第82話「迫る運命の日と暗躍する影」


 いずれ分かるってどう言う意味なんだろうかと疑問を投げかける前に秋山さんは立ち上がるのでボクも慌てて立ち上がり互いに礼をする。


「それが本当の君か……君にも何か事情が有りそうだな」


 どうしてだろうかストンとこの人の言葉は入って来る。不思議な人だ。親や狭霧にすら探られたくない本質を言い当てられてるのに嫌な気分がしない。


「悔しいが人徳という奴だ。なぜか話しやすいし自然と意見も聞いてしまうだろ?」


 師匠が言うと確かにその通りだと納得してしまう。こういうのを聞いた事が有る。


「カリスマ性とかそういうのですか? 会社の経営者とかに多いっていう」


「確かにそいつは会社をいくつか経営してるな」


 師匠が言うと秋山さんは、無造作に置かれていた着替えの中から財布を取り出し一枚の名刺を取り出した。


「秋山総合商社? 会長!!」


「な~に、実際は名誉職で引退しているようなものさ」


「よく言う、今回は後継者を自ら迎えに来たくせにな」


 話を聞くと昨日SHININGに来たのは弟さんに会うためだったそうで、その弟さんに会社を任せ自分が完全に引退する話をしようとしていたらしい。


「じゃあ、引退を?」


「それがな、弟が約束をすっぽかして昨日は店に売り上げの貢献をしただけさ」


「じゃあ愛莉姉さんやアニキとも話したんですか?」


 だが帰って来た答えは意外なもので二人と会ったのは昨日が初対面で純粋な師匠の知人であるという事を知った。


「私も弟に指定された店で源一郎の孫がいるとは知らなかったのだよ。一応は今夜も約束をしているが仕事が多忙らしくて分からんな」


 そこで夜まで時間を潰すために旧友の師匠の所に遊びに来て久しぶりに型の稽古や組手をやっていたらしい。


「本来は君が先約なのに勝手に色々と説教したり、かき乱したり済まないね」


「いいえ。色々と参考になりました」


 ボクはその後、三人でお互いに自己紹介と自分の事を話していると狭霧のリハビリの終わりの時間が迫っていた。まだ外は明るいけど黄昏時が近い。


「もうこんな時間か、信矢くん。困った事が有ったら、さっきの名刺から連絡してくれ、何か力になれると思う」


「え? ですが、昨日たまたま会っただけのボクに」


 ただの茶飲み話に付き合っただけで会社の会長さんとコネが出来た。そりゃ、千堂グループの二人の方が凄いんだろうけど、それでも一介の学生には過ぎたコネクションだと思う。


「昨日言ったろ? 私は困った人間を放っておけないお節介好きな年寄りさ。それに、君の話した幼馴染と君には不幸になって欲しくないのだ」


「え? なんで、ボクと狭霧の事をそこまで?」


 昨日会ったばかりの高校生と顔も見た事の無い幼馴染を心配する理由がボクにはサッパリ理解出来なかった。今までの経験上、何か裏が有ると思ってしまうが師匠の知り合いだからそれはないだろう。だけど真意は知りたい。そう思っていると秋山さんは深くため息を付くと一言だけ言葉を発した。


「罪滅ぼし……そう言ったら軽蔑するかね?」


「い、いえ。ボクもある意味で今は罪滅ぼし中みたいなものなので」


「そうか。私はな若者がすれ違い、道を誤る光景をもう見たくない。ただの年寄りのエゴさ。私は近くにいた者さえ……おっと、これ以上は余計だった」


 何かまだ言いたそうにしていた秋山さんだったけど「年寄りの悪い癖でまた長話をしてしまう」と言って話を中断した。その後、狭霧を迎えに病院に戻ると少しスッキリした顔をしていたからリハビリで良い成果でも有ったのだろう。





 その晩は結局、狭霧も泊ってハンバーグを作ってくれた。母さんが中々に手厳しく教えたらしいけど挫けずに最後まで頑張ったそうだ。


「はい、シン、あ~ん」


「うん。さぁーちゃん、あ~ん」


 ボク達は母さんを正面にしながら互いに食べさせ合いをしていた。本日のハンバーグも美味しい。


「はぁ……あんた達、最初は絶対に夫婦二人だけで住みなさいね?」


 夕食時、今日も父さんは遅いらしく三人の夕食の時に母さんが脈絡も無く言った。


「え? わ、私はお義母さまの言うこと守りますよ!! たとえ箪笥とか窓の所をツーっと指で埃を集めて『あら、狭霧さん? 埃が残ってましてよ?』って言われても頑張って掃除しますから!!」


 むしろ母さんは掃除とか苦手で父さんの方が得意な所が有るんだ。だからその心配は無いと思う。


「違う意味で理解が深過ぎて心配になるけど、同居したら私、これ毎晩見せられるのよね? 小さい時は良かったんだけどねえ?」


「え? 私のパパと母さんは毎晩こんな感じでしたけど?」


 ボクも横で頷く。たまに母さんが用事で隣の家に預けられた時などは向こうの家で五人で食べた時も有ったが大体こんな感じで、狭霧の妹の霧華ちゃん以外は特に気にしていなかったと記憶している。


「あー……そうだったわね。狭霧ちゃんの場合はそう言うの見せられて育ったか……あの二人なら、そうね」


 そう言って思い出したように三人で外を見てしまう。狭霧の、さぁーちゃんの元の家、この家よりも少し大きいけど、それがより人が居ない物悲しさを強調して見えてしまって気分が暗くなってしまう。


「ま、そういう訳であんまり親の前でイチャイチャしないのね。あんた達がいくら恋人同士になったとは言え」


「あ……それ、なんだけどさ、母さん」


 さぁーちゃんも頷くとボク達はこれまでの事を話してた。ボクの症状を知っている人にはほとんど話していたが互いの両親には未だに話してはいなかった。ボク達は偽装の恋人同士なのだと。


「なるほど、信矢の症状を治すために……とでもいうと思ったの!! あんた殆ど治ってるじゃない!! そもそも狭霧ちゃんのためにあんたが出て来た時点で答えは出てるんじゃないの?」


 そうなのだ。当初の話では、さぁーちゃんのお色気作戦? の成果でボクが心配になって外に出た時点で負けは負けなのだ。しかも既に二回、ボクは自分の意志で外に出ている。


「でも、だから、ボクが弱いままじゃダメ……だから。この人格変更が治るか、他の二人がボクになってくれるまで、さぁーちゃんには待ってもらおうって、思ってて」


「はぁ、信矢、結局はあんたがハッキリしないのが悪いんでしょ?」


 そう、これは結局はボクがゴールを動かしたい。少し待ってとワガママを言っているだけなんだ。分かっているけど時間が欲しい。


「シンママ、それ以上は――――「いいえ狭霧ちゃん。確かに私もあの人も信矢がこんな状態になって気付かずにいたのは悪いし、親失格と言われたらその通りよ。だけどね信矢、症状が治るか人格が落ち着くっていつなの?」


――――ピシッと何か空間が割れたと形容するしかない変な音が聞こえた気がした。


「はぁ、はぁ……ぐっ、ダメだよね。でも、母さん。ボクじゃダメなんだよ。弱いボクじゃ……さぁーちゃんを守れないんだ……」


「信矢!! いいよ、私いつまでも待つから、シンママ。私はシンの事待ちますから、お願いだから信矢を苦しめないであげて下さい。お願い、します!!」


 抱き締められて落ち着きを取り戻して来た。いつもなら人格変更が起こるのに、こんな時に何で出て来ないんだ二人にとってチャンスなはずだろう。契約が違う、ボクは……どうすればいい?


「大丈夫だよ。信矢、ね?」


「信矢……悪かったわね。でも、どうするにしても早く決断しなさい」


 母さんは相変わらず厳しいな。でもボクも高校生なんだ自分で決めないと、いけないんだ。


「分かってる……よ。大丈夫、さぁーちゃん。少し休んだら今日の勉強をしよう」


「うんっ!! 今日は数学頑張るよ!!」


 その日は少し遅くまで勉強していたせいで朝から二人揃って母さんに叩き起こされた。日付けが変わる頃に、さぁーちゃんに言われベッドの上で勉強したのが失敗で翌朝にはしっかり抱き合って二人で寝ていた所を発見されたのは当然の帰結だったのかもしれない。


「いやね、昨日の今日で説教したくないけど、同じベッドで何も無かったは無理が有るからね信矢?」


 母さんに説教されながら私はメガネをかけながら慌てて下に降りた。見ると既に着替え終わった狭霧が私のトーストにマーガリンを塗っている。


「なっ!? も、申し訳ない、狭霧、すまない。昨日は彼に任せていて……」


「いいよ~。いつものシンは押せば何でも言う事聞いてくれるから、久しぶりに二人で一緒に寝れたよ。今の信矢はガード固いからね? 先週の誕生日の時だってさ」


 誕生日記念に一緒に寝ようとか、勉強頑張ったからとあの手この手で夜這いをかけられた先週を思い出す。もし第一の彼なら一歩間違えば一線を越えていた可能性が有っただろう。


「だから先週言いましたよね? 狭霧の中間テストが終わるのがちょうど来月の三日で翌日が狭霧の誕生日です。その時に一緒にと言いましたよね?」


「はいはい。分かってますよ~」


 そうして十月の中間テストまでリハビリや生徒会活動、そして私は度々、道場に行くようになっていた。リハビリ中に狭霧の補助の必要がなくなりつつあった事も有るが一番は秋山氏や師匠と会うのが理由だった。





 そして中間テスト一週間前になると部活も停止する。基本的にはスポーツ科以外は進学クラスなので普通科も当然ながら部活は無くなり放課後はすぐに帰るか自習室に籠るかの二択だ。


「ってわけよ。狭霧ぃ? 分かった?」


「うん、大体はね。ツッチーありがと……でも、ここは?」


「椎野さんは感覚で教えすぎてる。竹之内さん。ここは時間をかけても公式使った方がいいよ。下手に予備校とかの解法使うとミスると思う」


「そっか、なるほど……ありがとう田町さん」


 あのイジメ事件の翌日から学校では基本、出られない弱い第一に代わって学院内で狭霧に勉強を教える人員を欲していたので田町とその監視役として椎野が自己推薦して女子三人で勉強する事が増えていた。そして残り三人の成績は並なので違う仕事をしてもらっている。


「良いのよ。私、勉強くらいしか役に立てないしさ……」


「そんなこと無いよ。田町さん丁寧に教えてくれるもん」


 本当は私としてはもっと狭霧には罰を与えるつもりで手厳しい態度を取ってもらいたいのだが、残念ながら狭霧の性格上難しい。あのイジメ以降、狭霧とそして私にもクラスで交流が増えていた。


「やっぱりタマの方が数Ⅱはいけそうじゃん。どうも計算って感覚で解くからねアタシってば」


「ええ、それと椎野さん。タマって呼ばないで」


「少しいいですか三人供?」


 私が声をかけるとツッチーはニヤニヤと笑いながら対して田町はビクッとしている。未だに恐怖心が有るようだ。


「な~に、信矢?」


「今日はリハビリも無いですし生徒会も無い。どうしますか?」


 今も必死に複素数相手に頑張る狭霧に問いかけると、こちらを向かずに黙々と勉強しながら答えた。


「私、もう少し頑張りたい」


「分かりました。では下校時間ギリギリまで頑張って下さい。二人の都合は?」


 二人とも問題無いと言うので後で迎えに来るとだけ言って私は目立たない渡り廊下の近くまで来ると目的の人物達と密会する。


「では、予定通りにお願いしますね?」


「分かってるわよ」


「心配する必要は有りません小野さん。罪は贖うもの、罰を持ってね?」


 彼女たちは狭霧をイジメていた残りの三人だ。実は彼女たちには重要で危険な役割を担ってもらう。狭霧が知ったら怒りそうだが関係無い。


「では頼みますよ。大丈夫、狭霧はとっくに許しています。優しい子ですからね……だが私は違う」


「はい……それで、これだけど」


 とある紙の束を渡され確認すると思わず私は笑っていた。中々に優秀じゃないか三人とも役に立ってくれた。


「いいですね。後はこれとこれを使って頼みます。私を見返したいとでも言えばすぐに乗ってきます。いいですね?」


 三人は硬い表情のまま頷くと帰宅していく、今日すぐに動かれても困るから賢明な判断だ。彼女たちが動かなければ私が告発するし、成功しても失敗してもテスト明けにはケリが着く。


「悪い顔をしているね信矢?」


「本当に、生き生きとしてますね仁人様」


 気配は感知していたし知っていたが方向が分からなかった。二人はいきなり渡り廊下の床下の非常口のはしご階段を上って出て来た。


「そこに掴まって待機してたんですか?」


 はしごに掴ったまま待機していた二人を見ると七海先輩は余裕そうだが仁人先輩は肩で息をしていて疲れているように見える。


「サプライズだ。好きだろう?」


「狭霧から以外のは御免被りますよ仁人先輩?」


 そう言うと二人は驚いた顔をしていた。特に七海先輩の顔は滑稽だった。


「どうしましたか?」


「いやいや俺を”先輩”なんて呼んでくれる日が来たのだと思ってねえ」


 それを言われて初めて気付いた私の呼称が変化していた事に、どうしてだ?


「え? 私が、いつの間に……最近は忙しかったのでドクターを先輩なんて呼んでしまうほど疲れが溜まっているのかもしれませんね?」


「それとも別なものが溜まっているんじゃないのかい? 毎週君の家では仲良くお泊りなんだろう?」


 ドクターがこんな事を言うのは珍しい。七海先輩も驚いていて少しだけ顔を赤くしていた。この方面は意外と初心なのかもしれないと笑っていたら睨まれた。


「コホン、それにしても春日井くん。最近は経過観察とはいえ第二生徒会室に顔を出さないじゃないですか。もう私たちは用済みですか?」


「いえ、あなた方なら本当に必要なら呼び出すでしょうし、目の前に現れるはず、今みたいにね?」


 二人も私の言葉に納得したようで前置きもそこそこに本題に入りたいから久しぶりに第二生徒会室へ来ないかと言われる。そこで私は狭霧の勉強時間が終わるまでとだけ言って二人に従った。二人の表情はいつもより少し真剣に見えたからだ。

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