第96話「死闘、そして真実への最後の試練」


「邪魔だ……そこを、どけえええええ!!」


 俺は勢いをつけて蛇塚組と思しき人間の背後から飛び蹴りを全力で決めて突き飛ばす。手加減なんて一切しないが狭霧のためだから何でも出来る。


「熱くなり過ぎた信矢。少しは冷静に、って無理か」


「はい竜さん。バングルのGPSは生きてますけど狭霧の身に何が起きてるかは分かりません。こんな事なら盗聴器も付けておけば……」


「いやいやシン君。さすがに重いって言われちゃうよ」


 竜さんとレオさんはからかいながら周囲のヤクザを二人昏倒させていた。腕は相変わらずで俺達五人は空見タワーの裏の通用口に到着していた。


「それに犯罪だ信矢くん。さすがにそれは……っと!! よし開いた、行こう!!」


「それにしてもアキさん凄いっすね。今のピッキングですよね?」


「仕事柄ね。意外と警察にも必要なスキルなんだ」


 そんな話をしながら空を見ると夜が明けて太陽が昇り始めた。そして朝焼けと共に五色のスモークが炊かれている。あれは初代空見澤防衛軍の狼煙だろう。あれ一つで十万円以上すると聞いたが相変わらず予算の無駄遣いだ。


「先生も危ない事してるじゃないすか」


「俺は今は警察だから。それと信矢くん盗聴や盗撮はさすがにやり過ぎだからな」


「だけど、狭霧は中学ん時に俺にしてましたけどね」


「えっ……そう、なのか?」


 確認を求めるように俺以外のメンバーを見ると頷いていた。なんせ狭霧に渡したのは彼女自身から貰ったのと同じ物だからだ。実は廃工場で捨てられたバングルは回収されていて弱い方の俺が七海先輩に複製を頼んでいた。


「それがこれっす。んで狭霧には複製品の方を渡しました」


 そう言ってスマホを見せると場所はこの建物の最上階。あの時の発信機付きのバングルが役に立つとは思わなかった。あの二人に頼んでおいて正解だった。


「ま、何と言うか……ほどほどに」


「了解っす。じゃあ行きましょう事務所まではエレベーターで行けば、すぐ……なのは向こうも分かってるか……」


 エレベーター前には当たり前のように見張りがいてスマホで連絡を取っている。動こうとしたら先にアニキが動いていた。


「おらっ!!」


「勇輝さん!! 続くぞシン、レオ!!」


 俺達も続いて見張りと戦闘になった。レオさんが華麗な足さばきで一人を沈黙させて竜さんの拳が敵の顔面に炸裂して弱った所を俺と工藤先生の一撃で気絶させる。最後の一人をアニキが床に叩きつけると制圧完了だ。


「でも電話をしていたから増援が来るだろう」


「言ってるそばから上から来ます……」


 見ると階数表示が下がって来ている先ほど呼んでいた増援だろう。今から別なエレベーターを探しても間に合わないから降りて来た人間を襲撃した方が早いと俺達は構えた。


「開くぞ……」


 アニキの言葉と同時にチーンと音が鳴る。そして出て来た人間に驚いた。


「おや信矢。奇遇だねちょうど会いたかったよ……こんなとこでどうした?」


「今ここは危険なんですよ? 蛇塚組の残党が集まってるんですから」


「なんで仁人先輩と七海先輩に二人がここに!?」


 開いたエレベーターの中から出て来たのは我が校のお騒がせ権力者の先輩二人組と、そのボディーガード達だった。


「ああ、ここの社長が今さら取り引きを持ちかけて来たが下らない条件で断った帰りさ。今さらサンプルと言われても、まさか誘拐して処分に困った人間を我々に流そうとするとは……あんな壊れた人間など要らないのに」


「なので私達は退散します」


 頭の中が真っ白になったと同時に俺は仁人先輩に掴みかかっていた。


「なんで助けなかった夢意途仁人!! 狭霧が、狭霧が今あいつらに拉致されてるのに!! なんでっ!?」


 そう言った瞬間、二人の顔色が変わった。七海先輩は後ろの黒服に指示を出し連絡を取らせていた。そして仁人先輩は周囲を見て俺の目を見ると理解したのか、すぐに答えを出した。


「詳しく話して……る暇は無さそうだな。七海、急いで今の状況について情報収集をしてくれ俺は信矢から話を聞く」


「ですが、ここは今から閉鎖すると――――「頼む七海、俺の指示を聞いてくれ。それに竹之内さんを見逃したのなら俺のミスだ、信矢行くぞ」


 そして再びエレベーターに乗り込むと俺や他のメンバーも乗り込んだ。


「お待ち下さい仁人様!!」


「七海、ここを出たらすぐに適切な対応をしてくれ、頼むぞ!!」





 エレベーターが上がり始めると俺と仁人先輩は話のすり合わせをした。今日呼ばれたのは向こうからで蛇塚組は用心棒として雇っているだけ、彼らの動きは知っていたが三年前の密約のために目を瞑ってたとのことだ。


「なるほど、密約の内容は聞いても良いのかよ」


「ああ、このメンバーならな。蛇塚組の下部組織の半グレ集団『血の蛇』、君らが倒したと思っているだろうが実際は君達が有利になるようにして潰した」


「え? いや、だって須藤はあの時に俺が」


「確かに直接潰したのは君だが不思議に思わなかったか? なぜ須藤以外の幹部は空見澤を去ったのか、そして須藤が我々に協力していたのはどうしてか、今になって蛇塚組が空見澤へ侵攻したのは何故か」


 ヒントがそこまで出されれば納得せざるを得ない。全ては目の前の人間と七海先輩の仕組んだ事だと理解させられた。


「あんたの実験のため……なのか?」


「最初は違ったさ。しかしカメラとセンサーに反応した君が全ての原因で――――」


 突然チーンと音が鳴り響いた。まだ目的の階では無いのに止まったという事は、つまり敵が来たという意味だ。


「そりゃエレベーターなら止めるよな……俺もするしなっ!!」


「ちっ!! レオ来るぞ分かってるな!?」


 そう言って竜さんが悪態をついて外に出た。そして中に侵入して来たヤクザをレオさんが蹴りで外に追い出す。俺も続こうとしたがアニキに止められた。


「シン、お前は降りるな。竜、レオ、ここはお前らに任せた!!」


「アニキ!! 何をっ!?」


 俺が驚いているがエレベーターに群がる人間を二人は引き剥がすと前を向いたままエレベーター前の防衛体制に入っていた。


「行け信矢!! 竹之内が、大事な女を待たせてんだから早く行け」


「竜さん、でもっ!?」


 眼前には十人以上、いや足音が聞こえて来てドンドン増えてきている中に二人を残して行くなんて出来ない。


「心配は無用だよシン君。君達は俺と真莉愛のようになってはダメだ!! だから僕たちに任せてくれ」


「ですが……二人でこの数は」


 俺がアニキと先生に振り向いて言うが二人の答えは否だった。


「頼んだ甲斐くん、川上くん……俺達は先を急がなくちゃいけない、分かるな?」


「くっ、はいっ……」


 そして俺はエレベーターの『閉』ボタンを押した。二人は同時に片腕を上げると一瞬だけチラリと俺達を見た。


「勇輝さん、その甘ったれを頼みます!! 行くぜレオ!!」


「ああ、リーダーそれにシン君に僕らの輝きを見せられないのが残念です!!」


「はいっ!! どうか、ご無事でっ――――」


 しかし全部言い切る前にエレベーターの扉は閉じてしまった。そして動き出すと表示は順調に変わり上がって行き目的の階まではノンストップで行けそうだ。


「さて、話の続きをしよう。少なくとも一分以上はかかる」


「じゃあ話してくれるか千堂グループお抱えの天才児くん」


「工藤警部補に言われると、いずれにしても関わり合いの有る四人の男が揃った訳だ……話そうか」


 そして実験のために動いたのは事実だと前置きした上で、あの事件の裏で動いていたと話し出した。


「いや、最後に出て来たから関わってるのは知ってたけどさ」


「君達が聖夜の夜に戦った日から俺はずっと信矢を見ていた。有り得ない機器の反応と俺の仮説を証明出来る可能性を持った人間の存在だと当時は興奮した」


「それでオーナー様の御大層な研究にシンや俺らも巻き込まれたと?」


 結果的にはそうなると言った後に今度は工藤先生が質問していた。


「君達、いや千堂グループが動いているなら当然のように俺の父も関わって来るんだろうね」


「ああ、多額の寄付と必ず再度侵攻して来るであろう蛇塚組を壊滅させるためとして協力してもらったんだ。でも従わない人間がいた」


「それがゲンさんか? ゲンさんは今どこに?」


「それは知らない。あの御老体はいつも予測不能で七海も苦労していたよ、実際に信矢と秋津勇輝、君達が捕まる原因を作ったのは佐野源二だからね」


 あの夜に狭霧からの通報を知らせないようにし上層部の意向を無視して不良を一網打尽にした結果、昇進したゲンさん。その通報で捕まったのがアニキや仲間達なのは皮肉な結果で俺の第二人格が生まれた原因にもなった。


「さて着いたぞ」


「ああ……だが、これはひどい」


 そしてドアが開いて目的の階に到着した。しかしそこは俺の知っている事務所の姿とは程遠い光景だった。





「信矢が出入りしていたのは知っていたが上はより酷いぞ、拉致された者が男女別で部屋に押し込まれていたんだ」


「それを放置したのか、それも計画なのか、それとも……」


「工藤警部補、実は蛇塚組を潰した後に次はここにガサ入れの予定なんだよ。ところが社長が思った以上にバカな人でね」


 まるで家探しが行われた後のような事務所を四人で歩きながら俺達は仁人の野郎の話を聞いていた。


「つまり、お節介野郎。お前は……いや、あんたは何がしたかったんだ?」


「実験だよ。君達はフロイトという人物を知っているか?」


「誰だそりゃ?」


 唐突に話題に出た昔の偉人の名前に驚いた。確かドイツの心理学者だったと記憶していたが詳しく知らない。そしてアニキは欠片も知らなかったようだ。


「アニキ、えっと医者か学者だったはずです」


「凄いな信矢くん。俺も大学の心理学の講義でかじった程度なんだけど確かオーストリアの精神科医だったはずだ。それに心理学者というよりは哲学者だったかな?」


「どうやら一名を除いて最低限の基礎は出来ているようで安心だ」


 そう言うとアニキがバカで悪かったなと言って不貞腐れたけど今この緊急時に外国の過去の偉人が関係しているのだろうか。


「信矢の疑問はもっともだ。俺は人より才能が有って論文や数々の発明などで偉業を達成した。そして解けない問題は無いと思っていたが幼少期から疑問に思っていた事が有った」


「疑問? あんたが疑問なんて、あれか数学の難しい証明だとか古代の碑石の解読とかか?」


 そう言うが仁人の野郎は首を横に振るだけだった。そして続きを話そうと言ったタイミングで目的地に到着した。それは開きっぱなしになった49階へ階段だった。


「これは……なるほどな」


 上階へ上がると所々にブルーシートで覆われていたりダンボールが重ねられているが部屋として分割されている場所も有るようで有り体に言えば廃ビルのような内装だった。


「そこの部屋に数十人居るのを見せられた……っと、来たぞ」


「時間も無いから手分けして探そう。信矢くんは彼とこの近辺を、俺は左側からで」


「じゃあアキさん俺はこっち側から探して行きます。基本逃がすの優先で、信矢も竹之内たちを見つけたらすぐに逃げるんだぞ、いいな?」


 頷くと二人は左右に別れて廃墟を探索し始めたので俺達も中央のブルーシートをどかすとダンボール箱が床に落ちた。


「なんだこりゃ? 白い……袋?」


「それは蛇塚組のお薬だな。拉致した人間に使っていたらしい」


「なっ!? 狭霧も、急がねえと!!」


 その部屋を出て次の部屋に入ると微かに人の気配がする。そして扉を開けるとムッとする生臭い、人間の汗と嫌なえた匂いがした。


「当たりだな。さて……ここには五人か。二人は居ないようだな」


「ああ、クソ!! 後で警察が来るんだよな? ここに放置していいんだよな?」


「嘘はつかないさ。大丈夫……本来なら彼女らの救出も警察任せで良いのだがな」


「いや、何か狭霧と冴木さんには利用価値がとか傭兵の連中が言ってたから嫌な予感がするんだ。脅しまでされたしな」


 俺が言うと仁人は少し考えた後に呟くように言った。


「二人か、なら海外逃亡用の人質……だから最上階にヘリを用意させた?」


「何の話だよ? いやな単語がいっぱいなんだが?」


「まんまの意味だ。急がないといけないかも知れない。急ぐぞ!!」


 そう言って部屋を出た時に無人のフロアに大声が響くアニキの声だと分かって俺達はそちらに向かった。





「何人来ようが全員潰すっ!!」


「アニキ!!」


 俺達が駆け付けるとアニキが後ろに数人の男女を庇いながら三人の男の相手をしていた。既に二人を倒して三人目と戦っているのは、さすがアニキだと思ったが少し劣勢に見えて俺も参戦する。


「ちっ、下の奴ら何してやがんだクソが!!」


「ドクターは下がっていて下さい、アニキ援護します!!」


 私は即座に助走をつけて相手に飛び掛かり相手の一人を押し倒し全体重を乗っけて膝を鳩尾に直撃させた。


「またエグい技を、だが助かった。このまま行くぞ!!」


 そして数秒で二人を沈黙させると後ろの男女を見る。先ほどの部屋に押し込められていた人間たちと違ってキチンとした格好をしていた。それに俺はこの人達に見覚えがあった。


「事務所の皆さん、ご無事で……」


「ああっ、春日井くん。大変なんだ、さっきチーフと狭霧さんが連れてかれて」


「そうなのよ、あいつらいきなり上の階から入って来て私達を全員拘束して、チーフだけ上に連れて行かれて……」


 アイドルの研修生たちと事務方の男性や他のマネージャー達も全員が昨日からここに監禁されていたらしい。


「それをこの人が助けてくれて……」


「この人は俺のアニキなんで大丈夫です。皆さんエレベーターで下まで……」


「いいタイミングで敵だ信矢。ところで誰なんだい?」


「えっ?」


 そう言われた瞬間に私は、いや違う今は俺だ。そうだ俺は人格変更していないのに……どうしたんだと思いながら足音が聞こえて俺とアニキはまたも迎撃することになった。


「ふぅ。ま、こんなとこって……どうしたシン?」


「い、いえ何でもありません……アニキ」


「今は彼らをエレベーター前に連れて行くべきじゃないか? その上で警部補と合流した方がいいと判断するが?」


 その発言に頷きながら、また無人の、いや人間がほとんどいないホールに足音が響く。それに警戒すると半裸の女性が数十名走って来るのが見えて焦ったが後ろから先生もやって来た。


「お~い、彼女たちも被害者だが薬を使われる前だったから地力でここまで来てもらったんだ」


 見るとシャツと下着に薄着のナイトドレスのような煽情的な恰好で何人かは肩を貸したりしていて先生も背中に一人の少女を背負っていた。


「先生、狭霧は!? それに冴木さんは!?」


「いなかったよ。救えたのは彼女達だけだ」


「連れて行かれたと聞いたので別部屋かと思ったのですが……上の階……ですね」


「じゃあ分かった。おいオーナー様よ。あいつらの説得は出来そうか?」


 アニキがドクターに言うが少し思案した後に「難しい」と言った。取り合えず彼女たちを逃がす必要が有ると言ってアニキが下まで護衛に付いて俺達三人だけで上に行く事になった。


「すぐに戻って来る。ま、いいタイミングで来てやっから負けんじゃねえぞシン」


「はいっ……アニキ!!」


 エレベーターを見送ると乗り切らなかった人間をエレベーター前に置いて俺達は階段を上って先へ急いだ。





「ここから迂回しつつ奥に行くと俺達が会合した部屋だ」


「なるほど、見事に二手に分かれてるね……じゃあ先ほどの要領で二手に!!」


「分かりました先生……」


 そして俺達はそれぞれの道を進んだ。道すがら俺は先ほどの意味深な問いかけの続きをドクターに聞いていた。


「さっきの話どういう意味だ?」


「さっきの話? ああ、今の君の状態のことか?」


 そう言うとククッと笑う先輩を、ドクターを、お節介野郎を睨みつけたが、すぐに不安になって俺は尋ねた。


「い、意味が分かんねえよ……何を言ってるんですか……」


「ほら、保てなくてなってるだろ? 偽物の多重人格者さん?」


「は? な、何を……」


「まったく、この俺すら騙されたんだから驚いた。喜べ自称、器用貧乏の春日井信矢くん。君は俺を、この天才を今日まで騙し通したのだからな?」


 そう言ってニヤリと笑う目の前の人物の言っている意味が分からなかった。そして同時にズキンと強烈な頭痛が俺を襲い意識が暗転した。

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