第80話「悪意の正体と思惑」



「おっ、揃ってんな~悪ガキ共、ん? 見ない顔もいるな」


「なんだよゲンさんじゃねえか、あれ? アキさんは?」


「んだよ、アキが居なきゃ来ちゃいけねえのかよ、あいつは今、別件だから俺一人だよ。それよりも喧嘩王、こいつ、もしかしてあの時の坊主か?」


 いきなり俺の事を知っている感じで話すこの老人は誰だと思うも視線からして老練な気配を感じた。さっき話していた愛莉姐さんの祖父、つまりは師匠に気配が似ている気がする。


「アニキこの人は誰っすか?」


「シンは直接会うのは初めてだな、空見澤警察署の佐野源二警部だ。俺らはゲンさんって呼んでる」


 これもアニキが帰ってから聞いた話でアニキがパクられた唯一の刑事デカと前に名前を聞いたことがある。


「じゃあアニキの敵じゃないっすか!? 何しにきやが――――「やめなシン!! 勇輝、その様子じゃあんたシンに全部話してないでしょ?」


「え? 全部って何すか愛莉姐さん?」


 そこで愛莉姐さんは俺が廃工場で気絶した後の話をしてくれた。


「そう言えばアニキが捕まった後の話は聞いたけど捕まった時の話って曖昧にしてたのは、俺を庇って……アニキぃ……お、俺のために……」


「だぁ~から嫌だったんだよ!! けっ、照れ臭ぇ!!」


 頭をボリボリかきながらそっぽを向いて備品のチェックをし始めるアニキを見て俺以外の皆がニヤニヤと笑顔になっていた。アニキはこういうのに弱いのだ。


「なるほど弟分にカッコ付けたくて俺に頭下げたのとか見逃した時の話をしてなかったのか。ま、そう言うわけだ改めてよろしくな?」


「うっす。その……当時は世話かけました!!」


 恩人だというならキチンと頭は下げる。いくら俺でも人としての道理も礼節も最低限は弁えているつもりだ。


「あっ、ちょうどいいゲンさん、実はシンの野郎が通ってる高校で面白いネタを拾ってきたんすよ!!」


 そしてその話をアニキがすると目の前のゲンさんは目の色を変えた。


「そいつは墨入れてたんだな!? あとは何か分かるか!?」


「すんません。何でもその学校自体に箝口令かんこうれいが敷かれているみたいで、その妹も一人で抱え込むのに限界で漏らした程度なんで詳しくは……」


 俺の話せる事はこれで全部だ。メガネや弱虫との情報共有も終わっているから


「あのよゲンさん。一応は情報提供者のシンのことも考えて調べてくれよ?」


「分かってる。アキの野郎にもお前達ガキ共を巻き込むなって説教くらったしな。情報源は出さないように探ってみる!! じゃあな!!」


 ゲンさんはそれだけ言うとすぐに店を出て行ってしまった。俺たちは全員でポカンとした後に俺も時間が時間だから帰れと言われた。


「ま、仕方ないか。早くアニキの店の昼営業始まらねえかな。そうすりゃすぐにバイトに行けるのに……」


 油断して店を出てすぐこんな独り言を呟いていた。そんな俺の呟きに反応したのは初老の紳士だった。背広に茶色のカウボーイハットという中々にアンバランスな恰好だがそれよりも視線が合った瞬間、ゾクリと背筋が凍った。この爺さん強い。どうしようかと思っていたら向こうから歩いて来た。


「そこの少年。いいかな?」


「なっ、なんすか?」


 年齢は六十代後半から七十代前半と見たが動きも年齢の割にしっかりしている。スポーツか武道などをきちんとやっている印象で背筋もしっかり伸びていた。背も俺より高く見上げる形だ。おそらく180cmチョイは有る。


「いや、良い眼をしていると思っただけだよ……ただ、あまり人を軽々しく視てはいけないぞ? うっかり強者に絡まれてしまう」


「い、今みたいな状況すっかね?」


 正直この人とガチでやり合ったら良くて痛み分け、最悪の場合は何も出来ずに一方的にやられて負ける未来しか見えない。勝つヴィジョンが全く見えなかった。


「いや、私は弱い。だが多くを助けたいと常に思っているだけだよ。君は良い眼をしているが同時に何か困っている目のように見えた」


「は、はぁ……そうっすか?」


 なんだ? ヤベー宗教の勧誘か何かか? 全人類の救済でも考えてるとか言い出したらいよいよ警察に通報するべき案件だろうと俺は密かにポケットのスマホの準備をしていた。


「すまないな。若い内は悩んで自分で解決すべきか……悩んでいる人間を見るとつい助けたくなってしまうのが癖でな。嫁や息子、最近は息子の嫁にまで注意されてしまうのだよ」


「は、はぁ……」


 これは、もしかして老人の暇つぶしに付き合わされてるのか? やたらと迫力のある気配だから思わず反応しちまったのは失敗だったかもしれない。


「ハハハ、本当にすまない。こんな老人の戯言に付き合ってもらって、実は知人と待ち合わせをしていて『SHINING』というバーを探しているのだが知らんかね? いや、子供に聞くべき質問では無いか、忘れてくれ」


「俺の知人が店長てかマスターなんで良ければ店先まで案内しますか?」


 無駄に元気な爺さんと二、三言話して店先まで送ると今度こそ俺は帰路に着いた。狭霧の中間テストまで時間も無いが明日は師匠に会いに行くし狭霧のリハビリも有るから送った後はすぐ道場に行かなければならない。





「凄いよ。信矢ぁ……私、高校に入って初めて古文が理解出来たよ」


「ったく、動詞だけでも覚えりゃザックリ意味は分かるって言っただろうが、少しは分かったか?」


「うん……今日はお弁当が美味しいよ。あっ、私ちょっと……」


 最近はトイレに行く事が増えたなと、ボケーっとしていつもの家に居る感じで答えていた。


「お? 便所か行ってこい!!」


「ちょっと!! シンそう言うのデリカシー無いからダメなんだから……」


 少し陰のあるような顔でトイレに行く狭霧に違和感を感じた俺だが、残り二人にからかわれて、そっちに集中してしまった。そして昨日の話を二人から聞き出そうとしていたら珍しくクラスの女子が声をかけてきた。


「ちょっ~と、春日井くん。いい?」


「ああ? えっと、わりい名前覚えてねえわ」


 そう言えば居たなクラスにギャルっぽいの、こんなでも頭はそこそこ良いはずだ。興味が無いから名前は覚えてないが……。


「あっ、うん。オッケ分かってた。私は椎野つちの恵って言うんだけどさぁ、竹之内さんカノジョなんだよね?」


「え? ああ、そうだが?」


 椎野を改めて見ると髪こそは染めていないが制服は着崩しているしスカートも短い、爪はガチガチのネイルがギャルっぽさをアピールしている感じだ。


「あのさ、カノジョさん、今イジメられてんですけど? カレシなら気付けば? ああいうのトイレでされてアタシらも迷惑なんだよね」


「なっ!? 本当か?」


 てっきり勉強疲れで陰があるのかと思っていたら違ったようだ。イジメは絶対にないからせいぜいがイチャモンでも付けられたと思っていた。なぜならイジメの場合は絶対に俺に相談すると思っていたからだ。


「アタシが嘘つく意味ある? あっちの端っこの勉強大好きな陰キャ共よ」


「そうか。サンキュ助かったぜ椎野」


 それだけ言うと俺はすぐに立ち上がる。今の会話を聞いていた何人かは俺の顔を見てビクビクしている。どうやら俺は人様に見せられない顔をしているようだ。


「アタシはツッチーで良いから。副会長面白いから絡んでみたかったしね。三階の奥のトイレ、目立ちにくい場所だから案内するよ」


「そうか。あんがとよツッチー。ちょっと行ってくる」


 俺は弁当を食べていた二人に言うと即座に指定された場所に向かった。俺の心の中はどうして? という疑問符だらけだった。だがここで完璧に立ち回らなければならない。見るとツッチー以外にも澤倉と河井くんも付いて来ていた。





 中で明らかに罵倒の大声が聞こえて俺は問答無用で女子トイレの扉に蹴りを入れて侵入した。


「だからあんたみたいなバカな女が――――あっ」


「信矢……こ、これは」


「狭霧、俺が怒ってる理由が何か分かってるって顔だな?」


 俺の顔を見た瞬間に無表情から一転して泣き顔になる狭霧を見て俺は溜め息を付くしかなかった。そんな顔するなら言えよ本当に何してるんだ。


「あ、あの春日井くん。ここは女子トイ――――「お前なんで言わなかった? 俺がやられてた時に黙って見てるの辛かったんだろ? 何でお前が同じ状況になったら俺が辛いとか考えられない?」


「ご、ごめ――――「ごめんじゃない。どうしてだ? 何で嫌な目に遭ってるから助けてって一言なかった? 家でも帰りでも生徒会室でも、言えたよな?」


「うっ、そ、それは……」


 ああ、よく分かる。勉強にリハビリまで面倒見てもらってこれ以上は俺に迷惑をかけられない。だから少し耐えれば解放されるし休み時間だけ我慢しよう。そうすれば俺に迷惑がかからないとでも思ったかと、ここまで一息に狭霧に言った。


「本当に信矢は全部お見通しなんだね……うん」


「で? 何か言うことは有るか狭霧?」


「もう少し頑張る……」


「ああん!? ダメに決まってんだろ!!」


 この期に及んで、ま~だ言うか狭霧。いい加減キレんぞ俺もと思って睨む。


「な、何で? 私だって自立して――――「自立すんのはいいがよ俺が嫌なんだよ。てめえの女イジメられて大人しくしてるほど俺は人間できてねえからな」


 そう言って俺は女子四人を睨みつけて狭霧の前に立つ。後ろから三人も合流して椎野ことツッチーが狭霧を起こしていた。見ると狭霧のスカートはびしょ濡れで上履きも汚れていた。


「何か言うこと有るか……えっと……」


 やべえ、こいつら名前なんだ? そもそもクラスメイトの名前なんてまともに覚えて無かった。そんな俺をツッチーに支えられてスカートを拭いている狭霧がトイレの響く室内で小声で俺に言った。


「信矢、信矢。名前は左から深井さん、榊さん、小野さんで正面のメインのイジメっ子が田町さんだよ」


「お、おう。助かる狭霧、と言うわけだ女子四人組!!」


 後ろの三人も前の四人も固まっていた。そして沈黙を破ったのは目の前の女子では無く後ろの付いて来たツッチーだった。


「あっきれた。私の名前すら覚えてないから怪しいとは思ってたけどさ、竹之内ちゃんの方がよっぽど記憶力あるじゃん?」


「えっと、椎野さんだよね? あ、ありがと?」


「アハハ!! 何これ、マジでクラスメイトの名前、副会長より覚えてんじゃん!! ゆ~しゅ~じゃん!!」


 なんだと、狭霧の方が優秀だと? だが俺が口を開く前に狭霧が余計な事を言い出したせいで場はさらに混乱した。


「それはしょうがないの!! 信矢は昔から余計な事とか自分の興味の無い事は覚えないから。確かソースが足りないとか言ってたよね?」


「狭霧、それはソースじゃねえリソースだ。覚えとけ!!」


「もしかしてテストに出るの!? 私、頑張るよ!!」


 確か小学校の頃も似たような間違いしてたな。それと勘違いしてるようだが興味の無い事じゃねえ狭霧に関係の無い事は覚える余裕が無かっただけだ。


「あひゃひゃひゃ!! やっば面白すぎ!! 何となく昼食べに来た時から思ってたけど天然バカップルじゃん!! つるもうぜ~」


「椎野分かってんな。俺も面白いからコイツらといんだよ」


 澤倉てめえ、何となく毎回イジってくるから薄々分かってたよ。さて、そろそろコイツらの対処だ。しかしタイミングも悪くチャイムの鳴る時間だから放課後に再度の話し合いとなった。今日は病院へのリハビリと他にも久々に道場にも顔出さなきゃいけないのに困ったもんだ。





「それで……田町一派、てめえらの狙いは何だ?」


「ね、狙いって私達はただ」


「お前らみたいなクソ陰キャが生徒会の俺と正面切って喧嘩なんかできる度胸なんてねえだろうが。もう一度言う、何が狙いだ?」


 放課後の教室には俺と狭霧の他に椎野や澤倉、河井くんも部活が有るのに残っていて、他にもクラスには半分が残っていた。もちろん今、糾弾されている田町一派も半分包囲されていた。


「そ、それは……」


「いいよ、たまっち言おう。竹之内さんが気に入らないのが理由よ!! そうでしょ!?」


「えっと……それは、そう……」


「顔だけ良くて頭悪いのがクラスの中心でムカつくって話だったじゃん!! 美人なら何やっても許されるとかマジむかつく!!」


 そんな理由で? 確かに田町以外の今喋った榊とか他の頭が悪そうな奴はそれが動機なのだろうが田町は少し違う気がする。そこで俺は思い出した。田町雅子、学年では十位以内に名前が有った。


「き~み~たちぃ!! 何をしているんだ!!」


「あっ、桶川先生」


「ああ、田町さんじゃあないかぁ!! 何か不穏な空気がすれば、春日井くんと劣等生の竹之内さん、一体何をしているんだね?」


 そこでなぜかタイミングよく現れたのは桶川だった。夏休み以来見ていなかったが少しやつれている様に見える。前回から何かあったのだろうか?


「あっ、あの先生……私やっぱり――――「なるほど!! 生徒会の不当な圧政に抵抗していたのかっ!! 大丈夫、あとは先生に任せなさい!!」


 なるほど……単純すぎて逆に疑いたくなるが、まさかこいつの筋書きなのか? いくら何でも杜撰すぎて逆に別な思惑があるようにしか思えないからまずは話を聞いて様子を見るとしよう。


「やあ偶然だねぇ!! 諸君!!」


 こちらに向き直ると白々しい笑顔を向けた桶川だが教室中の全員が白い目で見ているし、何なら田町の取り巻きすら「誰こいつ?」って顔をして見ている。


「偶然じゃないっすよね桶川先生?」


「だよね~さすがにアタシにも分かったよ副会長……」


 ツッチーも俺がこいつを見る目で気付いたようで、さらにその態度で他の生徒もほぼ気付いていた。


「何を言ってるんだ春日井!! 教師が教室を見回るのは当然じゃないか!!」


 それが当然じゃないんだよな……こいつ本当に教員なのかと疑いたくなる。罠か?やはり罠なのか?


「ど、どうして桶川先生がこんなところに!?」


 しかしこの状況に気付いてないのが一人居た。澤倉とツッチーが狭霧を生暖かい目で見ていて俺も頭を抱えていた。


「狭霧……オメーはそのままでいろ。今、説明すっからな?」

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