第72話「以心伝心、一致団結する想い」
◇
狭霧の入院から退院まではあっという間だった。まずあれから二日後には手術が行われて歩けるまでは三日かかったが日常生活を送るには問題が無く、このまま夏休み明け前までには家に帰る事が出来た。まずは手術の当日、私は俺に変わっていた。
「狭霧、気合入れて手術に挑めば問題はねえ!! 根性入れろ!!」
「うぅ……なんで手術当日にこっちのシンなんだろ……」
「うっ、お、俺で悪かったな……交代すっからよ」
「嘘だよ~!! もう拗ねないで!! シンも結構子供っぽいよね?」
と、からかわれたりして、どっちが励ます側か分からなかったりしたり、手術の翌朝には呼び出しのメッセージが当然、飛んでくる。
狭霧【甘い物が食べたいです】――――1分前
信矢【コンビニのプリンかゼリーで良いですか?】――――30秒前
返信で両方と言われたのでコンビニで両方買って、恐らくどちらも半分しか食べられないと予想して飲み物も用意しておく、本来なら術後にこんなの食べさせたらダメなのだが今日は特別。そして、まだ三日目なのに看護士さんに顔を覚えられてしまったのに少しだけ驚いた。仕事熱心な方々で関心だ。
「ふぅ、狭霧、お待たせ致しました」
「うん。ありがと……後で一緒に食べよ? 退院までは車いすだって……退院後は松葉杖らしいよ。たぶん始業式の日にギリギリ取れる感じって昨日言われたよ」
「そうですか、では病院内でも見て周りますか?」
狭霧が頷いたのを確認すると、その足で車いすを借りて来て病院内をブラブラする事になった。トイレにも行きたかったらしく自分でトイレに行ける有難みを感じていたようだ。
「さすがに信矢におトイレまでは……ね?」
「確かに。ですが、どうしても我慢出来ない時は言って下さいね?」
そして翌日も朝一で向かう。こうしてほぼ一日、狭霧と病院で過ごすのが日課になった。そして退院前日の、その日はアニキに呼ばれ用事があったので午後から行く事になっていた。
病院内を探していると看護士さんにリハビリ施設に居ると聞き向かうと狭霧が誰かと話しているところを見つけた。病院内では割と珍しいスーツ姿の女性だった。
「そう、これも何かの縁だし話だけでも……」
「えっと、でも……私、そう言うのは……」
「あなたには絶対に才能も有るし、今度、お話だけでも、ね?」
明らかに困っているようなのでわざと足音を立てて近付くと狭霧が気付いて、車いすからこっちを見た。その顔を見て理解した私は件の女性を見る。普通に美人な部類に入る女性だ。狭霧の方が可愛いですけどね。
「信矢ぁ~!!」
「ふぅ、狭霧? どうしましたか?」
これは、かなり嫌がってる感じだと判断して狭霧を守るように間に入ると眉をピクッとさせる目の前の女性。何者ですかね? 病院にそぐわない人間ですが……。
「へぇ、下の名前は狭霧さんなのね? 竹之内さん?」
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「あなたこそ、名を名乗るなら自分からじゃないかしら?」
中々に面倒な人種のようだ。『名を名乗るのは自分から云々』と言うのは一見すると正しいのだが、その実は質問を質問で返したり、相手をけん制するのに使う輩もいるので逆に礼儀知らずとなる場合も有る。目の前の女性は正にそれだ。だから警戒レベルを一つ上げておく必要が有りそうだと判断する。
「やれやれ、子供相手に大人気無い方ですね? 狭霧、こちらへ……では改めまして私は狭霧の幼馴染で、恋人の春日井信矢と申します」
「恋人……そう、それは……私は――――「答えなくて結構、狭霧の態度からあなたが友好的では無い人間なのは確定していますので、聞く価値は無いと判断します」
「あなた、大人に随分と舐めた事言ってくれるわね? 立場を弁えなさい?」
ふむ、脅迫に近い言動に、それにこの圧、それでも街のチンピラやら不良に比べたら残念ながら……そよ風だ。イキがっている典型的な大人ですね。
「まさか、舐めてなど居ませんよ? なので看護士の方に声をかけて来ました」
そして狙いすましたようなタイミングで女性の看護士さんが後ろから少し怒気を孕んだ声をかけて来た。
「またあなたですか、冴木さん。今度は高校生ですか? ここは病院ですよ?」
狭霧がリハビリ施設に居ると聞いていたので受付で声をかけていたのが功を奏した。リハビリの説明をしてくれると聞きたいと言ったら快く応じてくれたので来てくれると確信していた。
「ちっ、失礼するわ……狭霧さん。モデルの話、考えてくれたら嬉しいわ。また会いましょう……今度はうるさいボディーガード抜きでね」
そう言うと冴木と呼ばれた女性は不満を隠さずリハビリ施設から出て行った。看護士さんにお礼を言って、狭霧が落ち着いたら声をかけると言って少し待ってもらう事にした。その間に簡単に事情を聞くと仔細が判明した。
「あの人ね……前に中学の時にも大会で声かけて来たんだ。なんか今日は知り合いのお見舞いに来たらしくて、私の事を覚えていたらしくて」
「中学時代だと私は知らない時代ですね……」
「えっ? シンにも話したよ? あ、でも今の信矢には話して無いんだった……あの人、なんだっけなぁ……芸能人?」
そんな事を話していたら看護士さんが戻って来て、そろそろ大丈夫かと聞かれたら意外と時間が経っていて10分も待たせてしまっていた。狭霧の頭を撫でて落ち着かせていただけで時間はこれだけ過ぎてしまうのか、反省しなくては……。
「あなた達、病院内では……なんか言っても無駄な気がして来たわ。それより、さっきの人は冴木さん。あの人モデル事務所のチーフ・プロデューサーらしいわ。スカウトなんかも自分でしてるとか聞いたわ」
「芸能関係者……と、言うわけですか……危ないですね。狭霧、また接触して来たら必ず私に連絡を、学院にも生徒会権限で通達しておきます。夏休み明けの集会でも私が率先して呼びかけます」
「う、うん……分かった。ありがと、シン……」
「ま、これだけしっかりしたカレシさんが居れば大丈夫ね? じゃあ二人ともリハビリの内容を簡単に話すわよ?」
その後は何もトラブルは無くリハビリの日程や諸注意を聞いて別れ、翌日には退院と言う運びとなった。あの冴木とか言う女は翌日も病院に来ていたが私が事前に奈央さんと母に話していたので三人でガッチリとガードしていた。
◇
そして当然のように四人で家に戻り我が家で昼を食べながら昨日の事を改めて話すと奈央さんは意外と乗り気になってしまっていた。
「確かに狭霧は可愛いからねぇ……でも遂に芸能界からスカウトかぁ……いつかは来ると思っていたわ!!」
「確かに狭霧が可愛らしいのは世界の真理ですが芸能界など危険です。それに、きな臭いですから……」
メガネを直しながら狭霧の方を見ると、たらこスパゲッティを口いっぱいに入れながら器用にニコニコ笑っている。うん、今日も可愛い。そして食べ終わると松葉杖で器用に傍に移動して来る。運動神経は相変わらず健在のようで、これは案外と復帰も早いな。
「信矢ぁ~!! もっと言って!! もっとぉ~!!」
「信矢、昔からあんたは狭霧ちゃんの事になると……その状態でも変わらないのね……ある意味安心したわ」
そのまま狭霧をお姫様抱っこをしてソファーまで運んで降ろし、並んで座りながら改めて大人二人に向かって私は自分の意見を言う。
「母さん。ですが狭霧が騙される可能性は非情に高いですから注意するには越した事は無いかと……」
「そうね……って奈央、あなたも母親なら狭霧ちゃんをしっかり見てあげないとダメよ? あんたに似て少しおっとりしてるところ有るんだから」
「うぅ……そうですか? お義母さま?」
そう言って狭霧が昔は、最近までの『シンママ』呼びが気付けば『お義母様』呼びに変わっていて当の母が面食らっていた。
「あ、あの狭霧ちゃん? まだお義母様は少し早いと思うわよ~?」
「え? まだ、ダメなんですか? 先は長いよぉ、シン……」
「そうですよ!! 先輩!! うちの娘かなり優良物件ですよ~!? 何よりシン君への愛が重過ぎて他では取り扱いが不可なんです!!」
この程度は普通だと思っているのですが……そもそも狭霧の愛が重いと感じた事は基本無いのですが……最近は頭痛も慣れて来て第二の彼が負担してくれるのでこうして触れ合う事も出来るようになった。
「あ~……それは私達にも責任有るわね……小さい頃に二人を一緒にし過ぎて放置し過ぎたわ……あの頃は反省する事が多いわねほんと……」
「そう……ですね。あのぉ、先輩? 二人の夏休みが終わるまでで良いんで日中だけでも狭霧を見ててもらえたりとか、お願い出来ません?」
「お母さん? 私、大丈夫だよ。これ以上はシンの家に迷惑になるよ。家で大人しくしてるからさ」
狭霧にしては珍しく真っ当な意見だと思ったけど騙されてはいけない。狭霧が素直だったり正論を言う時は必ず裏が有る。これは鉄則で、そして今回は簡単に見抜けてしまった。珍しく私の中で第一の彼が嘘を一瞬で見抜いたからだ。
「母さん、私とそれから他の二人とも話していたのですが狭霧を一人にするのは危険だと思います」
「え? 私、大丈夫だよ? 無理はしない――――」
「勝手に筋トレくらいはしそうなので私達が全員で見張ります!!」
私が言った瞬間に母と奈央さんが納得して頷いていた。反対に狭霧は顔を背けていた。気付かないとでも思いましたか? リハビリの説明の時にどこまで動いて良いかをしきりに聞いて看護士さんを困らせてましたからね? まさか私達が見逃すとでも思ったのかな?
「あぁ……そう言えば今回の怪我ってオーバーワークも原因って言ってたわね? 狭霧ちゃん」
「ソ、ソンナコトシナイデスヨ~」
「ふぅ、そんな事だろうと思いました。正直に言うと夏休みが終わる前までは我が家の客間に狭霧を監禁したいくらいです」
「信矢、あんたサラッと何を言ってんのよ……」
母さんに呆れられても構わない。狭霧は一人にすると何を
「あのぉ、先輩。実は私も出来ればそっちの方が嬉しかったり……明後日から四日間、実は出張で……」
「ふぅ、なんて言うかタイミングが良いわね。うちの旦那も明日から一週間出張なのよね……それで? どうする二人とも?」
「「もちろんお泊りで!!」」
その後は狭霧たちは一度家に戻る事になり母が車で送って行った。そしてその間に私は急いで客間の掃除を始める。ほとんど片付いているのは母が定期的に掃除をしていたからだろう。
◇
「この部屋……泊まるのも久しぶりだね? 昔は家族四人で、霧華も一緒に……」
「そうだったな。毎回お前だけは俺の部屋にコッソリ入って来て朝起きると、この部屋は三人になってたな?」
「うん。そうだったね!!」
今にして思えばコイツは俺ん家に泊まる時は高確率で夜這いかけて来てたんだ。ま、ガキのやる事だからそんな事は考えて無かっただろうが、そして窓を開けると見えたのは隣の家だった。
「「あっ……」」
それは元狭霧の家で今は庭の雑草が伸び放題になっている場所だ。あの家にもよく行った。だけど、もうあの家には帰れない俺も、そして狭霧も……。
「随分遠くになっちゃったな……私の家……」
「ああ。それに関しちゃ俺が悪いからな、情けねえ話だぜ」
「違うよ。私だよ……私がパパにシンのイジメの事を言えなかったから家族が……」
別居とは言ってるが実質は離婚みたいなもんだ。恐らくは娘二人が独り立ちしたら離婚するのだろうと俺の両親も話していた。母さん辺りが奈央さんとそんな話をしているのかも知れない。
「それはちげえ……って、止めだ止め!! 二人とも悪かったで、蹴りはついてんだろ!! 下に降りるぞ。飯の用意出来てんだろうしな」
「うん。じゃあ信矢? 抱っこ~!!」
そう言いながら遠慮がちに手を伸ばしてくる狭霧を抱き寄せると素早く抱っこする。松葉杖で階段は大変だから仕方なくやるだけだと自分に言い訳するが、メガネの野郎がさり気なくやっていて羨ましかったとかは死んでも言わねえつもりだ。
「ま、階段だから仕方ねえな……っと、ほれ、しっかり掴まれよ?」
「あっ、うん……」
意外と殊勝になった狭霧をそのまま下のリビングまで連れて行くと今度は上に戻って松葉杖を取って来る。戻ると既に親父も仕事から帰って来ていて頷いていた。
「あんだよ? 親父?」
「ふっ、どの状態でもお前のナイト振りは変わらんなと、思ってな。俺には出来んから素直に感心していただけだ」
「そうかよ……っと、狭霧っ!? 松葉杖はもっと慎重に扱え。あぶねえだろ!!」
「だって早く慣れようと思って……あ、お義父様、おかえりなさ~い!!」
後ろで転びそうな狭霧を支えながら椅子に座らせると正面の親父に慌てて狭霧が挨拶をしていた。注意散漫になっていたようだ。
「狭霧ちゃんにそう呼ばれる時が来たら奴に何を言われるか……ふっ」
「奴って……あぁ、そうか」
奴ってたぶんリアムさんなんだろうな、とか思ったが言わないようにしておこう。母さんと奈央さんは二人揃ってキッチンで料理を作っていて、もうすぐ出来るらしい。狭霧の隣に座るとガキの頃に待ってた記憶が蘇った。
今は居ない二人も居て懐かしくなった。だからせめてこの光景だけは壊さないように俺の心の中で三人で決めていた。全ては狭霧のためにと言う共通の想いで俺達三人は初めて一致団結した。
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