第85話「嵐の前の休息、そして邂逅」-Side狭霧その11
◇
「では行きますよ狭霧」
「うん……」
私の前で信矢が体育館の扉を開けた。そこには私のよく見ていた光景が広がっていた。少し前までは私もその光景の中の一部だった。
「中野先生には言ってあるんですよね?」
「う、うん。簡単な挨拶とロッカーの整理をって……」
体育館全体を見ると卓球部や体操部も今日は使用していて他の部活も居たけど、やはりスペースを多く使っているバスケ部は人数も声も大きく目立っていた。
「あっ、先輩!?」
「タケ……」
「狭霧っ!!」
横に居た信矢はいつの間にか一歩下がって促してくれたから私は、ほぼ普通に歩けるようになった足で歩き出すと皆に囲まれた。
「ひ、久しぶり~」
「狭霧、もう大丈夫なの? 自分で歩けるの?」
「う、うん。退院してから二週間もかからないで松葉杖は外れたよ」
優菜と後輩と部長が一気に話しかけて来るから順番に答える。なんか芸能人にでもなった気分で質問に答えていくと途中から他の部活の子も混じって近況を話した。
「タケぇ……」
「凛、病院以来だね。元気だっ――――「ごめん、タケ。本当ににごめん……私が、私を庇ってあんたが酷い目に遭ってたの知ってたのに何も出来ないで……」
「いいよ~私も色々と皆に黙ってたんだし……ごめんなさい。怪我のこと隠してて」
私はまず謝った。あの後、信矢に聞いたら桶川先生は私の怪我のことをバスケ部全体の責任にしようとして最後は休部にまで追い込もうとしていたらしい。
「だから私が去年から隠してたのも原因だから……ごめんね」
「それで怪我は治るのタケ?」
治って欲しいけど女医さんには楽観視は出来ないと言われた。走るのはまだあまりしない方が良いと言われたし激しい運動はNGだ。日常生活は問題が無くなっただけで扱いは未だ怪我人のまま、それが今の私だ。
「お医者さんはあと三ヶ月は様子を見ろって……だからスポーツ科には戻れ無さそう。特待生じゃ無くなったし……」
「そっか、うん……」
「大丈夫だよ凛。だって今の私には信矢がいるから!!」
湿っぽい空気になったから私はあえて恥ずかしさを我慢してシンを前面に押し出す。これもシンから言われていて困ったら交代すると言ってくれてた。
「こんのリア充め、しばらくは男とイチャ付いて休暇を取ってから戻る気だな!!」
困惑する凛を後ろから部長がおどけたように言うと皆にも伝わってすぐに私をからかう態勢に入った。いいチームワークで昔の雰囲気が懐かしくて泣きそうになるけど泣いたらせっかくいい雰囲気になったのに台無しだから頑張って笑った。
「じゃあこの後は少し予定も有るので、そろそろ良いかな狭霧」
「あっ、うん。じゃあ皆また今度。顔出せたら来るから!!」
そう言って顧問の赤音ちゃんにロッカーに預けておいた荷物を全部まとめてネームプレートを取ろうとした手を止められた。
「タケ、ううん、竹之内さん。女バスは皆で待ってるからそれは残しといて」
「赤音ちゃん……ありがとう。怪我、頑張って治して来ます!!」
私はまた泣きそうになるのを堪えて素早く体育館を後にした。そして校門前で我慢出来ずに泣いていた。
「頑張りましたね狭霧。少し休みますか?」
「ううん……早くケーキ、受け取りに行こぉ……」
皆にも挨拶が終わったし今日の誕生日のためのケーキを受け取りに行こうと私が言うと仕方ないとクールモードの信矢は私を自転車の後ろに乗せた。
◇
「ただいま~!!」
「一応は私の家なんですけど……仕方ないですね」
信矢と一緒にケーキを購入し春日井家に帰って来た私の第一声がこれだった。最近は少なくとも週三でこの家に帰って来る事が多くなっていたから癖で言っていた。
「おかえり二人とも、買えたのケーキ?」
「うん。シンママ!! ちゃんと確保したよ本当は信矢の分も買いたかったけど」
信矢のツッコミもそこそこに逆にシンママの方は当たり前のように私を迎えてくれた。まだ少し違和感の残る足に靴を脱ぐのも一苦労な私を気遣ってケーキを預かってくれた。
「小型とは言えホールケーキを二つは無理です。そもそも狭霧は昔から食べたい食べたいと言って最後は余ったら私とリアムさんが処理していたのを忘れたのですか?」
「こんな感じでダメでした~」
これは仕方ないと言われて私達はそれぞれの部屋で着替えるとリビングで集合した。実はこの客間、私とお母さんが使わせてもらっていた部屋に私は自分の私物や部屋着とかを少しづつ増やしていた。
「さぁて、んじゃ気合入れて行くか」
眼鏡を取った信矢が部屋から出て先に階段を降りて下で待っていた。万が一を警戒して補助に回ってくれている。下で受け止める気満々で嬉しかった。
「別に気合とか要らないよ? そんなにケーキとか嫌なの?」
「そう言うんじゃねえけどよ。ケーキなんて女子供のもんだしな」
それに漢らしくないとか言ってる。本当に秋津さんのこと尊敬いや憧れてるんだ。私が暴走してた中学時代、逆に信矢は一人で成長して先に行ってしまった。その時にお世話になった人で私の内心は複雑だった。
「そ、それで明日は本当に私も行くの?」
「当ったり前だろ、中学ん時にお前をアニキや愛莉姐さん達に紹介するって言ったからな、それに他のダチや仲間にもお前を……い、嫌か?」
「ううん。私も知りたい……信矢の大事な人達のこと、今度は逃げたりしないで正面から向き合いたいから」
信矢に言うと驚いた顔で私を見ていて何か変なことを言ったのかと不安にしてると一言「変わったなんだな」と言ってくれて、互いに見つめ合う。
「二人とも、いつまでやってんの? 料理、するんでしょ?」
二人で見つめ合っていたら後ろからシンママがテーブルを手で示すと準備の終わった料理が所狭しと並んでいた。相変わらず料理上手で凄い。普段の料理からこういうパーティー系まで隙が無い。さすがシンママだ。
「こういう大型のオーブンとか今の家に無いから七面鳥とか久しぶりに見ました」
「でしょ? 今日は奮発したからね。奈央も、あなたのお母さんも何か凄いの買ってくるって言ってたわよ?」
お母さんが凄いと言うと本当に凄いのを買って来そう。二人きりになってからは仕事も有るのに毎回祝ってくれて私は本当にいいお母さんに恵まれた。だから恩返しという訳じゃないけど今日は私も凄い料理を作ろうと思う。
「でも今日はあなた達の誕生会でしょ? いつも家事は狭霧ちゃんに任せてるって言うし奈央も少しは、ね?」
「それはそれです。今日は信矢のために凄いの作りたいんです。まずはローストビーフから!!」
「お、おい。そんなの作れんのかよ……」
「大丈夫!! それにね意外と簡単なんだよ。ま、見ててよ」
実はあれは見た目だけで意外と簡単だったりする。そもそも料理がそこまで発展してないイギリスの人でも作れるから工程はそれほど難しくないのだ。作り方は母さんから教えてもらった。
「へぇ、確かに、名前が違うだけで『牛のたたき』と大差ないからね、あれ」
「だから信矢も一緒に作ろ? ね?」
「分かったよ。明日は付き合ってもらうからな」
最近気付いたけど意外と信矢は不器用だった。蜂蜜レモンとか私の怪我の応急処置とかの手際は凄いのに料理とかは苦手で学校では何でも器用にこなしていたから意外だった。
「狭霧だって知ってんだろ。俺は中途半端なんだよ……」
「そんな事無いよ。だって信矢は……」
私をずっと守ろうとしてたって今は知ってるから。私のために壊れるまで戦ってくれたシンが中途半端なわけが無い。でも今の私には言う資格が無いから……いつか必ず言うんだ絶対に。
「じゃあ器用貧乏かもな。親父からもそんな扱いだったし、アニキにも器用貧乏なら極めろって言われちまったしな」
「そう、なんだ……で、でもっ!!」
「二人とも、ローストビーフ焦げそうよ~」
シンママに言われて慌てて私は火を止めたが、しっかり火の通ってしまった牛ブロックはただの肉の塊になってしまった。
「あぁ……ど、どうしよ」
「あ、悪い。話し込んじまって……」
「ま、仕方ない。ちょっと火は通り過ぎてるけど切ってビーフシチューに入れるわ。スープ系も一品欲しかったしね」
料理が出来るようになったから凄いのを作ろうとしたのに、しかも信矢も落ち込んでる。シンママのフォローで煮込んでる途中のビーフシチューに入れてもらえなければ肉塊が食卓に並ぶ所だった。
「ごめん信矢……」
「あはは、最近はしっかりしてたみたいだけど、そそっかしいとこは変わってないみたいだね? さぁーちゃん」
信矢からシンに人格が戻ってる。目つきは少しキリッとしてるけど口調は優しい昔のシンだ。他の二人は絶対にしない頭なでなでをしてくれるからすぐ分かった。
「あっ、シン……うん。ごめ――――「ボクさ意識がある時で、さぁーちゃんの煮物とか食べさせてもらって無いんだ……食べたい、かな」
「えっ、でも今日は特別な日で、それに和食だし……」
「そっか、残念だな~食べたかったなぁ~」
わざとらしく言うシンは昔困った時に助けてくれた時とは違って少し強引だった。まるで俺様モードが少し混じったような感じで、でもその強引さは心地よかった。
「本当に……いい、の?」
「もちろん!!」
言われるまで気付かなかったけど、この状態のシンにご飯を作るのは初めてだ。そもそも出て来てくれるようになったのは最近だから仕方ないと言えば仕方ない。
「狭霧ちゃん。大根とイカくらいしか無いけど材料買いに行く?」
「大丈夫です。シンに大根とイカの煮付け作ります。シンママより美味しいの!!」
「ほ~う。姑に喧嘩売るか、この小娘、作ってみなさい審査してあげる」
つい口から出ちゃった言葉は飲み込めない。小さい頃からシンにも勢いで喋らないようにとよく注意されてたのを思い出す。少しシンママの笑顔が怖い。
「頑張れ、さぁーちゃん」
「う、うん……」
◇
「さすがに十七本はロウソク多いと思うんだ……シン」
「じゃあ一緒に消そっか」
部屋を暗くして私とシンの前にはロウソクがギッチリと乗せられたケーキが有った。二人でフーっと消すとシンママが電気を付けて、席には私のお母さんとシンパパも笑顔でおめでとうと言ってくれた。
ここに私のパパと霧華も居てくれれば……でも、これも私のせいだ。私があの時に全て話せていたら、いつも後悔している。
「どうしたの、さぁーちゃん、もしかしてさっきの煮付けのこと?」
「えっ、あ、うん……。まだまだ修行不足だね」
上手く勘違いしてくれたみたいだから私はそのまま話に乗っかった。
「そんな事無いから、ボクは母さんのより美味しいと思ったよ!! さぁーちゃんのが一番だよ」
「あんたね。自分の母親を……ま、昔からあんたは狭霧ちゃん一筋か」
そんなシンに大人三人が呆れて笑っているけどシンは大真面目だった。あれは本気だと思うから訂正しておいた。
「ありがと、シン……でも私、分かるよ。前に食べた方が美味しかったから」
「そっか、じゃあ次はもっと美味しいの作ってくれる?」
そんな笑顔で言われたら私は頷くしかない。ここまで期待されたから次こそは将来のお義母さまを越えてみせると宣言したらシンママは苦笑していたけど私のお母さんは涙ぐんでいた。
「ほんと、ここ数年はどうなるかと思ったけど、良かった……本当に二人が昔みたいに戻って……私っ……」
「奈央、あんたねぇ……娘の誕生日に泣かない。お祝いの席よ」
「そうだよ奈央ちゃん。家のはともかく狭霧ちゃんは立派に育ったよ」
シンは少し俯いていたけど、すぐに何でもないように私の方を見ていた。だから私はシンパパの方を見て言った。
「わっ、私もシンも立派に17歳になりましたっ!!」
「さぁーちゃん……」
私が言うとシンの両親は驚いた後に「そうだったな」と言った後にシンに謝っていた。シンは少しだけ恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしてた。シンの笑顔は久しぶりに見れたから嬉しくて見つめ合うとすぐに私達の母親にからかわれる。でも居心地は凄く良かった。
◇
「ね、シン……私、今楽しい……」
「ボクもだよ……さぁーちゃん」
大人達が酒盛りを始めたから私達はシンの部屋で二人で二次会をしていた。お酒なんて飲めないし飲んだ事も無い私達にはアップルジュースがお似合いだ。
「あ、それなんだけど……ボク、お酒は少しだけ……」
「えっ!? シン、私達未成年だよ!? お酒なんて……は、犯罪だよ!?」
詳しく話を聞くと中学の頃のクリスマスに飲んだとか、日本酒だったらしい。更に問い詰めると飲ませた人間が分かった。
「まぁた、秋津さんなんだぁ……ふ~ん、へ~」
「い、いや。でもあれはアニキが兄弟分って、舎弟って認めてくれた感じで……」
しどろもどろになってるから悪いとは思ってるみたいだけど少し怒ってるから問い詰める。浮気とか問い詰めるのはこんな感じなのかな。
「私が心配で心配で夜も眠れなかったのに、それに初めてのお酒は二人でって、思ってたのに……」
「あ、いや、ご、ごめん……」
「ふふっ、いいよ、だって私だってシンを裏切って別な人と誕生会とかしちゃってたし……でも、全然つまらなかった」
「えっ? そう、なの?」
言い訳みたいになるけど私は中学の時に無理やり女子の友達に連れて行かれた事やシンが不良みたいな扱いをされ引き離された事も話していた。
「なるほど……あっ、そ、そうだ。その、ちょっと待っててね」
シンが言うと部屋の押し入れから三つの包みと一つのラッピングされた包みを出して来た。
「すっかり忘れてた。さっき誕生日プレゼント渡したよね。あれは今年のなんだ」
食事前にシンは信矢の俺様モードの状態で私と誕生日プレゼントを交換していた。私は悩んだ結果、少しだけ高い腕時計をお母さんにお小遣いを前借して用意した。今もシンは付けていてくれている銀色の物だ。
「今年の? えっと……これだよね?」
貰ったのはハイソックスとパンストで私が欲しかった物だ。寒くなるからでは無く私の事故で出来た今も痛々しい足の怪我の痕を隠すためだ。
中学の頃から寒さには強かったから、あまり履いてなくて怪我の痕も目立っていたからシンに相談をしていたら今日これを渡してくれた。少し残念だったのは言わなかったけど理由が有ったのだ。
「うん。これが中学一年の時に渡せなかった物で、これが中二、そして中三と去年の分だよ」
「えっ!? ええっ!! わ、私……の?」
「そうだよ。さぁーちゃんには発信機付きのバングルとか貰って彼が放り投げちゃったけど、ボクは渡せなかったから」
そうだった……私が中学の頃すーちゃんにお願いしてバカな事してた時に渡してたんだ。急に恥ずかしくなって顔が熱くなってきた。
「でっ、でも私、去年と一昨年のは家だよ……」
「じゃあ明日アニキ達のとこ行く前に欲しい……かな?」
そう言いながらシンが用意していてくれたのは私の誕生石のネックレス、オレンジ色のポーチ、ブランド物っぽい冬物の手袋と最後は何とバングルだった。確かにこのラインナップなら今年のは実用性重視になるよね。
「全部、私の……?」
「うん。渡すの遅くなってごめん。何年も前のだから流行とか過ぎちゃってるし、嫌だったら――――「嫌じゃない。全部、全部大事にする。絶対に!!」
食い気味で私は開けたプレゼントを全部大事にしようと決めた。私の無くした四年間が帰って来てくれた。だから私は少し調子に乗ってシンに甘える事にした。
「ネックレス……つ、付けてくれたら嬉しいかなって……だ、だめ?」
「う、うん……じゃあ付けるね」
昔なら当たり前にお願い出来てたことも今はドキドキしながら一つ一つ確かめて目の前のシンを見る。距離が近いのがこんなに嬉しいなんて知らなかった。無くして初めて分かった私の大事な物がここには有った。
「どう……かな?」
「もちろん似合ってるよ……さぁーちゃん」
今なら行ける、シンの病気というか症状は治ってないけど私は我慢が効かなかった。だからそのまま距離をゼロにしてキスを……。
「狭霧~、シンくん!! 霧華から電話が……あっ……」
「お、お母さん!!」
「な、奈央さん……いや、これは!?」
ほぼゼロまで縮まった距離は母さんがノックもしないで部屋に入って来たことで一気に開いてしまった。今さらながら大胆過ぎで何をしていたんだろう私は……。
「はぁ、今さら何を照れてるの? キスなら小さい頃から何回もしてるじゃない」
「今は意味が、あ~っ、もうっ!! せっかくのぉ……」
恥ずかしさと気まずさで私達は顔が真っ赤になっていた。完熟トマト状態で熟れ過ぎて二人して収穫待ったなしな状態だ。
「そ、それで霧ちゃんから電話って、何ですか奈央さん?」
「ああ、そうそう電話。今向こうは朝の七時だから学校行く前に電話くれたのよ」
それだけ言うと電話の子機を私に渡してくる母さん。受け取って口を開く前に先月話した妹の声が聞こえた。
『お姉ちゃん、お誕生日おめでとう。それで隣にシン兄はいるの?』
「えっと……隣って言うか正面で、その、シンの部屋に居る……よ」
『やっと部屋まで戻れたか……じゃあそのままお母さんの前で押し倒しちゃって。誕生パーティーなら行けるから』
「ちょ、ちょっと霧華。それはまだ早い……いや、まだってのは!?」
そんな感じで慌てていたら子機を落としてしまった。クッションの上だから良かったけど慌てる私を尻目にシンが子機を拾って出てしまった。
「もしもし霧ちゃん? ああ、ボクだよ……さぁーちゃんに何言ったの? 顔真っ赤で凄いことになってるよ」
シン、すぐにそう言う事言って……でもシンも顔真っ赤になってるし、昔は気にならなかったのに今は全然違う。三年間会ってないとこんなに新鮮で熱くて距離感がもどかしい。
「分かってる……本当に霧ちゃんには頭が上がらないね。任せて、ボクも少しは強くなったから、じゃあ狭霧に変わるね」
受話器を渡されて私は妹と再び話をした。パパは朝から仕事でもう出てしまったらしい。プレゼントは郵送で送ってくれてるらしい。
『そんなわけで私は問題無し。来週また電話するね。じゃあお母さんにもよろしく』
「うん……霧華、私……頑張るから!!」
『うん。怪我とかもだけど今度こそ一番大事な人を逃がしちゃダメだよ。お姉ちゃんの幸運はシン兄と出会えたことなんだからね?』
それだけ言うと妹は電話を切っていた。そんなの昔から知っていたし思い知らされている。だから私は今度こそ間違えないし裏切らない。
◇
翌朝も土曜のお昼から私達の誕生日を祝ってくれるという秋津さんと愛莉さんのお店『SHINING』へ行く前に私はお母さんとシンの家で朝食を食べると朝一で家に戻る事になっていた。
「じゃ、じゃあ後でねシン」
「うん。今日は第二の彼がメインだから。ボクはまだ外はね……じゃあ後で駅前で」
シンママの車で家まで送ってもらってる途中にデートみたいだと言ったら二人の母親に本番のデートだと思ってシンを落として来いと言われ気合を入れる。
「よし、シンへの三年分のプレゼントも用意したし。じゃあ行って来ます!!」
「狭霧、今日は日付越えて朝帰りでも大丈夫よ!! だからしっかり落としてくるのよ将来の旦那様を!!」
土曜の昼から何を言ってるのだろうか家の母親は、だけどバッチリ勝負服に下着も頑張って完全武装で私は家を出て駅前に着いたまでは良かった。
「良いじゃないか。君モデル並みに可愛いし遊ぼうよ~」
本当に居るんだと思うくらいテンプレなナンパ集団だった。だけど意外にも声をかけられているのは私じゃなかった。
私はシンから事前に迎えに行くまでは目立たないようにフード付きのパーカーを被って私のブロンドを隠すように言われていたからだ。
「あの、そう言うの……困り、ます」
「良いじゃん。俺達といいことしようぜ」
さすがに誰も助けないのは可哀想だと思って見ていると目が合った。どこかで見覚えの有る子だった。その子が逃げようとしたら荷物が地面にバラバラに落ちて生徒手帳らしき物を奪われていた。
「名前は……頼野綾華ちゃん。あやちゃんか。よろしくぅ~」
「か、返して下さい。名前とか呼ばれる困ります。止めて!!」
名前も聞いた事が有る。確か……そうだ、学校で聞いた事が有るから思わず叫んでいた。
「あっ!! 思い出したぁ!! アイドルの卵の人だっ!!」
「「「「えっ?」」」」
私の声にナンパ集団と女の子とさらに周囲の人まで立ち止まってこっちを見ていた。あ、これって私やっちゃった系かな……どうしようと思っていたらビル風が吹いて私の上着のパーカーのフードが外れてブロンドが出てしまった。
「うっわ、ガチ美人じゃん……」
「今日は大当たり過ぎだろ。お前、あやちゃん抑えとけ、俺はこっちの金髪の女の子連れて行くからよ」
ナンパ集団の茶髪とロン毛がこっちに近付いて来る。ど、どうしよう今までは怖いとダッシュで逃げ出してたけど今の私じゃ走るのも難しい。
「あっ……」(シンに言われて隠してたのに……どうしよう)
「自分から声かけて来るなんてナンパ待ちで、しかも逃げないとか、たまってる?」
「外人はヤリマン多いらしいからな。こりゃ兄貴や叔父貴にいい土産が出来たぜ」
周りはさっき私の声で集まったのに急に見て見ぬふりだ。そうだよね、私だって怖いもん。昔そうやって私は大事な人を見て見ぬ振りした。だから私は怒らない。ここは自分で解決するしかない。私はキッと目の前のナンパ男二人を睨みつけた。
「わ、私だって……昔とは違うから!!」
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