第55話「宴の後の意外な変化と波紋」
◇
あの後、結局りんごを食べ終えるとチャイムの鳴る少し前まで、お互い真っ赤で放心状態になった私たちを正気に戻してくれたのはバスケ部の二人だった。二人はテキパキと机を直し狭霧に帰り支度をさせ、来た時と同じように狭霧の両脇を固めて連行して行った。
「じゃ、副会長!! 嫁は確実に私たちのクラスに連れ帰るから安心してね!」
「ほら狭霧! 放課後までお別れなんだから一言なんか無いの?」
「あっ……ううっ。信矢あとで連絡するから……じゃあね」
狭霧は別れ際でも凄まじい事になっていた昼休みのせいで思考が追い付いていないようなのでここは心を鬼にして注意をしなくてはいけないだろう、また職員室に呼び出されても困りますからね。
「狭霧、少し眠いかも知れませんが、頑張って起きていて下さい。放課後必ず迎えに行きますから、もし寝ていたら置いて行ってしまうかもしれませんよ?」
「じゃあ五時間目だけ寝て――「狭霧? なんなら休み時間にも確認をしに行きましょうか? その場合でも生徒会を優先しちゃいますよ?」
「じゃあ。頑張るよぉ……これでいい?」
「さすが狭霧です。では放課後、休み時間にも連絡しますから、また後で」
そう言うと今度こそ自分の足で帰って行った。そしてマスコミ部の二人を見ると実に素晴らしい笑顔で名刺を渡してきた。
「一年……だったんですね……山内星二くん。それとカメラのあなたは関山さんでしたか?」
「はい。関山涼花。マスコミ同好会所属予定……です」
「ふぅ……ま、あれです。多少は多めに見ますがほどほどに……これはフリじゃ有りませんよ? あなた方の裁量と賢明な判断を期待します」
そう言うと山内の名刺を受け取り行ってよしと言うと退散した。ちなみに彼らはこの後の休み時間には来なかった。恐らく動画の編集や記事でも作っているのだろうか……そして変化は私の方にあった。
「副会長って意外と良い人?」「カノジョの前だけでしょ」「今の顔と違い過ぎ」
などと休み時間中はクラスの女子の間では色々と言われていて、男子は直接話しかけてくる人間も出て来た。
「春日井ってさ案外話せる奴だったんだな?」
「普段話しかけられ無かったので話さなかっただけですよ」
「いやお前と去年もクラス同じだけど無表情で怖かったからな、さっきの顔と今が違い過ぎだろ……その、カノジョと居る時との差がな……」
それはそうだ。狭霧と家族、あとは昔の仲間以外は……これがいけないのかも知れないなと少し自覚した。あのイジメ以降やはり私の中では他者との壁が出来ていたから……いや恐れていたから。狭霧に散々言っておいて私も結局は逃げてばかりだな。
「ま、それは狭霧は特別なので」
「うん。それは今日見てよく分かったから……」
「てか正直俺は竹之内さんの方がビビったぜ。たまに廊下で見たらなんかいつも怒ってるように見えたからさ」
「そうなのですか? 狭霧はいつも私と居る時は大体は今日の昼みたいな感じだったので気になりませんでした」
そう言うとザワザワし出す我がクラスの女子たち、好意的な意見、面白半分な意見、そして耳障りな戯言……今まで高校では気にしていなかった。ずっとこんなものに晒されていたのか……狭霧。だからGGなんて呼ばれ仮面を被って必死に頑張っていたのか……小さい頃の好奇の視線とは根本から違うこの不快な感じ……よく分かった、それなら私は……。
「誤解を受けやすいでしょうが、どうか私の可愛い幼馴染そして恋人をよろしくお願いします。話した河井くんも狭霧が心根の優しい子だとは分かっていただけたと思います」
私は少しでも彼女の学院生活をよりよくするために立ち回る必要がある。嫌なものを殴りつけて通るだけでもダメだし、権力で押し通すのもダメだ。だから味方を増やし……上手く立ち回るのも大事だ私にとっても彼女にとっても大事なはずだ。
「まあな。てかあんな美人と話したのが初めてだからな……てか春日井ってボッチなんだな……中学から」
「二人とも第一印象と揃った時の印象が全然違うから正直なとこ別人だよな……てかバカップルにしか見えなかったぜ」
そんな事を話しながら河井くん、そしてもう一人の水泳部の澤倉くんら二人と話しているとあっという間に放課後になっていた。
◇
放課後になるとアプリで連絡してすぐに彼女の元へ向かう。なぜか河井、澤倉の両名もスポーツ科の他の部員に用が有るらしく付いて来るらしい。
「それで? 本当は?」
「俺はマジで竹之内さんと同じクラスの空手部の他の部員と帰るんだよ」
「もちろん君らのラブラブ下校を見たいだけだ!!」
何となく河井くんは実直な空手家、澤倉の方はチャラ男な奴と言った感じだ。二人とも悪い人間では無いのだが野次馬根性が強いのは何となく分かった。そして狭霧のクラスの到着すると変な気配がする。
「何か……二人とも少し下がっていて下さい」
「え?」「あ、ああ」
慎重にドアを開ける。別に黒板消しも落ちて来ないしバケツやタライも落ちて来ない。ただ教室の空気が悪いのだ。私が入った瞬間に敵意が三つ……ただヌルい敵意だ、それもそのはずでその敵意は私にだけ向けられたものではない。
「失礼。それでそこのあなた方は私の狭霧に何の用ですか?」
「良かった!! 副会長!! 遅いよ~!!」
「信矢……どうしよ……」
厄介事……三名の男子生徒、なんだ?コイツらは、私にも敵意をぶつけて来ている。見ると井上さんと狭霧がその三名に対峙している。周りが修羅場とか一気にざわざわし出している。
「お前が春日井信矢だな!! 我らが女神を誑かしこんな事をした羨まけしからん奴はっ!!」
「は? ああ、これは昼休みのですね。もうWeb版の記事を作ったのですか彼らは……部活を名乗らないで個人名義としている辺りが賢しいですねえ……」
彼ら三人のうちの一人がスマホの画面を見せると予想通り私が狭霧にウサギりんごをア~ンしてもらっている画像が一面にされたWeb新聞(まだ非公式)と書かれたものと下まで行くと、その時の一部始終が公開された動画のプレイヤーのリンクが貼られている。色々と言いたいがまず疑問は一つだ。
「それで? 私の狭霧の愛らしさといじらしさが前面に出て可愛いとしか感想の出ないこの記事にクレームがあるならぜひ一年生の教室にどうぞ。それともまさか狭霧が可愛すぎてクレームに? それは困りましたね。彼女のこれは昔からです」
そう言うと狭霧の腕を引っ張り強引に腕の中に抱き寄せる。少し驚いた後にすぐにホッとした顔をして笑顔になっているので一安心。
「きゃっ……もう信矢。強引だよぉ……えへへ」
「失礼。まずは狭霧の身の安全が第一だったので少し強引に行きました……井上さんも離れた方が良いかと……ご用件は私と狭霧に有るのでしょう?」
「りょ~かい、ほんとしつこくて困ってたんだよ」
どうやらかなり面倒な手合いであるのは確実なようだ。井上さんがやっと解放されたと言うような顔をしている事からも分かる。では……少しカッコ付けさせもらいましょう。久しぶりにメガネをクイっと直し三人を睨みつける。
「まずは井上さんに感謝を、ここまで私の狭霧を守ってくれてありがとうございます。ここからは……ふぅ……恋人である私の仕事です!!」
叫ぶのとは違うがハッキリと意思を乗せた言葉で眼前の三人、そしてクラス中に聞こえるように宣言した。お前らには彼女は渡さないと改めて強く言い放つ。
「信矢……は、恥ずかしいよぉ~♪」
「先ほどは私のクラスで宣言させてしまいました。なので狭霧、あなたのクラスでは私が宣言します。お返しですよ?」
「も、もう……また今度お返しするからね!! か、覚悟してね? 勝負は始まったばかりなんだからね?」
途中から小声でコッソリと私に言いながらもしっかりと抱きつき返して返してくるのは、やはり不安の表れからだろう。これも仕方ない、最近は見澤一派に似たような構図で絡まれたばかり、男性自体にすら恐怖症になってしまわないか心配だ。
「ああああああああ!!! 我らが女神、竹之内狭霧様に先ほどからああああ!! 我ら『竹之内狭霧の金色に魅せられし集い』の前でその蛮行、ただではおかぬぞ!!」
「はぁ……そのトンチキな集いはどうでも良いのですが……何となく察しました。つまりは狭霧のストーカー集団ですね? まったく高校生にもなってそんな事を……ご両親が悲しみますよ?」
「そうだよ!! ストーカーとか犯罪だよっ!! 相手の気持ちも考えないでそんな事するなんてサイテー!!」
腕の中の狭霧を見るとプイっと視線を逸らすのを見て色々と思う事は有るが、今は眼前の脅威だ。そこで後ろにいた井上さんと外で待たせていた河合と澤倉の二人も教室に入って来た。
「笹木先輩じゃないっすか……そう言えば竹之内ちゃんみたいな金髪の女の子好きでしたね? あ~そう言えば竹之内ちゃんの変なファンクラブの噂があったな」
「ええ、それよ。狭霧本人には精神衛生上よろしく無いから黙ってたんだけどね……ま、健全な写真のやり取りとかだけって話だから黙認してたの。ごめん」
「ううん。凛のせいじゃないよ。でもファンクラブって……なんで私なんかに」
そこで澤倉と井上さんに話を聞くと彼らは狭霧の非公式ファンクラブ、つまりは勝手にファンを名乗って活動していた集団である事が分かった。
「我らは女神を陰から見守り、応援しているだけだ!! 規約は誰一人、金色の女神を独占せず。告白する時は抜け駆けをしない!! これは今までの男子全てが守っていたのだ!! それを勝手に八番目に告白し成功させるとは!!」
「そうだ!! 会長だって四番目に告白して振られたんだぞ!!」
「え? ああっ!! 確か陸上部の人……だよ……ね?」
かなり記憶が怪しいのか「う~ん」と考えた後にギリギリ思い出した狭霧が言うと笹木先輩は頷き感激していた。つまり狭霧を御神体とした怪しいカルト集団が出来ていたのか……全く情報が無かった……。これも七海先輩の差し金なのか色々知らない事が出て来たな。私が去年ほとんど動けない間に色々あったようだ。
「それに我らの集いの使徒は校内では二〇〇人を超えているのだ!!」
「我が校の二〇〇人弱の生徒が犯罪者予備軍だと言う事態に軽く
我が校は進学校では無かったのだろうか?これも七海先輩やドクターが好き放題やっている間に校内風紀が乱れたのか、はたまた文武両道の理念以外は道徳が追い付いていないのか……妙に実力主義がまかり通っている節が生徒だけでは無く教師に見えた。学院自体に色々歪みが生じているのかも知れない。
「これからは我ら使徒が常にお前を見張ると言う事だ!! そして!!」
「もちろんルールを破ったのなら集団制裁だ!!」
「三人に勝てるわけないだろ!?」
敵意が来る……あまりにも弱過ぎる敵意が……思わずため息が出てしまう。それにしても集団で嬲るですか……私が、何より狭霧が嫌う形式ですね。だから私は抱きしめていた狭霧を腕の中から放すと井上さんの方に行くように言う。
「狭霧……五分待って下さい。三人ならそれでだけで障害は排除出来ます」
「信矢……怪我とかさせないであげてね。よく覚えてないけど一応告白してくれたっぽい人だから」
「分かりました。では狭霧は少し嫌がるかも知れませんが……制圧します!!」
一気に気配探知を最大限に起動する。やはり居る、眼前の三人。それと後ろに二人、教室外には五人。私はメガネの位置を直し三人の前に出た。
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