第4章『決戦!空見澤市動乱』編
第76話「スポーツ転科生は劣等生で幼馴染」
◇
「たっ、竹之内狭霧っ……です!! しょ、諸事情でスポーツ科から転科して来ました!! よっ、よろしくお願いします!!」
「え~、では竹之内の席は――――「先生、こちらになりますので、狭霧? ここまでは来れますか?」
「うん、大丈夫だよ……す、すいません。通りま~す」
そう言って片方だけの机の間を松葉杖で器用に歩いて近くまで来たので素早く席に座らせる。
「えっと、では竹之内の事は基本的に春日井に頼んで大丈夫か?」
「はい。先生、ただ狭霧は体育はまだご覧のように足の不調で出来ません。それ以外は日常の――――「信矢。私、自分で言えるから……大丈夫、だから!!」
なん、だと……狭霧は立ち上がり私を遮ると自分ですらすらと医師から注意点を言うと席について先生も納得していた。
「わ、私だって自立して頑張るから……勉強も、全部!!」
「さ、狭霧……」
そんな……教室でも完璧にサポートしようと思ったのに……私はもういらないのだろうか? いやいや彼女が頑張ろうとしているのに私は何を考えているんだ。
「で、でも……こ、困ったら頼るのは信矢……だから、それまでは頑張るよ」
「分かりました。ですが何かあったらすぐに介入します!!」
「う、うん。お願い……」
まるで気遣われたような感じだと思ったら、第二の彼いわく、普通に過保護にし過ぎだと怒られた。ちなみに第一の彼は目を離すのは論外と二人で勝手に喧嘩し出している。だが私はどこかで彼女の成長を喜んでいる心も有って複雑だった。
◇
始業式や必要な連絡も終わり最後に簡単な連絡事項が有り、あとは帰宅。当たり前だが始業式の日なんてどこでも変わらない。
「さて帰りますよ? 狭霧?」
「うん!! わわっ!!」
しかし先ほどまで完璧に松葉杖を使いこなしていた狭霧だったけどバランスを崩してしまった。だから私は咄嗟に抱き留める。
「油断しましたね? 無理は禁物ですよ?」
「うん。自分なりに頑張ったんだけど……」
「ええ、頑張りましたね? では今日は家に帰って昼食、その後は病院でリハビリ、そして帰宅ですね?」
「えっと、後は晩御飯の買い物……」
そうだった、今日からはもう家に狭霧が居なくなるんだった。当たり前の日常に戻るのに喪失感が凄い。だけどこれが当たり前で仕方ない事だ。そう考えて私は狭霧を支えながら階段を下りて行く。手は決して離さずに家路を急いだ。
◇
その後は私の家で昼食を食べて母さんの車で病院へ行きリハビリを二時間少々して一度我が家へ戻ると荷物をまとめ始めた。
「これは置いて行って大丈夫なやつで、これはすぐ使うから……」
「えっと、狭霧? 全部持って帰らないんですか?」
「うん。次来る時に着替えとか……あとブランケットはこの部屋に置いてて良いってシンママ言ってたよ?」
「は、はぁ……そ、そうですか」
いや、別に私は良いのですが……一応は気になって母さんにも声をかける。するととんでもない答えが帰って来た。
「だって、あんた達付き合ってるんでしょ? ここ数日間見てたけど昔以上に仲良くなってるし、足治ったらすぐ来るでしょ?」
「い、いえ……私達はですね」
そう、私の多重人格を矯正し安定化させるために狭霧とは付き合っている振りをして勝負しているだけだ。そもそも治療行為で……。
「なんか難しい顔してるけど、まさか、また話せない事でもしてるの?」
「いえいえ。何でもありませんよ。ただ私達は付き合いたてですので……世間体が」
「ああ、そんな事気にしてたの? でも、二人はたった数年一緒に居なかっただけじゃない? どんなに時間が経っても変わらないものが有るように見えたけど?」
そうなのかと私が疑問符を浮かべていたら母さんは少しばつが悪い顔して付け足して言った。
「ま、息子の悩みに気付かず放置してた母親の言う事は当てにならないわね?」
「それは……」
「良いのよ。二回も失敗してるんだから何を言われても」
自嘲気味にため息をつく母さんはどこか弱々しくて意外だった。この間まで私はどこかで母さんは泰然としていて、予算に厳しい家の中を仕切っていると、そんな感じに思っていた。
「ふっ、意外ですね、それを聞くと昔の自信満々だった人と同じとは思えない。今も家計はしっかりと管理してますけど、前ほどじゃないし」
「案外と人間なんてそんなもんよ。信矢、言い訳になるけど聞いて。親もね、あんたの親をするのは初めてなのよ?」
「なるほど……勉強になります」
◇
その後に私は人格変更をして俺になった。母さんは相変わらず面食らっていたけど狭霧の方は俺が人格が変わっていたのが分かったようで、すぐに文句を言って来る。
「もう、ちゃんと言ってよ!! メガネ取ってないから最初、分からなかったよ?」
「ああ、わりい。最近はたまに付けたままでいる事があんだよなぁ。そもそも伊達メガネだしな? これってよ」
「えっ……って、そうだよね。シンって目は悪く無いもんね……そう言えば一学期にやられた目の傷、もう殆ど消えたね……良かった」
心配をかけていたと今さら気付かされた。あの時は暴走してたから気遣ってやる余裕すら無かったが今は分かる、心底ホッとしたような顔をしてるのを見ると俺は思わず強がっていた。
「ああ、あのボクサーに殴られた時か、あんなん屁じゃねえぜ、前にアニキと一緒に戦った時なんて、もっとすげえ怪我したしな!!」
「そうやって怪我を誇ったり自慢したり、良くないからね? あの時も、ずっと心配してたんだから!! ね? シンマ……じゃなくて翡翠お義母さま!!」
「そうね、あの頃は本当に心配ばかりかけて……それと狭霧ちゃん、呼び方は昔のままで良いわよ? 私もそっちの方が落ち着くしね」
二人に釘を刺されたんじゃ仕方ねえから少し不貞腐れたけど、悪くねえとも思ってしまう。狭霧がいて母さんが居て、俺は……ボクは……この光景を……あれ?
「信矢? どしたの?」
「あっ、いや……何でもねえよ。じゃあ家まで……そう言えば買い物有るのか……母さん車出してくれ」
母さんに頼むと快く車を出してもらって俺達はそのまま家を出て近所のスーパーで買い物を、そして狭霧のアパート前で二人で下ろしてもらうと部屋に向かう。母さんには先に帰って貰う事にした。
◇
「うわっ、思った以上に汚れてるなぁ……ちょっと空気入れ替えなきゃ」
そう言うと狭霧は怪我をしてない時と同じように動くから危なくて見てられない。俺も手伝って簡単に掃除をする。さらに料理まで始めてしまうので俺が横で倒れないように見ながら手伝う羽目になった。
「えっと、狭霧、これは?」
「うん。シンはそのまま大根切ってて、葉っぱも捨てちゃダメだよ? お味噌汁に入れるから」
「お、おうっ……」
狭霧は実質片足なのにピョンピョン跳ねながら時に俺を上手く使ってバランスを取りキッチンを縦横無尽に動き回る。さすが腐っても元バスケ部のエースだ。ガキの頃に練習に付き合ってた時よりも機敏だ。
「どうしたの信矢?」
「いや、片足で器用に動けるなって思ってよ……体さばきも悪くねえし、足治ったら軽く護身術でもやってみないか?」
思わずそう言っていた。他意は無いけど自然と口に出ていた。
「そ、それって信矢と同じ道場? じゃあ愛莉さんのとこ?」
「ま、師匠に聞くのが一番だしな……愛莉姐さんは我流が強いしなぁ……ま、どうしてもって言うなら俺が……簡単なのは教えられるしよ」
「あっ、う、うん!! じゃあさ怪我治ったらシンのお家の庭でやりたいな……」
俺ん家かよ……ま、庭もそこまで狭くねえから大丈夫だと思うけど……。
「そいつは構わねえけど、道場の方が安全だから……」
「でも、シンパパと二人で柔道の練習してるの見てて……少し良いなって、そう思ってたんだ……」
「わぁ~ったよ。じゃあ怪我治ったらリハビリがてら教えてやる」
そしてその日は奈央さんが帰ってくるまで掃除と簡単に勉強を見てやって夕ご飯をご馳走になり家路に着いた。弁当は手間になるからと明日からは遠慮した。当然だと思う反面少し残念だったが怪我人に世話させるのは問題だ。
「でも、治ったら絶対に作るからね!?」
俺の内心に気付いたかのように言われてかなり焦った。そうして二人に見送ってもらい、明日も迎えに来る事を約束すると俺の一日は終わった……。中間対策に、リハビリに、送り迎え、明日からは違う意味で大変だ。
◇
そして翌日から狭霧の地獄のような日々が始まった。
「うっ、じんやぁ……こんなの無理だよぉ……もう帰りたいよぉ~」
「おいコラ、まだ一日目の半分だぞ? 自分でやるとか言ってたよな?」
「難しいよぉ……じぇんじぇん分からないよぉ……」
ちなみに今は狭霧と俺、さらに河合、澤倉の四名で弁当を食べていた。二人とも運動部では有るが普通科だ。そして意外と澤倉は頭が良い。
「今日は復習しかやってねえけどな……もしかして竹之内ちゃん意外と頭悪い?」
「ううっ……成績ほぼオール1ですぅ……」
「「えっ……」」
さすがにドン引きする二人。さらに周りにも波及していく、どよめき、それと同時に何人かの女子が勝ち誇った顔をするのが嫌らしいところだ。
「スポーツ科の名誉のために言うと狭霧は特待で勉強してねえだけだからな? 他は……そこまでアホじゃない……はずだ」
「ひどいよぉ……だから信矢が教えてくれるんでしょ?」
思いっきり甘えて来る狭霧に俺はため息を付きながらもあと一ヵ月チョイでコイツを人並みより少しだけ頭悪いとこまで上げなきゃいけないのが使命なのを思い出す。ちなみにクラスで赤点は一人も見た事は無い。腐っても進学校で、それも偏差値もそこそこ高いので普通科でも赤点はまずいないのだ。
「まあな……取り合えず日本語は分かるし現国や歴史とか文系科目はいけるな?」
「うん……でも理数系はダメだよぉ……あと英語」
主要五科目のうちの三つがダメで、厳密には残りの二科目も古典や漢文、それに日本史Bとかは壊滅的だ。なんだ、やりがいがあるじゃねえか……俺は不敵な笑みを浮かべて久しぶりの母さんの弁当を食う。
「まあ心配すんな狭霧?」
「信矢!! うん、何とかして――――「今日から徹底的に厳しく躾けてやるから心配すんなよ?」
「えっ……やっぱり、そう、なの?」
そう言えば狭霧に勉強は教えた事は無かった。狭霧の代わりに宿題をやったりしてはいたが……今更ながらどう教えてやったもんか……。ま、俺がガキの頃やってたやり方で良いから……。
「ああ、もちろんだ。まずは赤点回避だからな?」
「じゃ、じゃあ少し頑張れば……」
「狭霧、オメーの成績は悲惨の一言だ。取り合えず中学の総復習からやっから覚悟しとけよ? あとはテスト前に山張って潰す。基本戦略だがそれで行く」
俺が言ったら、また教室中がどよめきに包まれる。いい加減にしろよ? オメーら俺は今回は何も悪い事言ってねえからな?
「ちょっ、春日井、お前テストそうやって突破してたのかよ!?」
「副会長の学年一位って常に勉強してたんじゃないのか?」
「ああ、勉強なんて寝る前に毎日三時間くらいしかしてねえぞ? そんでテスト前に総復習するだけだ。てか何十時間もやっても能率悪いだけだからな? ちなみに普段は山なんて張ってねえぞ? 全範囲満遍なくやってるだけだ。今回は狭霧用の特別メニューなだけだ」
何人かクラスの勉強ガチ勢が頭を抱えていた。奴らからしたら、たった三時間だからな。特進なんてもっと勉強してるんだろうし……だけど人間の集中力が本当に保てるのは精々が四十分弱それ以上やっても惰性で、集中出来てると自己満足で思い込んでるだけだ。俺はそれを毎日三セットやっていただけに過ぎない。
「え? そうなの?」
「夏休み俺ん家に泊まって教えてた時も口だけで実際は夜中まではしなかったろ? 夜中にやるのは意外と効率良くねえんだよ。勉強した気にはなれるけどな?」
なんかメモしてる奴らとか居るな……少し読書して、ネットでもしてりゃ拾える知識なんだが、何ならスマホでも良いし。
「あと生徒会もしなきゃいけねえからリハビリ無い日はお前も生徒会室で勉強だ。いいな?」
「えぇ~、生徒会室って何か怖いよ……前行った時は信矢と二人しか居なかったけどさ」
「ああ、吉川か。あいつは一年でも使えるからな会長や書記より頑張ってるし、折角だから生徒会も手伝うか?」
「私なんかじゃ無理だよ……でも勉強の方は分かった……やるよ」
ちなみに午後は教師に指され、慌てながら英語の朗読をしていた。詰まり過ぎて途中で止められ俺が読んだが悔しそうにしていて、少しだけ可愛かったのは内緒だ。
◇
「私、勉強頑張る……」
「ああ、だけど、まずは病院だな? 今日、松葉杖返すんだろ?」
「うん。今日はほとんど使わずに歩けたしね?」
放課後、一応は自転車の荷台に乗せながら帰り道を二人で行く。若干、奇異の目で見られるが構わない。そして、これが俺達二人の当たり前の光景になるのに時間はかからなかった。学校生活、新しいクラスでの生活、そしてリハビリは徐々に安定して来た。しかし勉強の方は頑張っているがイマイチだった。
「ううっ、頑張ってるけど大変だよ……SVOCって何? 過去完了? 私の過去はずっと生き生きとしてるもん!!」
「あ~!! うだうだ言うんじゃねえ!! ま、俺も教えるのも苦手だしな……ここはメガネに任せるしかねえか……」
そうして俺は私に変わった。私は良くも悪くも、この手の能力には長けている。勉強も得意だ。知識量は三人が同じだが私は全ての面で総合力が高いと自負している。だから問題無い。この時は、まだそう思っていた。
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