第84話「決着としばしの休息」


「あれを出してくれ、三人とも今こそ懺悔の時間だ」


「ここで……分かったわよ……」


 そう言うとイジメ実行犯の三人組は俺にボイスレコーダーと紙の束を渡した。俺が以前に依頼しておいたものだ。


「それは、何だね春日井くん?」


「ああ、教頭。これっす。どぞ」


 そう言って書類の束を渡す。それは謎の誓約書と先日まで行われていたテストの白紙の回答用紙だった。


「これは……どう言うことかね?」


「これを聞けば確実なんで――――「まさか、まさかっ!! ヤメロ!! お前達、俺を俺を騙したのかああああ!!」


「最初に声かけて来たのはそっちでしょ……それを副会長に見つかったのよ」


 仲間割れは後日好きにやって欲しいが今はこのボイスレコーダーを再生するのが早い。俺は何のためらいもなく再生した。


『――――なんですね? そうすれば私たちを特進に?』


『ああ、あの女は頭だけで使えなかった。いいかね。今度こそ竹之内狭霧を潰せ!! あの金髪ビッチめ、学院から追い出してやる。あんな女ぁ!!』


『それで、これは何に使うんですか?』


『はぁ、これだから普通科の生徒は、来年から私の教え子になるのだから理解したまえ。この白紙の回答用紙にいい加減な答えと竹之内狭霧の名前を書きたまえ。私は学びを得たのだ直接ではなく間接的に彼女を追い詰める。いいですね三人とも』


『でも、私たちも切られたら怖いし……』


『では誓約書を書きましょう。後日ここに来なさい。忌々しいあの二人を引き裂いて春日井を私のクラスに編入させれば、奴なら裏口など使わなくてもどこにでも入学させられる!! そうすれば今度こそ私は――――ガチャ』


 そこで俺は再生を止めてボイスレコーダーを教頭に無言で渡した。


「今のは……なんだね。桶川くん」


「ヒッ!! これは、そう、そこの頭の悪い生徒の――――「我が校の生徒に暴言に差別など口を慎め桶川!!」


 ついに教頭が完全にキレた。あまりの醜態と行動に擁護も出来ず教頭もそして他の教員達も軽蔑の視線を向けている。それは教員だけではなく教室中全ての人間も同様だった。


「なっ、私は、僕は……こんなの間違いだああああああ!!」


「これだけの事をしでかしたんだ。今度こそは理事も庇えないぞ!! 君は今日から自宅謹慎だ、校長に話を通すまでも無い!!」


「なっ、なぁ!! 権力の濫用だ!! そんな勝手なことは許されないぃ!!」


 教頭もだいぶ頭に血が上っているようで叫んでいた。割と冷静で少し機械みたいな人間だと思っていたのでこの言動には驚いた。そして収拾がつかなくなった教室に凛とした声が響く。


「なら、権力の暴力でこの場を収めましょう。皆様ごきげんよう」


「やあやあ諸君、夢意途 仁人だ!! この場は預かるぞ!!」


 現れたのはこの学院で一番の権力者のカップルだった。





「仁人様。申し訳ありませんでした。実験場の管理が行き届かず害虫を放置してしまいました……」


 静かに一礼するお嬢に芝居がかったように頷くと仁人は今度は俺たちにウインクしてきた。


「気にするな。お前は良くやってくれている。この程度はミスでも何でもないさ」


「そう言って頂けると幸いです。では処分は私に一任して頂いても?」


「ああ、好きにしてくれ。そこの害虫は二度とここに入れないようにな?」


 そして決定は下された。お嬢こと七海の決定は全てが仁人の気分次第だ。お節介野郎の決定が千堂グループの決定になる日も近いだろう。敵に回せば恐ろしい連中だ。少なくともこの学院内では誰も逆らえない。


「はい。ですので、理事長代理権限を行使して、そこの桶川弘典を次の理事会が開催されるまで無期限停職処分にします。これは理事長でもある私のお爺様から預かっている権利です」


「なっ、なっ!! ガキが、いい加減にしろよ親の力で!!」


「理事会メンバーの親戚のお情けで学院にいる分際で偉そうですね桶川先生?」


「なっ!! 教師に向かってぇ!!」


 掴みかかろうとした瞬間に教室のドアから入ってきた黒服軍団に抑えつけられる桶川にお嬢は最後通牒を言い放った。


「今の私は生徒である前に理事長代理です。そしてあなたは排斥された。とにかく暴れられても困るので佐伯、この部外者を締め出して家まで送り届けてあげなさい」


「はっ!! お嬢様。おい、お前達!! こちらを丁寧につまみ出せ!!」


「ぎゃひぃ~!! うぅ……」


 暴れるので気絶させられると男二人に引きずられて行く桶川。それを尻目に二人はこちらに向き直った。


「さ、このまま続きをお願いしますわ。教頭先生」


「それは理事長代理としてのお言葉ですか?」


「いいえ。あれがうるさくて、今はただの生徒ですわ。気になさらずに」


 それだけ言うと二人はしれっと教室に居座る。これには教師陣や大人も含めて皆が混乱していた。だから俺は口を開いた。


「えっと教頭、改めて狭霧は条件クリアでいいんすよね?」


「そう……だな。竹之内さんの処分は期末試験まで延期です。ただ今回のテストも平均点ギリギリだったから竹之内さんの言う通り二人で引き続き勉強を頑張りなさい」


 狭霧と俺そして後ろの奈央さんの三人で頭を下げた。チラっと見ると教頭の険しかった顔が少しだけ穏やかになっていた。


「先ほどの真偽を確かめたいから三人には残って話を聞かせてもらう」


「えっ!? でも私ら副会長に言われて……」


 山田先生が先ほどのボイスレコーダーの内容を聞き出すようで三人に待ったをかけた。これは仕方ない。だから俺は三人に念押しして言った。


「話をするだけだし頼むわ。これであの件はチャラだ」


「あのっ、私も三人に付き合います」


「タマっち……」


「私が三人に相談しなきゃこんな事にならなかったし竹之内さんにも悪いから、今さらだけど……」


 そして四人は教頭と山田先生に付き添われて出て行った。今度こそ狭霧の退学騒動は無事に終わった。弛緩した空気の中で狭霧の母親は赤音先生と今後の話をしている。

 椎野は例の二人と何かを話していて俺と狭霧は自然と抱き合ったままだった。それに気付いた俺はゆっくりと引き剥がした。やっぱり照れ臭い。


「あっ、そっか俺様モードは照れ屋さんだもんね~」


「うっせ、とにかく今度は平均点越えだ。しめて行くからな」


「信矢も私に夢中になってばかりじゃダメだよ?」


 イタズラっぽく笑う狭霧を見て次の試験は絶対に俺が学年一位に戻らなきゃいけないと覚悟した。そして振り返ると中野先生が狭霧を呼んでいて一方の俺は母親が不敵な笑みを浮かべているのを見て久しぶりに親に恐怖を覚えた。





 そして家に着くと俺は母さんに車の中で言われたことを実行させられていた。


「ほらシン、このジャガイモちゃんと皮が剝けて無いよ~」


「わ、わりぃ……」


 今夜の飯は俺が作れと言われた。そして今日は親父が遅いので普通に俺の家に狭霧と奈央さんが泊まって行くことになった。しかしご覧の有様で結局は狭霧の手伝いになっていたのだが……。


「信矢が料理出来ないって意外だった。スポドリとか蜂蜜レモンとか作ってくれたから出来るんだと思ってたよ。味にも煩かったしね~」


「料理とあれは別だろ……いてっ……」


 先ほど狭霧にも出来るなら俺にも出来ると思ってやった皮むきは失敗して、軽く手を切ってしまい逆に手当てされていた。


「もう、意外と不器用なんだから大人しくピーラー使えばいいのに包丁で皮むきなんてまだまだ早いのだよ」


 すっかり得意になっているが今日は仕方ない。久しぶりに勉強からも解放されたんだし多めに見てやる。しかし調理実習はそこそこやっていたのにカレーすら満足に作れないのは問題だと思いつつ次は玉ねぎをみじん切りしていく。


「信矢、ゴーグル付けた方が……って、もう遅いか。あはは、頑張ってね~」


「気合でやってやるぜ、ぐっ……目に染みる」


 その後も野菜を切るだけだった俺に対して横で指示を出しながらサラダと食後のデザートの用意までしていて驚いた。


「お前、いつの間に、すげえな」


「私だって頑張ったんだよ……中学の時に信矢に言われて、反省して部活頑張ったんだ、それで家事とか料理も、お母さん忙しかったから」


 少し照れくさそうにしながら言う狭霧を見ると思い出す。周りを見ろとか甘えるなとか俺も随分と偉そうなことを言った。だけど狭霧は俺の言葉を律儀に守ってそれ以上の成果を見せようとしている。


「そうか……頑張ったな」


「ねえ信矢。明日リハビリも無いから……部活、見に行くだけ行っちゃダメかな?」


 野菜と鳥肉を鍋に入れて煮ながらこっちを見て言う。明日から部活がスタートだから気になっていたのだろう。


「動きたくなって勝手に部活しそうだから俺も付いて行く……それが条件だ」


「うん。むしろ付いて来て欲しいんだ。私だけじゃ空気凄い微妙だし。皆も遠慮してアプリで連絡くれないからさ」


 最初は俺の要求に嫌に素直だと思ったが納得した。不安なんだろう自分の居場所が無くなったかもしれないから一緒に居て欲しいんだろうな。


「わぁ~ったよ。明日は俺もフリーだから放課後一緒に行くぞ」


「うん。ありがとう信矢……あと、しばらく煮るだけだけだから、お鍋見ておいてね。私、シンママにサラダのドレッシング味見してもらうから~」


 それだけ言うと、ほぼ完成していたカレー鍋の番を任された。一応はそれらしく鍋の中身を混ぜたりしていると良い匂いがしてくる。市販のルーなのに実に美味そうで、あいつと一緒に作ったと思うと色々考えてしまった。


「なぁ~に、カレー見てニヤニヤしてるの、あんたは……」


「母さん……べっ、別にいいだろがよ。あんだよ狭霧そっち行っただろ」


「ええ。即席でサウザンドレッシングまで作って持って来たわ。玉ねぎ少し多く使っていいかって言ってたけど、やるわね、あの子いい奥さんになるわよ~?」


 そんなのはよ~く知ってる……なんて言えるはずもなく、ぶっきらぼうに返事をする。俺には言う資格が無いからな。


「あんまり言えた義理じゃないけど、逃がした魚が大きくなる前にしっかり捕まえときなさい。あの子は今どんどんイイ女になってるからね?」


「だから言っただろうが、俺かあのメガネかがキッチリ一つになったら――――」


「それ、なんだけどね……あんたは一つになりたがっているの? 私には……いえ、何でも無いわ。とにかく狭霧ちゃんならいつでも家に来てもらって構わないからあんたも早く決めなさい。それと何か有ったらちゃんと話して、お願いね」


 それだけ言うと入れ違いで狭霧が戻って来た。話し込んでたせいで少しだけカレーを焦がして怒られたけど俺は母さんに言われた言葉が頭から離れずにいた。それは夕食が終わって部屋に戻ってからも変わらなかった。


(俺が三人の状態を望んでいる……だと?)


「どうしたの信矢?」


「あ、ああ……少し考え事だ。って何見てんだ?」


 俺のノーパソをカタカタしながら狭霧が何か動画を見ていた。それはアイドルの動画で俺があまり見ない類の物だった。


「アイドルねえ。お前も興味あんのかよ?」


「あっ、違うよ。ほら冴木さん居たでしょ? 病院に来た人。あの人に名刺だけでもって言われて貰ったから会社のホームページアクセスしたら出て来てさ」


 あの女か、狭霧にしつこく勧誘かけて来た胡散臭い人間でチーフマネージャーとか言ってたな。


「お前も律儀だな。わざわざ見てやってんのかよ?」


「うん。あれだけ熱心だとね……それに……」


「それに?」


「ううん何でも無いよ。それより明後日の合同誕生日!! 久しぶりだから私食べたかったお店のケーキとか有るんだけど、ダメ?」


 そう言うとカタカタとキーボードを叩いて駅ビルに入っている店の中のケーキ店のページを見せて来る。そしてここの店のケーキを予約したいらしい。


「ま、良いか。んじゃ予約するか……お代は先払いじゃなくて引き渡し時ね……じゃあ明後日、一緒に取りに行くか?」


「うん!! それでね。お料理は私が作るから荷物持ちもお願いしたいから自転車で行こう、あとね――――」


 その後も日付けが変わっても明後日の、いやもう明日の予定を二人でいつまでも話していた。そして当然のように俺達は親に見つかるまで座ったまま眠っていて二人して朝、叩き起こされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る