第31話「種明かしはベッドの上で」‐Side狭霧その5‐




「ま、実際は駅を挟んですぐ近くのアパートに引っ越しただけで学区も同じだったから転校もしなかったんだけどね?」


「うん。さぁーちゃん……狭霧も引っ越し先言ってくれなかったから、二学期に廊下で普通に声かけられてビックリしたよ。あんな言い方されたらもっと遠くへ転校したと思って」


「だって、シンとあんなに離れたの初めてだったし……凄い不安だったから。それに中学では全然違う通学路だったし、高校になってからは途中までは一緒になれたけど、それも最近やっとだったから……」


 そう言って私は信矢の腕の中で、えへへと照れ笑いを浮かべながらギュっと抱き着く。信矢からは消毒液の臭いとか少し血の臭いがするけど全然気にしない。ついでに病室のベッドの上だけどそれも気にしない。


「あの……距離にして1キロ圏内移動してませんよねこの距離は……」


「はい。前調べたけど、ボクの家から今の狭霧のアパートまでは約867メートル離れてるね……凄い距離だ。これなら狭霧が不安になるのも分かるね」


「ええっ!! 離れてたんだ!! 歩いて十五分くらいはいつもかかると思ってたけど……まさかそんな距離だったなんて……」


 千堂先輩が1キロ圏内の中で離れていると言う驚愕の事実と信矢が正確な数値を教えてくれて愕然とした。毎朝信矢の家の近くまで行っていたけど時間が凄いかかると思った。引っ越すまでは朝起きたら庭か窓から高確率で姿を見れていたから必ず目は合わせるし徒歩0秒で会えるのが普通だと思っていたから。


「ん? だいたい900メートルって原チャリで五分くらいの距離じゃね? 配達でたまに使うし。たぶんそんなもんだろ?」


「ああ、徒歩でも普通に行き来が出来る範囲内だな……どうやらこの二人には違うようだがな……」


 夢意途先輩たちはどうやらこの広大な距離を大した事無いと言っている。しかし私は原チャリなんてまだ乗れないし車も運転出来ない。毎朝キチンと信矢を見守る時は結構な時間がかかっていたのをしっかり覚えている。


「当然です。あの出来事イジメが有るまではボクたちは学校で離れても十メートル圏内に常に居ましたから、それだけの距離を離れるのは小学校の頃の修学旅行以外ありませんでした」


「うん。あの時は本当に大変だった。シンが居ないから修学旅行先の日光ではクラスの子とだけだから凄い緊張したんだよ~!!」


「ボクは一人だったから好きな事出来たなぁ……ま、一応は狭霧の後を付けてたから安全を確保しながら先生と揚げ湯葉饅頭食べたりしてたかなぁ……」


「え、信矢ずっと私の後ろに居てくれたの? そっか、ずっと見守ってくれてたんだ……嬉しい……」


 そう言うと信矢は照れながら「そんな事しか出来なかったよゴメンね」と言って私を抱きしめ返してくれて私は嬉しくて仕方なかったけど、なぜか周りにはドン引きされた。信矢と私が不思議そうに顔を見合わせるから特別おかしくは無いと思うのに不思議な人たちだ。


「これは……私のリサーチが間違って……いたようです仁人様……」


「ま、まあ仕方ない。リサーチし始めたのが中学時代の後半からだしな。しかし君の中学時代はなんと言うかこの先も含めて波乱万丈だったんだな」


「ドクターさんと会うまで色々ありましたからねぇ……」


 なんか生徒会組だけで話してる。この二人は私の知らない信矢を知ってるんだろうなぁ……ズルい。こんな事なら私も生徒会に……って私にはバスケが有るんだし何言ってるんだろ。それに人に指示出したり引っ張ったりは私には無理だ。部活でだって指示待ちが基本なんだから。


「それとこれも黙っておくべきかと思ったのですが、お二人の関係性から話しても問題無いかと思うので、お話ししましょう」


「何をですか?」


「ええ、あなた方お二人は、その……お互いにストーキングし合ってますよね? 高校入学時から……」


「「えっ?」」


 信矢がストーキング?そんな事しているはず無いよね?と、見ると自信満々に「そんな事はしていない」と言ってくれた。これは、いくら千堂先輩でも酷い言いがかりだ。ちなみに私の方もそんな疑いは無いはず。するとなぜか頭を抱えた先輩たちが話し出した。


「え~信矢の方は入学当初からバスケ部の試合は全て公式、非公式を問わず観戦しているな。バレないようにコッソリ。校内の巡回と称してスポーツ科の階をウロウロしたのは数知れず、後は体育館の扉の点検と称して昨年度からほぼ毎日、竹之内さんを監視している。主な案件はこれか? 七海?」


「そうですね。それで竹之内さんの方は私の流した情報で先々月から毎朝、春日井くんの家付近で待機して、その後をつけて空見澤公園まで追跡、そして待ち伏せ。ちなみに昨年度は休み時間は用も無いのにほぼ毎日彼の教室付近や生徒会室前の廊下を行ったり来たりしてましたね。余罪は他にも有りますね二人とも」


「うっわぁ……なんつ~か……彼女ちゃんだけじゃなくて、おまえ……シン坊も何やってんだよぉ……」


 え?確かにコッソリ後をつけたり信矢の家の近く(元の私の家)で隠れて見守っていたり、最近だと信矢の帰りに後をつけたり色々とやって恥ずかしかったけど、それって幼馴染の行動の範囲内だよね?と、信矢の方を確認するように見た。


「あの……それって幼馴染の普通の行動の範囲内では無いんですか?」


「そうだよね~!! 私もそう思うよ!! その前に私の机に信矢が朝ジョギングしてるってメモ書き入れてたの千堂先輩なんですね!? ありがとうございます!!」


 やっぱり共通認識だった。良かった。私は知らない内にストーカーと同じ事してるのかと思ってたよと信矢に伝えると、信矢もボク達は幼馴染だからこれくらいは普通の事だよと力強く言ってくれた。


「やはり第三外装が一番まともなのか……奴は一応マズイと考えて隠そうとはしていたぞ……」


「あ~……コイツら末期だわ……もういっその事このまま、くっ付けた方が世間様に迷惑かからねぇんじゃねえかな……」


 なぜか先輩たちとあの女、各務原……さんも頭を抱えている。信矢から過去の話を聞いている最中にずっと❝あの女❞と言い続けていたら信矢が「年上のしかもボクの姉弟子だからちゃんと敬意を持ってね?」と、いつもとは違う迫力のある笑顔で言われたので今後は❝さん❞付けで呼ぶになった。ちょっと怖かったけど半分涙目で私が納得したら頭を撫でててくれたから実質プラマイゼロだったと思う。


「やはり問題無いのですね……少し自信が無かったのですが……それと竹之内さん私はあまり苗字が好きでは有りませんので七海と名前でお願いします。春日井くんにもそうお願いしてますので」


「分かりました。七海先輩。私も狭霧で大丈夫ですよ。信矢が信頼してるなら問題無いですから」


「お、じゃあアタシも愛莉で良いぞ? 弟子のツレならアタシにとっても妹みたいなもんだしな?」


 え……それはちょっと、七海先輩は良いけど各務原さんは結構ですと言うと残念そうな顔をされた。少し悪い気もしたけど、この人は基本的に信矢との距離が近いから私としてはまだ半分敵認定している。

 取り合えず不安なので信矢に抱き着く力を強めておくと信矢が微かに鼻の下伸ばしてる。今日はサービスしてあげるから私だけを見ててね?


「だけどシン坊。おまえ彼女ちゃんが近くにいた事分かってただろ? 爺ちゃんに伝授されてたアレ有るよな?」


「は? あぁ……『気配探知』ですか? いや全然気付きませんでしたよ」


「嘘だろ……アタシらの中でお前が一番優秀だって爺ちゃん言ってたんだぞ? 見落とすはずが……」


 なんかまた私と関係無い事を話しているみたいで暇になったので信矢の二の腕をツンツンすると「ダメだよ狭霧?」と言ってすぐに会話に戻ろうとするから、また今度は頬っぺをツンツンすると「くすぐったいよ」と言って逆に私の頬っぺをツンツンしてきた。昔に戻った気分……最っ高!!


「あぁ……コイツら人の話聞いてねえ。しっかも、ところ構わずイチャ付きやがってよぉ……なんだこれ」


「さすがの私もキレそうですね。こう言うのを堂々とやる人種は理解出来ないです……これで付き合って無いという辺りが本当にタチが悪いです」


 幼馴染なら普通なのに……と、私と信矢が不思議そうにしたのをなぜか七海先輩と各務原さんが半ギレでこっちを見て来る。そう言えばこれって幼稚園とか小学校とかでも何回か言われた覚えがあったような気がする。そんな事をしていたら夢意途先輩が思い出したように言った。


「七海。その件は前に答えが出ていなかったか? 気付かない原因はこの二人の関係性だと暗に推理したはずだが?」


「あぁ……そう言えばそうでしたね。愛莉さん。この二人の関係性なら気配は感じないのでは? と、言うのが仁人様と私の仮説だったのですが?」


「え? あ、ああああ!! なるほど。お前、勝手に『気配遮断』してたな!!」


 気配遮断とはさっきまで話していた信矢のお師匠さまが信矢に教えたものらしい、そこまで聞いて私はまた関係無い話だと思って信矢にちょっかい出そうと思っていたら私にも関係あると言うので大人しく聞く事にする。


「アタシが聞いたのは『気配遮断』は『気配探知』の反対で自分の気配ごと探知に引っかからないようにするものでね。ただ探知は脳への負担が大きいらしいからそれを強制的に切るための方法として生み出されたらしい。分かりやすく言うと電源を無理やりコンセントから抜く感じだってさ」


「強制終了をかけるほど脳への負担が激しいと? 危険なのでは?」


「ああ。『気配探知』はずっと使い過ぎると脳への負担が凄いらしい。けどそもそも長時間使うもんじゃない。せいぜい試合時間中だから長くても五分以内だ。普通は一分も使わない。大昔は違ったから、そのためだったらしいんだ」


 各務原さんの話をまとめると、そんな事が必要だったのは大昔、それこそ戦国時代や江戸時代とか武士がいた時代で戦場やらで神経を研ぎ澄ますために一部の武士が使っていたと言われていて、そんな伝承が残されているとかいないとか、そう言う人用に気配遮断が必要だったと書物にあったらしい。


「そうだったんですか? ボクは師範からはそんな事言われてませんでしたが?」


「この事はアタシしか教えられてない。そもそも勇輝は気配探知が下手だったし、アタシも相対した相手くらいにしか使えない。シン坊、あんただけだったんだよ。あそこまで広範囲に探れたのは」


「あの時の戦いですよね……それって……ボクが初めて第二になった時の……」


 つまりどう言う事なんだろう?と思って信矢を見ると信矢は若干顔を青くしていた。そこで七海先輩に助けてと視線を向けると逸らされるので再び各務原さんの方を向くと渋々話を続けてくれた。


「ま、その話は追々して行くけど、つまりシン坊は彼女ちゃんに執着し過ぎて脳が勝手に危険と判断した、結果『気配探知』が彼女ちゃんだけオフになってるって事だ」


「な~んだ。そんな事か……つまりシンは私の事が気になり過ぎて探知が出来なくなっただけの話なんですよね?」


「身も蓋も無い言い方ですね……春日井くん? どうしたんですか?」


 七海先輩が気付くと同時に私も信矢を見ると私を抱きしめてる腕が震えてる。どうしたんだろ?そんなに気になる事は無いと思うけど?と、言ったところ夢意途先輩は今の事実も相当オカルティックでセンセーショナルだったと言うけど気にしない。そんな事よりシンが震えてる方が重大事件だよ!!


「つまり、これからは狭霧に何らかの危機が迫ってもすぐに駆け付けられないって事じゃないですか!! これは最悪な事態ですよ!! やはりGPSを……」


「そこかぁ……そこに注目するのかぁ……ここまでの話を聞いて自分の症状への影響だとか原因だとか考えられなかったかぁ……あと犯罪になるからやめろよ?」


 夢意途先輩が頭を抱えているけどそう言う考え方も有るんだ。確かに脳に負担が有るなら危険だからね。シンの症状の影響とか有るかも。それなら使わない方が私としては嬉しい。だって信矢の心が壊れるくらいなら、もうそんな力は使わない方がいいに決まっているから。

 

 そして議題は自然と信矢の問題の第二人格の話へと移って行く事になったけど、そこで私はそもそも、あの怖い信矢第二・災害を知らないのでそれについてしっかりと知る必要があると思って詳しく聞きたいと先輩たちに言うと、それを受けて夢意途先輩が話し出す。


「ふむ、そうだな。やはり問題は第二、災害の彼だ。彼がいる限り自我変更がどのタイミングで起きてもおかしくなる。いつも各務原さん、いや俺も愛莉さんと呼ばせてもらうか、とにかく常に愛莉さんが監視していてくれる訳じゃないからな」


「ボクとしても本当は引きこもり生活からは脱したいのですが、第三に任せておけば全部上手く行くと思うんで、このままで良いかなって……それにボクは弱いから結局この事態を起こしてしまったわけだし……」


「皆さん、まず第二の特徴なのですが彼が災害と呼ばれる主な原因は向こう見ずな特攻、自爆覚悟の逆転狙い、通常の倫理観を無視した行動など自身の全てを犠牲にしてでも目的を達する行動を取る事です。そして一番問題なのは、その際の自身へのリスクを一切無視する事です」


 確かに、お昼の信矢を見ると最初に見澤と戦っていた時はあくまで相手を動けなくする行動や自身も怪我をしないように戦っていた節があった。でも第二、あの怖い信矢になった時は、相手を傷つけるだけの行動をしていた。

 さらに自分の体を傷つけてでも勝ちに行ってた。普段の信矢とは真逆、やっぱり人格が変わってるのは本当なんだと思う反面、あの時の拒絶の言葉は目の前の信矢の意志じゃないと知れて素直に嬉しかった。


「ま、事態は分かったんだがよ。その暴走するタイミング? それは分からねえのかよ? お二人さんには?」


「タイミングは分かっています。そしてその対策も完璧でした。今回のような事が起きるまでは……少なくともここ一年は安定していたので」


「まず対策だが、基本的に第三人格つまり去年から生活していた彼が表に出ていれば大体は抑えられる。そして彼が意識を失った際に、拘束具としてメガネを付けてもらっていたんだ。これはある種の暗示のようなもので、細かい話はカットするがメガネをかけていれば強制的に第二は第三に戻るよう設定した」


 なんかいきなり難しい話になって来た。シンの顔色が心なしか悪くなっている気がするけど、今は頭の中では色々と出て来た情報を整理するのを優先してしまう。信矢は今、抱き着いてる昔のシンと、あの強い信矢と怖い信矢の三人が中に居て、危ないのは今日暴走した人だけ。そしてその危ない人を抑えるために普段はあの強い信矢がいて、それでもダメだった時のため用にメガネをかけていたと言う事らしい。


「だけど第三の彼でも不意を突かれて敗れてメガネも砕けた。第三が気を失った場合は次に出るのは順番的に第二、ボクは一番最後に出るしか無いからね」


「そう、強さの順番と言うよりも第一と第三で挟むように第二の彼の自我を封じ込めている。つまり外側が剥がれると自動的に二番目が出る仕組みなんだ。そのためのメガネだったんだが、まさか壊されるとはね」


 つまりメガネが無事ならあのまま強い信矢が起きて来て、今の本物のシンとは会えなかった事になるのかと考えると色々と不思議な気分になった。だってもし怖い信矢が暴走しなければこうしてシンとは再会出来なかった事になるから。


「待てよ……じゃあコイツ今ってメガネかけてねえからマズいんじゃねえの?」


「それに関しては今しばらく問題は無いかと、過去数回こう言う事態は発生してまして少なくとも二日は第二の彼は目覚めません。第三の彼は今回が初なので何とも言えませんが彼が突然目を覚ましても支障は無いですからね」


「まぁ、彼の症例は分からない事の方が多いからな。うっかり目覚める可能性も有る。だから愛莉さんに居てもらったわけだ」


 なるほど各務原さんは護衛なんだ。確かに強かったし、シンなんか見惚れて攻撃出来て無かった……そうだっ!!思い出したよ、シンは各務原さんを凄い情熱的な視線で見ていたはず、『華麗』とか言ってた。私だって言われた事無いのに……。


「ん? どうしたの? 狭霧?」


「今まで聞いてた限り各務原さんとは何とも無いのは分かったよ。でもやっぱりシンと各務原さんは距離が近すぎると思う。しかもさっき倒されてた時なんて凄い熱い目で見てた……。私だって小学校の時に六回くらいしかあんな目で見てもらえてなかったのに……」


「どこから突っ込めば良いんだよ……ほんとこの子……まずあれはアタシの技のキレを見てたのと素直に関心してただけだろ? うちの流派てか合気は比較的視る事が多いからな。技を見る事は無意識にやっちまったんだろ」


 そんな事を言っても騙されませ~ん。百歩譲って本当だとしても羨ましいのは変わりないからダメですぅ~。そうしてムスッとしていると頭を撫でられて一瞬許しそうになるけどすぐに顔を引き締める。毎回撫でとけばいいチョロい女なんて思わない事ね。私は簡単な女じゃないんだよシン!!


「でも、今日のバスケの試合は『華麗』なプレーだったね? 特に第三クオーターのレイアップは凄い綺麗だったよ強引に行っても良かったのに、あんな上手くフェイクを決めて『凄い華麗』なフォームだったね。見惚れちゃったよ?」


「ま、まあ。そこまでこだわる事じゃないし……この話題はこれくらいで良いんじゃないかな」


 うん。一々駄々をこねて小さい事言ってるような女じゃ信矢の幼馴染としてダメだよね。ここは信矢のためにも広い心で許してあげるとしましょう。だって私はチョロい女じゃなくていい女を目指すんだから!!そして信矢の腕の中から出ると私は正面に立って満面の笑みで信矢の方を見た。


「しかし驚異的な対応力だな信矢。彼女が一番に求めている答えを瞬時に選び出しそれを一切の躊躇無しに口に出来るその胆力……敬服するよ」


「そうでしょうか? 顔を見ればだいたい何を言って欲しいとか分かりますけど? 狭霧に関してだけですけど……」


 なんか男性陣が二人で話してて七海先輩が信矢を見て若干引き攣っているけど、どうしたんだろう?そう思っていると横から各務原さんがこっちを探るように近づいて話しかけてくる。


「あ~。とにかくアタシはシン坊の事を弟くらいにしか思って無いから心配すんなよ彼女ちゃん、いやそのぉ……狭霧ちゃん?」


「ま、仕方ないんで各務原さんも狭霧で良いですよ~。やっぱり私も愛莉さんって呼ばせてもらいますね~」


 そして私は今更ながら気付いた。この人はシンを本当に弟のように思っていると心から言っている事実に……。そして何より今は立場が逆転している。私は愛莉さんの胸を見る。二年前は私より大きかったけど今は私の方が明らかに大きくなっている。つまり……。


「もう私の敵じゃないって事だから……安心……」


「え? 今、何か言った? 狭霧ちゃん?」


「いえいえ。これから改めてよろしくって言いました~」


 私は内心が表に出ないようにへらへら笑いながら心の中で改めて勝利宣言する。誰にも聞かれて無かったはずだし大丈夫かなと思って信矢の方を見ると、信矢は七海先輩と何か話していたみたいだけどよく聞こえなかった。小さな声で話してたみたい。


「いい性格してるわね。あなたの幼馴染……」


「そこも含めて狭霧の可愛いとこですよ? 負けず嫌いで意地っ張り可愛いんで」


「そう思うのはたぶん世界中であなたくらいでしょ? 大体は重くて返品するわ」


「それは良かったです……誰にも渡したくないんで転売不可ですので」


 転売とか返品とか何の話をしているのか聞いたら大事なモノの取り扱い方だよって言われて不思議そうな顔をすると、信矢はいつかキチンと話してあげると言う。だから今は取り合えず定位置腕の中に戻ると信矢は再び昔の、二年前の私の知らない話をすると言って話そうとしていた。


 だけど少し震えていたからいつもとは逆に私が信矢の頭を撫でると彼が驚いた顔した後に、気合を入れた顔をしてゆっくり語り出した。もう震えは止まっていたから私は少しだけベッドの上で信矢に近づいた。恐らくこの後は私たち二人にとってつらい記憶が続く時だ……怖いけど逃げちゃいけない時間の始まりだ。私はシンの手を握ってしっかりと目を見て頷いた。

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