第32話「空見澤の夜の顔、そして実戦へ」
◇
狭霧との別れ、あれから三週間、ボクは一日も欠かさずに道場と地下室に通い続けた。必要無いと思い空手道場も辞めた。やはり引き留められたけど興味が無かった。なぜなら辞める三日前に組手をしたけどアッサリ勝利したからだ。
「はぁっ!! せいっ!!」
「そこまでっ!!」
相手があまりにも遅い、そして何て軽い拳なんだろうと思ってしまった。もちろんここ最近覚えた喧嘩殺法では無くキチンと空手のフルコンタクトの試合形式で戦った上での勝利だった。僅か開始三十秒で回し蹴りを決めて格上の黒帯の人間を圧倒していた。ルール違反なんてもちろんしていない、ただ空手教室の師範曰く、前よりも攻撃的になったから色々気を付けた方が良いとだけ言われた。でもそんな忠告、今更どうでもいい。勝てればどうでも良いんだからさ。
「お疲れ様ですっ!! 勇輝さん!! 川上さん!! 零音さん!!」
「おう、来たか。茶も買って来たな!! 走り込みはどうだ?」
ボクは勇輝さん達にパシられされた物を渡しながら質問に答えた。零音さんのプリンが少し形が崩れてたけど気にしないで食べてくれた。本当に心までイケメンだ。これが川上さんならガミガミ言われるのに。
「はいっ!! 今日から5キロに増やしてみました!! まだ行けそうです」
「調子のんな!! お前はまだ成長期だからやり過ぎは逆に毒なんだよ!! 体作りに専念しとけ」
そして早速のお説教だ。勇輝さんと川上さんは本当にボクの事で口うるさく色々と言って来る。勇輝さんはほとんどが気合と根性って精神論がメインなんでまだ何とかなるけど川上さんは妙に理論的だから余計に反発心が出てしまう。
「……分っかりましたぁ~!!」
「あぁん? 文句あんなら一回やっか?」
「ええ、ぜひともお願いしま~すっ!!」
ちなみに開始20秒で畳の上に沈められた。強い、まさか拳一発で黙らされるなんて……勇輝さんは大笑いしてるし、零音さんもクスクス笑ってる。なぜかサブローさんは「あ~っははは!!」とか高笑い上げてるし、愛莉さんは今は道場に出ているらしい。師範と何か話があるとか言ってボクと入れ違いになったようだ。
「身の程知らずが、ば~か……」
「クッソぉ……うぅ~ん。次こそは一発入れてやる」
「ま、殴られて覚えて行け。段々それで強くなっからよ」
ちなみに散々言っているがボクはサブローさん以外には誰にも勝てていない。弱いなんて言っていた零音さんもかなり強かった。前回襲撃された時は不意打ちで、彼女とデートが終わって油断したとこを狙われてしまったから負けたみたいだ。しかも零音さんは中国拳法の内、太極拳や気功だけじゃなくて普通に少林拳も使えるのでかなり実戦的だった。
そしてサブローさんだが、彼が言うには自分は武器有りきで情報戦専門だと言っている。確かにこのメンバーの中でPCをうまく扱えるのはサブローさんとボクだけなので納得だ。他三人はスマホは使えるけどなぜかPCは苦手なようだった。
「まあまあ信矢氏も日々強くなっているのだから気にする事はなかろうよ。吾輩のコレクションを一つ貸すのでインストールするといい」
「PCゲーム……『ドキドキ☆メモリーDays!!~私はあんたのこと大好きなんだからね!!~』ってこれ普通に十八禁のですよね。ボクはまだ十三歳なんでダメですよ。てかサブローさんもダメですよね?」
「ハハハ!! 吾輩は電子の海では三十二歳の別名義でメーカーから直接注文しておるからなっ!! 奴らも一々こちらを調べる事などせんわ!!」
うっわぁ……ダメな大人じゃなくて、ダメな年上でドン引きだ。でもそう言いつつそのパッケージをすぐにカバンの中に入れてしまうボクもボクだなぁ……でもこれはあくまで先輩方との円滑なコミュニケーションのためであって、興味が有るわけじゃないから……。家に帰ってすぐにインストールしたのは秘密だ。
「あれ? 信矢くんは二次元に興味が有るんですか? 意外ですね? 好きな子がいると聞きましたけど?」
「すっ、好きな子って言うか……守りたい子が居るだけで、そのぉ……」
「けっ、ガキが色気づきやがって。まずは俺に勝ってからにしやがれ」
「相変わらず恋愛拒絶症は治らないんですねえ竜人くんは……恋はいいよ? 人生に彩りを与えてくれるからね?」
「吾輩は二次元をオススメしますぞ!! 竜人氏!! この清楚なクラスメイトの彼女がNTRされる作品なんておススメで!! ふごぉ!!」
そして散々騒いでいたら勇輝さんから再び特訓開始の号令で二人を相手にその日も陽が沈むまで戦っていた。相変わらず体中ボロボロでイジメを受けてた時よりも酷い有様だった気がするけど、確実に強くなっている感覚はある。もしかしたらボクにはこれが合ってるのかもしれない。
「おう、信矢!! 明日は少し遅くまで付き合ってもらうが大丈夫か? もしかしたら日付をまたぐかも知れない、来れるか?」
「ここに泊まっていいなら親にテキトーに言い訳すんで問題無いっす!!」
「初めての無断外泊かな? 信矢くんにとっては、ちなみに勇輝さんは忘れてるから言うけど付いて来たら後戻りできないよ?」
「ああ、逃げ出すんなら今の内だぞ春日井? あそこはグレーだ黒に近いな?」
川上さんや零音さんが最後の警告だと言わんばかりにこちらを見た。勇輝さんは無言だ。だけどボクはもう一度勇輝さんの方を見て言った。
「ボクは強くなれるんなら、どこにでも行きますよ……ボクを強くしてくれるんですよね? ユーキさん?」
「もちろんだ。だから、しっかりと付いて来い!!」
「はいっ!!」
家に帰って合宿で明日は道場に泊まると言うと母さんはあからさまに怪しんだので道場に電話を入れて確認を取る。だけど問題は無い。だって電話の相手は愛莉さんだったから簡単に騙された。
そして何の問題も無くボクは次の日を迎えた。ただ父さんは朝に出る時にボクの動きを怪しんでいる節があった。それはもう一月も柔道の手ほどきを受けて無かったから、仕方ないよだって……そんな弱い技術は、もう必要無いんだから。
朝は走り込みを3キロにして、その足で地下室に向かった。最近は林の中もやぶ蚊とかが増えて地下室でも蚊取線香を焚いたりしてるけど、換気を忘れて煙たくなったりして大変だった。そして地下室に着くと、勇輝さんはジーンズに薄いブルーのワイシャツとラフな格好でいつもの学ランではなかった。
他の人たちも動きやすい格好で愛莉さんもキャミソールに白のホットパンツ、でも靴はスニーカーと言う少しチグハグな恰好だし、零音さんは何か、こうホストのスーツ姿みたいな恰好だった、妙に合ってて怖い。
川上さんは制服のブレザーだけを脱いだだけだったけど靴だけはいつものローファーじゃなくてスニーカーになっていた。この人はファッションとかに拘らないんだろうなぁ……。サブローさんはいつも私服なのでほぼいつも通りなのだが、鉢巻が『臥薪嘗胆』に変わってた。ちなみにボクは最近ずっと着ている黒のジャージ上下だった。だって動きやすい格好で来いって言われたから仕方ないじゃないか。
「おっし!! 全員、恰好は大丈夫そうだな。ジャージか……一番動きやすそうで安心したぞ信矢!!」
「最近は道着の時以外はこの恰好なんですけど、大丈夫っすか?」
「ええ大丈夫ですよ信矢くん。あそこは野蛮ですからね? 一々ドレスコードは無いので問題有りませんよ?」
その割にバッチリ決めてますよね?零音さん……ま、川上さん見てれば大丈夫かなと思って見てると、思いっきりガンつけられた。なんでかボクはこの人に嫌われてるんだよなぁ……。
そんなこんなで時刻は夜の二二時過ぎ、ボクたちは未だ工事現場の多い新商店街市街地へと向かっていた。なんでも駅前の再編計画でこの辺り一帯を区画整理して今は建築ラッシュらしい。ボクとしてはこんな夜遅くに出歩くなんて滅多に無いから色んな意味でドキドキしていた。
「あの……工事現場が多いですけど、こんなとこで何するんですか?」
「ああ、喧嘩だよケ・ン・カ。もうすぐ人も集まる。駅の反対側つまり俺らがさっきまで歩いてた北口広場は今も賑わってる。だけどこっちの南口は今は建築ラッシュで誰も今は居ないわけだ」
勇輝さん達と灯も何も無い新興住宅地の建設地を歩きながら二年後に完成予定の商業地区へ向かって歩く。ちなみにこの更に先には複合ビルの空見タワーが建築予定だそうだ。これも二年後に建つ予定らしい。かなり高いビルで市内を一望出来る予定だとか。
「そしてここら一帯は両端の入り口はこうやってデカイ鉄板で覆われて向こう側が見えねえし、聞こえねえわけだ。光すら漏れない」
確かに壁の向こうでは工事の音みたいな音と他にも人間の声がたくさんしている。防音は、ほぼ完璧で少し外に漏れ出るくらいだろう。そしてその漏れ出ている箇所には工事現場の入り口に似つかわしくない黒服のサングラスの二人組がまるで入り口を守るガーディアンのように立っている。
「なんか凄い人居ますね……あの人達ですか?」
「そ~言う事、受付はあの人らだよ、ユーキ、カード用意しといてね?」
その二人に勇輝さんは何かを見せると二人組は後ろにある壁を開けた。一瞬にして凄い歓声と大きな音が鳴り響く。工事現場の比ではない大きさだ。そして六人でそこに入るとそこに広がっていたのは……。
「まぶしっ!? 街っ!? なんなんだ? これって……」
「ここが夜の空見澤の南口だよ。ようこそ夜の街へ、なんてね?」
零音さんさんが少し大き目の声でこちらに言う。周りにはトラクターやダンプカーなども有るけどそれ以上に異常なのは奥の方に見えるリングだ。ボクシングのあれが一番近いけど床はなぜか畳が敷かれている変なリングだった。それが合計七つ。それを囲むように色々な人種がたくさんいる。格闘家みたいな人も居ればボクらのような学生。それに背広を着た人間などたくさんだ。
「あぁ……そうだった信矢、お前あと三〇分くらいしたらあそこで戦ってもらうからよ。ま、頑張んな?」
「はぁ……え? えええええええっ!!」
そう言って勇輝さんが指差したリングは一番ガラが悪そうな人間が集まっているリングだった。絶対に犯罪者とか居そうなリングだ。そのリングには『G』と付けられていた。どうやらボクの実戦デビューは今夜らしい。
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