第83話「最初に笑う者と最後に勝つ者」


 ドクター達と話して色々と分かったのはまず、狭霧への動きは既に先週から感知されていたという事、その上で私の動きを見ていたらしい。


「中々に趣味がよろしいようで」


「まあまあ、理由がそれなりには有ったんだよ」


 そう言って紅茶を飲むドクターと、それを私にも勧める七海先輩に違和感を感じたが素直に従って一口……普通の紅茶だ。それに驚いていると満足したのか七海先輩が席に着いて話し出す。


「それに椎野さんは役に立ったでしょ?」


「おかしいと思いました。彼女の登場のタイミングは完璧でしたから」


 聞くと彼女も千堂グループの傘下の社長令嬢らしい。生徒会は令息が二人も居るし一体何人くらい居るんだ親が社長の生徒。


「大丈夫ですよツッチーは私の数少ない信用出来る幼馴染です。心配はいりません」


「ああ、俺よりも七海とは長いからな?」


 グループ内で年の近い子女は自動的に七海先輩と引き合わされ『お友達』として宛がわれるらしく、その中で彼女のお眼鏡に適ったのが椎野さんだという話だ。


「実際、面白いでしょ彼女?」


「七海先輩の人脈が摩訶不思議なのは知っていましたが私のクラスまで居たのは驚きです」


 そんな世間話をするだけで今日は特に検査などをする事もなく終わってしまい、拍子抜けしていると七海先輩に「お迎えが来ましたよ」と言われ見ると第二生徒会室前には三人の女子生徒が居た。


「信矢がこの部屋に居るってツッチーから聞いたんだけど本当だった」


「いやぁ、悪いお嬢。この子いきなり副会長を探すとか言い出してさ」


 扉の電子ロックを解除して三人を招き入れると狭霧の両サイドには椎野と田町の両名が居て真ん中の狭霧が不安そうにしていた。


「構いませんよツッチー。ご苦労様です。竹之内さんも、それとあなたは……そう、あなたが田町さんですね?」


「はい……それにしてもこの部屋は……いったい」


 この第二生徒会室を見たら当然の感想を持つだろう。


「ああ、タマ余計なこと言わない方がいいよマジで、家族揃って海外に売り飛ばされたくなかったらね」


「うっ、うん……噂は本当だったんだ」


 この二人に関しては学院内で数々の噂が立っているから仕方ないと言えば仕方ない。そして噂の内の何個かは自分達で流したものまで有る。


「ツッチー、お姫様はともかくとして田町さんまで連れて来たのなら彼女は使えるということね?」


「ま、ここ教えるくらいにはね~。ただ桶川程度になびくのはちょっち減点」


 やはり桶川はそういう扱いなのか、私は一学期までは教師としてギリギリ扱ってはいた。


「そもそもコネでこの学校の教師をしているだけですから、あの人」


「学歴は立派だ。勉強は出来るのに人間性はゴミという典型だね」


 そうだったのか。話を聞くと頭は良いが性格に難が有り就職にも困っていたところ理事会の中の一人が親戚をしていた涼学に教員として入れたそうだ。


「しかし高圧的な人間の割に、よく教員になろうなんて考えましたね? あの手の人間は他人に物を教えるタイプでは無いと思うのですが」


「他者に命令して自分の好きに出来る仕事がしたいと志望動機にありました。端的に言ってゴミですね」


 追加で七海先輩が言うには学院に来るまでには上司がいると自分が命令出来ないと意味不明な事を言ってたらしい。赴任して四年らしいが生徒の成績を上げるという成果だけは上げているから困りものだったそうだ。


「確かに少し意地悪だったもんね桶川先生って」


「狭霧、あなたは退学に追い込まれそうなのですよ。意地悪の一言で済ませるのは」


「でも、今回は私が悪い所も有るし……」


「本当に竹之内さんって良い子なのね……本当にごめんなさい」


 田町も本当に悪いと思っているようで安心はする。だが許すわけにはいかない。私がそう思っているが狭霧は違うようだ。


「いいよ~。田町さん勉強丁寧に教えてくれるし。それに仲良くもなれたし。こう言うのって『怪我で微妙』って言うんだよね信矢?」


「それは『怪我の功名』です。それと以前も『覆水盆に返らず』を間違った意味で覚えてましたね。テスト勉強が終わり次第ことわざの勉強の方もします」


 狭霧が悲痛な叫びを上げてその日は解散となった。テストまで時間が無い、今日からさらに追い込みだ。その間も私は第二生徒会室に数度、足を運びながらイジメの実行犯の三人と極秘裏に会って証拠を揃えて行く。そしてテスト当日が来た。





 チャイムが鳴り響く、終業のチャイムだ。あっと言う間の四日間でテストの日程は全て終わった。


「お、終わったぁ~。終わったよぉ……」


 九月の終わりから十月の頭にまで食い込んだ中間試験は、いつも通りの範囲と難易度で進行していた。私はいつもよりも復習の時間は割けなかったがベストは尽くしたし、今は私の事よりも狭霧だ。


「狭霧、まだ終わってません。放課後に全部決まりますからね」


 狭霧が自分の席に戻って来た所で気が緩んでそうなので現実に引き戻す。テストの際は出席番号順の席で受けさせられるので、自分の席に戻ってグッタリしている狭霧は既に全部終わった気でいるようだ。


「そうだった……何時からだっけ」


「教頭が十四時には採点を終わらせると言ってくれたので、それまでにこの教室に集合です。奈央さんも来てくれますし、私の母も来るそうです」


「え? シンママも!? また迷惑かけちゃうよ……」


 そんな話をしていると最近ではお馴染みのメンバーが集まって来た。澤倉、河合そして椎野、田町の四名だ。そして遠巻きに例の三名も見ていた。


「どうだった~? 狭霧ぃ~?」


「頑張ったよツッチー、本当に一生分勉強したよ~」


 本当に半泣きで頑張っていたし、苦手な暗記も努力していた。過去の狭霧を知っている身としてはかなり頑張っていたと思う。


「それで発表なんだろ? 時間までどうすんだ? 打ち上げか?」


「澤倉、まだ結果が出てないんだ……狭霧たちはどうしますか」


 教頭が狭霧の採点を終えるまでは好きにしているように言われているし学食に行く予定だと言えば四人も付いて来るらしい。そして学食で私たちが食事をとっているとそれぞれの母親が来たので簡単に打ち合わせをして教室へと向かった。





「関係者以外は出てけ~」


 山田先生の発言で放課後に残っていた生徒は出て行くが、何人かは出て行かない。イジメの実行犯の三人や椎野、そして田町は残った。


「君たち五人は関係無いはずですね?」


「そうよ。生徒は竹之内と春日井くん以外は――――「まあまあ、良いではありませんか教頭、それに中野先生も、証人は多い方がいいのでは?」


「桶川先生……ですが……親御さんはどうですか?」


 そこで教頭は私たちの母親にそれぞれ聞くが二人とも問題無いと言った。先ほど学食で打ち合わせた通りだ。


「教頭、時間も有りませんし始めた方がいいかと、それでいいな春日井、竹之内?」


 私たちもコクリと頷くと席に着く。母さん達は立っていて教頭が教卓にいる状態で山田先生が書類用の封筒を渡している。おそらくアレに狭霧のテストが入っているのだろう。それが目の前に取り出されていく。


「さあ、結果を、さあさあ!! 教頭!!」


 狭霧よりも桶川の方が乗り気なのは色んな意味でドン引きで母さん達も含め、この場の全員が皆、顔を引きつらせていた。


「桶川くん静かにしなさい、では竹之内狭霧さん……今回のテストの赤点は一つ有りました。頑張りましたね。過去の成績に比べたら大進歩です」


「赤点が一つぅ~? だがっ!! 赤点が一つでも有ったのなら即退学だぁ!! 退学退学ぅ~!!」


 放課後の教室で奴の雄叫びだけが響き渡る。勝利の美酒に酔いしれる悪魔のような雄叫びが響き渡っている。


「そ、そんな……がっ、頑張ったのに……」


 ガックリと項垂れる狭霧をあざ笑うかのように奴はこちらを見る。そして嫌味な笑顔を向けてニヤニヤしている。


「いやいや劣等生にしては頑張ったじゃないですか~。あなたのような劣等生は次の学校で努力すればいいのです。私の言葉を聞けただけでもこの高校に来た甲斐は有ったと言うものです!!」


「桶川先生!! それが教師の言うことですか!! タケは頑張ったんですよ!!」


 我慢の限界が来たのは俺たちの母親よりも中野先生だった。今まで我慢していたのが限界だったようだ。


「赤音ちゃん……」


「頑張った、努力した? そんなものぉ!! 結果を出せないクズの慰めなんですよねぇ~、中野せんせぇ~? 違いますかねぇ~!!」


 だが桶川は一人で有頂天になり中野先生の言葉を意に介さないで、せせら笑うだけで俺や狭霧を見ていた。


「春日井!! これで週明けにはぁ、お前は俺の生徒だぁ~!!」


 万事休すか、狭霧は頑張ったが一ヵ月では限界が有った。こうなったら最終手段で奴を失脚させて全て無かった事にするしかない。そう思って俺は母さんを見て合図を送ろうとした時だった。教頭が静かに口を開いた。


「竹之内さん。あなたは赤点を取りましたが……退学では有りませんよ」


「え?」


「ど、どういうことですか?」


 教頭が口を開こうとした時に、またも奴が騒ぎだす。桶川だ、一瞬キョトンとした後に言葉の意味を理解したのか半狂乱になっている。


「不正だ!! ルール無視だあああああああ!! 教頭!! どう言う事ですかぁ!! それでは学院の秩序があああああ!!」


「桶川先生、説明をしまっ――――「うるさあああああい!! この金髪女は今日退学させるんだあああ!!」


「教頭、黙らせます!! いい加減にしろよ桶川!!」


 山田先生が羽交い締めにすると大人しくなるのに数分を要し、その醜態を晒し続けた。その光景に全員が唖然とした。大人とか子供以前に人間として終わっている。そして落ち着いたのを見ると教頭が口を開いた。


「まずは親御さんと生徒の皆さん、当校の教員が醜態を晒しました。本当に申し訳ございません」


「あの、それで教頭先生、うちの娘が退学じゃないとは、その……どう言う事なのでしょうか?」


 奈央さんが言葉を選んで静かに問いかける。俺や狭霧も含めたこの場の全員が固唾を飲んで教頭の言葉を待つ。


「そうですね。まず竹之内さんの成績は平均39.5点です。前回に比べたら凄い進歩です本当に頑張りました。そしてあなたの赤点科目は世界史です。点数は28点」


「教頭!! 取っているでは――――「黙りなさいっ!! 少しは人の話を聞くんだ桶川くん!!」


「なっ、なんだとぉ!! 俺に、そんなこと――――「いいから静かにしろよ桶川ちゃん?」


 うるさいので口を塞がれてモガモガ言う桶川を抑えつける山田先生。今回一番体を張っているのは間違いなくこの人だ。


「度々申し訳ございません。部下が失礼を……それで竹之内さん。あなたは赤点を一つ取った。しかしあなたは以前の条件を覚えてますか?」


 そこで俺はピンと来た。そうだ。俺はそもそもそれを狙って勉強を狭霧にさせていたという事に、今思い出した。


「赤点を取ったらダメなんじゃないんですか?」


「いいえ、前回の試験科目で赤点を取ったものを再度赤点を取ったらです。そして竹之内さん。あなたは前回、現代国語、体育、そして世界史は赤点では有りませんでした。つまりそれ以外を落とさなければいい。そうですね春日井くん?」


 そう、その三科目は赤点を取ってもいいから残りの教科を重点的に勉強させていた。二連続赤点を取ったらダメなのであって三つの科目は前回は赤点では無かったから今回は取っても問題は無いのだ。


「はい……要綱にはそうありました、では教頭!!」


「ふぅ、おめでとう竹之内狭霧さん。これからも当校の生徒として頑張りなさい」


「はっ、はいっ!! 頑張ります!! やったよ信矢ぁ~!!」


 狭霧が私に抱き着いてきて泣いていた。本当に良かった。自然と私も涙が出そうになるがここで教頭が少しトーンを落として話し出す。


「ただ、春日井信矢くん。あなたは少し問題ですよ?」


「え? 私が……でしょうか?」


「はい、あなたの採点もしましたが今回はケアレスミスが多かった。いつもの学年順位のトップ10だけは採点したのですが、あなたはその中で3位でした」


 バカな、手は抜かなかったし、全力でやったはずだ。それで私が学年3位だなんてあり得ない。


「えっ……マジ?」


「うっそぉ、難攻不落の副会長落ちちゃったの?」


 椎野さんと田町、そして残りのイジメ三人組も驚いてこちらを見ていた。そして母さんは厳しい顔で奈央さんはニヤリと笑っていた。


「恋人を支えるのなら、少し締まらない結果ですよ? 精進しなさい」


「くっ、猛省致します……先生」


 そしてトドメとばかりに抱き着いていた狭霧が泣き笑いの顔で言った。


「信矢、二人で次も頑張ろ? ね?」





 そして全員が和んでいた時だった。茫然自失となっていた桶川が山田先生を突き飛ばした。


「認めない。認めないぞ!! 不正だ不正に違いないぃ~!! 金髪女、お前教頭に賄賂を違う、体でも売ったんだろぉ!! そうに違いないぃ!!」


「なっ!! 桶川!! 生徒たちになんて事を!!」


「桶川くん、いい加減にしなさい!!」


 山田先生と教頭が静止しようとするが奴は止まらなかった。なおも口汚く暴言を吐き続ける。


「桶川先生……いいえ、あなたに先生など付ける必要は有りません。今こそ罪は裁かれるべきです」


 そう言って私はメガネを取って気合を入れ直した。

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