第87話「裏と表、偽物と本物」
「凄い車……秘密基地みたい」
「そうであろう少女よ!! 某人型機動兵器の08な小隊のホバートラックをイメージして作ったのだ!!」
「あぁ、モデルがあれだったのか……」
でも全然違うな……指揮車って意味でしか合ってない。
「あはは、何言ってるか全然分からないね綾ちゃん」
「それってガ〇ダムですか。私、あんまり詳しくなくて……」
意外と分かってるじゃないか頼野さん。アイドルの卵なのに詳しいみたいで狭霧は俺の横で見てたのしか知らないからチンプンカンプンな話題だろう。
「それだけ分かってれば充分ですよねサブさん?」
「おなごにしては中々やるな」
「あ、ありがとうございます。でも私ロボットアニメなんて勇者〇察ジェイ〇ッ〇ーと勇〇司令ダ〇オンくらいしか知らなくて……」
待て、それって俺らが生まれる前のアニメじゃないか家に帰ったら調べてみるか……。実はこの子って意外とオタクなのか。
「なんと、勇者シリーズを知っているとは今後は頼野殿とお呼びしよう!!」
「えっ、ええっ!?」
「二人とも、綾ちゃんがビックリするから。もう……」
そんな話をしていると空見タワーに到着した。商店街から十分ほどの場所で商店街の外れを突っ切った先、元公園のでかい敷地にデンと建つ高層ビルで今は周りに何も無いが最終的には空見澤駅と直接行き来出来る専用通路やバスのロータリーも作る予定の複合施設になるらしい。
「なるほど、知人に好きな人間が居たのであるか……と、言ってる間に到着である」
「あっ、いつの間に……」
サブさんと頼野さんが二人で勇者シリーズ談義をしていると車はタワー前の道路に停車されて俺と狭霧と頼野さんの三人は車から降りた。
「この車は窓が少ないから外の風景に気付きにくいからな。連絡はしてるんだろ?」
「は、はい。梨香さんがエントランスにいてくれるみたいです」
◇
「綾華!! トラブルならすぐに私に連絡をって言ってるじゃない!! どうして」
「すいませんマネージャー……」
エントランスでいきなり怒鳴りつけられる頼野さんに黙ってられなかったようで狭霧が出て行ってしまった。
「あ、あの冴木さん事情くらい聞いてあげても……」
「これはうちの事務所の……ってあなた竹之内狭霧さんじゃない!? 何で!? ついにスカウト受けてくれる気になってくれたのね!?」
そうして狭霧の腕を掴もうとしたのでパシっと弾いて二人の間に入った。この女は本当に油断も隙も無い。
「それはねえからな。狭霧、送ったら帰る約束だ」
「相変わらず居るのね。本当に過保護過ぎて嫌なボディーガードね」
「お宅のアイドルがナンパされて困ってたから助けたんだが?」
「そ、そうなんです梨香さん。二人に助けてもらって……」
頼野さんが事情を説明すると奴は改めてこちらを見て深く礼をしていた。なんか笑顔になっているのは営業用でバレバレだが狭霧はコロッと騙されていた。
「ありがとう。特に狭霧さん、お礼もしたいから是非、事務所でお礼を」
「いい加減にしやがれ今日は俺と狭霧の大事な日なんだ。しつこいんだよ」
「せいぜいデートでしょ、いい加減に――――「今日は私とシンの誕生日のお祝いの集まりで……だから、ごめんなさい!!」
「恋人同士で誕生日ね……そう。ま、良いわ、気が変わったらいつでも受付で私の名前を出してね。待ってるわ……じゃあ綾華行くわよ」
エレベーターホールに向かう冴木を見ていると頼野さんが狭霧に近付いて何かを話して握手されていた。
「綾ちゃん!! 頑張ってね!!」
「は、はいっ!!」
彼女を見送ると今度こそ俺と狭霧は車に戻った。サブさんが『二人で愛を囁くがよい』とか言われたから二人で話していると狭霧が俺にだけ聞こえるように静かに呟いた。
「信矢……これ、なんだけど……」
「ん? アプリのID……さっき握手した時か?」
コクリと頷く狭霧の表情は迷っているみたいで俺にどうすべきかを聞いて来た。ここで俺が「そんなもんはダメだ!!」と、頑固オヤジよろしく言うのは簡単で、たぶん狭霧も納得するだろう。
今の狭霧は一緒に勉強していた影響で俺の言う事を聞く事が多く昔のように少し依存している気が有る。それに先ほど冴木に言われた過保護というのも心の中で引っかかっていた。
「やっぱりダメ、だよね?」
上目遣いで俺を見てくる目は不安にそうにしていて自分がどうしたいかは結論が出ているのだろう。つまり後一押しが欲しいのだろう。
「狭霧はどうしたいんだ? 俺は狭霧のやりたいようにやって良いと思う」
俺が言った瞬間に表情がパァっと明るくなるのを見て苦笑した。あまりにも分かりやす過ぎる。俺が思っていた以上に頼野さんが気になるようだ。
「出来れば連絡だけでも取ってあげたいの。あの子の思い詰めた顔……私、よく知ってるから……」
「そんな知り合いが?」
狭霧の知り合いとなるとやはりバスケ部関連だろうか。確かに頼野さんは思い詰めたように見えたし、父親に襲われたのも原因だろうかと考えていたら俺の想定外の答えが返って来た。
「ううん違う。中学の時の鏡の前に居た私の顔と……そっくりなんだ。辛くて誰にも信矢のこと相談出来なくて……でも誰かに助けて欲しかった。そんな寂しい目」
「狭霧……」
「ほ、ほら、私、色々と暴走しちゃって信矢とか周りに酷いことしちゃったから……中学の時の私を見てるみたいで放っておけなくて……」
自嘲気味に笑っているけど辛い思い出を語るその顔は痛々しくて俺は自然と手を握っていた。メガネとかアイツなら抱き締めたりすんだろうが俺にはこれが限界だ。
もし俺がそれをする時はコイツと結ばれる時だけだと決めている。それが漢らしいからだとアニキも言うだろうしな。
「分かった。だけど何か有ったら相談してくれ。俺でもメガネでもあいつでも頼むからさ……」
「うん……信矢。今度は私、間違えないから……でも」
そんな話をしているといつの間にか車は店に戻っていた。さて、ここからは俺達が主役だ。せっかく俺達を祝ってくれるんだからと俺は少しだけ及び腰になっている狭霧の手を握った。
「行くぞ狭霧、心配はいらねえ皆、良い人で俺を鍛えてくれた仲間だからな!!」
「うんっ!!」
◇
なんて思っていた時期が俺にも有ったんだよ。半分以上は大人だし、ほとんどが大学生の集まりだから大丈夫だと思っていた。
「しんやぁ……終わったよ」
「よく頑張ったな狭霧、今回は本当に悪い」
俺達は死闘を乗り切った状態だった。店に戻ると既にそこでは出来上がっている大人たちが多数で俺は忘れていた。この人達は大の宴会好きだったのだ。
「ごめんね二人とも、竜くんはお酒弱いのに飲むから……」
「零音もね。それに愛莉さんも勇輝さんもお酒弱いのに好きだから」
そう言ってそれぞれのパートナーを介抱していたのは相楽汐里さんと出る前もレオさんを締めていた浅井真莉愛さんだ。俺達が戻るとアニキと愛莉姐さんは酔い潰れていてサブさんはモヒカンチームことチーム『B/F』に連れて行かれ残された俺達は酒の肴に好き放題弄られて先ほど解放されたのだ。
「吾妻さんが止めてくれたから助かったです……」
「こいつらも最近は進路やら就職やらで鬱憤が溜まってたからな爆発したみてえだ許してやってくれ。お前らにかこつけて騒いで飲みたかったんだよ」
ボリボリとスキンヘッドをかきながら吾妻さんが苦笑している。まだピンピンしてるのはチーム桜花の人達と数名だけで死屍累々といった体をなしている。
「さっきの子は大丈夫だったの狭霧ちゃん?」
「はい。たぶんレッスンを頑張ってると思います」
「アイドルねぇ……私も話してみたかったけど、どうだった汐里?」
女子三名は頼野さんが気になっているようで話していた。女性アイドルは男の方が気になるもんじゃないのかと思っていたらカランと店の扉が開いた。
「お~お~やってるじゃねえかガキ共が土曜の昼間から酒盛りたぁ、羨ましいねえ。こちとら頑張って仕事してんのによ」
「ゲンさん?」
「正義の警察様の登場だ未成年は全員しょっ引くぞ? 宴会なんてしやがってよ。お? それ残ってるか?」
そう言って俺たちの方に歩いて来てテーブルの上に乗っている瓶ビールを見つけるとラッパ飲みし出した。
「信矢……だ、誰?」
「えっとゲンさん、刑事さんだ」
「えぇ……」
ああ、俺も同じ事を思ったぞ狭霧。だけどこの人には常識は通じないからな。職務中に平然と飲酒するからなこの人。未成年飲酒どころの騒ぎじゃない。
「もう佐野警部……お酒は控えろってマスターも言ってましたよ?」
「んだよ真莉愛ちゃんか。てことは悪ガキ共が全員集合してる感じか? 何やってたんだよ?」
そんな感じで真莉愛さんと話していたら店の奥で真っ先に酒で眠っていた二人が起きて来た。アニキと愛莉姐さんだ。
「うっ、聞き覚えの有る声だと思ったらゲンさんか、今日は一日貸し切りなんすよ」
「みてえだな。真莉愛ちゃんから聞いた。そこの二人のお祝いらしいな。わりいな」
全然悪そうに見えないが狭霧はさっきから俺の後ろに隠れているが気になってチラチラ見ている。
「別に取って食ったりしねえよ金髪のお嬢ちゃん。お前さんアレだろ、坊主の彼女だろ? しっかしお前さん達がねえ……」
「な、何すかゲンさん狭霧と俺は酒なんて一滴も飲んで無いっすよ!!」
なぜか俺と狭霧を興味深そうに見るとすぐに視線を反らしてアニキと話し出す。アニキはアニキで缶ビールを冷蔵庫から出して渡していた。ゲンさんは「賄賂ご苦労」とか言ってるし警察の正義とは一体……。
「そう言うんじゃねえ。むしろお前らに飲ませたなんて分かったらアキの奴がキレて俺がどやされんだよ。今日も連れて来なくて正解だった」
噂のアキさん。メールで名前を見たらアキトさんか、どんな人なんだろうかと考えてゲンさんの話から規律に厳しい真面目な人なんだろうと想像する。
「それでゲンさんこそどうしたんだ?」
「ああ、オメーらが駅前で捕まえた蛇塚組の構成員。明日にゃ釈放だから報復に気を付けろって話をしに来たんだよ」
駅前のことをもう知っているのか流石は警察だな情報が早いと感心していたら事情は違ってアニキが連絡していたらしい。
「どうも最近の誘拐事件に一枚噛んでるらしいからなアイツらが……」
「そいつは俺らが聞いていいのかゲンさん?」
「情けねえ話だがお前らくらいにしか話せん。上も何か有るみたいで動けん。今動いてるのは俺とアキ以外だと数人だけだ」
ゲンさんの話によると最近この街で起きた誘拐事件は既に五件以上、恐らくはまだ判明していないものを有るそうだ。さらに警察上層部が及び腰で動けず現場の刑事のゲンさん達だけが動いているそうだ。
「おっ、そう言えばゲンさん。さっきまでシン達が話してたアイドルの卵が居たんだよ。ニアミスして残念だったな?」
「あんだって!? 例のF/Rの頼野綾華か!? 栄田の娘の!?」
ゲンさんがビールを吹き出しそうな口調で大声を上げて店内が静まり返る。そして寝ていたメンバーも起き出してこちらを見る中で狭霧がポツリと呟いた言葉が店内に響いていた。
「娘って……綾ちゃんのお父さん? それって」
「ああ、頼野さんを学校で襲って来たとかいう奴だよな?」
「そこまで知ってんなら話が早え……栄田公太は血縁上の頼野綾華の父親だ。そして蛇塚組の若頭だった男だ」
状況が混乱してきた上に周りも起きて来たから一度情報を整理すると言ってゲンさんが話し出すがサブさんが待ったをかけた。
「ここの機密は完璧ではござらん。それにどこに間者の目が有るか……」
「大丈夫だ剣士の坊主。あっちは
そうして制止も聞かずゲンさんは話し出した。事件が起き始めたのは今年のGW前後、つまり狭霧と再会しメガネが乱闘で負けて俺の封印が解かれた前後の話で最初の被害者は女子大生だったらしい。
「ただの行方不明だと思ってたがそこからが不思議でな、その被害者は三日後に普通に戻って来たらしいんだ」
「それじゃあ誘拐事件じゃないんじゃないかな?」
汐里さんの呟きに一同も納得していると膝枕されていた竜さんがパチッと目を覚まして、全員に見られ顔を真っ赤にしていた。
「ああ、メガネの嬢ちゃんの言う通りだ……おう、竜も起きたか。お前さん達にも無関係じゃねえんだ。その最初の被害者の名前が伊藤由希なんだ」
「「っ!?」」
「誰っすか? その伊藤って人は」
「そうか信矢は覚えてねえか、俺がしおりん……汐里と再会して喧嘩ふっかけられたの覚えてるか? お前が中学ん時に商店街で庇って攻撃を受けた時だ」
そう言えば有ったような……確か俺と竜さんとレオさんの三人で殴り合いになった時か。
「あぁ……あの不意打ち野郎っすね。てか今の俺の高校の先輩なんすよ卒業はしてますけど。あっ!? あの時の嫌な女っすか!?」
俺が言うとゲンさんが話を引き継いで竜さん達の中学のクラスメイトだと言って話を続けた。
「ああ、ま、表向きはかなりの優等生で国立の女子大生だな。最近はミスコンなんかにも出て三位だったらしい」
メモを読みながら伊藤の情報を話していくが個人情報も多々有った。
「そんでゲンさん。伊藤のやつはどうなったんだ?」
「それがな、伊藤は誘拐後に芸能事務所「F/R」に入ってるんだよ。今言ったようにミスコンで三位だったからかも知れないがな。そして今年の八月、つまり二ヵ月前に再び失踪後、今度こそ行方不明になった……」
汐里さんがハッと息を飲む声が聞こえて竜さんが抱き寄せていた。俺も気付いて横の狭霧を見ると少し顔が青くなっていた。
「大丈夫か狭霧?」
「う、うん……でも綾華ちゃんのお父さんと何の関係が有るんですか?」
「おう、そこで誘拐してる奴らが蛇塚組の構成員でそれが頼野綾華の父親の栄田のしていた『シノギ』じゃないかって話だ」
シノギって言うのは何か分からなかったがアニキがヤクザの商売だと俺と狭霧に教えてくれた。
「誘拐が……商売?」
「まあガキにゃ分からないか……じゃあ言い方を変えるか人身売買って言えば分かるか? 坊主」
人身売買と言ったゲンさんの言葉で俺と狭霧は固まった。そんなテレビや小説の中のある種ファンタジーのような言葉がポンと出て来たからだ。
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