第74話「妥協と交換条件」


 ガキの威圧程度でここまでビビるのか? ま、これもアニキと竜さんのお陰だ。あの人達のお陰で場を支配する眼光やらメンチの切り方も覚えられた。俺は軽く息を吐くと眼前を睨みつた。


「まず……この要綱に間違いねえんだよな? 山田先生よ~?」


「あ、ああ……」


 俺はあちらが資料として置いていた資料の中の要綱とさらに詳しく説明した成績判定の書類などをテーブルに叩きつけて言う。


「か、春日井くん? ど、どうしたのかね?」


「どうしただぁ? 桶川センセ、テメーよ。人の女にケチ付けられて喧嘩ふっかけられたんだから当然こうなるよなぁ? それより山田せんせ~、どうなんすかね?」


「あ、ああ。この書類に書いて有る事は、この要綱の事は全て本当だ。ですよね? 教頭先生?」


 それにしても、意外だ、桶川や教頭だけじゃなくて、あの山田せんせも驚いてるようだ。俺の演技力も中々なもんだな。


「あ、ああ。ただ春日井くん、その言葉遣いは……君は優秀な模範生なのだから」


「へいへい。わっかりました~!! じゃあ話していくぜ? 良いな?」


 俺は再度周りを睨んで、チラリと狭霧を見ると目が合って不安そうな顔をしている。だから再度聞いた。


「おい、狭霧!! メガネに言った事、出来るな?」


「ん、頑張る!!」


「うしっ!! よく言った!! じゃあ、取り合えず次の中間で赤点越えだ。そして期末は平均点越え。これなら文句ねえよなぁ?」


 そう言った瞬間に、全ての人間が時が止まったように静まる。この空気のまま一気に畳み込む。


「この要綱を確認したんだがよ、学力基準が満たしてねえ場合の基準は直近のテストが赤点以下の場合は学力不十分で補習、それが二回以上続いたら審査に入るって有る。そうすっよね?」


「ああ、そうです。ですよね? 教頭?」


「ああ、そのような決まりなはず……だ」


 よし、言質取ったぞ。スマホで録音もしているから完璧だ。メガネはこの部屋に入ってすぐにスマホの録音をオンにしてポケットから取り出し録音しやすい胸ポケットに忍ばせていた。それに別のポケットにも用意が良いのかボイスレコーダーまで有る。だから俺は今の発言から、そちらもオンにして録音を開始していた。


「つまり、直近のテストは現国と体育、世界史以外は赤点で、逆に言えばそれ以外の教科を抑えりゃ良いんだろ?」


「な、何を言ってるんだ!? 彼女は入学以来、ずっと赤点で!!」


「んな事より質問だ!! 山田先生や他の先生も、この退学を決める期間は特待生の効力が終わってから、この資料だと直近の前のテストだから一学期の期末と今回の十月頭の二学期の中間を二連続赤点取ってから初めて効力を発揮すんじゃねえの?」


 桶川を無視して俺は他の教師に言葉を吐く、目の前の桶川が動揺していたから予想通りだ。コイツ、この抜け道を、いや正確には当たり前のことを説明しなかった。そして俺は見た山田先生の口元がニヤリと笑ったのを……。


「つまり、あんたらが狭霧にやろうとしたのは説明不足で、善良な生徒を騙す一歩手前だったって訳だ。その点に付いて説明たのんますわ」


「い、いや。それはたまたま……」


 キチンと調べねえのはいけない。さっき読み込んだ俺に論破されるとか、たかが知れているが、そもそもガキの頃から本は、ひたすら読み込んでいた。だから速読は得意だし大事なワード拾うのは慣れている。だって小さい頃から狭霧に絵本の内容教えてやるのが俺の仕事だったからな。だから俺が先に読んで説明しなきゃいけなかったから自然と身に付いていた。


「そうだ副会長。竹之内さん、いや狭霧さんに桶川先生は説明をしていたが、うっかりミスも有る。だが、そうだとしても彼女の過失は有る、違うか?」


「さっぱり分かりませ~ん。詳しく説明してくれませんかね?」


 山田先生、たぶんこの人は俺達側だ。何か企んでるけど、色々と考えてくれてはいる。だから乗ってみる、喧嘩の相手も阿吽の呼吸が有る。それに昔の偉そうな奴も言ってたらしい、無能な味方よりも優秀な敵の方が良いってな。


「ああ、彼女は二月の時点で気付いていた。つまりは一年の三学期と進級後の二つ、まあ、一年生の方は除外しても進級後の二つは確実に特待生権限だ。でも彼女は黙っていた。これは立派な裏切りだと思わないか?」


「そ、その通りです!! さすが山田先生!! やはりこのよう――――「黙って下さいませんかね? 桶川先生、今、私は、大事な生徒に説明中です!!」


 ヒッ、と桶川が何とも間抜けな声を上げて黙ったのを見ると山田先生が説明を再開する。


「つまり、どんな形でも竹之内さん、狭霧さんは二回の上限を超えている。既に終わってしまっているんだ……残念ながらな?」


「なるほど……では提案が有るんですがね~? 教頭先生や他の先生も」


「な、何かね? 春日井くん……」


「確かに狭霧が黙って足の爆弾隠してたのは悪い、だけど、そもそも足の怪我に気付かねえ無能が居たんじゃねえの? 例えば顧問とかさ?」


 そう言って俺は赤音先生を睨んだ。目を逸らされる。


「い、いや。それは……中野先生も弁明があれば言いなさい!!」


「教頭……ありません……生徒を見て無かった、女バスの顧問の私の責任……です。申し訳、有りませんでした……」


 正直、毎日、メガネがストーキングしていて気付かなかったレベルだから赤音先生が気付かないのは仕方ない気がすんだけどな、それでも教頭が促すと赤音先生はこっちを見て狭霧と俺に謝った。そう、謝った。


「今のは公式の謝罪ですよね? 教頭先生?」


「ああ、しかし責任と処分は顧問の中野先生と学院の運動部統括の山田先生、あとは学年主任にする、それで良いのかね?」


「そ、そうだ!! 三人もの大人、それも教師が責任を負うんだ!! いい加減にしたまえ春日井くん!!」


 オーケーナイス桶川。俺は今のもしっかり録音した。そして同時に俺は狭霧にアイコンタクトをした上で奈央さんを見た。


「今、認めちゃいましたよねぇ? 教師三人がミスったって、つまり、これはの失態だよな? こっちも狭霧が悪いだけなら引き下がろうと思ったんですがねぇ?」


 水を打ったように場が静まった。山田先生を見るとプルプル肩が震えている。あれ笑う寸前だわ。そして誰も見てない間に狭霧は奈央さんの膝をチョンチョン、突っついて俺の指示を実行しようとしているのを確認した。


「そ、それは……し、しかし言葉の綾で!!」


「今の全部録音してるんですよ教頭せんせ?」


 ピッとボイスレコーダーで再生すると俺は机に置いて先ほどの会話を再生する。


「証拠、取ったぜ? 桶川せんせ?」


「あ、あああああああ!! こんなもの!!」


 そう言うと奴は机のボイスレコーダーを奪うとメキメキと音を立てて折れないと分かると踏ん付けてボタンを壊していた。


「なっ!?」


「そんな……」


 赤音先生と狭霧が驚きの声を上げて、奈央さんも絶句している。教頭ですら頭を抱えて、学年主任は声を上げていた。


「あはははははは!! 大人の力を舐めるなよ!! ガキぃ!! これで証拠は全部パーだ!! 舐めた事してるが、所詮はガキなんだよ!! 春日井ぃ!!」


「おい!! 桶川!! いい加減に!!」


 山田先生も声を上げて抗議するが奴の嘲笑は止まらない。だから最初から全部録音していたスマホの方をポケットから出す。そして奈央さんを確認するように見て再度スマホを示すと気付いたようだ。狭霧も奈央さんの耳元で内緒話をしている。


「ん? んん? どうしたんだ春日井? 悪ぶってナイト気取りも終わりかぁ? 少し成績が全国入りしてもなぁ!! ガキの浅知恵なんだよ!! 春日井ぃ!!」


「ああ……ガキの浅知恵聞いてみるか?」


 俺はスマホで再生する。今、まさに録音したものを……奴の醜態や今までの方も、しかもメガネの野郎が会議の最初から撮ってた分、こっちの方がオリジナルだ。


『あはははははは!! 大人の力を舐めるなよ!! ガキぃ!! これで証拠は全部パーだ!! 舐めた事してるが、所詮はガキなんだよ!! 春日井ぃ!!』


「いやぁ~困ったなぁ……今日のこの暴言、SNSや動画サイトに流したらさぞ世間の皆さんが面白い判断してくれんだろうなぁ?」


「あっ、あああああああ!!」


「二度も同じ手は効かねえんだよ!! ボケ!!」


 再び襲い掛かって来る桶川を軽く間合いに入れて当身、そしてそのまま足をかけて小内刈りで会議室の隅の書類の束に突っ込ませた。


「ぎゃあ~!!」


「桶川くん!?」


 叫び声が聞こえる中で俺はダメ押しの手札をオープンする。狭霧と奈央さんを見て声を上げる。


「奈央さん!? 今のも撮れました?」


「ええ、バッチリよ!! さっすがシン君ね?」


 狭霧を通しての奈央さんへの指示は完璧だった。俺達二人の秘密のサインは小学校時代で完成してる。俺の何気無い動作、怪しい動き、それはお互いに何度も『暗号ごっこ』で、やっていたから伝わると信じていた。だから奈央さんにスマホの用意をしてもらった。そして今の光景もキチンとスマホで撮影してもらった。


「こ、これは!! し、しかし!!」


 さて、だいぶ混乱している。じゃあ交渉と交換条件……あとは餌だ。フィナーレと行こうかね?





「さて、落とし前どう付けて……って言いたいんですけどね。こっちとしても暴力を行使したり、脅迫に近い事なんて、したく無いんすよ?」


「どう言う事なんだ?」


 山田先生と教頭が不思議そうな顔をする。てっきり脅迫でもされると思ったのだろう。残念、これは切り札と今後の話を通すための潤滑油程度にしか考えてない。


「さっき狭霧に確認した再来月の頭の試験、それを狭霧に受けさせて規定通りの成果を上げりゃあ、取り合えずは問題無いでしょう? そんで学期末の試験もそれなりに勉強させますんで、平均点越えをさせます」


 俺は狭霧を見ると狭霧が「え~勉強やだ」って顔していたので、どうするかと思ったら俺達の動きに気付いた奈央さんが狭霧の頭をゴツンとゲンコツして涙目になりながら頷いていた。意外と叱るんだな奈央さんも……。


「基本的には狭霧が次のテストで赤点以下になったら今回の条件全て飲みますよ?」


「なっ、おい春日井、それは!?」


 せっかく上手く行きそうなのに何を言っていると言いたげな顔の山田先生。本当にどっちの味方なんだか……だけど俺はあえて首を横に振る。筋はキチンと通さなきゃならねえし、何より学院側をここまでコケにしたら後が怖い。あくまで正当性を示さなければ、これからの狭霧の学院生活が悪いものにしかならねえ。


「こっちの要求は過去三回分の特待生の権限での狭霧のミス、つまり悪意を見逃して……欲しい。だから今度の中間で狭霧に最後のチャンスを与えて下さい!!」


 俺は頭を下げて、ダメなら土下座もする気だ。よく頭悪い奴が『頭を下げれば全て丸く収まると思うな』とか抜かしやがるが、そいつこそアホだ。そう言う奴に限って調子に乗って金品の要求をしたり、土下座させた後は動画を撮って拡散までする。

 頭の悪い奴ほど他者を許さず、そして自己陶酔し最後は欲求が高まる。何をしても、言っても許されると勘違いする。大事なのは双方の利点を探し、痛み分けにする事だ。それこそが妥協ってんだ。とはアニキが言っていた言葉だ。


「教頭? どうでしょうか?」


「え? うむ……しかし」


「うぐっ、反対だ!! 彼女は規則を破っている!!」


 桶川がまだ文句を言って来るが俺は無視して教頭と山田先生を見て言う。外野は黙ってろ。


「なので、お願いしてんですよ? なぁ~に、タダとは言いませんよ。もし、狭霧が今言った条件を越えられなきゃ、俺は特進コースに転科させて頂きますよ? 山田センセ、桶川先生?」


「えっ!? シ、シン? それって……」


「担保は俺自身で、賭けの中身は狭霧のテスト結果、どうしますかね?」


 ニヤリと笑って俺は山田先生を見る。この人なら合わせてくれるはずだ。


「ぷっ、な~るほど……さっすがは桶川先生!! 春日井副会長にこれを言わせようとしてたのか~!!」


「えっ? あ、ああ!! き、気付きましたかっ、山田先生!! そうなんです教頭先生!! 全て春日井くんにこれを言わせるためにですね。大体、劣等生の竹之内さんが中間を突破なんて、全て私の作戦ですよ!!」


 桶川がそう言った瞬間に俺はメガネをかけて素早くチェンジする。ここから私の番です。決まった以上は粛々と進めればいいだけ。第二の場合、余計な事を言って下手に先方を怒らせて無かった事にされる場合が有りそうなので、ここで交代してもらう。


「ええ、大人しく狭霧を普通科の、私のクラスに転科させると言う事で」


「え? いや……」


「ああ、そうだな? 一ヵ月で退学なんだろ? そうすれば桶川先生の功績だな?」


 山田先生、思いっきり乗せるなぁ……でも有頂天のコイツは簡単に乗せられた。本当に単純で助かる。こんなアホでも国立の、しかも旧帝大出身らしいから世の中分からない。


「ま、まあ、そうですね!! 教頭!! 今回の功績は私の功績です!!」


「あ、ああ……分かった。分かったから桶川先生、君はもう下がりなさい」


 そう言うと桶川は意気揚々と部屋を出て行った。その後ろ姿を見て教頭がため息を付く。入室した時のにこやかな笑顔とは真逆で苦労人の顔をしている。


「さて……まずは、本当に良いのですか? 竹之内さん、それに狭霧さんも、一応は、こちらは穏便に転校がこの時期では良いと思ったのですがね?」


「私、がっ、ガンバリマス!!」


「娘が決めた事ですので……お願いします」


「ふぅ、今、転校した方が十月に転校するよりも転校先も見つけやすいし転校先にも馴染みやすい、言ってはなんだが桶川くんには選ばせないで私も可能なだけ評判の良い所を紹介するよ? それでもかな?」


 意外だな、教頭先生は中立、いや現実的だったか……なら口を挟むわけにはいかないな。狭霧自身に決めさせなきゃいけない。


「はい……その、動機が凄い、不純ですけど……シンと一緒に居たいです」


「はぁ、分かりました。しかし採点は先ほどから援護していた山田先生や過剰なまでに叩いていた桶川先生では無くて私がします。良いですね?」


「お、お願い、します!! 頑張ります!!」


 もはや頑張りますの機械と化している。実際にいっぱいいっぱいなのだろう。そしてそれは教頭先生も分かったようで少しだけ表情を崩しながらも厳しい言葉を続けている。


「口だけではいけませんよ? 竹之内さん。成績が悪いのも、この状況も君が招いた。だから、ここから信頼を取り戻せるように頑張りなさい」


「ふぁ、ひゃい!!」


「では山田先生、それと中野先生も詳しい話し合いを、私は校長と上の方に方針が変わった事と……その件の説得をして来ます。行きますよ里中先生?」


 そう言って置物だった学年主任を引き連れ教頭は去って行った。俺は再度、教頭に頭を下げて、横の狭霧と奈央さん、そして山田先生と中野先生も礼をして二人を見送った。そして席に着いた瞬間、狭霧に抱き着かれた。

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