第54話「狂乱のランチミーティング」(後編)


 狭霧と二人で席に着く、ただ昼食を二人で食べようとしただけだったのにどうしてこんな事になっているのだろうか?色々と思う事はあるが隣に着席した狭霧は狭霧で私の方をしきりに見ながら机の下ではガッチリ手を握って震えている。


「まずは……ん? これ私のいつも使ってる弁当箱ですね。いつの間に……」


「あ、それ信矢が入院してる間にお義母様に借りておいたの!! これからは私が信矢のお昼は作りますって言ったら喜んで貸してくれたよ!!」


「ああ、それで母は今朝何も言わなかったのに弁当の用意すらしないで私を送り出したのですね……朝のはそう言うわけですか……」


 ちなみに今の発言だけで既に教室がどよめいていた。狭霧もう少し静かに、ガッツリ動画まで撮られているんですから、落ち着いてくれと私は心で念じているのに当の狭霧は既に弁当のおかずの解説に入ろうとした。


「関山!! アップで!! 取れ高ここだぞ!!」


「分かってる!! カメラに口出しはしない約束、星二は静かに、音が入る」


 なんか弁当を開けただけで『おおおおおおおお!!』とか言われてる。狭霧はもう逃げ出したくて顔が真っ赤になっている。この状態いつまで続くんだろうか?仕方ない、狭霧を落ち着かせるために弁当に集中しよう。


「狭霧? 食べましょうか? では、いただきます」


「う、うん。いただきます」


 私たち二人に続いてなぜかその他全員で『いただきます』を合掌して、ここはどこの小学校だと言わんばかりの大声に狭霧がビクッと反応している。よく見ると廊下でもこちらを見ながら食べている他学年の生徒までいる状況だ。これ教師呼ばれたらどうする気なんだろうか……。


「えっと……信矢……卵焼きと昨日から作っておいた煮物は冷めても大丈夫だと思うから……」


「ええ、では……んっ!? これは……」


「えっ!? 大丈夫だよね?」


「ええ、懐かしい味だ。昔作ってくれましたね……懐かしい」


 小学校の遠足の時、調理実習の時、それから家族で山にハイキングに行った時、過去に何度か作ってくれた。懐かしい、そして次に煮物は……これって……。


「狭霧。この煮物、これって家の……」


「うん。シンマ……じゃなくてお義母様に味付け聞いたんだ~♪ なかなか上手く出来てるでしょ? 何回か練習したんだよ?」


「驚いたな。うん。凄く美味しいよ狭霧」


 しかし驚いた……うちの味じゃないか、いつの間に?卵焼きは懐かしさを覚えるし、煮物の味付けは親しみ易さと言うか一昨日帰って来た時に食べたのとまったく一緒だ。


「それとね、この小松菜のナムルはなんだと思う?」


「うん、気になってたけど分からない……どこかで……済まない思い出せないな」


「春雷苑!! 焼肉屋さんの覚えてない? 私ん家と信矢の両親と七人でよく行ったお店!! あそこの女将さんに教えてもらったの。どう?」


 春雷苑……あそこか、商業地区の外れの住宅街の近く、アニキの実家の勇将軒の近くの古くからやってる焼き肉屋だ。そうだ、あの帰りに神社に寄ったりしてたな。私と狭霧が遊びだして中々家に帰らなくて親たちを困らせていた。キリちゃんは大体眠ってリアムさんの背中で寝ていたっけな……懐かしい。


「狭霧がよく私の分のサービスのアイスまで食べてお腹を下していたあのお店ですか? 代わりに私はガムだけでしたねぇ?」


「そっ、そう言うのまで思い出さないでよっ!! でも忘れてないんだね……良かった。ほんとに良かったぁ……」


「なるほど、じゃあこのから揚げの甘辛風のタレが付いたのも、あの店のものですか……お店では出してませんでしたが女将さんにお土産でもらったヤンニョムチキンのタレで和えたって感じですか?」


 あのお店は女将さんが韓国の方で店主の旦那さんと二人で切り盛りされていた個人店だった。その時に家庭用で作った故郷のタレやおかずなども常連の客には振る舞っていたのを思い出した。この間、狭霧も奈央さんと二人で久しぶりに訪れた時に貰ったそうだ。


「正解!! うん。さっすが……シン……矢だねっ!!」


「どれも懐かしいし美味しいです。料理も上手になりましたね……狭霧」


「よっし!! やったっ!!」


 小さく手を握りガッツポーズするくらいには落ち着いたようですね。狭霧の友人二人も良い感じにマスゴミ部の二人をけん制してくれたようで……ん?周りの様子が、いやに静かだな狭霧の顔しか見てなかったから気付かなかったが……。


「溺愛ってレベルじゃないわ……甘く見てたわ幼馴染バカップル……」


「からかう気すら起きないラブラブっぷりって見ると無言になるのね……勉強になったわ……」


 すっかり毒気が抜けているバスケ部二人、そしてクラス一同。少し呆けた感じのマスゴミ部……な~んて上手く行くなんて無かった……。


「もう質問いいですか!! 良いですよね!? 今の惚気……ではなく……やっぱ惚気か……。それで話してた感じですとお二人は昔からの知り合い……幼馴染の関係性なんですか!?」


「ええ、狭霧とは四歳の頃からの付き合いです。付き合うようになったのはこの間の連休中からですね。つまり幼馴染で今はカノジョです」


「ではもう一つ!! 付き合われた経緯は!? それはこの間のGW中の乱闘事件に関係してるんですか!?」


 本命はそこなのだから仕方ない。さて、狭霧の卵焼きを食べながら口を開く前に飲み物が欲しくなった。そう言えばさっきから狭霧の手作り弁当に夢中になっていて何か飲み物を用意するのを忘れていた。どうしたものか……と、横で、いつの間にか水筒で紙コップに麦茶を注いでる狭霧と目が合った。


「飲み物もバッチリだよ!! ふふんっ!! どうよ!!」


「んっ……ふぅ……助かりました。ベストタイミングです狭霧」


「信矢って昔から途中でお味噌汁飲み切っちゃってたからね? 飲み物系は多めに必要だと思ってたよ。それに最初からガッツリ行くから少し心配しちゃった。もしかして量とか少ないのかな?」


「ええ、美味しかったので何も考えずに食べてしまったので、少しみっとも無かったですね……がっつき過ぎました……量はじゅうぶんですよ。まだご飯の方も有りますからね。さっきからおかずばかりでしたから」


 さすがに意地汚い感じにガツガツ食べ過ぎたか、ご飯も食べると上におかかのふりかけをかけてあるものでまた水が欲しくなる。


「そんな事ないよ。いっぱい食べてくれて嬉しいし……。ちゃんとしたお弁当作るのこれが初めてだし結構不安だったんだから」


「あ、あの~、質問……」


「GW中の事件に付いては各部活及び関係者に明かされているもの以上の情報開示は出来ません。プライバシーの問題も有ります。なので河井くんからの先ほどの質問にも答えるのは難しいのです」


 この話題になってから聞き耳を立てていた河井くんにもキチンとけん制する。仕方ない、これが私に任されている生徒会業務として、何よりも私の秘密や狭霧の事を守るのに必要な事なのだから彼らや野次馬根性の人間にはこれで黙っていてもらおう。


「先ほどの質問ってGW中の?」


「ええ、詳細はやはりプライバシーの問題がありますからね安易にお話するのはいけないんですよ。狭霧も意味は分かりますよね?」


「やっぱりダメかぁ……部活仲間だから何とかしてやりたかったんだが……」


 河井くんも諦めてくれたようだ。彼の発言で他の生徒もどうやら納得してくれたようだしマスコミ部の二人も次の質問へ移行しようとしていた。この話題は完全に終了と誰もが思ったその時に待ったをかけた人間がいた。そう、狭霧だ。


「その……部活の友達が巻き込まれたんですか? えっと……」


「河井です。竹之内さん。武道場で仲間が……怪我も酷かったんだが心が折られた奴がいて……あいつ団体の代表選手だったから何でああなったかも話してくれなくな。そこの副会長に聞いたんだけどさ……ま、仕方ないさ」


「えっと、信矢ダメなの? 河井さんの部活の人について話すのって?」


「先ほども言いましたがプライバシーの面でも難しいですし、暴れたのはあのクズ……見澤一派です」


 それを聞くと狭霧も流石に眉をひそめて顔をしかめた。思い出したくない人間の筆頭の男、見澤健二。今頃は洋上かそれとも船から出されて南米で労働をしているのだろうか……そんな事を考えていると狭霧が私の方を見て言った。


「あのクズにやられたなら私たちのせい……だよ信矢。本当に話せない事なのかな? 私、アイツのせいで本当に酷い目にあったし同じような思いしてる人とか見てるの辛いよ……」


「狭霧……あなたは相変わらず優しいですね。ですが個人情報も含んでますからね色々と難しいんですよ」


「もう良いよ副会長悪かったよ。そこまで重要な秘密なら仕方ないさ。えっと竹之内さんもありがとう」


 実際のところはそこまで秘密かと言えば武道場の事や体育館の私の自我変更について以外はそこまで秘密では無い。しかし何で足が付くか分からないのも事実。だからここはリスクを避けるのが一番だ。


「信矢……部活の友達ってさ仲間って凄い大事なんだよ? 今もボッチで中学も部活とかしてない信矢は分からないだろうけど、一緒に戦った仲間って凄い大事なんだ」


「あのですね……狭霧? 私にも昔、大事な友が仲間が――「じゃあ分かるんじゃないかな? 河井さんの気持ち……」


「ですが狭霧。これには色々なリスクを考えた結果であってですね……」


「信矢……お願いできないかな? ダメ……かな?」


 そう言うと狭霧はこっちを上目遣いで見て来る。だから私はこのアングルが一番弱いんだ。そう言えば前もこのパターンがあったな……私の答えは決まった。


「…………あの時の武道場の件だけでしたらお話出来ますよ」


「信矢!! ありがとう!! 大好き!!」


 ギュッと抱き着いてくる。これES276無かったら確実に自我変更発動してた……あの薬本当に凄いですドクター……こんなのを二年で作るとか天才は違う。と、感慨に浸っていたら横からバスケ部二人が呟いた。


「これ狭霧に頼まれたら何でも話すタイプね副会長」


「いや本当にタケの説得ならセキュリティ全部無くなりそうね……」


 そんな呟きを聞かないようにして、河井くんに武道場で顧問たちと話した時の様子、惨状、実行犯について簡単に話す。他の運動部の部員たちとクラスメイトも聞き耳を立てたりこっちに体を向けたりしている。


「そうなのか……実行犯全員には処罰が下ったって話だけど具体的なのはダメなんだよな?」


「察して頂けて幸いです。ただ、相応の罰は与えていますのでご安心を」


 そこで部活連中は納得したのか、その場を離れ後ろの人間に場所を譲っていた。え?この付近の机は交代制だったのか!?


「はい!! 副会長!! 竹之内さんのどこが好きなんですか~?」


 まさかのバスケ部から質問から来た。佐野さんの方だった。だけどここで躊躇はいけないと思った事をすんなり口にしていた。


「全てですね……私は狭霧の全てを愛してますから」


「信矢ぁ……そこまで言われたら私だって……大好きだよ?」


「うっわぁ……聞いといてあれだけど、え~とごちそうさま?」


 聞いてきた佐野さんが逆に顔を赤くしてすぐに井上さんの方を向いてため息をついている。その後は色々と質問を受けながらマスコミ部の二人をけん制しつつ何度か面倒な質問があったがそれも何とか黙らせるとここで狭霧のお弁当は最後の卵焼きを食べ完食となった。


「ごちそうさまでした。狭霧おいしかったですよ」


「ふふっ。ありがと。でもまだ『ごちそうさま』は少し早いんだよね。じゃ~ん!! デザートです!!」


 狭霧はさらに小さいタッパーを用意し開けるとカットされた果物……ウサギのようにカットされた通称『ウサギりんご』が入っていた。食後の口直しにはちょうど良いなと思うと狭霧がそれを机の上に置いた。


「それでね信矢、実は私うっかりしちゃってさ……つまようじ一つしか用意して来なくって……」


「分かりました。では私は素手でいただ――「わ・た・し!! つまようじ一つしか用意しなかったんだよねぇ……一つしか無いんだよ!!」


 そしてそのままウサギりんごにプスッと刺すとそれを狭霧は私の口元まで持って来た。そしてあの言葉を言った。


「だから……その……はい、ア~ン」


「えっ……いや……ここでは――「ア~ンして? 信矢?」


「分かりました。では……あーん……」


 シャリシャリとウサギりんごを半分まで食べると残り半分を狭霧は自分で食べてしまった。残りを食べ終えると狭霧は次のウサギりんごを刺すとまた口元に渡す。そして半分食べるとまた半分は自分の口に……それを三度ほど繰り返し口を開いた。


「クレープの時のお返しだよ……本当はあの時、すっごい恥ずかしかったんだよ? 信矢は昔みたいに普通にしてくるから……私も合わせて平気なフリするの大変だったんだからね?」


「そうだったんですか……それは失礼しました。その、りんごも美味しいですよ?」


 味なんて分からない、分かる訳がない……最後の最後でやられた……見ると狭霧は耳まで真っ赤になっている、そして私も顔が熱い……たぶん真っ赤になっているだろう。周りはまた本日何度目かの歓声やら悲鳴やらを上げているがどこか遠く感じている。今は目の前の狭霧しか目に入らないから……。

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