第92話「偽りの先の見え始めた現実」
「信矢どうしたの?」
「何でもねえ……それより向こうから連絡来てねえのか?」
俺が言うと狭霧はスマホを操作して色々見ているが今日は来てないらしい。有ったのは俺の母さんからだけらしい。
「向こうってアルバイト先ですか先輩方?」
「吉川さんには前にも話したけど私、雑誌モデルだよ!! ふふん!!」
「ま、竹之内先輩なら納得ですけど……見た目は最強ですから」
思いっきり皮肉を言われているが吉川が攻撃的なのは狭霧にだけだ。やっぱり初対面がマズかったのか、なぜかキレて泣きながら生徒会室出て行ったからな。
「そうでしょ、そうでしょ!! ん?」
「さて、吉川もほどほどにしとけ。煽てりゃ何とやらだ、実際こいつはモデルも勉強も頑張ってるしな」
そう言うとドヤ顔をしている。やはり意味が分かってない。狭霧も最近は学校で素をだいぶ出せるようになって昔のように警戒感を出してないのは良い変化だ。
「そうですね。本当に先輩は竹之内先輩に甘い……はぁ、完全にダメだ」
「何がダメか分からんが副会長はお前だからな吉川?」
「え? でも人員を探すって……」
「そりゃ書記とか補助だ。書記は狭霧でも出来そうだが副会長は今年からやってる奴以外にゃ任せられねえよ。じゃあ頼むぞ」
そして茫然としている吉川に後を任せると狭霧と二人で俺の家に向かった。母さんからの呼び出しだ。
◇
「信矢……は、後で聞くとして狭霧ちゃん。何か私に言うこと有るかしら?」
家に帰ると俺は正座させられている奈央さんを見て全てを察し横に並んで正座した。狭霧も俺に習って正座すると目を白黒させている。
「ナ、ナニモナイデスヨ~」
「はぁ、ま、奈央に既に吐かせたから知ってるけどね……信矢、詳しく話しなさい。何か事情が有るのよね?」
「まあ、一応は……だけど」
「話して、私も頭ごなしに否定はしない……だけど聞いてみないと何も出来ない。お願い、話をしてくれない?」
俺は狭霧に目で合図をすると今までの事を全て話していた。
「とんでもない不良警官ね……だけど信矢の前科か、秋津さんには今度改めてお礼を言いましょう。信矢の補導歴が無かったのはそういう仕組みか……なるほど」
「狭霧、警察なんて聞いて無いわよ。友達のアイドルの卵の子と一緒に頑張りたいって、部活もないから家で燻ってるのが嫌だって……そう言ったわよね?」
狭霧は狭霧で奈央さんを騙してあの契約していたらしい。しかも自分の部活や怪我を巧妙に使ってだから悪質だ。
「だって、シンと綾ちゃんを助けるにはこれしか……」
「奈央、思った以上に規模が大きい。芸能事務所くらいならイチャモン付けて契約不履行にも出来るけど警察まで絡んでいるなら……」
「すいません先輩。私……でもっ……」
「……リアムさんに相談しましょ?」
母さんはやはり冷静でそして最善の手を選ぶ。知り合いの中で最も力になってくれる人間を選んでいた。狭霧の父親は泣く子も黙る弁護士で日本とNYのダブルライセンス持ちだ。弱い昔の俺を助けてくれたのは工藤先生とリアムさんの二人だ。
「それはっ……でも」
「リアムさんは狭霧ちゃんのお父さんよ。ここまで拗れた問題なら相談すべきよ」
ただ問題は奈央さんとリアムさんは実質離婚しているような関係でリアムさんは今はアメリカだ。前に狭霧の妹の霧華と話した時にはNYに住んでいると言っていたからすぐに頼るのは難しい。
「とにかく事態は深刻よ。さすがに事件に関係の有る所に狭霧ちゃんと信矢を関わらせるのは反対よ」
「じゃあシン君の件はどうするんですか先輩? 何か策が?」
「それは……」
「とにかくあの人に連絡はしますのよ、だから連絡がつくまでは……」
それまでは現状維持と言われてしまい母さんは最後まで反対したが奈央さんと狭霧を説得し切れなかった。
「仕方ない。あんたがリアムさんと付き合う時もこんな感じだったわね……分かったわ。だけど信矢、狭霧ちゃんを絶対に守りなさい!!」
「言われるまでもない……俺が……俺達が守り切る、今度こそ!! それに俺もいい加減、自分の落とし前くらい女に尻拭いさせるのは性に合わねえ!!」
「シン……じゃあ私も信矢を信じるよ今度こそ最後までね?」
だけど当然これだけじゃ終わらなかった。万が一を考えて母さんはある場所に連絡すると言って出て行ってしまった。
「お母さん、ごめん……なさい」
「俺も、すいませんでした」
俺達が言うと奈央さんは表情を柔らかくして「アハハ……」と笑っていた。
「良いわよ。私も先輩を騙した共犯なんだし……でも隠し事はもう無いのよね?」
「「はいっ!!」」
その日は戻って来た母さんと狭霧が夕ご飯を作って俺と奈央さんが今後の話し合いをしている内に結局泊まって行く事になってしまった。そして十月も終わり事態は一気に動き始める。
◇
「春日井くん少しいい?」
「何ですか冴木さん二人のポスター撮影なら順調に――――」
狭霧と頼野さんは今、地域活性化PR用ポスターの撮影をしている。各県の特産品を持ってニッコリ笑うアレだ。しかし二十の県から依頼が有り昨日から大忙しで撮影していた。
「違うわ。あなた正式にうちでバイトしない? ただの付き人よりも彼女の側にいられる……具体的には事務所に出入りが出来る」
「前から希望してましたが今になってなぜ?」
「あなたは間違いなく有能よ。うちの手が足りない現状で私も付きっ切りではいられない。その点あなたは私の事は嫌いだけど使える人間よ。ご不満?」
「なるほど、了解しました」
私が言うと珍しく目の前の冴木女史は、こちらを見るなり意地悪そうな顔をしてニヤリと笑って言った。
「では最初の指導よ春日井君。『承知しました』よ。了解しましたは違うわ」
「そのビジネスマナー実は最近じゃ間違ってるって見直されてますけど?」
「みたいね。でも見直されてる間はこれで通しなさい。この業界は年寄り共が牛耳っているからね」
なるほど、御もっともな意見だ。ここは素直に納得しよう。
「承知しました。つまらない喧嘩を売りました冴木さん」
「ふふっ、あなたが素直だとかえって怖いから丁度いいわ。このパスで大体の部屋は入れるから後で事務所で手続きしてもらうわ」
「そうだ一つ聞きたい事が有ったのですが……」
「何かしら?」
信用されたならチャンス、追撃すべきだ。攻める時は攻めるべきだというのはアニキの教えだから私もそれは実行していく。
「ええ、私も誤解してました。あなたはそこまで悪い人間では無いと分かりましたので聞きたいんですけど事務所は三フロアで46階から48階までですよね?」
「先に言うけど49階と50階は私でも入れないわよ。社長と副社長と一部の役員、それと特別なお客さんだけなのよ」
私の言わんとした事を即座に理解した冴木女史は私の疑問に答えてくれた。
「なんですかそれ……まさか特別なお客さんって!?」
「はぁ、それこそ違うわ。今どき枕営業なんてリスクが多いだけ。私の時代ならまだしもね……本当にうんざりよ」
そう言って冴木女史は失礼と言ってタバコに火をつけた。喫煙場所で吸って欲しいと思いながらも同時に彼女が元は売れない女優なのを思い出し、迂闊だったと謝罪していた。
「はぁ、変に察してるとこ悪いけど私はしてないわよ。むしろ、しなかったせいで私は今マネージャーをしてるのよ」
「そう、なのですか……」
「そうよ。今テレビに出てる私と同年代の女優やタレントなんて一通りお偉いさんと寝てる。ただ私も社長も女として絶対に枕で仕事取るなんて反対、だからうちのスタッフも女が多いのよ」
そういう意味で安心と言う事か、なら上の階には何が有るのか。そこで撮影がラストになったのでチェックを頼まれ俺達二人はポスターの出来を見に行った。
◇
「顔見知りもいるでしょうけど改めて紹介するわアルバイトの春日井君よ。周知の通り新人の子と綾華の専属よ。皆よろしくね」
翌日、事務所内を案内されたが内部は清潔で確かに女性が多い。男性もいるが背広姿で私のイメージしていたチャラチャラしたギョーカイ人とは違っていた。
「よろしくお願いします」
無難な挨拶をした後は冴木女史と呼ぶと怒られたので冴木さんと呼んで色々と施設を見せてもらった。変わったところは特に無く休憩室に行くと狭霧と頼野さんと数人の女性が居た。
「今のが私の担当の研修生達よ。どう? 可愛い子ばかりでしょ?」
「まあ、そこそこは……ですが私の狭霧には及びませんね」
「ふぅ……本当にあなたのそう言うとこ信用出来て何よりよ」
その後も一通り事務所内を紹介されたが頼野さんの言う怪しい人間は見なかった。彼女の気のせいは無いだろうが居ないものは居ない。最後に紹介されたのは49階への階段だった。
「そしてここが気になる上への階段よ。エレベーターは開通してないから階段のみ。ちなみに上には社長室と後は資材倉庫しかないわ」
どうやら上は衣裳部屋らしく前に衣装係が上から運び出しているのを確認したり本人も呼ばれて何回も上には行ってるが準備中な場所が殆どで、後は工事中な場所すら有るそうだ。
「ま、このビル自体が出来たのが最近ですし当然か……」
「そう言う事よ。もしかして秘密の上流階級のパーティーでも有ると思ってたの? 小説やドラマの見過ぎよ」
そんな話をしていたらいきなり49階へのドアが開いて中から五十代くらいのスーツ姿の女性と三人の男性が降りて来た。
「あっ、社長おはようございます」
「あら梨香、おはよう。その子は?」
社長、つまり谷口洋子氏か。前の事務所を割って出て来た敏腕女社長。確かにそこら辺の主婦とは違ってパワフルな人に見える。それに周りの三人は随分と人相が悪く見た目が裏社会、つまりヤクザだった。
「新人アルバイトの春日井です」
「ああ、君が……高校生なのに有能だそうね。これからよろしくお願いね」
そして周りの三人を伴って歩く姿は完全な女傑だ。そして俺は確信した。ここの事務所は真っ黒だ。そして閉まって行く49階へのゲートを見た。
「どうしたの春日井くん。まさか行きたいとか言わないわよね?」
「いんや。すげえ気迫だと思って」
「でしょう? うちの社長……ってあなた口調が」
咄嗟に俺は人格変更していた。三人の中でもっとも危機感を抱いたのが俺だからだ。あれはマズイ、特に後ろのガタイのいい高身長の奴、あれはやべえ。
「あ? どうもサーセンした」
そう、俺が凄いと感じたのは周りの人間だ。確かにオバサンは凄い精力的な人物だがそれだけだが周りの三人は違う。見た目は背広にネクタイと普通のリーマンに見えるだろうが中身は隠せない。
(全員がそれなりの修羅場をくぐってる人間だあれは……)
そして頼野が見たのはこういう人種だろう。そこらのチンピラとは気配が違う。その日はそのまま狭霧と頼野さんと合流し俺は翌日から正式なバイト扱いになった。
◇
「やるじゃねえか坊主!! さすがだな!!」
「いえいえ。狭霧のため、それと俺の前科のためっすよ」
俺がその翌日の放課後に狭霧とSHININGで報告をしているとゲンさんは大喜びで工藤先生はゲッソリした顔をしていた。
「心配すんな約束は守ってやるよ、てか守らねえとアキに一生恨まれる。なあ?」
「当然ですよ。二人とも遠慮なんかしないで注文してくれ……それにしても梨香も知らないのか……」
そして俺は気になる発言をした先生を見る。よく刑事ドラマとかで被疑者を呼び捨てにしたりしているが、でも先生は冴木さんの事を梨香と呼び捨てにした。
(聞いていいのかね……いや、単純に冴木という別な人物が捜査線上に上がっているのかも知れないし迂闊に聞くのは……)
なんて思っていたらそれをぶち破る発言をしたのは俺の幼馴染だった。
「あのぉ、工藤先生って梨香さんの知り合いなんですか?」
「っ!? い、いや……」
「おいアキ、マジでそうなのか?」
「いっ、いや……知り合いというか高校の、同級生です」
同級生とは凄い所で意外な因縁が有ったものだ。
「なら先生が外で会えば何か教えてくれるんじゃ?」
「あまり良い関係では無いんだよ俺と彼女は、むしろ良い関係だったら協力を要請するからね」
そんな話をしていたら俺も狭霧も良い時間だからと解散となって俺はそのまま店でアルバイト、狭霧は工藤先生たちに家まで送ってもらった。そしてさらに数日、俺達は予想外な事態が起きていた。
「おい本当かよ居酒屋?」
「ああゲンさん。てか警察なのに情報ねえのかよ?」
「上の奴らが現場保存して追い出されたんだよ……」
俺達がSHININGを訪れた時に吾妻さんとアニキと先生とゲンさんの四人が居た。見ると竜さんやレオさんにサブさんとメンバーは揃っていた。
「どうやら誘拐された人間が吾妻さんの店の裏で保護されたらしい」
「でも竜さんやレオさんは分かりますけど何で真莉愛さんや汐里さんまで?」
二人を見ると首を傾げていた。竜さんもレオさんも恋人巻き込まないようにこの話はなるべく広げてなくて愛莉姐さんも二人には話を大まかにしかしてないはずだ。
「それは……正確には川上くんと相良さんにこの写真を見て欲しくてね……かなりショッキングだからまずは川上くん達から見て欲しい」
先生が見せたその写真には一瞬何が写ってるか分からなかった。その後に動画の方も見て欲しいと言われてそれがボロ布をまとった女性の人間だと分かった。どうやら吾妻さんの店の防犯カメラの映像らしい。
「これが……どうしたんすか? さすがに汐里に見せんのは」
「嗤ってる? いや……この焦点の定まらない目……何だ?」
「彼女は大量に薬物を打たれている。そして体中には暴行の痕が有った……彼女が誰か分からないか?」
俺も竜さんもレオさんも首を横に振って写真を置いた瞬間、女子陣営にも見えてしまい狭霧を含めた三人が軽い悲鳴を上げた。だけどその中で相良さんの様子がおかしかった。
「この肩の痣……まさか、伊藤さん……由希、なの?」
「由希? 伊藤由希か!? 大丈夫か、しおりん!?」
顔が蒼白になっている相良さんを抱きしめて落ち着かせている竜さんを見た後に俺達は先生を見た。
「ああ、彼女は伊藤由希。Y大学の学生で行方不明者の一人だ。今朝方に保護された時には既に麻薬中毒者になっていた……」
俺が中学の時に因縁を吹っかけて来た相手で撃退した女。後で分かってみれば竜さんを目の敵にしていた、しょうもない女で相良さんの幼馴染の女だ。
「腕には焼き印とタトゥーまで掘られてた。蛇のタトゥーは蛇塚組が情婦にするものと同じだそうだ」
「じょ~ふって何? シン?」
「愛人とか夫婦や恋人関係とは違う体だけの関係とかそういう感じだ」
「うっ、そう……なんだ」
狭霧も顔が青くなっているが話を聞くと保護された伊藤由希は意識も朦朧としていて警察が現場に駆け付けその後すぐに担当者が来て連れて行ったらしい。吾妻さんが咄嗟に防犯カメラの中身を複製して渡してくれてやっと状況が分かったそうだ。
「そんでゲンさんとアキさん実際行方不明者は何人いるんだ?」
「俺とアキの見込みじゃ五十人弱だな」
アニキの問いかけにゲンさんが答えるがそれは変だ。確か前は百人規模とか言って無かっただろうか。
「信矢くん、それが今回ほど酷くなくても戻ってきている人間も居るんだ。殆どが恐怖で話せないか調書を取る前に保護されてね」
「つまり上で握りつぶされていると?」
「ああ、本部長が言うには何かを待っているみたいでね……一般人の安全よりも手柄を狙っているんだ、あの男は!!」
そう言ってテーブルに拳を叩きつけると悔しそうにしていた。先生のこんな顔は過去にも一度きりで俺のイジメを止められなかった時の顔と同じだ。
「先生……」
「ふっ、俺も人のことは言えないか……事件解決のために昔の教え子を使ってるんだからな……本当に情けないよ」
それから気分の悪くなった女性陣とアニキ達を店内に置いて俺は先生に少し歩かないかと言われて外に出た。何か話しが有るのだろうと察したから黙って後に続いた。
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