第77話「目覚めるボクと気付いた彼女」
◇
「ですから狭霧、現在完了までは理解出来るのに、どうして現在完了進行形は分からないんですか? これが理解できないと過去完了形と進行形も」
「ううっ……だってぇ……」
「では、もう一度……うっ、あなたは、ですが……分かり、ました」
「信矢? ど、どうしたの? 私の頭が悪過ぎて怒っちゃった? ご、ゴメンね。私今度こそ……」
こんなに怯えちゃってるし、確かに今は彼女の、さぁーちゃんにとって大事な時だ。だけどイコール彼女を追い込んで良い理由にはならない。だからボクは眼鏡を取って言った。
「ごめんね、さぁーちゃん少し休憩にしよっか?」
「へ? う、うん……って!? シン!?」
「うん。ボクだよ。少し待っててねプリン有ったはずだから持ってくるから」
もう限界だ。この三日間、二人のやり方を見て来たけど全然なってない。さぁーちゃんは基本ヘタレだ。集中力が有る? 意外と根性が有って頑張ってる?
そんなのまやかしだ。彼女のメンタルは基本弱い。ボクに言われたくないだろうけど、だから大事に扱わなきゃいけないし、その気にさせないといけない。
「あっ、シン……」
ボクはすぐに下の階でプリンを貰ってくるとモジモジしてる、さぁーちゃんにプリンとスプーンを渡して、なるべく優しく話しかける。
「うん。さぁーちゃん。今日までお疲れ様だね。ここで少しお話しよっか?」
「でも勉強しなきゃ……」
「焦ってもダメだよ? だから……そうだね、さぁーちゃんとボクは四歳で知り合ったよね?」
まず大事な事は勉強から遠ざける事、さぁーちゃんは天才肌だ。これは小さい時からずっと一緒なボクが一番分かっている。
「うん……懐かしいなぁ……あの頃は嫌な事から全部シンが助けてくれた」
「もう十三年前だね、途中で嫌な事はいっぱい有ったけどさ、こうしてずっと一緒にいられて……ボクは嬉しいよ」
「私も、シンとまた話せて嬉しい……よ?」
良かった。突然こんな事言い出したから頭を使ってる。良い感じだ。このままボクを疑ってもらわなきゃ、そうすれば、さぁーちゃんはいつもの調子を取り戻す。
「さぁーちゃん、さてと、じゃあそろそろ休憩お終いなんだけど、今切り替わったから何時間くらい勉強してたか分からないんだ。教えてくれない?」
「うん。2時間ちょっとかな……途中に休憩は入れてたけど」
「うん。じゃあ、さぁーちゃん現在完了だけどね。よく言われてるのは物事の継続性について、現在完了進行形は動きそのものの継続性なんだけど……」
「ふむ、な、なるほど……うっ」
うん、やっぱり理解出来てない、実際に第三の彼がこんな説明したからだね。確かに彼は頭が良いボクの理想だから、そして言わんとしてる事は理解出来る。だけど、さぁーちゃんにはそれじゃダメだ。
「そこでね、さぁーちゃん、ボク達は十三年、くらいの付き合いだよね?」
「うん。途中は離れ離れだったけどね……」
いじけてる、本当に可愛い。少しづつ昔のようになれていてボクも嬉しい。こんな情けないボクだけどね……。
「そうだね……じゃあバスケはもう八年、いや九年?」
「うん。ずっと、頑張ったよ。わたし!!」
中学の頃は暴力的な彼が居たから詳しくは知らないけど小さい頃は二人で頑張れていたはずだ。あのクズこと見澤が現れるまでは平穏だった。そして高校の時にはもう一人の彼に任せていた。
「よく知ってるよ……と、そう言う感じなんだよ現在完了は、ずっと続けている感じって言うのかな、ボクの覚え方ではね?」
「え? そう、なんだ……じゃあ進行形は?」
「うん、そっちは動作、動きと考えて……そうだね、ボク達が今まで勉強をやっていた二時間が現在完了進行形かな?」
状態と動き、動作と教えたりするらしいけど具体例を出して、しかも、その人にとって馴染み深いものじゃないと覚えられないはずだ。他の二人は今回、さぁーちゃんに初めて勉強を教えるはずだから彼女の面倒くささが分かってないんだ。
「ううっ、やっぱりイマイチ分からない」
「じゃあ最初から、ゆっくりね? さぁーちゃんがバスケをずっと続けていることが現在完了ね?」
「うん……」
「そして今まで勉強をしている今が現在完了進行形」
「なんとな~く分かったけど……」
実は教え方は上手くは無い、だけど、さぁーちゃんにだけ教えるなら話は別だ。さぁーちゃんの集中力と普通の人とは違う感性に訴える教え方、これが大事なんだ。バスケの時も自由研究の時も大体この方法で上手くいった。
「じゃあ今のを思い出しながらここの訳をやってみよう。さぁーちゃんはスペルは覚えてるから後は訳せれば書けるようにもなるよ?」
「う、うんっ!! やってみる!!」
ちなみに、さぁーちゃんの感性つまりはツボを抑える方法としては過去の経験がもっとも有効的だ。
次に大事なのが直近の事と結びつける。他の人は知らないけど小さい時はこの教え方が一番有効だった。
◇
「うんうん。良い感じだよ。なんとな~く分かった感じ?」
「うん。なんかこう、ずっーと動いて繋がってるのと、今もビャーっと動き続けてる感じなんだね!!」
「そ、そうだね……」
やはり勘だけで理解している。正解率も上がってるし下手に教えるよりも後は自力で勉強してポイントを教えてあげるのが一番だ。その後も適度に褒めて甘やかしてひたすら尽くす。
「う~ん……この感じ小学校の頃以来だよぉ……」
「二人には任せておけない……からね。勉強に関しては、ボクが見るからね?」
「うんっ!!」
ボクが表に出る時には二人は基本的に静かで、これが主人格としてのボクの力なのかもしれない。しかも三人の人格がリンクして共存してからは頭痛もだいぶ減っているのも助かっていた。
「シン!! 私、次は化学頑張る!!」
「うん、でも良いの? 他の得意な現社とか歴史でもいいんだよ?」
「ううん、そっちは自分で頑張るから!!」
これは任せた方がいいパターンだ。さぁーちゃんは基本的に天才肌だからやる気にもムラがある。別に天才型が皆そうでは無いと言っておくけど彼女はそのタイプだから下手に逆らう必要は無い。
「化学反応式!! 教えて!!」
「こっちは中学の範囲の方からだね……高校でも基礎で出るし、頑張ろうか!!」
その後も頑張ってあの手この手で彼女を上手く誘導する。ハマれば強いのは狭霧の、さぁーちゃんの強さでとにかく集中力が凄い。バスケの練習も集中力でカバーしてあそこまで上手くなった。
「うん。良い感じだよ。さぁーちゃん凄いよ!!」
「うんっ!! 私はやれば出来る子!!」
ここで残念になるのがセオリーなのだけど狭霧は違う。人並外れた集中力と昔は全然無かった根性で必死に食らいついて来る。そして新学期が始まって初めての週末がやって来る。
◇
「ふっ……くぅ」
「竹之内さん良い感じですよ。まだ家では自主的なリハビリはしてませんよね?」
「はいぃ……っ、軽い屈伸してすぐにアイシングぅ……してますぅ」
目の前では看護師さんとリハビリを必死にしている俺の幼馴染が居る。俺は毎回付いて来ていたが今回は違う。
「なんか用っすかね~? お姉さん?」
「あなた本当に彼女から離れないのね、ストーカー?」
「いんや彼氏だけど? むしろストーカーはあんただろ?」
そう言って俺はリハビリの度にやってくる女、芸能事務所の人間だとか言う冴木を睨みつけていた。
「本当に口の減らない子ね。私は原石を磨きたいと言ってるだけよ?」
「狭霧が望んでないんだがな?」
狭霧が芸能界などふざけた世界など入った日には三日と経たずに騙され傷物にされるのが目に見えている。
「あのねぇ、そんな昔の芸能界じゃあるまいし」
「昔有ったのなら今も無いとは言えねえだろ?」
そして狭霧に直接話すとか言ってリハビリ施設で待ち構えていた。当然そんなことは許さない。
「はぁ、とにかく子供は下がってて……狭霧さんとは私が直接」
「と、言うわけなので芳野さんお願いしま~す」
そして俺はメガネと同じ手を使う。こう言う時にレスバして相手をやり込めたり、実力行使すんのは俺好みだが、ここで問題を起こしたら狭霧にも迷惑がかかるし病院側への印象が悪い。最悪の場合はリハビリ施設を別な病院に指定されてしまう。
「冴木さん、本当に前も言いましたけどここは病院なんですよ!!」
だから病院側へ任せる。まさか病院側もこんな病人でも無い今は見舞い客でも無い人間が堂々と院内で好き勝手にした挙句に病人をスカウトするなど動かざるを得ないのだ。
「あなた達には彼女の才能が分からないんですか!?」
「才能とかそう言う問題じゃないんですよ!!」
そう言って男性のリハビリ担当の看護師も数名駆けつけて来たので冴木は俺を睨みつけると足早に去って行った。
「あんがとございます皆さん」
「春日井くん。さすがに二回目だし上に報告しておくから、もし三度目が有ったら今回みたいにすぐに言ってね」
「助かります。ほんと自分と狭霧がご迷惑を」
そう言って頭を下げながら狭霧の方を見ると、こっちには気付いて無かったようで安心した。今日はこのまま狭霧は泊まりだ。
と言っても四日ぶりだから大差ねえけどな、もっとも最近は家の中で幅利かせてるのは、よりにもよって一番弱い情けないあいつなのが気に食わねえ。
「ま、これも狭霧のためだ。しゃ~ねえわな……」
そんな事をグチグチと呟きながら俺は自販機でスポーツドリンクを二本買って狭霧の元へ行く。そして先ほどの冴木と言う女への対策を考えるために、近い内アニキに話を聞いてもらおうと心に決めた。
◇
「ううっ、美味しいよぉ……ボロボロの体にハンバーグの肉汁が染み渡るぅ」
「ふふっ、さぁ~ちゃん、口の周りべったりだよ? ほら」
「ありがとシン……って、ダメダメ!! 自立しなきゃ!!」
家に戻るともっぱらボクが仕切るようになっていた。だって二人に任せておけないからね。まだ数日しか経って無いけど、さぁーちゃんは少しづつ勉強への苦手意識を失くしているのは確実に成果として現れていた。
「それにしても信矢……なのよね?」
「ん? どうしたの母さん?」
「いえ、いつものキリッとした方や乱暴な方でも無いから少し驚いてね」
そう言えば母さんとはボクの状態で話すのは二年振りくらいだろうか。最後はボクと俺の中間でよく分からないまま暴走していたから。
「そうだけど、何を言ってるの母さん?」
「いいえ、何でも無いわ。凄い久しぶりに小さい頃の信矢を見た気がしてね。少し嬉しくなったのよ。そうやってよく狭霧ちゃんのお世話してたからね?」
「うっ……すいません、シンママ」
「いいのよ。昔に戻ったみたいで安心してたのよ」
そう言って何気無い顔で狭霧のお皿に新たにハンバーグを追加していた。当の本人は目を輝かせて自分もチーズイン作れるようになりたいとか言っていた。
「さぁーちゃんなら頑張ればすぐ作れるようになるよ」
「じゃあ、その時はシンが食べてね? 練習には付き合ってくれなきゃダメだよ?」
ボクが頷くと狭霧は「シンママ教えて~」と、甘えていた。そして黙々と食事を摂っていた父さんは「ごちそうさま」と言って頷くと俺を優しい目で見ていた。
「どうしたの?」
「いや、スマンな。やはりお前達はそれが素の状態が一番合っていると思ってな」
そう言って肩をポンと叩くと父さんは自室に引き上げて行った。そしてボク達も夕食を終えると部屋に戻る。当然、寝る前の勉強を簡単にやるためだった。
◇
「じゃ、さぁーちゃん。今日は二次関数のグラフを二問やって終わりにしよ」
「それだけで良いの?」
「うん。明日は土日だからみっちりと勉強しなきゃダメだからね。今日も帰って来てから必要な分はやったし、忘れないのが重要だよ」
それだけ言うと分かったと納得して黙々と解き始める。まだ中学レベルの問題だけど初日に泣きながらやってた時とは比べ物にならない。
「できたよ!!」
「じゃあ見てみようかな? うん、一問正解、もう一つの方は公式に当てはめた所までは良かったけど計算ミスだね。惜しい!!」
そんな感じで英単語や原子記号それに古文の動詞、ラ行変格活用の暗記とかをしてダラダラと終わらせた。そして勉強後は二人でアイスを食べながらゴロゴロする。昔はこんな風に過ごしていた。場所は二人のどちらかの部屋でいつも一緒だった。
「ふぅ、勉強は大変だけど、やっと私の楽しかった頃が戻って来たよ……」
「ボクも凄い今が楽しいし充実してるよ、お揃いだね?」
「うん。あっ……!?」
そして狭霧が何かに気付いたと言わんばかりのリアクションをしてボクを目の前にして言った。
「これってシンが出て来たなら私の勝ちじゃないの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます