第89話「妹が動く時」‐Side霧華‐
◇
ふっと息を吐いて電話を切った私は竹之内
実は高校は日本に戻る予定で既にとある高校に出願準備を終わらせている。そして私は後ろでソワソワしている人に振り返り言った。
「そんな気になるなら電話に出れば良かったじゃない。パパ」
「い、いや、それは……それに今さら何と声ヲかけたらいいカ」
「はぁ、それが日本とNYで弁護士のダブルライセンス持ちの言うこと? 法廷以外では本当にダメなんだから」
「キリカ、そんな事言わないでくれ、パパは……」
「どんな不利な状況でも立ち向かうのに実の娘と妻に立ち向かえないとか……私は娘として悲しいよ」
私と髪の色と瞳の色まで同じこの成人男性は父のリアム=バーネット。これでも百戦錬磨の弁護士で最近は法廷でも三連勝したNYでも指折りの弁護士なのだが実態はこれだ。
「そもそもシン兄を言い訳にして本当の喧嘩の理由すら言わないのはお母さんもだけどパパも卑怯だよ。お陰であの二人が大変な事になったんだから」
「そ、それは、だが奈央も……」
そう言ってま~だ言い訳を続けようとするパパに私は一喝した。
「確かにシン兄のイジメ問題でギクシャクしたけど、イラ付いたパパがお母さんの料理の味付けにケチ付けたのが始まりでしょ!!」
「ううっ……」
「なぁ~にが『十年以上も夫婦をやっているのに目玉焼きに醤油は邪道で食えたもんじゃない』よっ!! 弁護士なら離婚原因の多さに夫婦間の些細なすれ違いが一番って知ってるでしょ!?」
別居の原因は確かにシン兄のイジメの件だった。しかし姉さんに甘かったパパは、よりにもよって母さんに八つ当たりしたのだ。その結果、最初は流してた母さんも応戦し今のような別居という事態になってしまった。
「だが奈央だって酷いんダ。『頭だけで鍛えてない今のあなたは魅力的じゃない、ユーイチの方がいい、先輩が羨ましい』なんて言うんだ!!」
「はぁ、それで今は?」
「俺が悪かった。二人に謝りたいんダ……キリカどうすれば良いと思う?」
これが敏腕弁護士の家の中での悲しい姿だ。外では大活躍だが一皮剝けばこれである。中学生に自分の妻と娘への橋渡しを頼む情けない人だ。
「受験の下見に来月末には一緒に日本に帰るでしょ? その時にキチンと話し合うって言ったよね? 何のためにこっちでの仕事減らしてるの?」
「そ、それは……誰から聞いたんだキリカ」
「こっちでの秘書の人。辞めるんでしょこっちでは、次の事務所が決まったからって挨拶に来たよ一昨日に」
「そ、そうか……じゃあパパは本当に仕事に行って来るから、キリカも気を付けて学校に行くんだよ」
そして車に乗ると行ってしまった。世話のかかる人で姉にどこか似ている。そもそも私の姉は姉で面倒だ。大好きで将来は絶対に結婚すると幼稚園の時から言い続けた幼馴染を見捨てたのを気にし過ぎて暴走したそうだ。
「あのシン兄が一回見捨てたくらいで姉さんを嫌いになるわけ無いでしょ」
パパから聞いた話だと最後まで弱い自分が情けない。守れなかった自分が恥ずかしいとまで言ってたそうで、それでパパが逆に同情して母さんに当たり散らす事態になったのだ。
「パパってシン兄お気に入りだったし、正義とかそう言うのに弱いからね」
腐っても弁護士なのでその辺りの倫理観は強く、日本で弁護活動をしてたからかアメリカのシビアな弁護士よりも感覚が日本の人情派な弁護士になっていたのも影響していたのかも。
「だからって母さんに当たる? 本当に不器用で世話のかかる人なんだから」
そして私は路上で独り言を喋っている怪しい中三だ。大丈夫、この辺りの米人は日本語なんて分からない。バス停に着くまでは独り言し放題だ。
「姉さんに昔からアドバイスしてたけど一向に上手く行かないで、しばらくしたらシン兄にビンタされたって電話だからなぁ……あれは焦った」
――――三年前
『もうお終いだよ霧華ぁ……信矢に嫌われたぁ……ビンタされたぁ』
「ついに来るべき時が来たか……」
『もう幼馴染じゃない、金髪女だって言われたんだよぉ……もうダメだぁ』
「それで? シン兄がそれだけな訳ないでしょ全部話して」
この時の私は祈るような気持ちだった。姉さん大好き、姉さん命のシン兄でもさすがに我慢の限界が来たのかと最悪の事態を考えたが、そこは流石のシン兄だった。
『私がキチンと頑張ってダメなとこ直したら友達に戻るって言ったぁ……』
「なら姉さんはまず自立しないと、何やらかした分からないけどシン兄と少し距離を置いて母さん経由で様子見てもらおう? ね?」
やはりシン兄だったと心から安堵した。だから私は母さんに電話を代わってもらい様子を見るように伝えた。友達とか言っているが本性は透けて見えている。どうせ戻った瞬間に溺愛するのは目に見えていたからだ。
――――現在
「あなたはそう言う人だからねシン兄、春日井信矢さん。一番近くで二人を見てた私が一番それを知ってるから」
そして私の予想は大当たりで先ほどの電話では相変わらず姉に甘々で溺愛していた。普通あそこまで恩を仇で返した人間を助けるだろうか。普通の人間なら百人が百人見捨てるだろう。しかし先ほどの通話を思い出すと私の予想通りだった。
『もしもし霧ちゃん? ああ、ボクだよ……さぁーちゃんに何言ったの? 顔真っ赤で凄いことになってるよ』
「久しぶりシン兄。早速で悪いけど姉さんと早いとこキスより先に進んでくれない? シン兄のスペックなら姉さんと子供くらい養えるでしょ?」
もう面倒だから『できちゃった婚』で離れられないようにした方が早いと考えた私は思わず言っていた。
『アハハ、霧ちゃんは相変わらずだね。残念ながらまだ先だよ』
「まだって事はうちの姉を引き取るのは確定なんですね? 早めにお願いします」
『分かってる……本当に霧ちゃんには頭が上がらないね。任せて、ボクも少しは強くなったから、じゃあ狭霧に変わるね』
数年振りに話したシン兄は昔と変わらなかった。本当に姉にビンタして絶縁まで叩きつけたのだろうか、そんな人格が変わったような事をしたのか疑問だった。
「ま、シン兄でも我慢の限界を迎えてキレちゃったのかな。とにかく私が日本に戻るまでには居心地良くしておいてもらわないとね」
そこで私は回想と独り言を止めた。同じ学校の生徒が増え始めたからだ。そのまま何食わぬ顔で同級生たちを話し始めた。今日は良い日になりそうだ。
◇
「それで今日は何よ姉さん。シン兄との惚気話? それとも子供でも出来た? シン兄は絶対に避妊とかするから姉さんが押し倒したの?」
『ま、まだシンとはそこまでは、でもこの間は久しぶりに二人でベッドで寝たんだ……抱きしめてくれてさ~』
どうやら惚気を聞かせる気なようで適当に相槌を打つ。距離が一気に縮まったのは連絡の途絶えた夏の大怪我の一件以降で一気に昔のような関係に戻れたらしい。文字通り怪我の功名となったそうだ。
「それで本題は何よ姉さん」
『あのさ、パパにお小遣いとか貰えない?』
「えっと……パパから母さん経由で渡されてるのよね」
『うん。でも私、シンにクリスマスプレゼント贈りたいんだ。四年振りだから』
どうやら最近は金欠で、そこで本人は小遣いの前借りを試みたが母さんにダメと言われたからコッソリとパパにお願いしようとしたらしい。
「バイトとかしたら? 高校生なら出来るでしょ?」
『でも私、勉強で平均点取らなきゃいけないから……』
なんと私の姉はシン兄のおかげで今は自主的に勉強してるらしい。小学校時代は嫌々していたのに会わない数年で何があったのだろうか。
「なるほどね。短期で一気に稼げるのか……でもそう言うのは罠だから安易に受けちゃダメだよ? まずはシン兄に相談すること!!」
『分かってるよ。それと私、最近アイドルと知り合いになったんだよ』
「アイドル? 本当に!?」
シン兄かバスケしか興味の無かった姉さんの人生にアイドルと知り合いになったとか青天の霹靂過ぎてで思わず興奮していた。
『あ、いや実際はアイドルの卵で今はレッスン中の子なんだけどね』
「それでも凄いよ。もしかしたら将来大物になるかも知れないし」
『うん。それで霧華と同い年の子なの、素直な子でね』
それではまるで私が素直じゃないみたいでは無いかと言う言葉を飲み込んで話を聞くと、シン兄とのデートの待ち合わせの時に知り合いになったらしい。基本的にはシン兄繋がりなのは流石というべきだ。
『色々と私も相談に乗ってるんだ』
「そっか、それでリハビリはどうなの? バスケ部復帰出来そう?」
『う~ん……まだダメなんだけど、そろそろ二ヵ月だから、ゆっくりとジョギングなら様子見しながらなら大丈夫だって先生が言ってくれて』
かなり経過も良くて上手く行けば来年の夏ごろには完治出来るかもしれないと言われたらしい。だから週末はシン兄と一緒にジョギングに行くらしい。シン兄は中学の頃の日課のジョギングを最近はサボり気味だから付き合ってくれるそうだ。
「でもシン兄がサボりなんて珍しいね毎朝してたのに」
『あっ、それは私がシンの部屋に泊まったりとか、怪我してた時にお世話してもらってて……あはは』
やはり迷惑かけていたのは姉さんか、シン兄ごめんなさい。どうか見捨てないで欲しい。そんな話をしてその週の電話は終わった。そして翌週に事件は起きた。
◇
「はぁっ!? モデルになるですってっ!? 姉さん何トチ狂ったのよ!!」
『うっ、声が大きいよ霧華ぁ……』
そりゃ大声も出ますよ、いきなり姉がモデルになるとか言い出せば妹としては叫びたくもなります。
「えっと……そうだっ!? シン兄は何て言ってるの!?」
最後の希望、姉の絶対的守護者で甘やかし担当の最強の男、春日井信矢はどうした。こんな危ないこと母さんが許可してもあの人とあの人の母が許すはず無い。
『すんごい反対されたけど周りが説得してくれて渋々納得してくれたよ。後は送り迎えと仕事には基本、同行するって言う条件で納得してくれた』
「シン兄が折れたの? いったい誰が説得したのよっ!?」
『えっとシンのバイト先のマスターと従業員の人と、中学の時にお世話になった刑事さん、それとお母さんも……』
「じゃあ翡翠ママには話したの?」
シン兄というセキュリティが突破されたのは予想外だが最終防衛線で私達両家のセーフティのシンママこと翡翠ママについて聞いてみた。
『母さんが絶対に話すなって……霧華もダメだよ!! 絶対だよ!?』
「母さん……でもシン兄が折れたなんて……何をしたの?」
『シンがお世話になった憧れの人が味方に付いてくれたんだ~』
そんな凄い人を味方に付けたのか恐ろしいな我が姉。でも逆に言えばそれだけの人間が納得しているから安心したと見るべきか。でも私は心のどこかで不安だった。だって私の姉がやる事は七割はシン兄の介入で成功しているのだ。不安しか無い。
「……って待って、刑事さんってサラッと凄いこと言ってなかった!?」
『あっ、それは……まあ色々あってね。あとは綾ちゃん。頼野さんの話も聞いて一緒の事務所に少しの間お世話になる事になったの』
「色々って何よ!! 危ない事なんじゃないの!?」
露骨に話を逸らしやがったな、これは何か有る、絶対に何か厄介事に違いない。もう大人しく二人でイチャイチャしてるだけでいいのに今度は何に巻き込まれた。
『え~と……あはは、あっ!? シンが呼んでるから戻るね。あと私が出る雑誌送ってあげるから驚くと思うよ~!! じゃね~!!』
「ちょっと姉さん!! 姉さっ――――切りやがった……あんの姉ぇ……」
もう確信した。恐らく私の姉は何かが原因でモデルになった。当然シン兄なら止めるから周りの人間を使って止めたのだろう。
原因はいくつか考えられるが二週間前から話の出ていたモデルが怪しい。私は自室から出るとパパの書斎に入った。
「パパ、入るわね!!」
「こらキリカ、ノックしながら入ったら意味が無いといつも――――「狭霧姉さんの危機なのっ!! 帰国の予定を来月末から変更したいの!!」
「なっ!? どう言う意味なんだキリカ? 詳しく説明してくれないカ?」
そこで私は先々週からの出来事と私の推論を話した。するとパパは少し考えた後に仕事モードの顔になった。
「それだけで動くのは早計ダナ……」
「でもっ――――「だがキリカの勘は当たるからネ。予定を繰り上げよう。来月の上旬には日本に戻ろう。日程は調整する」
「ありがとう……パパ」
「娘の願いとそして娘と将来の息子の危機だ……動かないわけ無いだろ?」
私や姉と同じヘーゼル色の瞳でウインクする父は関係各所に連絡をして私の要望を叶えてくれた。待っててね姉さん、あと心配無いだろうけどシン兄も、お願いだから私達が行くまで無茶しないでね。
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