第33話「ボクが舎弟になった日」



「う~ん。謎だ……」


「どうした? 信矢。次が出番だぞ?」


「いえ、こう言うのって普通、秘密の地下闘技場とか、豪華客船の中とかそう言うのでやるんじゃないですか?」


 いくら近所迷惑にならずに防音していても、鉄板で覆っていても、音も光も漏れてしまう。さらにこの付近が今は建築ラッシュで住宅街の方にも人がほとんど住んでいないとしても、建築が終わり移住している家だって有る。だからこんなのはすぐにバレなきゃおかしい。そう言う疑問を勇輝さんたちにぶつけた結果。


「んな事知らねえよ。ただここで戦えば下手に喧嘩するよりは早く強くなれっからな。幸い今んとこ死人は出てねえから心配すんな!!」


「ユーキさん……。春日井、今は取り合えずそう言う詮索は勝ってからにしろ。勝ったら……零音の奴が教えるからよ」


「え? 僕ですか? 仕方ないですね~。さて出番ですよ? では頑張って!!」


 上手い事はぐらかされたけど、この工事現場裏格闘技大会(ボクが命名)は明らかに異質だった。アンダーグラウンドと呼ぶ雰囲気に対して鉄板隔てた一枚向こうは日常が待っている。そしてこのリングに上がると非日常を越えた死線が待っている。そんな雰囲気が漂っていた。


 だってこの『G』リングの畳は赤茶色の染みや黒くて何か分からないものまで有るし、掃除がちゃんとされてないのか明らかに欠けた歯のようなものまで落ちてる。死なないだけで怪我は平然とするんだ。これが実戦の空気……それだけを感じてボクはリングに上がった。


「んだぁ? ガキかよ俺のランキング上げにはちょうどいいなぁ!!」


「……よろしくお願いします」


 見ると少し目の焦点が定まっていない赤い派手なスーツを着た三十代のオッサンがいた。あんなスーツなんて、どっかのお笑い芸人しか着ないだろって位にセンスの無い恰好だった。ま、全身黒ジャージのボクとどっこいどっこいかな?


「んじゃあ!! 行くぜえええええ!!」


 皆から聞いていた通りにスタートの合図も無しにいきなり試合は始まった。選手が揃ったらスタート、他のリングだと違うらしいけどこの最下級のGリングではこれがルールらしい。赤スーツが勝手に突っ込んでくる。まずは軽く弾いて受け流そうとするけど腕に激痛が走る。見た目に反して打撃力が強い。腕が軽く痺れた。


「やっぱ大人相手じゃ不利だな……体格差が有り過ぎる……」


「おらおらっ!! クソガキ遊んでやるぜえ!!」


 受けるのは不利、だから避けに徹するしか今は無い。冷静に落ち着かないといけない。そう考えていた時にリング外から声が聞こえる。


「信矢!! 考えるな!! どう見てもジャンキーだ!! 考えたら負けだ!! 思いっきり突っ込め!!」


「春日井っ!! 大声出していけ!! 飲まれんな!! 後は俺と殴り合いしてる時みたいにすりゃ勝てる!!」


 勇輝さんと川上さんは考えないで戦えなんて言うけど……そう考えながら相手のパンチをかわしてカウンターの蹴りを入れる。ボディに軽くかすった程度なのに相手が後方に下がった。無意識に出た一発なのになぜか逃げ出した。

 まさか、この相手何も考えないで突っ込んで来てるだけ?防御すらしないとすれば……なら……確かめてみる価値は有るかも。


「はあああああ!! 行くぞおおおおお!!!」


 気合一閃、腹に力を込めて叫ぶ、このリングの周りはあんまり人が居ないのでこのリングと照明に照らされた一部の人がビクッとしていたけど、そんな事は気にしてられない。今の気合を入れたおかげで体の力が抜けたので一気に間合いをつめる。


「ぐおっ……ごぁっ、ガキィ!! てめえ!!」


「遅いですよっ!! おっさん!!」


 攻撃を赤スーツの左足に集中させる。腕は上からの攻撃の防御のみに使い、足技だけを使って蹴りまくる。間合いは離れるよりも密着する方が相手の攻撃方法を絞れる上にこの相手は防御をして来ない。つまり……。


「「蹴り放題ってことだっ!!」」

 

 ボクと勇輝さんの声がシンクロした。そして相手が片膝をついた瞬間にリングのコーナーを蹴って三角飛びのように勢いをつけ相手の顔面に飛び蹴りを決める。

 直撃した相手は顔面から鼻血を吹き出して倒れた。一瞬の静寂の後にどこに居たのこの人たち?と言う数の人がリングの周りで歓声を上げていて、ボクは恥ずかしくなってすぐに皆のとこに戻った。


「やるじゃん!! 信矢!! 偉いぞ~!! さすがアタシらの弟弟子だな!!」


「ええ、最後の飛び蹴りはお見事でした。体の緊張もいい具合に抜けてたね」


「素晴らしかったですぞ!! 信矢氏。叶うならシャイニング・ウィザードなど決めてもらえば我らのチーム名に相応しかったのであるが。ともあれ大戦果!! 大義でしたぞ!!」


 愛莉さんが頭をワシワシ撫でてくれて、零音さんとサブローさんがこちらに近づいて口々に褒めて?くれた。その後ろから勇輝さんが「よくやったな」って褒めてくれてた。だけどそこに一人足りないのに気づいた。


「あれ? 川上さんは?」


「アイツは今あそこでやってるぜ?」


 見るとここから五つ離れた「B」リングで川上さんが白い特攻服を着た人間と対峙していた。気になったのでボクが動こうとすると残りのメンバーも一緒にリングに移動していた。勝負はボク達が到着した時には既に終わってしまっていた。それにしてもこっちのリングは更に人が多いなぁ……と思ってたら川上さんが戻って来た。


「勝ちましたよ。勇輝さん!!」


「おう、竜!! 『輝けたか?』今日もしっかりとよ?」


「はい。『輝きました!!』キチンとリングの上で」


 そう言って軽く拳を合わせてペットボトルの水を渡されていた。ボクは渡されなかったのになぁ……とか思っていたら後ろからヒヤッと首に冷たいものが当てられる。


「ほ~れ。信矢飲みな? なんか欲しそうにしてたろ? アタシの奢りだよ」


 愛莉さんがボクを驚かせてニヤニヤしながら水をくれたのでそれをゴクゴクと勢いよく飲む。思った以上にノドが乾いていたようだ。オイシイと一息ついていると勇輝さんたちが戻って来ると同時にボクらの周りがざわついている。


「あれが『シャイニング』ですか? 高校生と、あの少年は、まさか中学生?」


「市内どころかリーダーは県下一の不良だ。下手に手は出すな……引き込めるならいいのだがな……」


「傘下のチームが40チーム以上らしい……やべーな」


 なんか色々凄い情報が入ってきたんだけど……ただの噂だよね?とか思っているとリングの向こうからさっき川上さんが倒した特攻服の集団がやって来た。少なくても一〇人以上居る。


「テメ―……よくもやりやがったなっ!! もう一度やらせろっ!!」


「はっ、遥々はるばるネズミの国から来た割には雑魚だったな。まだコイツ春日井の方がマシだったぜ。それとよ、ここのルールでは同じ奴とは一日一回しか戦えねえ。一昨日来やがれタコ!!」


「構わねえこの場でやっちまえ!!」


 そこからはBリング付近は大乱戦になった。周りの関係無い人間まで喧嘩がしたいと言う理由だけで参戦して来て一種の暴動のような騒ぎとなったが、誰も止めようとしない。熱狂の渦と言うのはこう言う事なんだろうか?ボクも何人かと交戦したり、巻き込まれたりして何とか勇輝さんのところまで逃げ出していた。


「おらっ!! 信矢!! 無事かっ!?」


「な、なんとか大丈夫です!! 勇輝さん、他の皆さんは?」


「愛莉はそこに居る、後は分かんねぇから途中で、拾いつつ地下室に戻んぞ!!」


 勇輝さんと愛莉さんはさすがと言うべき戦い方で相手をすでに何十人も倒していた。そしてそこからはボクも入れて三人で背中合わせの戦いが始まった。

 その戦いの最中なぜかボクは相手が攻撃してくるタイミングが少しだけ分かった。戦闘における勘の良さのおかげで、なんとか二人の足を引っ張らずに済んでいた。


「やるなっ!! 信矢、やっぱ、お前は実戦覚えると化けると思ったぜ!!」


「そう、です……かっ……はぁ、でもまだ体力ねえっす。はぁ、はぁ……」


「そんな事無いから気にすんな。アタシもそろそろ限界だしね。ふぅ、さすがに連戦キツイわ~」


 そう言いながら二人は今もそれぞれの相手を気絶させていた。ボクは何とか牽制をしつつ避けに徹していると、その相手がいきなり崩れ去った。


「生き残ってるか? 春日井? ビビッて伸びてねえか心配したぜ?」


「心配っ、してくれたなんてっ……!! 案外、優しいじゃないっ……ですかっ!! 川上さんもっ!!」


 今度は川上さんの後ろから殴りかかってきた相手にボクはタックルをしてメチャクチャに蹴りを入れる。その動きに反応の遅れていた川上さんだったけど、ボクが怯ませた相手に振り向き様に顔面を殴り飛ばし相手を倒した。


 一瞬驚いた後にニヤリと笑うと「はっ、まあまあだな」と言ってこっちを見て肩をバシッと叩かれた。その後に零音さんとサブローさんが何か黒いバッグを持ってきてそれを勇輝さんが見ると「じゃあ逃げんぞ!!おまえら!!」と言って全員で入って来た入り口とは逆の方に殺到する。そして零音さん達が持って来たバッグを黒スーツに渡すと、何か白い封筒が渡されていた。


「よし、行け。会長が今日は盛り上がったからと色を付けてくれた。感謝しろ」


「そいつはど~も。行くぞ!!」


 ボクたち六人は駅前から駅の地下連絡通路を通って反対の北口に出た。ボクと勇輝さんそれと川上さんは服が泥や血で汚れていたけど、残り三人の恰好は割ときれいだったのでそこまで、上手く目立たずここまで来れた。そのまま暫く歩くと北口の住宅街の外れに来ていた。


「腹減ったし、うちでラーメン食っていくわ」


「りょうか~い」「うっす」「分かったよ」「煮卵ダブルは正義ですぞ!!」


「え、えっとぉ……ボク今日は財布持って来てないので……こ、これで」


 そう言ってそそくさと帰ろうとすると勇輝さんに回り込まれてしまった。そして頭をコツンと叩かれると、今度はなぜかボクに背中を見せて明後日の方向を向きながら言った。


「俺の実家がやってるラーメン屋だ気にすんな。あと舎弟おとうとぶんの飯代くらいアニキ分が出すのなんてのは当たり前だ。良いな!! シン!!」


 舎弟?あ、ボクって舎弟なの?確かにこの二か月ずっと弟子みたいな事やってたけどさ、でも強くしてもらうならこれで良いのかな?そう思って勇輝さんに聞くと、面倒くさそうに「そうだ」と言った。


「今、言ったけどよ、お前は今日から舎弟だ。んで俺はオメーのアニキ分だ!! だから俺の事はアニキって呼べ!! 良いな!?」


「えっと……はいっ……分かりました?」


「言わせてやって。そんで奢らせてやってよ~シン? う~んシン坊? コイツ今、すっごいアニキ面したいだけだからさ~♪」


「うっせ!! 愛莉!! とにかく全員で行くぞ!! さっさと付いて来い!!」


 なぜか顔を赤くさせた勇輝さん、いやアニキが大股でどんどん先に行く。それに抱き着くように愛莉さんがまだからかっている。それを見ていると川上さんが肩に軽くパンチをして来てニヤリと笑って先に行く。


「そう言う事だ。行くぜ……信矢」


「え……川上さん?」


「これからは竜人でいい。トロトロしてると置いてくぞ」


 そう言うとアニキの方に行ってしまった竜人さん。するとニヤニヤしながら残りの二人もボクの両脇を固めるようにして連れて行くように歩き出した。


「竜人氏までデレましたな!! あれですか信矢氏モテ期ですかな!? 総受けですかなっ!? 主人公属性開花ですかな?」


「ふふっ……モテモテだね? 信矢くん。天然のジゴロって奴かもしれないね。今度、僕の口説き文句を何個か教えようか?」


「えっと……じゃあ幼馴染の子を落とせるのがあれば是非教えてください。あとサブローさん総受けって何すか?」


 そして前の三人に追いつくとアニキがまたこっちに振り返ってニヤリと笑って俺の肩を叩いて言った。


「そうだ。忘れるとこだったぜ。シン、今日のお前『輝いてたぜ』最高にな!!」


「えっ? はいっ!! ありがとうございますっ!! 勇輝さん……じゃなくて……アニキ!!」


 この日ボクは何年振りかに心から笑顔になれた。あの日から誰にも頼れず、ひたすらに耐え抜いて来たボクのここまで人生はこの日、勇輝さん、いやアニキの舎弟になって、そしてチーム『シャイニング』の一員になって、今いる皆と本当の仲間になれた事で救われた。そして皆と心から笑い合えたんだ。

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