第79話「忍び寄る悪意の前兆」
◇
狭霧がクラスに来て一週間、週明けに英語の小テストが有った。結果としては悲惨……とは言えない中途半端な結果だった。五問で十点満点という一学期の復習レベルで満点が続出したこのテストを二問ミスで終えていた。
「シン!! やったよ!! 二点じゃないの久しぶりだよぉ~!!」
「ええ、今日は生徒会室で最低でも一問ミスになるまで居残りです」
「そんなぁ~」
授業で指されても先週までの「分かりません」は少し減って答えて間違いと言われることが増えていた。
「ううっ、またダメだったよ……」
「これが今まで勉強をして来なかった結果です。皆が数年間積み重ねたものを一週間弱で取り返せるわけ無いですからね? コツコツ行きますよ」
「大丈夫、俺も一問ミスったし、英語なんて日本人なんだから将来使わねえから日本から出なけりゃな」
二人で休み時間の反省中に甘やかす澤倉だがコイツがミスなんて珍しい。あの乱闘事件後のカラオケ以来話すようになったクラスメイトは実はクラスでは三位で学院内でも実は上位に入る頭の良さだ。
「珍しいな? あの程度の問題、君ならパーフェクトなはずだろ、ケアレスか?」
「まあな、過去形にすんの忘れたんだよ」
やはり細かいミスかと納得した。近くにいた河合くん、空手部の彼も不思議に思っていたらしく声をかけてきた。
「俺も成績はそこまで良くは無いが、それでも取れたのにな」
「あのさ、澤倉くん何か悩み事?」
特に興味がないが無い俺とは対照的に狭霧は気になったようで話を聞いていた。
「えっ? ああ、いやぁ、敵わないねえ竹之内ちゃんには……いやさ妹が、少し面倒な事が有って今日は学校休んでてさ」
「あっ、そうか。問題文にmy sisterって箇所有ったから?」
なるほど、だが妹が学校を休んだくらいで動揺するものか? 案外と澤倉もシスコンなのかも知れない。
「意外だな。飄々としてるから悩みなど無いと思っていた」
「うるせぇな副会長。お前だって竹之内ちゃんに何か有ったら俺様モードになって暴れんだろうが!?」
「ふっ、それは心外だ。狭霧に問題が起きる? 起こさないよう未然に防ぎます。起きた場合の対象は消します。私のままでね!!」
「もう、信矢落ち着いて、ね? それで澤倉くん、妹さんどうしたの?」
「ああ理奈は、あっ、妹は理奈って言うんだけどさ。中三で中高一貫の女子校なんだよ。駅挟んで向こうの」
そう言えば私の家のさらに奥の郊外に有りましたね。確か制服が可愛いと小さい頃は狭霧が着たいと言っていた気がする。
「あっ!! 清泉桜花でしょ? あそこの制服可愛いから」
「妹のクラスメイトに可愛い、てか美人な子が居るらしんだけど、変な男が教室に乱入して騒動になってから学校行きたくないって言ってな、今日で引きこもり三日目なんだよ。さすがに心配で、そんで問題にシスターだろ? ボーっとしてる内に時間過ぎてたから最後テキトーに書いちまったんだよ」
そんな話聞いた事無いな。もちろんテレビや新聞で聞いてないと言う意味では無くてSHINING経由の情報網に無いと言う意味だ。つまり警察に通報されてない事件ということだ。
「そんなの初耳だ。事件になってないのか?」
「私も気になりますね」
河合くんに便乗して私も聞いてみると学校側の判断で両隣のクラスまでにしか話していないらしい。
「でも、そんなのすぐにバレちゃうんじゃない? 実際に澤倉くんも私たちに話しているし」
私の言いたい事を先に口にしている狭霧に少し驚いた。そして続きを聞こうとしたらチャイムが鳴って続きは昼休みとなった。次は現代文だったので狭霧が漢字を読み間違える以外はミスは無かった。
◇
昼休み、すぐに狭霧はトイレに行ってしまい戻って来ると少し表情が暗かった。どうしたのか聞いたが手を洗う時に少し水が跳ねたと言うだけらしい。見るとスカートと上履きが濡れていて相変わらずそそっかしいと心配になった。そして気になっていた先ほどの話の続きを澤倉が話し出す。
「その襲われたクラスメイトが芸能人? みたいなんだよ」
「アイドルとかモデルとかそういう感じか!?」
なぜか食いつきがいい河合くん。後で聞いたらアイドルが好きらしく俗に言うドルオタという人種だった。
「まあ、そうらしい。ただデビュー前とか何とか言ってて、金の卵とか」
「なるほどな!! デビュー前か……じゃあ元カレとかそういう感じか!?」
「んなの俺が知るかよ。ただよ、そいつ包丁持ってたらしくて、現場に駆け付けた警備員に捕まったらしい」
澤倉の話ではその後、そのデビュー前の女の子のマネージャーが駆け付けて学校側と話し合い内々に処理してもらったらしい。そしてその子は即日転校したそうだ。
「手際が良いな。今回が初めてってわけじゃなさそうですね」
「妹の話じゃ転校して来たのが六月頃らしいからな。夏休み挟んですぐ転校って感じだな」
「私も二学期からいきなりこのクラスだし……同情しちゃうな……」
しかし真に同情すべきは澤倉の妹やら巻き込まれた方だろうとは思ったが言わないでいると、クラスメイトの家にはそこそこの見舞金が払われたそうだ。さらに高校側にも多額の寄付が支払われたと親から聞いたらしい。
「なるほどな……河合くんの言う通り痴情のもつれと言う奴だろうな」
「いやいや、それが相手は三十代以上のオッサンらしい。しかも妹が言うには入れ墨が入ってて目が血走ってたみたいなんだ」
いよいよ穏やかじゃないな。はっきり断定は出来ないけど反社会的勢力の可能性が高そうだ。
「それで、その子の写真、無いなら名前とか分かるのか!?」
「河合よぉ……個人情報なんだが、ま、いいか妹に聞いてみる」
それはトラウマを抉るような行為をして大丈夫なのかと私と狭霧は視線で話したのだが杞憂だったようでアプリですぐに返事が来た。
「名前は……頼野綾華だってさ? 知ってるか河合?」
「いやデビュー前の子のJCアイドルは流石に知らない。だが良いな!!」
私と狭霧も隠し撮りされた画像が添付されて来たから四人で見ると確かに中々の美人に見える。まさかこの少女が私や狭霧と大きく関わって来る事になるとはこの時は思いもしなかった。
「こりゃデビューしたら絶対応援したい!?」
「確かに可愛いな? なあ、そうだろ副会長!?」
そう言って別なグラビアのような画像をスマホで見せられたのだが私の感想は決まっていた。
「ふむ、造形はそうですね。ですが狭霧の方が可愛いですし何倍も美しいので」
「シン!! もっ、もうっ!! ここ教室なんだよ!! 家じゃないんだから!!」
「はぁ、つい思った事が口から出てしまって……狭霧が悪いんですよ?」
二人は元より教室中から生温かい目を向けられていた。しかし教室の一部からはあまり歓迎されてない視線も有った。
女子四人組か、元々物静かなグループだった気もするし煩かったのかも知れない。だが狭霧の瞳が一瞬悲しそうな色味を帯びたのは気になった。
◇
「今日もお邪魔しま~す」
「ああ、副会長、それに竹之内先輩。どうぞ、ここの席で」
「吉川さん。助かります。それで本日の案件は? 明日は狭霧のリハビリに付き合うので出られないで今日中に片付けたいんですよ」
放課後、今日は狭霧のリハビリが無い日なので生徒会室で勉強を見る日だった。ここ数日で吉川さんも分かっていたようで準備をしてくれていた。
「ありがとう吉川さん。それでここの問題なんだけど……」
ちなみに狭霧に高一の範囲の化学や数学を教えてくれているのは彼女だ。もちろん私も教えている。土日はみっちりと主人格の彼が教えたお陰で狭霧はかなり理解力が上がっていた。私や暴力担当の彼では絶対に出来ない所業で悔しかった。
「では私は……今日は書類メインですか、それで会長達はまた?」
「はい、あの二人に報告ですね。本当にもう」
「そっか仁人先輩や七海先輩ってこっちにはあんまり来ないんだよね?」
あの二人は私の研究に掛かりきりなはずなのに最近は別な動きも有るらしい。アニキや愛莉姉さんも何度か呼ばれたらしい。詳しくは話してくれなかったが何か事情が有るそうだ。
「ええ、そうなんです。竹之内先輩そこ計算間違ってます」
「あっ……本当だ」
大体の執務も終わり書類をまとめる仕事を狭霧にも手伝ってもらい三人で何とか終わらせると空はまだ明るかった。もうすぐ十七時という時間帯、まだこの時間は夏の名残で明るい。
「ふぅ、おしまいっと……」
「竹之内先輩、手際良いですね。いつもなら五時半越えは確定なのに」
「そうかな? こういうの昔ちょっとやったりしてたから」
そういえば小さい頃から家の母の書類を見て内容は分からなかったのに書類を分類する手伝いをしたり、あとは狭霧の父のリアムさんの書類も分類したと自慢していた気がする。
「狭霧は昔からこの手の事務作業が得意でしたね?」
「う~ん、あと最近はお母さんの勤め先の書類もまとめたりしてたからかも」
奈央さんも娘に何を手伝わせてるんだ。たしか独身時代に勤めてた事務所と聞いていた覚えが有る。そしてその日は三人で仕事を終えるとすぐに帰宅となった。吉川さんを駅まで送ると私は狭霧を家まで送りその足でSHININGに寄った。
◇
「そんな情報ねえな……サブ!!」
「アニキが言ってた例の誘拐と関係有るかと思って」
俺が澤倉や河井くんに聞いた話を簡単にアニキと愛莉姐さん、そして地下に常駐しているサブさんに話していた。
「信矢氏、調べましたぞ。頼野綾華、プロダクション『NEW・F/R』空見澤支部所属ですな。この事務所、昨年度に一部取締役が社内クーデターを起こし独立したばかりなようですなぁ、吾輩も海外に居たから知らなかった」
俺も去年は意識が無くてメガネも人格形成が半分しか出来てない状態だった。アニキはそんなのに興味はなく放浪中だ。
「私も知らないわね。去年は勇将軒でバイトだけど忙しくてね。他のメンツに聞いてみる?」
その後も他にも何か有るかとアニキに言われて俺は聞いた話を全て話した。
「その追っていた相手が入れ墨を入れていたそうです。ですから真っ当な人間では無いかと」
「シン坊? タトゥーなら最近入れてる子も多いけど?」
「澤倉から聞いた妹の話ですけどタトゥーと言うよりも反社の人が背負ってるアレみたいです」
それだけ言うと「なるほど」と言って、また別なところにスマホで連絡していた。誰ですかと聞くと道場関係と言われた。
「そうだ。俺と愛莉は昨日、顔出したけどお前ここ数ヵ月顔出してねえって師匠がぼやいてたぞ?」
「あっ、そう言えば四月に狭霧と再会してから師匠に会ってねえ。メガネの状態でしか会ってねえからな……じゃあ明日、リハビリなんで狭霧送ったら顔出します」
「おっけ、爺ちゃんに言っておくよ。サボるなよ?」
念押しされてしまった以上仕方ない。明日は狭霧を家まで送ったらちゃんと行かなきゃまずそうだ。
「はい。あの、狭霧も護身術習いたいって言ってたんすけど、リハビリ終わったら可能すか?」
「う~ん。狭霧ちゃん靭帯やったんでしょ? ならすぐには無理だろうし、その辺も爺ちゃんに聞いたら? 一応は道場主だからね」
俺たち三人が話してる間にもサブさんは手を休める事無くタイピングをしていて更に情報を集めていた。
「皆、調べた限りでは一部SNSでは学校名は出てないが噂としては出回っている模様である。ちなみにその子は別な私立中学に転校しているようであるな」
サブさんの情報では件の頼野さんは事務所の力で別の中学にすぐに転校しているそうだ。そもそも学校にもあまり来ておらずデビューに向けてレッスンしているような状況らしい。
「なるほどね芸能人様の卵様ってわけか」
「中学生よね? この子、へぇ、金かけてもらってんのね~?」
アニキと愛莉姐さんが頼野って女子の写真を見てそれぞれ感想を言う中でさらにサブさんは別な情報を出して来た。
「転校先は今度は駅の反対側、信矢氏の狭霧姫の現在の家の近くでありますぞ?」
「あんなとこに私立の中学なんて有ったんすか?」
ここ最近はずっと狭霧を送り迎えしているから、あの近辺はよく通るが全然気付かなかった。
「あぁ、そう言えば一度、夜に警備員のおっちゃんに出前したわ。新しいとこよね?
たぶん十年経ってなくない?」
「愛莉氏の言うとおりですな。創立八年の歴史の浅いお嬢様校である様子。離れたところに高校と大学のキャンパスも有りますな」
その後も四人で話しているが結局は分からない。そんな感じで暗礁に乗り上げていた時だった。カランと店のドアが開いた。今は十八時過ぎで『SHINING』の開店は二十時だから客ではないはずだ。
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