第91話「それぞれの才能」
◇
「いいわよ~、そう、良い感じよ狭霧ちゃん」
「はっ、はい!! ありがとうございます!!」
「あら、せっかく良い表情してたのに……仕方ない彼氏くん来なさ~い」
「はい。狭霧、今日の服も似合ってますよ」
私は今週に入って三度目になる狭霧の撮影に付き合っていた。当初は邪魔者扱いしてきた事務所サイド、主に冴木だったが狭霧の致命的な欠点が見つかり私が一緒に居る事に許可を出さざるを得なくなってしまった。
「シン……うんっ!!」
「ほんと毎回見に来てるけどあなたが居ると撮影サクサク進むわね、いっそカップルとして出てみる? あなたもルックスはそこそこだし」
「狭霧はあくまで短期のアルバイトです。基本的に十二月までとお話しました。私は論外ですので」
そして現場に付いて来ている冴木氏も話していると悪い人間では無く強引なだけと言う意味が分かって来た。彼女の原動力と言うかパッションは何なのだろうか。
「今回みたいにカメラマンは常に女性よ。スタッフも信頼がおける人間よ。だから少しは信用してもらいたいわね」
「スタッフが豊富なようで、古巣からどれだけ連れて来たのですか?」
俺が言うと露骨に顔を歪めるとボソッと言うのは愚痴ではなく心から悔いているような不思議な声音だった。
「本当に子供らしくない……本社から来てくれたのは新人ばかり、ベテランは数人しか……さすが風美社長の人徳……って私は子供相手に何を言ってるのかしら」
「なるほど、これ以上は黙ってます。それより他の方は良いのですか?」
「露骨に帰そうとするわね……大丈夫よ私の担当は彼女と綾華以外は研修生がメインなのよ……若手の育成がメインよ。他は部下に任せてるの」
「前にも言いましたが狭霧の足の怪我は深刻です。ダンスや激しいパフォーマンスは出来ませんよ?」
狭霧が笑顔でターンしてポージングをしているようだが微かに笑顔が引き攣る。あれは足に負担をかけているから後で注意しておこう。
「それよね……ルックスにあの笑顔、あとは度胸さえ付ければ間違いなく一流までとは行かなくても良い線は行くのに」
「事務所の本命は頼野さんですよね? 今日は別々ですが二人ワンセット扱いの理由はなぜです?」
「一つは私の勘よ。分からないだろうけど人にはオーラってのが有るのよ、これぞ芸能人って言うのがね」
この女、冴木梨香の話だと頼野さんはそのオーラを完全では無いが持っていて燻っている最中だと言う。そして今まで頼野さんに宛がった新人もベテランも誰一人として合わないと考えていたそうだ。
「この間まではソロでもと考えてたのよ。あの性格だから外面はクールキャラで通しても最後は弱さが出るからフォローする人間が欲しいのよ」
「それが狭霧だと?」
頷く冴木女史は前に狭霧から聞いていた話を俺に話し出した。俺達が中学生の頃の話だ。
「ええ、あの子のバスケの試合を見た時は容姿が目立ってたから声をかけただけなのよ。でも二回目に会った時には輝いてたわ。病院なのに異様なオーラで驚いた」
あの事故が無ければ狭霧は見つかる事は無かったのか、少なくともここでモデルの真似事なんてする事は無かった。そんな事を話していると撮影は休憩を挟んで二時間ほど続き解散になった。
◇
「潜入して既に一週間、俺は中に入れてませんけど怪しい動きは無いですよ」
「おう、そうかい。それで嬢ちゃんの方は?」
あくる日に俺達はアニキの店で落ち合っていた。後から頼野さんも来るらしいから先に待っているのだが狭霧がお腹空いたと言ったのでゲンさんの奢りと言う名の経費でサンドウィッチを食べていた。
「事務所は上のフロア三階分で私が入れるのは下の階だけで……んぐっ!?」
「ああっ!? 食べてる時に話しかけるのは止めて下さいゲンさん。狭霧、お水を飲んで下さい。誰も取りませんからね?」
背中をさすりながら水をゴクゴク飲んで人心地ついてる狭霧は落ち着いたのか涙目になっていた。
「オメーなぁ、少し過保護じゃねえか?」
「脅されて協力してるんですから少しは遠慮して下さい」
「そうですよゲンさん。竹之内さん、それに信矢も危ないと思ったら、すぐに逃げていいからな?」
「はい先生……。あ、あと私プリンアラモード欲しいです!!」
キリッとした顔でこの子は何を言ってるんだろうかと思いながら逆にゲンさんは笑いながら良いぞと言ったから喜んで注文していた。
「はい、狭霧ちゃん。イチゴとキウイも多く乗せたわよ」
「ありがとうございます。愛莉さん!!」
そしてまた食べ始めた。最近は部活はしないで勉強ばかりだったので久しぶりの軽い運動と食欲の秋だからお腹が空いていたらしい。
「嬢ちゃん良い食べっぷりだ!! よ~しよし、たくさん食べて明日からも情報収集の方も頼むぜ~」
「ゲンさんが俺の元教え子に餌付けしているなんて……」
工藤先生も頭を抱えている中でカランと店のベルが鳴ると店に頼野さんが周囲を気にしながら入って来た。
「あっ、綾ちゃんこっちだよ~」
「狭霧さん。刑事さん達も……えっと失礼します」
「ああ、頼野さんも何か食べるかい?」
「いっ、いえオーディションも近いので飲み物だけで」
頼野さんはホットココアを頼んでいた。それにしても昼営業を始めてから店はメニューが増えた。仕入れは千堂グループの関係企業と共同して格安、その代わり例の二人がこっそり取引相手と会合に使ったりするらしい。
「せんぱ、ドクターと七海先輩も裏で何をしてるのやら。おかげで最近は私も第二生徒会室に呼ばれる事も減ったので安心してますがね」
「この店のスポンサーの二人か……信矢くんの症状まで診ていたなんてな」
「てか千堂グループだろ、色々やってくれたよな。喧嘩王や坊主の件も裏で警察を妨害してたのはあいつらだろ?」
「ノーコメントっすゲンさん」
アニキがニヤリと笑って言うから自白したようなものだった。だけどあの二人の権力的にゲンさんじゃ告発すら出来ないらしい。出来る事が現場何かで嫌がらせをするのが限界だそうだ。
「信矢は最近までクールモードにしかなれなかったからね……あ、綾ちゃんイチゴだけでも食べる?」
「大丈夫です狭霧さん……でも春日井さんって普段から全然違くて……まるで役者さんみたい……ですね」
狭霧の言う通り四月からGWまでの間に私は他の二つの人格を抑えていたが、それから今日までの間に色々あって今は三つの人格が同居しているがアイドルの頼野さんには違って見えたらしい。
「そう、ですか。私は自分では分からないのですがね……」
「お芝居のレッスンとか劇団の人と読み合わせとかもやったんですけど、そう言う人達って役に憑依してるように見えて……それに似てるなぁって……」
言われた瞬間にズキンと頭が痛くなった。理由は分からないが少しふらついたが気合で何とか耐えた。
「さてと、ん? どうしたんだシン?」
「いえ少し考え事を――――「それ嘘。シン体調悪いんじゃないの? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ少し頭痛がしただけです。それよりアニキのお話は?」
そこでアニキはサブさんから栄田つまりは頼野さんのお父さんの話に進展が有ったと話を始めた。ちなみにサブさんは今日は珍しく外に出ている。
「ああ、栄田のその後の足取りが掴めたんだよゲンさん」
「どこにいた? こっちは何も掴めなかったんだが?」
「ああ、例の漫画喫茶を出た後に都内にいたらしい。そこで舎弟何名かと落ち合ってたみたいだぜ。これがサブのまとめたやつです」
プリントアウトされた数枚のコピー用紙を見ると写真数枚の画像が添付されていて俺達も覗き込む。
「あ、お父さんだ……それにカンジさんとサイさんかな?」
「おっ、嬢ちゃん何かっ――――「ゲンさん落ち着いて、頼野さん。可能なら一人づつ教えてくれるかな?」
「ゲンさんは少し黙ってて下さいよ」
「そうです。ここは先生に任せてゲンさんは静かにしてて下さい。」
俺と先生が同時に言うとゲンさんは舌打ちすると不貞腐れて水をグイグイ飲みだして「おかわり」と叫んでいた。
「ひっ!? えっと、この真ん中の黒スーツがお父さん。この茶色の人が……カンジさん、佐崎乾二さんでお父さんと一番長い舎弟さんです。あとパンチパーマの人がサイさん、谷川斉三さん。よく私のお守りしてくれました」
どうやらお父さんの栄田氏以外の二人も知り合いらしい。あれから自分でも調べたら栄田さんはヤクザでも組長に次ぐ地位だったらしい。
「この二人も栄田……さんと蛇塚組を割って付いて行ったメンバーみたいですね。十数人規模だから栄田組とでも言うべきでしょうかゲンさん?」
「まあ、そんな感じだろ。だけど分からねえのは危険を冒して嬢ちゃんを襲撃した理由だ。しかも学校でだ、帰り道なりで襲う事も出来ただろ?」
至極もっともな意見で私もそれは考えていた。なぜ栄田は頼野さんを授業中に襲ったのだろうか。
「あの……お父さんが私を襲うって言うか連れて行こうとした理由は分からないんですけど、たぶん何も考えてないかと……」
「って、待ってくれ頼野の嬢ちゃん。栄田は包丁で襲って来たんじゃねえのか?」
「えっと、まず包丁じゃなくて長ドスでした。お父さんがよく磨いていたので覚えてます。それにお父さん最初はドスも抜いてなかったんで……」
この子はサラっと凄い言葉を連発していて狭霧の頭の上にはハテナマークが浮かんでそうなので後で補足するとして先を促した。
「なるほど……それで頼野さんの名前を呼んで「帰るぞ」と言っていた所に警備員が数秒で駆け付けた?」
「はい、お父さんが来たのとほとんど同時で、すぐに捕まって連れて行かれました」
そして暴れた際にシャツが破れて入れ墨が見えてしまったらしい。ここまで澤倉の妹の話の通りだった。ただ本人が新たに話してくれた部分は違っていた。
「でも今日になって話してくれたのはどうしてなのかな? 頼野さん、これは怒っているんじゃなくて純粋な疑問なんだ」
「はい。狭霧さんと話したりしてる内に事務所の言ってる事少しづつ変だなって思うようになって……梨香さんも社長も少し変だなって……」
「っ!? そ、そうか……大丈夫。頼野さん少なくとも俺や竹之内さんや彼、春日井くん、それにこのバーの人間は味方だ。信じて欲しい」
「はい……ふふっ、やっぱり工藤さんって元先生っての分かります。話しやすいです。狭霧さんの言ってた通りです」
そこで初めて笑った彼女の笑顔は魅力的で冴木女史の言っていた意味が分かった気がした俺とアニキは一瞬目を奪われ愛莉姉さんと狭霧に怒られた。
「お~し、じゃあ栄田の不審な行動から俺達は都内を探るから坊主たちは引き続き内偵進めてくれや!! じゃあな!!」
「ちょっ!! ゲンさんコーヒー代!!」
冷めたコーヒーを一気飲みしてゲンさんは行ってしまったが工藤先生が苦笑しながら自分が二人分払うと言ってプリンアラモード代金も含めて払ってくれた。
「頼野さん……最後に聞きたい事が有るんだが……」
「はい……何ですか工藤さん?」
なぜか工藤先生はゲンさんが出て行くのを待っていたかのように頼野さんに話しかけた。
「それと、りっ、冴木梨香という女性が君のマネージャーだね? その……どのような人かな?」
「はい……最初、私がダメダメで社長に切り捨てられそうな時に庇ってくれてここまで育ててくれた人です。だから悪い人じゃ……」
頼野さんが語る話はまだ一週間の付き合いの俺でも分かるような内容で途中から狭霧まで横から擁護するようなことを言い出した。
「梨花さん厳しいけど凄く情熱的な感じでコーチっぽいから好きです!!」
「ま、狭霧の怪我まで無視するように少し向こう見ずな方では有りましたけどね」
俺が最後にそう言うと一瞬呆気にとられたような顔をした後に苦笑していた。その顔が凄い印象的だったがそのまま工藤先生は店を出て行ってしまった。
「…………ああ、そうか……じゃあ今度こそ失礼するよ」(君は変わって無かったんだ。良かったよ梨香)
その日はそれで解散。まずは頼野さんをマンションにそして、そのまま狭霧を家まで送ると今度こそ家路に着いた。
◇
それからも俺は狭霧の仕事先に付いて行ったり、狭霧の仕事が無い時はSHININGで事件の捜査の手伝いなどをしていた。
「ああん? 選挙だ? そう言えばあったなぁ……」
「はい。生徒会選挙は十二月です。そりゃ先輩は会長になるでしょうけど次期副会長が決まってませんから」
今は生徒会室で雑務を吉川と二人で処理していた。狭霧は横で勉強中だったが音楽を聞きながらやっている。
「暗記系なら役に立つが音楽聞いて勉強は意外と非効率なんだよ狭霧……」
そう言ってイヤホンを取ると狭霧がムスッとしていたが声は聞こえていたようだ。
「信矢の俺様モードのそう言う所ダメだよ。女の子にそう言うのダメだから」
「狭霧にしかしねえから問題無い。それと明日はリハビリの後にバイトとかハードだけど大丈夫なのか」
しかし俺の杞憂だったようで部活をしてた時よりも体力を使わないから平気で余裕だそうだ。
「そうですよ竹之内先輩。怖い時も、いつもの副会長の時でも特別扱いは先輩だけなんですから」
「そう言うのいいから吉川、まず使えそうな奴ピックアップしとけ。俺がナシ付けに行くからよ」
「それなんですけど先輩。いっそのこと竹之内先輩に副会長は無理でも書記とかならやってもらったらどうです?」
何を言っているんだ吉川よ狭霧に生徒会なんて勤まるとでも思っているのだろうか。それにそもそもコイツは……。
「いやコイツは一応はバスケ部だしよ」
「ですけど生徒会って部活じゃなくて委員会扱いですし、私も夏休み明けから文芸部入りましたけど活動は余裕です。何より書類整理は私より早いです先輩」
実は狭霧は気になると書類関連を一通り整理した後に勉強をしていた。意外な特技なのだが生徒会に出入りしてる中で更に得意になってしまったらしい。もしかすると案外良いのかも知れないと考えてしまった。
(モデルに生徒会に勉強と……今更ながら狭霧の才能は凄いな。俺のような偽物の器用貧乏じゃなくて本物のマルチな才能か)
そして俺は最近はすっかり忘れていた自分の根幹の悩みとまた向かい合う事になってしまった。
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