


 どうしよう、かろうじて走れるようにはなったけど全盛期にはほど遠いし何より綾ちゃんは足が遅い。ダンスとかは得意だけど足は速くなくて、むしろ遅い。


「急ぐよ綾ちゃん」


「うん、お姉ちゃん」


 でも私達の運が良かったからか何とか階段まで逃げ切れた。そして下の階まで来た所で探していた人間と鉢合わせしてしまった。





「二人とも何で上の階から!! 怪しいとは思ってたけど何が狙い!?」


「うわっ、梨香さん!! それよりもマズいんですよ女の人がいっぱいで!!」


「待って、狭霧お姉ちゃん、梨香さんは……」


 梨香さんも敵の可能性が高いと言われたのを思い出した私は慌てて口を押えたけど余計に怪しまれてしまった。さらに間の悪い事に私達を追ってヤクザな人達も追いついて来た。


「待てガキ共!!」


「あなた達どちら様ですか!? どこから来たんですか!?」


「えっ!? いや、俺らは……」


「その格好、出入りの業者にも見えないし不法侵入? 警察呼びますよ!!」


 梨香さんは最初だけ面食らっていた様子だったけど調子を取り戻して逆にヤクザな人に詰め寄っていた。さらに梨香さんの声で事務所の人たちもゾロゾロ出て来たのが幸いだった。


「梨香さん私達この人たちが上の階で女の人を監禁したの……見ました」


「何ですって、いえ……でも、とにかく不法侵入で警察に……」


 梨香さんや周りの人が通報しようとした時に別なヤクザっぽい人がスマホをビデオ通話にして持って来た。そこに映っていたのは谷口社長だった。


『梨香それに皆も悪いわね説明するから、梨香たちはすぐに50階に来て、その人達は私の雇った人間よ。事情を説明するから』


「社長いえ洋子さん、どう言う事なんですか!」


『いいから来なさい。その人達も引き上げさせるから、ね?』


 そう言うとヤクザな人達が道を開けて上へ促すように首を向けて来た。だから私たちは大人しく付いて行く事にした。ちなみに先ほど逃げる間に信矢に言われた証拠写真や動画もこっそり撮っておいた私はエライ。


(そ、そんなのいつの間に撮ってたんですか)


(ふふん、春休み頃から信矢の後をつけている内に覚えたスキルだよ)


(え? それってストーカーなんじゃ)


 私が信矢に声をかけるか迷っていた春先、華麗に後ろから追跡して幼馴染チェックしていた時に身に付けたテクだ。


(今にして思えばあの時から写真や動画を撮っておけば……そんな事より今はこれを信矢に届けないと)


 そんな話をコソコソ二人で話していると49階と50階の異変に梨香さんも気付いた。今まで隠していたのを堂々と廊下に出していた。具体的には半裸の女の人とかが平然とかで思わず目を背けた。


「これって……少し違和感は有ったけど、ここまでなんて、社長も少し怪しかったけど、こんな、まさか……」


「梨香さん、知ってたんですか?」


「たまに、そう……たまにね、所属の子が居なくなることも有るけど音信不通になるのは割りと普通なのよ、この業界……でも、ここまでなんて」


 そう言って私達は気付けば50階の社長室に入った。そこで私たちは現実を見せつけられた。


「あっ!? 田中先輩」


「んんっ~!!」


 先ほど社長室に連れて行かれた先輩が両手両足を拘束されて床に転がされていた。さらに一緒に居たマネージャーは頭から血を流して横で倒れていた。


「里菜!! 赤坂くん!? 社長……これはどういう事ですか!?」


「相変わらず、まっすぐね梨香……だから貴方には話さなかったのよ……」


 話さなかったってことは、梨香さんは敵じゃないってことなのと思っていると目の前の三人の男を従えた谷口社長が深い息を付いて口を開いた。


「社長、二人に聞きましたけど犯罪なんて……まさか脅されたんですか!?」


「当たらずも遠からずよ、先ほど共犯者とは手が切れたけど私も下の階の処分に困っててね……まったく……これだからヤクザは使えない」


 手が切れたって今はヤクザは関係無いのだろうか。じゃあ下の階の人や社長の周りの三人は誰なんだろう。


「そんな……私にまで黙ってるなんて」


「梨香、あなたの仕事の手腕、特にマネジメントは高く評価してるけど……信用はしていなかった、いえ違うわね信用していたから話さなかった」



◇ ――――Side梨香



「どういう……意味ですか」


「この業界なんて上に行くには仕事を取るしかないのは知ってるでしょ? でも実力で取るなんて不可能、金とコネが全てよ」


「そう……ですけど」


「だから手っ取り早く金を稼いだ……使える子は所属に、使えなくなった子は蛇塚組にさばいて売ってもらったの」


 後ろで二人が「ヒッ」と悲鳴を上げている。普段の社長の顔ではなく交渉の時の相手を恫喝する時の顔に驚いているようだ。谷口社長は、洋子さんは二つの顔を使い分けていて二重人格のような人だ。


「そう、その顔よ梨香。反骨心が強くて強い目力よ。バカな男ばかりであなたの才能にも気付かず表舞台から消すのは余りに惜しい人材だった……だから拾った」


「あなたに拾ってもらったのは感謝しています……でもっ!!」


「そう、それが貴女の欠点、大人になれない所よ……組織運営にはお金が必要なの」


 自覚はしている昔から負けん気が強くて自分の意見を曲げたことは過去には一度しか無い。大事な人を裏切ってでも私は先へ進む道を選んだ。あれは今から十年以上前の私が高校生の時だった。





「一応は感謝しておくけど、正義の味方気取りなら本当に大きなお世話だから」


 私は今以上に周りに合わせるのが苦手で周りと対立していた。理由は色々とあったけど単身赴任でほぼ帰らない父と母が場末のスナックの経営をしていたせいで肩身の狭い思いをしたせいかも知れないが今はよく分からない。


「大きなお世話って、俺はそんな……」


 そんな時に私はクラスで険悪だった連中にはめられ財布泥棒の疑いをかけられた。反抗的だった私は教師にも疑われ追い詰められたが、彼は工藤彰人は、後に恋人になったアキ君だけは私を信じ犯人を突き止め逆に撃退してしまった。


(さすが優等生は違うわね。いけ好かない奴)


 最初は煩わしく思っていたけど彼はそれからも何度も私に声をかけて来たせいで私も少しずつ心を許して行った。おまけにどうやって調べたのか私の当時のバイト先の定食屋まで特定して訪ねて来た。


「たまたま近くを通りかかって……」


「ま、常連になってくれれば店も嬉しいし、それに私も……」


 私も嬉しいなんて言えなかった。ちなみに当時の私のバイト先は高校の人間にバレないように二駅も離れた場所で自転車で三十分はかかる場所だった。


「えっ!? 学校から後をつけてたの!?」


「いや、うん……実は」


 少し仲良くなってから聞いたら彼は入念な聞き込みに私の行動パターンを分析し、最後は尾行までして私のバイト先を突き止めたと白状した。


「アキ君さストーカーだよそれ……さすがにダメだから」


「すまない。自覚は有ったけど……」


「ま、相手が私だったから良いけど……さ。ふふっ」


 そんな風に浮かれていた私に冷や水を浴びせるようなタイミングで都内で働く父の訃報が届いた。父は一度は辞めた仕事を前任者のミスで復帰する事になり無理がたたって帰らぬ人となった。


「この度は……」


「帰って下さい。あなた達があの人を連れて行かなければ!!」


 葬儀には多くの人が訪れ近所の人間を驚かせた。父は業界ではそこそこ名の知られた人間でお世話になった人も多かった。そして弔問客の中には父の過労の原因となった芸能事務所の社長も来ていた。


「申し訳ありません。私達のせいで冴木さんに迷惑かけて、でもお陰で事務所は安定したので……これを」


「結構です。帰って下さい!!」


 母がその人に香典の札束を叩き返したタイミングで私は駆け付けてくれたアキ君に家の事情も自分の辛さも全てを打ち明けた。その夜は彼の胸で泣き続けて気付けば泣き疲れていた。その間ずっと側に居てくれたと後になって母から聞かされた。


「あり……がと」


「困った時はお互い様だよ。それに俺はっ……」


 そしてそれから数ヵ月後には恋人同士になっていた。今思えば父の通夜の日から私はアキ君に恋をしていたんだと思う。





「この間のテスト助かったよアキ君、数学は苦手だから」


「梨香が努力したからだよ」


 そう言って笑う彼は本当に素敵で自分にはもったいない人だ。高校三年になってから私も少しだけ大人になってトラブルも減った。彼に迷惑がかかると思ったからで中学からの友人たちにはイジられたりした。


「商店街の書道教室の手伝い?」


「うん。バイトって程じゃないけど子守みたいな感じで夏休みのお盆の間のお昼から夕方までなんだ」


 そんなある日、私はアキ君に夏休みのお盆は時間が取れるからとデートに誘われた。でも私は毎年お盆で忙しい時期は商店街の子供たちの子守をしてお駄賃をもらって家計の助けにしていた。


「そうか。なら俺もそれを手伝えないか?」


「でも、これは私の――――「正式なアルバイトじゃないんだろ? 書道なら小さい頃習ってたし勉強を見るなら俺でも」


「何でそこまでしてくれるの?」


 私が不思議そうに聞くと彼は頭をかきながら一緒に居たいって思うのはダメなのかって言われて私まで顔が真っ赤になってしまった。でもそこで大きな転機が有った。


「いいか、たしかめ算をしてれば、ここは間違えなかった。もう一度やってみよう。コウタ君とヨーコちゃんは社会か」


「梨香姉ちゃんのカレシのせつめー分かりやすい」


「姉ちゃんより丁寧で優しいし~、あとイケメン~」


 今なら笑って流せそうな会話も当時の私を煽るのには充分で子供たち相手に怒っていた。毎年の事で逃げ出す子供たちだったが今年は少し違った。


「こらっ、あんた達――――「まあまあ怒るだけじゃ勉強も頭に入らないよ梨香」


「うっ、うん……分かった」


「あっ、姉ちゃん顔真っ赤だ~」


「こーた、止めなよ。あれはイチャイチャしてんのよ」


 終始その子達のペースでからかわれて焦る私をよそにアキ君の方は穏やかに、時に厳しく指導をして行った。


「じゃ~な、アキせんせ~」

「明日は私とデートしよ~アキせんせ~」


「すっかり人気者ね。アキ先生?」


「や、やめてくれよ梨香まで俺は俺の出来ることを……」


 私が傍目に見てても分かったのは人の面倒を見たり教えている時のアキ君は生き生きとしていてカッコよかった。だから思わず教師に向いているかもと言っていた。


「そうかな? でも俺は警察官になるからさ」


 でも話して行く内に理解した。アキ君は刑事になるのが宿命だと両親に言われ続け苦痛に感じていたこと、普段話している時も教師になりたいのが自然と分かってしまってからは私も自然と応援していた。それが悲劇の始まりだった。





「大丈夫、母さん?」


「ええ、大丈夫よ……でもお店を若い子に任せっぱなしなのがね、げほっ、ごほっ」


 母さんは私が三年生になってから暫くして体調を崩していた。体は丈夫な方なのにと不思議に思っていたが軽い過労だと母さんは言った。


「いいですか冴木さん」


「え? 先生?」


 母の担当医に話が有ると言われ母の病気が明らかになった。有り体に言えば癌で発見は早期で手術すればギリギリだと告知された。だけどここで問題が二つ発生した手術費用とドナーの問題だった。


「そんなお金……家には」


「確かに入院費もギリギリみたいだしね。でも手術費の請求はある程度は待ってあげられるんだ。問題なのはドナーの方でね」


 先生の話だとドナーの提供は順番制で普通の家には一番最後に回るそうで、そもそも適合するものが見つかるのも時間がかかると言われた。


(どうすれば……父さんだけじゃなくて母さんまで……)


 病院の廊下で一人落ち込んでいた私に冷たい声がかけられたのは先生の告知の次の日だった。


「失礼、君が冴木梨香さんか」


「え? はい。あなたは」


「こういう者だ……いや失礼、工藤彰人の父と言えば分かるかな?」


「アキ君の……お父さん?」


 その人は最初、警察手帳を見せた後に恋人の父と名乗った。そして話が有ると病院の近くの喫茶店に案内されると部下の警官が店の周囲を固めた。私を逃がす気は無いようで尋問のような話し合いが始まった。


「アキ君と別れろ?」


「ああ。だが私も何も対価を示さないとは言ってない。君の望みを全て叶えよう。私の愚息のこと以外は」


 そう言って口元だけ笑って目が一切笑っていない。当時の私は単純に怖いと思ったがこの人の怖さはここからだった。


「別に私は――――「まだ医師から君の母親のすい臓がんの話は行ってないのかね」


「っ!? 何でそのことを」


「私は本庁の、いや君に言っても理解出来ないか。とにかく警察でも上層部に近い人間であの病院とも浅からぬ関係だ。彰人の事で私が知らない事は何も無い悪い虫が付いたとしても遊ばせておくのも糧になる……と、数日前までは考えていた」


 私を値踏みするように見た後にバカにしたようにフッと苦笑いして水を飲むと目の前の恋人の父親は言った。


「あれの将来に君は必要無い。分かるだろう? あれは最高の警察官にするために私が育てた完璧な子だった……君に触発され教師になるなどと言い出すまでは」


「でも、アキ君は先生になりたいって――――「下らん。あれにいくらかけたと思っている。そして我が一族の悲願のために……分からんだろうな君ごときでは」


 そこからは言葉の応酬で私は感情的になって言い返したが全て無駄だった。


「それに君とのデート代は全てあれが持っているのだろう? 差し詰め金銭目的だ違うかね?」


「違う!! 私はっ――――「君の言い分などどうでもいい。そこで君に提案だ。君の母の手術費用そして膵臓のドナーを年末までに用意しよう」


「えっ!?」


 突然の提案に困惑した私に畳みかけるようにアキ君の父は言った。最初から狙いはこれだったと気付いた時には私はアキレス腱を完全に抑えられていた。


「言わなくて分かるだろう? 私も鬼では無い。君と君の母親が自活できるまでの当座の金も用意しよう。だから彰人と金輪際会わずに街を出て欲しい」


「でもっ……」


「君も分かっているだろう彰人の輝かしい人生を、金ではなく本当に愛しているのなら、あいつの将来を考えるならな? そして唯一の肉親も救える。どうだね?」


 そして決断は今この場でと言われ私は泣きながら頷いて手続きは行われた。見た事の無い大金が母の口座に振り込まれ私達母娘は揃ってアメリカへと出国させられた。彼に何も言えずに私は飛行機に乗った。



◇ ――――Side狭霧



「もしかして去年あんなに簡単に独立出来たのは」


「ええ、そこにいる綾華の父親のおかげよ。泣かせるわよね娘が小さい頃から歌手に憧れていたから陰ながら助けたいなんて、いいお父様を持ったわね綾華?」


「お父さんが? だって私を襲って」


「そうだよ、綾ちゃんを学校で襲ったって少なくとも誘拐する気だった!!」


 私は状況が二転三転する中で梨香さんと社長のにらみ合いの中で発せられた新情報に混乱した。


「ええ最初は蛇塚組も全てが私達と協力関係になった。だけど状況が変わったの蛇塚組の組長、三津克明があなたをご所望だったのよ綾華?」


「え? え? おじさんが?」


 今さらながら綾ちゃんの知り合いや家族が極道過ぎる。こう見えても私の親は二人揃って法律関係の人なのでつい忌避感が、でも可愛い妹分だから頑張って守ってあげなきゃだめだと自分に言い聞かせる。


「ええ、あのロリコン組長がアイドルのあなたを愛人にしたいと言い出して栄田と対立したのよ。その内部抗争のせいでこっちはいい迷惑よ」


「じゃあ、お父さんが私を学校で襲って来たのは……」


「あなたを助けようと動いた。あのロリコンが私に命じて、ここであなたを抱かせろとか言い出してね。どうしようか考えていたら栄田が勝手に動いて抗争勃発よ」


 え~と、つまり綾ちゃんはヘンタイ組長さんに狙われて、それをお父さんの栄田さんが防ごうと誘拐しようとしてたってことなのだろう……たぶん。


「私としては奪ってもらった方が面倒が無くて良かったんだけど今度はこの三人を監視に付けられてね。仕方ないから綾をいつ三津に抱かせるか日程を考えていたのよ」


「待って下さい社長、うちは……枕なんて、そんなの……許されない」


 梨香さんが肩を震わせて怒っている。普段からピリピリしているけど今日の怒りは普段と違って見える。


「いええ、枕営業じゃないわ。だってスポンサーの愛人にするだけですもの、自由恋愛よ? 違うかしら?」


「ふざけないでっ!! いつから社長……こんな」


「最初からよ。枕なんて普通の時代の芸能界を生きた人間ですもの何でも武器は使うわ。あなたのように潔癖だと売り物にならない。だけど若いスタッフやアイドルは集めやすくなるの。あなたのような勘違い女を使えばね」


「どういう……意味、ですか?」


 今度は梨香さんの顔が青ざめて震えた声で言った。私も綾ちゃんも理解してしまった。


「あなたのような女の元には若い力が集まりやすくなる。実際にあなたの情熱や言葉は多くを動かした。そういう人間の説得にあなたは実に使い勝手が良かったのよ」


「最初から……それが目当てで、じゃあ実力だけで業界を改革するって話も」


「嘘に決まってるでしょう。いつまでも子供みたいなこと言ってんじゃない!! あなたをこれから後継者として教育する予定だったのに……」


 梨香さんの目に怒りと失望が同時に浮かんでいて悔しそうにしていて本当に騙されていたのが分かってしまった。疑っててごめんなさい。


「ま、そういう訳で綾華は三津に渡せば良いし、あなた達二人は……売りをさせるのも喋られたらマズイか、確か中国の臓器ルートは有るのよね?」


 なんか物騒な単語がどんどん出て来て焦る私と梨香さんと目が合ってアイコンタクトしたタイミングで部下の男が私の手を掴んで来たからすぐに私が動いた。


「くっ、ぐはっ!? ってぇ……」


「えいっ!! ど~よ愛莉さん仕込みの技は!!」


 私が愛莉さんに教えてもらった合気道の簡単な技で相手の拘束から逃れバランスを崩した相手は倒れていた。ズキンと一瞬だけ足に痛みが走るけど気にしない。


「これでも食らいなさい!!」


 そして私の後ろで社長室の消火器を噴射したのは梨香さんだった。そこそこ広い部屋でも消火器の粉は部屋中に撒かれた。


「行くよ綾ちゃん!!」


「はっ、はいっ!!」


 そして私は後ろの梨香さんの腕も引っ張って三人で部屋を出る。幸いにも外には誰もいなかったから私達は急いで階段を駆け下りた。後ろからは谷口社長や例の三人組の怒声が響いていた。

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