第86話「蛇の毒牙とアイドルと」


 俺は待ち合わせの五分前に着くように駅前に向かっていた。家を出る前に母さんに聞いたが狭霧はデート本番の気持ちで来るそうだ。少しは関係を発展させるのも悪くないと考えていたら駅前が嫌にざわざわしている。


「まさか……な」


 だがこういう時の勘は大体当たる。そう、嫌な予感ほど当たるんだ。俺は早歩きで駅前の待ち合わせ場所に急いだ。


「わ、私だって……昔とは違うから!!」


 そして駅前の中央口から悲鳴に近い声が聞こえたから俺はすぐに走り出す。狭霧の声を俺が聞き間違えるはずがない。ちゃんと隠してろって言っただろうがと悪態をつきながら俺は現場に到着した。


「離して!! 私は今日、デートなんだから!!」


「いや、そんなん関係無いし、それにしても君ってスタイルいいね。モデルか何かやってる?」


 ほう、狭霧の胸ガン見とは確実に半殺しは確定だな。助走と蹴りの準備に入る。


「田島、早く連れて行こうぜ、綾ちゃんも待ってるしよ~兄貴たちに差し出す前に味見しようぜ~」


「は、放して下さいぃ……」


 見るともう一人、女の子が角刈りの男に拘束されていた。狭霧とあの子がどういう関係かは分からないが、やる事は一つだ。


「離して、あっ、あんた達なんて……私の幼馴染がやっつけるんだから!!」


「はいはい。凄い凄い、そんな漫画みたいな事ねえから金髪巨乳は大人しくしてろ」


「そうそう、そのオッパイ揺らっ――――がっ!?」


 我慢の限界は一瞬で突破する。堪え性が無いのはいけない事だと反省しつつ奴の背中から蹴りを入れて地面に顔面からキスをさせた。教えてやろうテンプレのやられ役よ。お前らが実社会で活躍出来るのは引き立て役だけなんだよ理解しろ。


「それ以上喋るな下種が……俺の狭霧に何してくれてんだ?」


「じんやぁ~」


「あっ? あんだ、てめっ――――「喋るなと言っただろうがっ!!」


 奴が喋り終わる前に俺は拳を出すが奴はすぐに反応した。反応は早いけどそれだけで行動が単調で分かりやすい。そのまま一歩踏み込んで足を払うと手を掴まれていた狭霧ごと倒れそうだから狭霧を強引に引き寄せ抱き留めた。


「うっ、いったぁ……」


「大丈夫か狭霧。悪い遅れた」


 足の方を庇っているから少し捻ったのかもしれない。終わったら軽く見てやらなけりゃいけないなと考えながら奴の顔面を踏みつけて気絶させた。狭霧が悲鳴を上げるが抱きしめて見せないようにして素早く二人組から離れた。


「ううっ、時間はピッタリ五分前だよ……でも、怖かった……」


「理由は後で聞くが、あっちの子は助けるべきか?」


 俺が聞くと思い出したように狭霧は頷きながら言った。


「う、うん。お願い、私より先にナンパされてて困ってた子なの」


 それだけ聞くと俺は狭霧と一緒に近付いて残りの一人を睨みつけた。


「おいオッサン。未成年略取、いや誘拐未遂でサツに連れて行かれたく無ければ、ここのゴミ二人を連れてさっさと消えろ」


「ああん、クソガキが!! 俺らが誰か分かってんだろうな!!」


「知らねえよオッサン。そのショボい代紋見せつけて誘拐とか時代遅れのヤクザくらいにしか見えねえなぁ?」


 ヤクザ屋さんの名刺代わりのバッジ、代紋を見せつける奴が息巻くが今はそんな時代じゃない。反社会的勢力としてすぐにでも潰されるくらいに今の奴らは弱い。

 だからフィクサー企業やらを活用するインテリヤクザが幅を利かせているから、この手の輩は極道の世界でも今は完全に時代遅れだ。


「ちょっ、し、信矢、ヤクザ屋さんはまずいよ!!」


「心配いらねえ。それに、この街で問題を起こす意味が分かってねえようだ。最近は大人しくしてたから調子乗ったのが出て来たんだろうがな」


 最近はチンピラも出ていたみたいだし、狭霧を家に送った時も性質の悪いナンパ野郎が出ていた。だから警戒はしていた。だから大丈夫、ここは店からかなり近いんだからな。


「ガキ、俺ら蛇塚組の恐ろしさを――――「恐ろしさが何だ、オッサン」


 角刈り男が振り返ったそこには大柄な漢が居た。その人はいきなりアイアンクローで奴の顔面を掴むと片腕で持ち上げていた。


「アガッ、ガガガッ……はっ、なせぇ~」


「そうかよ!! おらっ!!」


 そしてその人、俺のアニキこと秋津勇輝さんはヤクザを地面に叩きつけた。顔面からいったから歯の数本はいったかもしれないと思って見ていると近くにいた黒髪の女の子がカタカタ震えていた。


「あ、アニキ……や、やり過ぎっす。後ろの子ビビッて……」


「なんだよシン。助けに来てやったんだ……礼が先っ――――ってぇ!!」


「何してんのユーキ!! 後ろの女の子気絶しちゃったじゃないの!?」


 後ろから愛莉姐さんと竜さんとレオさんも来ていた。どうやら『空見澤レーダー』は上手く機能してるみたいだ。


「あ、愛莉さぁ~ん……」


「ああっ……もう狭霧ちゃんまで泣きそうじゃない。シン坊もう少し早く来な!! サブの警戒網に引っかかるのが遅かったら危なかったんだから」


 愛莉姐さんに怒鳴られると反射的に謝っていた。昔からの癖みたいなもんだから勘弁してくれ狭霧。そんなに睨まないでくれ。


「すいませんっしたぁ!! 狭霧も、悪ぃな……」


「今日はシンの部屋で朝までゲームとお喋りしてくれたら許してあげる」


「分かった。明日も一緒に居るし、後で何でも言うこと聞いてやるよ」


 仕方ないから狭霧を納得させるように手を握るとニコッと笑って抱き着いて来た。普段はヘタレな癖に妙に大胆になるから焦るんだ。それと駅前だぞここ。


「シン君と狭霧ちゃんのイチャイチャを見て一件落着と言いたいけど少しマズい。そろそろ警察が動く。逃げようか皆?」


「レオの言う通りだ。信矢は竹之内を抱えろ走れねえんだろ? サツが来る前に逃げんぞ!!」


 竜さんとレオさんの二人が俺がボコボコにしたヤクザ二人を後ろ手に縛って転がしているとスマホを見ながら言った。サブさんから連絡が来たのだろう。


「あ、あの皆さん。この娘、そのぉ……」


「う~ん仕方ない。店に運ぶよ。私が運ぶ。野郎に任せると後が怖いし、何より真莉愛や汐里が怒りそうだしね」


 狭霧の言葉で愛莉姐さんがおんぶして黒髪の少女を運び俺も狭霧を背中に負ぶった。そのままアニキの先導で一気に商店街の裏道を駆け抜けて何とかSHININGの裏口に辿り着いた。





「それで狭霧、事情を話してくれるか?」


「う、うん……あの、この人達は? あと、あの人、大丈夫?」


 俺達が駆け込むと一斉にクラッカーで迎えられて、お祝いムード全開で面食らった。どうやらサブさんが事情を伝えるのを忘れてて今は集まった皆にボコボコにされていた。


「し、心配はご無用だ……狭霧、姫……ぐはっ……」


「ひ、姫っ!?」


 そう言えば狭霧はサブさんと会うのは初めてだった。キャラが昔以上に強烈だから面食らってる。


「あ~、気にしなくて良いから、サブさんはあれが平常運転だから」


「そ、そうなんだ……あっ、今日はシンに言われた通り私の髪を隠してたんだけど、その子、頼野綾華ちゃんがナンパされてて」


「まさか助けに入ったのか?」


「そうだよ……って言えればカッコイイんだけど違うの、彼女が前に見たアイドルの卵だって気付いて大声出したら逆に目立っちゃって……」


 狭霧の話を聞くと何というか間抜けな話で偶然が重なって目立って、最後は焦ってナンパ&拉致されそうになったらしい。


「やっぱ家まで迎えに行くべきだったか……」


「ごめんね。シン」


「お前が悪い訳じゃ無ぇよ――――「そう、悪いのは狭霧、君が美し過ぎるからさ俺の最愛のお姫様?」


 途中から俺の背後で俺が言ったように見せようとレオさんが喋っていた。竜さんが溜め息をついてアニキと愛莉姐さんは苦笑していて狭霧は困惑している。


「えっ!? あ、あのぉ……」


「は~い、零音はこっち来て。狭霧ちゃん安心してね? 少し締めて来るから」


「は、はい。真莉愛さん」


「真莉愛、冗談、ほら硬くなってたし二人が……ちょっ!?」


 レオさんって本当に真莉愛さんには弱いな。しかも昔のハーレム時代の癖が抜けてない。どうしてイタリア人でも無いのにあんな感じなんだろう。


「狭霧、それで彼女が……そう言えば写真はもらってねえけど名前が確か」


「頼野綾華ちゃん。なぜか覚えちゃったんだよ、ほら生徒手帳も」


 勝手に見るなと言いつつ俺はそろそろ現状を説明するために後ろに振り返った。見ると中学の時に一緒に戦った面々が殆ど揃っていた。


「それにしても信矢が大げさに言ってたと思ってたが本当に美人だなお前の彼女」


「ホントそれ。これじゃ勝ち目無いわよエリ~」


「AZUMAさん。それにサクラさんは本当にお久しぶりっす!!」


 後ろで全員を代表して声をかけてきたのはチームAZUMAの吾妻さんとチーム桜花のリーダー桜さんだった。


「か、彼女って、私とシンは幼馴染で、まだ早いって言うか……でもいずれは……」


「えっ!? つ、つまり今ならまだ食べちゃってもいいのね!?」


「げっ!? エリさん!?」


 そして桜花のメンバーの一人で今は就活も終わって暇していると言ってるエリさんも声をかけてきた。そう言えば当時から狙われていた。


「あんたは黙ってなエリ。レイカ、ユキ抑えときな!!」


「あ~、私の光源氏計画があああああ!!」


 他のメンバーに連行されて行くエリさんを見ながら狭霧は俺の後ろに隠れていた。そりゃ桜花、いやアマゾネス軍団を初めて見たらビビるよな。


「悪いね。いや本当に、それにして綺麗なブロンドね。地毛?」


「は、はいぃ……」


 その後も他のメンバーに挨拶していくと俺は気付いた。レンさん、チームB/Fのリーダーが居ない。ちなみに公務員チームこと防衛軍は今日は普通に地域振興イベントで来れないと連絡が有ったらしい。


「お、信矢、久しぶりだな」


「そのモヒカンは……田中さん!? お元気でしたか!?」


 昔は緑色のモヒカンだった田中さんは今日はブルーのモヒカンになっていた。色は三か月単位で変えてるらしい。そしてレンさんは今は修行の旅をしているらしい。


「モヒカン布教の旅をしているのさ奴は」


「そうだったんすか……出来ればご挨拶したかったです」


 そんな話をしている最中にアニキの声が響いた。気絶していた頼野綾華が起きたと大声を出して愛莉姐さんに怒られていた。





「あ、あの……ここは、どこ? そ、それに、うっ……」


「もう大丈夫?」


 面識が少しだけある狭霧が話しかけると目の前の黒髪少女は一瞬、びっくりした後に『金髪さん』と言って今度は狭霧がビクッとした後に少し引き攣りながら笑顔で話しを続けていた。最近まで言われただけで怖がっていたのに変わったな狭霧。


「わ、私は竹之内狭霧、あ、あなたは頼野、綾華ちゃん。だよね?」


「えっ、は、はい……何で名前を?」


「えっと話せば長くなるんだけど……」


 狭霧の説明が途中からたどたどしく要領を得ないから俺が会話を引き継いで代わりに話を続ける。


「悪い、狭霧が混乱して来たから俺が引き継ぐ。君は先月いや数週間前まで清泉桜花女子の中等部にいた頼野さんだよな?」


「えっ、あ、そう……です。えっと……」


「悪い、名乗ってなかったな俺は春日井信矢。こいつの幼馴染で同じクラスの人間だ。実は俺のクラスに君とクラスメイトだった奴の兄が居てな。教室の襲撃事件と言えば分かるか?」


 狭霧の記憶力にも驚いたが、そういえば勉強してた時は暗記科目が途中から出来るようになっていた。勉強期間中に起きた出来事だから覚えていたのだろうか。


「っ!? あっ、転校前の同じクラスの子の……あっ、あの時は、ごめんなさい父がまさか凶器まで持ち出すなんて思わなくて……」


「父ってお父さん? 貴方を襲って来たのはお父さんだったの!?」


 狭霧が驚いていたが俺も、そして以前に事情を話していたアニキや竜さんも驚いていた。横では囲まれてボコボコにされていたサブさんがノートPCで既に作業を開始している。


「は、はい。でもこれ以上は社長とチーフマネに止められてるんで、ダメなんです」


「えっと……チーフマネってもしかして冴木さん?」


「えっ!? 梨香さんを知ってるんですか!?」


 冴木梨香って病院に来てしつこく狭霧をスカウトしてた女だよな。狭霧は中学の時も話したらしいが俺には胡散臭い女だった記憶しかない。


「あ、あのさ信矢、私……」


「彼女を送りたいんだろ? だが、お前は足があれだし今回は俺が行く」


 彼女と話をしているとレッスン前だったらしくスマホにはビッチリ通知が来ていた。だから送ってあげたいらしい。


「ならサブ、車出してやれ。それなら竹之内も乗せて送ってやれんだろ。で、二人が帰って来たら仕切り直しだ」


「サブ、アイドルの卵なんだから。しっかり送ってやんな!!」


 アニキと愛莉姐さんにも言われ俺と狭霧で送る事になった。事務所の場所は最近完成した空見タワーの45階から最上階の50階までの事務所だと言う。


「じゃあ行くか空見タワーに……」

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