第53話「狂乱のランチミーティング」(前編)
「朝の教室での事とか話してる内に信矢とのスマホのメッセージ見られちゃって……バレちゃったよぉ……」
「なるほど、こちらも先ほどから足止めを食らいまして早く迎えに行けないで悪かったですね狭霧」
さて事情も分かった事ですし今も私のすぐ傍でプルプル震えている私の狭霧が、可愛いのは天の理であると考えて現実逃避したいのですが、これは逃げられそうにありませんね。
まず振り向くとキャーキャー言ってるバスケ部二人、そして我がクラスの野次馬な女子、更に新しい獲物を見つけたようなマスゴミ部の男子、そして何よりマズイのはその横の女子だ。
「取り合えずスマホの録画を止めて頂けませんか? 私以外も映っていますからね? それ以上撮り続けるなら……しかるべき対応をしますが?」
「しかるべき対応!? 強権を発動するのですか!? 知る権利への冒涜ですよ!! 私は断固ペンで戦いますよ!! 副会長ぉ~」
「教育現場では学問の自由が優先です。それ以上騒ぐと、部活申請の事も含めて色々と考慮せざるを得ない状況になりますが? 健やかな学園生活に不要と考えられても仕方ない状況ですからね?」
ギロっと睨みつけ、さらにスマホを向けている女子にも軽く敵意を向ける。本能的な恐怖から女子はスマホを落としてしまった。それを素早く拾うと動画ファイルを全て削除して彼女に返す。
「あぁ~!! バックアップの方まで消すなんて……」
「ま、まあ今回はプライバシーに配慮しなかった我々にも落ち度が有ります。ですが、いくら副会長でも今の蛮行は酷い!! なので、このままランチミーティングを受けて頂きたい!! それくらいは譲歩して頂いても良いのでは?」
このまま強権を発動して最悪、七海先輩にお願いすると言う情けない方法も考えたりしたのだが、これから先ずっと付き纏われる事を考えたら……仕方ない。小声で後ろの狭霧と話し合いを始める事になった。
「はぁ……少々お待ちを……狭霧。申し訳ありません、今日は――「嫌だよ!! 私と信矢の初めての一緒のお昼なんだよ!!」
「ですが、狭霧。このマスゴミ……じゃなくて仮マスコミ部の方の話を聞かなくてはなりません。ですので……」
どう
よくよく考えれば、いつもの二人に無理やり連行されて来たのもイレギュラーならば後日にお互い適当な時間を作ればいいと思いそれを提案しようと考えた……が、先に狭霧の我慢が限界を超えてしまった。
「信矢!! ねえ、私と仕事どっちが大事なの!? そ・れ・に!! 今日は私たち二人が恋人になってから初めての一緒のお昼だって朝、約束したんだから~!!」
大声で宣言しちゃいましたねぇ……狭霧。しかしこんな大声で交際宣言してしまうとは……一応、当初のプランの中には狭霧のクラスで交際宣言をするなどのも考慮されていたので私は大丈夫なのですが、果たして彼女は大丈夫なのだろうか?
「狭霧、どこでそんな言葉を覚えて来たんですか? 世の男性の九割が本気で困りそうな質問はNGでお願いします。ちなみに私は両親が危篤と聞いても狭霧を優先しますからご心配無く」
「信矢、そこはダメだよ。ちゃんとシンママ……じゃなくてお義母様たちの方を優先しなきゃ。私その辺りはちゃんと弁えてる女なんだから!!」
「ええ、将来の心配が無いのだけはハッキリと分かりました。未来は明るそうですね……では狭霧。この教室の空気どうしてくれましょうか?」
ここまで現実を見ないように狭霧とだけ会話を続けていたのですが、さすがに限界のようですね……さあ振り返って私のクラスを見てみましょう。狭霧も言ってから気付いたのか顔が赤くなったり真っ青になったり忙しそうに見える。
「タケ~!! マジで副会長と付き合ってんの!? あんたが勝手にくっ付いてるような感じだったのに!?」
「狭霧とりあえずおめでと~!! まさか先を越されるとは思わなかったわ……」
まずは私の後ろにいる狭霧が再びお祭り状態の二人にガッツリ捕まり顔を真っ赤にしながらへニャっと照れている。まるで本当に恋人同士になれて喜んでいるように見える。狭霧、一応あなたは私と勝負しているのでは?
そして、一瞬の静寂の後に歓声に包まれる教室、君ら普段は私に対してほぼ無関心だったよね?なんでこんなに盛り上がれるんだろうか……だがここで騒ぎそうなマスゴ……マスコミ部の二人が静かなのが不穏だ。なんか男子の方は震えてるし……。
「春日井副会長!! 私は今からジャーナリズムと言う名の枷を解き放ちパパラッチになります!! 今の竹之内先輩の発言を受けて一言!! 一言お願いします!!」
「動画撮影入りま~す」
マスゴミ部はやはりマスゴミだった。やっすいジャーナリズムが一瞬で文〇砲に早変わりした瞬間に私は全てを悟った。コイツらは要注意人物だと、そして女子の方、普通に撮影を始めるのは止めなさい。
「はぁ……では一言…………。なんて野暮な事は言いませんよ。狭霧? 言いますが構いませんね?」
「う、うん。お任せしま~す……ふぅ」
「彼女の言った事は事実です。これで満足ですか? それとさすがに昼食の時間が無くなるのでこれで失礼します。狭霧? 行きますよ?」
だがここでアクシデントが起きる。なぜか狭霧がその場から動かない。どうしたのかと見ると狭霧が真っ赤になってこっちを見ている。やはりヘタレが発動したのだろうか?そう思って見ていると彼女が指差した方には何かの包みを二つ持ってニヤニヤしているバスケ部二名。
「狭霧……もしこの場を離れたらこれがどうなるか分かるよね?」
「そうだよ? タケ? このお弁当の命運は今アタシらが握っているのよ?」
「朝五時起きで作ったお弁当……それに今日は……」
狭霧が私の方を見てどうするか悩んでいる。この顔は……なら仕方ない。私に拒否権はこの時点で既に存在しない。私は両手を軽く上げて苦笑しながら言う。
「降参です。そちらの要求を飲みましょう。狭霧もそれで良いですか?」
「うん。ごめんね信矢」
「んじゃ、副会長それに狭霧も時間無いからここで食べよう。私たちも弁当持って来てるしさ」
これは少しマズイ、なぜなら今朝は学食と考えていたので母さんに弁当は断っていたからだ。なぜか私が言う前から用意すらしていなかったから問題無いと言われてしまったので朝食の時に肩透かしをくらったのを思い出していた。
「申し訳ありません。実は学食だと思っていたので昼食が無いので購買で適当にパンでも買って来ますので……」
「それは……必要無いから……だって……」
そう言うと狭霧はなぜか黙り込む。するとバスケ部二名が狭霧のそばにやってくると先ほどまで人質にされていた狭霧の包みを二つ渡す。
「狭霧!! ほらほら勇気出して行こう!!」
「大丈夫!! どこからシュート打っても絶対に入る簡単なゴールだって」
「ふぅ……だって……信矢の分は私が今朝作って来たから!!」
そう言うと包みの一つを私の机の上に置くと、なぜかキッとこちらを睨んでくる。どうしてこの子思い出したように挑んでくるような視線になったりして、だいぶ情緒不安定になってるんでしょうか……女性の真理は分からない。
「それは……つまり……私の分、と言うことですか?」
「うん。ま、まあ普段から作ってるから、つ、ついでに作っただけだし……べ、別に信矢のために朝から一生懸命作っただけだからね!!」
「無駄に照れ隠しでツンデレを発揮しようとして失敗しないで下さい。それにしても朝五時起きとは大変でしたね。ありがとうございます」
「うん。でも今日のは力作だから……頑張ったんだよ?」
そう言って頭を出して上目遣いで見てくるので分かりましたよ。しかし相変わらずこう言う時はしっかり甘えて来ますね。あとでクラス中の前だと言うのに気づいて盛大に真っ赤になるところまで予想がついてしまう。
「ええ。頑張りましたね狭霧? 幼馴染として……いいえ恋人として凄く嬉しいですよ。今から楽しみです」
そう言うと彼女の頭をポンと撫でる。少し撫でると頭をグイグイ寄せてくる。いつも以上にグイグイ来るのでほどほどに撫でるのを止めると少し残念そうにした後に左右に居る友人二人に気付いて真っ赤になる。
「頑張ったね~タケ? 最近あんたガンガン女の子の顔してるから私も色々と楽しいよ~。スリーポイント決める時よりいい顔してる!!」
「そうそ狭霧って今までほんとにこっち方面の話題しなかったから一気に恋バナしかしなくなったからね。ここ最近はずっと『信矢が~!!』ってそればっかだったからね?あんた」
「だって……信矢が私を守ろうとして戦ってあんな事になっちゃってさ。その後も色々あってすっごい心配したから……」
そう言いながらこっちをチラチラ見て来る。おそらくどこまで話しても良いかとこちらとアイコンタクトで確認しているんだと思ったので頷いておく。と、ここまで全く動きの無いマスゴミ部のツッコミが無いのが変だと思って見てみると何か机を動かしていた。
「さあ、副会長!! 机の位置はお二人が座るのと後はそちらのバスケ部の先輩が座る場所。後はプレス席としてとカメラの関山と質問担当の俺の席を含め六つ用意しました!! さあ!! ランチミーティングをしましょう!!」
いつの間にか小学校の時の給食の形のように四つに組んで並べた机が配置されていて、それに対するように二つ隣り合わせに組まれた席が出来ていた。
おそらくあの二人席が私と狭霧で四人席がバスケ部二人とマスゴミ部二人なのだろう。更に今の狭霧の発言を気にして空手部や他の運動部の生徒まで近くの机やイスに陣取り始めた。
「こ、これではまるで……」
「テレビとかで芸能人がやってる記者会見みたいになってるよぉ……」
私と狭霧の二人の心境が完全に一致した瞬間だった。井上さんと佐野さんはニヤニヤして席に着いて弁当を広げ始め、そして目の前のマスコミ部の男子は逃がさないと言わんばかりにボイスレコーダーを構えた。私は頭を抱える事態だが横で手を握ってきた狭霧の手を握り返すと席に二人で着くのだった。狂乱のランチが今、始まる。
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