第81話「邂逅、その理由」


「信矢? だって……」


「狭霧、仕方ありませんね? お静かに、ね?」


 私は既にメガネをかけて自我変更エゴチェンジしていた。そして目の前の桶川バカを見る。


「私は教師としてだね――――「いえ、桶川先生、あなたは特進専属の教師ですよね? なんで第一校舎に居るのですか?」


 ツッチーこと椎野も頷きながらニヤニヤ笑っている。意外と性格が悪そうで気が合いそうだ。


「あっ、特進の先生だったんだ。初めて見た」

「私も見たの初かも。最初誰かと思ったもん」


 そもそもこの涼学は広大な大きさとかなりの在籍数の生徒を誇る総合学院である。特進コースの校舎一つとっても特別で校門から近い別校舎が作られている。

 普通科ですら各学年ごとに校舎が有るくらいなのだ。ちなみにスポーツ科は各学年に一クラスしか存在せずに普通科と同じ校舎になっている。


「それは職員室に――――「特進専用の第四校舎には第四職員室が有りますよね? この間のように呼び出しで集まったなら分かりますがね?」


「えっ!? どういう事なのシン?」


 この目の前のエリート思考の教師は常日頃から特進クラス重視の教育しかしない上に全体の職員会議以外は第四校舎にしか居ない。そして特進の生徒にしか授業をしないと本人が名言している。その趣旨をこの場で説明した。


「つまり、この時間のこの場所に居ること自体が不自然なんですよ」


「そっ、それはっ――――「桶川先生ほどの教育熱心な教師が、私に万年負け越している特進クラスに無駄な指導をしないで、たまたま私達の学び舎に来るのは不自然なのですよ」


 そして煽りは忘れてはいけない。これは不覚にも第二の彼に教えてもらった事で、アニキも奨励しているのでガンガンやって行く。特に煽り耐性が無いのが分かっている相手には積極的にやって行く。


「なっ!?」


「そんな暇が有るのなら昨年度から敗北続きの特進に補習授業の一つでも開いてるはずなのに第一校舎のしかも三階の二年生の教室に来ている。実に不合理だ」


 そしてメガネをクイっとし威圧と煽りを同時にする事で警告とする。これは目の前の教師だけでは無く狭霧をイジメていた四人やクラスの人間全てに向けても行ったパフォーマンスだ。


「言わせておけば、何が言いたいんだね春日井!!」


「いえいえ。桶川先生の思慮深い考えは私には何一つ分かりませんが……まさか狭霧に嫌がらせをするためだけに生徒にイジメを指導するなんて事、有りませんよね?」


「えっ!?」


 狭霧が驚きの声を上げてクラス中がどよめき、その視線が一斉に桶川に向けられた。おまけに田町さんの俯いた表情が今話した推論をより真実味を帯びたものに演出していた。


「そ、そんな訳無いだろう!! なんだね、たまたま見回りをしていたら、ここまで言われるとは!! 不愉快だ!! やはり普通科など役に立たない!?」


「あの、桶川先生、あの話は――――「なっ、何の話だね、田町さん。私は忙しいのでこれで失礼する!! 竹之内さん、次の中間テストまでせいぜい学院生活を楽しんでおきなさい!!」


 捨て台詞も三流か、本当に一流の大学を出ていたか怪しいものだ。しかし言葉には返礼を尽くさなければならない。


「桶川先生も年度末の涼学統一総合で私に勝てる生徒の育成をお待ちしていますよ? では、ごきげんよう」


「あああああああ!! 失礼する春日井副会長!!」


 喚き散らして退出する桶川を笑顔で手を振って見送ると、その顔のまま教室の後ろのドアから逃げようとしている狭霧の首根っこを掴んで引きずり席まで戻した。



 ◇



「制服が伸びるよシン~。そう言うのダメだよ~」


「ええ、あなたが逃げなければこんな事はしません。それで?」


「ぜ、全部解決だね!! やったね!!」


 溜め息を一つ付くと私は完全に説教モードに入ることにした。


「狭霧、何かあったらお互い相談だと、あんな事が有ったから、お互いこれからは話し合おうと言いましたよね?」


「だって、シンに迷惑……かけたくなかったし、私だって高校生だから」


 狭霧がそう言うのは望ましい。だがイジメの件は別だ私が、弱かった私がそれでもイジメを甘んじて受けたのは目の前の狭霧を守るためだ。これでは過去の第一があまりにも報われない。


「ですが――――「まあまあ落ち着きなよ副会長、ちょっと過保護通り越してウザいから、竹之内ちゃんの事が大事なんは分かるけどさすがに重いわ~」


「そ、そんな事は無いよ椎野さん!! シンはいつも私のことを考えてくれてるから、いつも……守ってくれてた。でも私だって頑張らなきゃって……」


 狭霧が私の手を握って必死に弁明していると椎野ことツッチーは「あんたも同じかよ」と言って苦笑しながら納得していた。


「ま、お互いが好き好き大好き~って事で、その話はここまで、それよか副会長? こいつら四人でしょ問題はさ?」


 上手い具合に話をそらされた気がしないでも無いが、ここでイジメの実行犯に対しケリを付けなければ問題なのも事実だ。


「まあ良いでしょう。狭霧、今日はリハビリの後は部屋で説教&お勉強です。奈央さんには私が話しますので夜までは覚悟して下さいね」


「えっ!? じゃあ平日なのにシンの家に泊まっていいの!? 私もシンママと一緒にハンバーグ作るよ!! シンってあれ大好物でしょ?」


「ええ、なので今日の夕食を美味しく食べるためにまずは目の前の雑事です。さあ話してもらいましょうか?」





「という訳で、竹之内さんに嫌がらせをしたら来年度から奨学金有りの特進に転科させてくれるって桶川先生が……」


「あなたはそれを引き受けたと?」


 頷く彼女、田町雅子は全てを白状していた。そして普段から仲が良かった三人と狭霧を呼び出しイジメをしていたらしい。


「狭霧、具体的な被害は?」


「えっと、トイレに呼び出されて酷い事言われたりとか制服にに水かけられたり」


「足は大丈夫なんですね? 悪化はしていませんか?」


 足が無事なのを聞いてまずは一安心。だけど足に変化が有ったらさすがにリハビリの人や先週にも簡単な検査もしていたから気付くかと、自分でも冷静でない事に気付いた。狭霧の事になると冷静さを失っていけない。


「え? 松葉杖取れたんだから大丈夫なんじゃないの?」


「椎野さん、狭霧の足は未だ完治していません。むしろ病院にリハビリに行ってるレベルなのです。それを!!」


 それを聞いて顔を青くし出したのは田町を含めた女子四人だった。


「信矢、リハビリの事は澤倉くんと河井くん位しか知らなかったんだし勘違いしても……」


 だが狭霧の擁護に待ったをかけたのは半泣きになって顔色が蒼白な田町だった。


「ち、違うの、竹之内さん。桶川先生が竹之内さんの足を狙えって……指示されてて、でも私、さすがに直接は怖くて、水かけたりしてたの……ごめんなさい!!」


 そして今さら謝った。謝る位ならするなと言いたい。他の三人も慌てて謝ってはいるが私たちの怒りが収まる事は無いだろう。狭霧に手を出したのだから。


「どうやらあのクズには遠慮しない方向で決定ですね……あなた方もそれなりに償っていただきます」


 四人が一様に表情が暗くなるのが見て分かるがお構い無しだ。


「信矢、あんまり酷いことは……」


「竹之内ちゃん。さすがにダメでしょ。それに田町たちもそれなりのペナルティかけなきゃ逆にクラスの雰囲気が悪くなるもよ」


「心配はいりません椎野さん。このクラスでここまで目撃された上に今の話も自然と噂になるでしょう。それに四人にはまだ利用価値が有る。ペナルティも込みで徹底的に役立ってもらいますよ?」


 四人には明日から狭霧の中間までの間に色々な事をしてもらう予定だが、今日はいつも以上に忙しいスケジュールで狭霧と私は急いでいた。まず病院までバレずに自転車の二人乗りなんて離れ業をやってのけ何とかリハビリの時間に間に合った。


「本当に大丈夫ですか?」


「うん。今日は信矢も用事有るんでしょ? 帰りに迎え来てくれたら嬉しいけど無理なら帰りも一人で」


「それは駄目です。絶対に病院で待っていて下さい。大丈夫です。道場に顔を出すだけなので、それではお願いします!!」


 いつものリハビリの看護師さん達に挨拶だけして私はすぐに自転車に乗ってそのまま急いで道場に向かった。





「失礼します」


 事前に愛莉姉さんには話を通していたので道場に入るとそこには既に二人の人間が正座していた。一人は私の師匠で愛莉姉さんの祖父でもある気信覇仁館の館主の各務原源一郎氏だ。


「久しぶりだな信矢くん」


「おお、少年じゃないか!! 昨日振りだな」


 そしてもう一人の人物の気安い挨拶で驚いた。昨日出会って私に声をかけて来たカウボーイハットの老紳士だった。今は背広もハットも脱いで道着に身を包んでいる。


「あなたは……昨日の?」


「ああ……ん? ほう、何かが違うな、いや本質は同じだが、何と面妖な」


 昨日とは逆に不躾では有るが視られていた。だが不思議と悪い気がしなかったのは目の前の老紳士の目が綺麗で澄んでいたからだろう。少年のような目をしている。


「あっ、すいません師匠、お久しぶりです。そして、えっと……改めまして、私の名前は春日井信矢、涼月総合学院の二年生です」


 咄嗟に私は名乗っていた。やはり昨日からこの人物には圧倒されている気がする。アニキとも違う何か気迫というか何かが有る……そんな気がする。


「そうか、すまない昨日は名乗ってなかったな。改めて、私の名は秋山英輔……そうだな今はしがない隠居老人さ」


 簡単な挨拶をすると私もすぐに道着に着替えて二人の前に正座して改めて礼をする。そして師匠に簡単な近況報告と約四か月近く顔を出せずにいた事を謝罪した。


「あの事を気にしてるなら遠慮なく来なさい。あの二人も揃って気にしていたぞ。まるで本当の弟のようにだ。ならば私にとっても孫のようなものだろう?」


「ありがとうございます。師匠。ただ、今は少し立て込んでまして落ち着き次第またご連絡してすぐにでも!!」


「ああ、それでどうだろう、私の竹馬の友の英輔と軽く組み手をやらないか?」


 突然の話に驚いた。だが道着を着ているのだから当然だろう。そしてこの道場には師匠と秋山さんしかいない。


「とても勝負になるとは思えませんが師匠?」


「おやおや随分と自信が有るようだね? 舐められたものだ」


 秋山さんが余裕の笑みを浮かべて俺の遠慮を逆手に取って言ってのけた。老練な上にジョークのセンスも有るらしい。


「お戯れを、私の勝率が皆無と言っているのですが?」


「君は勝てる戦いしかしないのかね?」


 避けられないと判断して私は立ち上がると向こうは既に構えていた。そして笑みを濃くして私を待っている。


「可能ならば……ですね」


「なら……ちょうど良い。一度負けておきなさい」


「もう何度も、負けていますよ!!」


 身体能力は私の方が高い、それでも技の一つ一つの完成度が高過ぎる。簡単に後ろを取られる。そして大柄な体躯から繰り出される投げから逃れるのは不可能だった。


「両者そこまで……」


「くっ、ありがとうございました」


「一戦でいいのかな? 乱取りでもどうかね? 君は合気よりも柔道、それにボクシングと他にも混合か……そちらの方が良いのでは?」


 一回組手をしただけで的確に私の状態を把握されている。本当に何者だこの老人は、それこそ師匠並みの使い手なのかもしれない。


「一矢報いたいので、お願いします!!」


「ふふっ、来い若人!! 年寄りが揉んでやる!!」


 そこからは私は何回も投げられた。そこで意地になった私はプライドを捨てた。


「勝ちたいです!! だから、託します!!」


 そしてメガネを取って道場の隅に投げた。これは伊達メガネでレンズもプラスチックで度が入ってない。今は拘束具としての意味も無いからただのファッションだ。


「悪くねえ判断だメガネ!! 俺に任せな!! 爺さん本気で行くぜ!!」


「ほう、昨日の……良いだろう、来なさい!!」


 もはや自我変更を隠さずに全力で行く。師匠は愛莉姉さんが話したと聞いているし目の前の爺さんは信用出来る気がした。それに戦いも乱取りなんて生易しいものではなく異種格闘技に近い状態に移行していた。


「鋭い!! そして狡猾だ……実戦で鍛えた戦い方だな……面白い!!」


 当たらないだと、おまけに弾かれて逆にこちらにダメージが蓄積されてる。カウンター主体に戦法を変えてくるなんて、こんな戦い方有りかよ。

 俺の不意打ち気味の下段の蹴りを軽やかにジャンプして避けると勢いを利用して飛び蹴りを決めた後に俺の背後に着地していた。


「有り得ねえ、何歳だよじーさん……」


「御年、六六歳で間も無く六七歳。誕生日など孫くらいしか祝ってくれないがな?」


「一人でも祝ってくれるだけマシじゃねえか!!」


 俺の肘鉄、そして裏拳のコンボも六六歳とは思えない体さばきで技を繋げて逆に受け流すように入身投げを決められ投げ飛ばされた。


「ちっ、マジかよ……だが、やれんのかよ?」


「どうした、そろそろ終わりかな?」


 今日は特別な総力戦だ。だからタイミング合わせろよ弱虫がっ!!


「分かってるよ。ボクだって中学時代はここに通っていたんだからね!!」


「なっ!? 動きが……丁寧な、最初とも違うっ!?」


 ボクは第二みたいな戦闘センスも第三みたいなヒット&アウェイのテクニカルな戦い方も出来ない。基本に忠実に教わったことをしっかりやるだけだ。


「はぁ……せいっ!!」


「くっ、うおっ!?」


 だから毎日、さぁーちゃんと会えない日も、夏の間も、中学で再会した後も、アニキ達に教えてもらいながらも道場でも習った数個の技しか使えない。だけどそれだけは常に出せるように何度も何度も練習した。


「そこまでだ。英輔も、充分だろう?」


 ボクの片手取り四方投げが偶然にも秋山さんの片手を捉えて投げる事が出来た。でもそれだけでボクも体力の限界でその場で倒れ込んでしまった。


「ああ、ハハハ。年甲斐もなく頑張り過ぎた……それが、君か」


「はぁ、はぁ……何ですか? 秋山さん、意味、分からない……です」


「ああ、今は分からないだろうな……いずれ分かる」

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