第28話「輝きと別離の足音」

「強くなりたい? 何でだよ? オメーはこんな凄い事が出来るのにケンカもしたいのかよ?」


「…………守りたい子が、居るんです」


「家族か? お、それとも好きな女か~?」


「っ!? ええっと……そのぉ」


 その指摘にすぐに狭霧の顔が浮かんでしまったので焦った。どうやって誤魔化そうかと考えたけど顔が真っ赤で隠せなかった。


「へっ。女かよ、良いんじゃねえの? 女のために強くなりてえなんておとこじゃねえか真面目くんよぉ?」


「肝心な時に、何も出来ずに守れなきゃ意味無いですよ。そんなの……」


「何だ? 別な男にでも取られたのか?」


「違いますよ。そう言うんじゃないんです……ボクが弱かっただけです」


 今度は骨折の確認もしたけど、なぜか打撲や擦過傷はあるのに骨に異常は無さそうだった。一応再度病院に行くように言うと不良さんは「へいへい分かったよ」と答えた。そして買っていた『ど~れ?お茶』のペットボトルを渡した。


「んぐっ……あぁ~……お茶も、うめえわ……助かったぜ……えっと真面目くん?」


「春日井、春日井 信矢です。あの……」


「あぁ、俺は秋津 勇輝あきつゆうきだ、助かったぜ。春日井」


 そう言うと勇輝さんは「うしっ」と言って気合を入れて立ち上がったけど、まだフラ付いていた。よろよろとしたまま歩き出そうとしたので思わず肩を貸してを支えてしまった。


「まだ休んでいた方が良いですよ? それとも近くに当てが有りますか?」


「家は遠い、しかたねえ……愛莉んとこしかねえ。師範も居るけどしゃ~ねえか。悪いが道場まで肩貸してくれねえか?」


「はい。分かりました。じゃあ行きましょう」


 ボクはまだ体格は少し小さかったけどそれでも肩を貸して歩く事くらいは出来たので勇輝さんに肩を貸して神社を出たその時だった。


「あっ!! いた!! ユーキ!! 探したんだからっ!! 誰?」


「おう、愛莉、コイツは春日井だ。そこの神社で助けられた」


「ど、どうも~初めまして?」


「ん? アンタは昨日の入門希望者? じゃあアンタが爺ちゃんの探してた奴か? えっと、取り合えず二人とも来て、反対側私が肩貸すから」


 ボクは引き続き勇輝さんに肩を貸して道場に二度目の訪問を果たした。広い道場では昨日会った初老の老人が正座をして待っていた。この人が各務原 元一郎この気信覇仁館の師範にして愛莉さんのお爺さんだ。そのように簡単に自己紹介されるとボクは凄い感謝された。


「春日井くん、君のおかげで昨日の六人は全員後遺症も無いそうだ。本当にありがとう。他の門下生も皆無事だ。それに比べこのバカ弟子がっ!!」


「いってぇなぁ……師範。俺は悪い事してねえぞ!!」


 褒められたボクとは対照的に、勇輝さんは師範に拳骨をもらっていた。怪我人だから止めた方が良いと思ったのだけど勇輝さんは思ったより痛そうにしてないのを見ると加減していたのかも。


「愛莉から聞いた。確かに気に食わんお前を複数で嬲ろうとしたのは武を愚弄している。だが兄弟子を立てるのもお前の裁量であると言い聞かせたではないか!!」


「え、え~と……」


 困惑しているボクに愛莉さんが説明してくれたので要約すると、まず勇輝さんは凄い強くて兄弟子が煙たがっていた。そこで稽古と言う名の制裁をしようとしたけど逆に返り討ちにあって主犯の三人がアッサリ敗北、見かねた別な先輩が仲裁に入ったけど、その人達も巻き込まれ最後は道場主不在の間に大乱闘になったと言う事らしい。


「私と爺ちゃんが町内会の会合から戻ってきたら全滅、ユーキは説明しないでどっかに行っちゃうし、そこでアンタと会ったのよ。それで? そっちは何があったの?」


「北高の奴らに絡まれて、少し相手してやったんだよ。ま、ドジって軽くボコられただけだ、そこまで問題はねえよ……」


 嘘だ。あんだけボコボコにされたのに、と、言おうとしたら勇輝さんに目で制せられた。仕方ないので勇輝さんの話をさらに詳しく聞くと、ガラの悪い北高のチームと日頃から衝突していた勇輝さんは先週、仲間の一人を闇討ちされた仕返しに堂々と北高に乗り込み十八人を病院送りにしたらしい。そして今日、恨んだ北高の残った人間と協力関係の半グレ集団に追いかけ回され神社に隠れていたらしい。


「バカ者め。やられたからやり返してそれでは終わりなど無かろうに、敵を見定めよといつも言っておるだろう……」


「へっ、じゃあ師範さ。殴られっぱなしでも良いのかよ?」


「そうは言わん……だが時には耐える事も肝要だと言っている」


「そう、でしょうか? あ、あの……いきなり部外者が、その……話に割り込んで、すいません。でも……」


 思わず割って入ってしまった。別に勇輝さんを援護したいとかそう言うのじゃなくて単純にボク自身思うところがあったからだ。イジメの事もそうだけど何より誰かのために戦った結果を叱られている勇輝さんは間違ってないと思ったからだ。


「耐えたら……いつか終わるんですか? 耐えたら誰かを守れるんですか? 一方的にイジメられて、自分の力で誰も何も守れず、情けなくて、悔しくて……泣く事しか出来ないんじゃ……無い。ボクはそう……思います」


「ふむ、だが……いずれ時が解決する……そのために耐える心と身体を鍛えるのだ。私はそう思っている……君や勇輝は違うようだな……」


「その通りだ。それはね~わ。断言するぜ。出来ねえよ。好きな女を守れねえなんて俺はゴメンだ。もし愛莉が酷い目に遭いそうなら守るし、酷い目にあったんならキチンと分からせてやる」


「さっすがユーキ!! 愛してる~!!」


 一見ふざけ合ってるように見えるけど、この二人の目は信頼し合っていた。昔ボクと狭霧が持っていた瞳の輝きだ。羨ましい……ボクはこの輝きを守れなかったんだ。ボクが弱かったから……。


「オホン。さて話がズレてしまったが、改めて春日井くん弟子の不始末。そして今度は不肖の弟子の手当てまで感謝し切れない。君は、入門希望なのかな?」


「ボクは強くなりたいんですっ!! 強くしてくれるなら何でもします!!」


「そうか。君の強さへのこだわりや動機、並々ならぬものが有るのは詳しく聞かないでも分かる。だが私が教えるのは守りの武術、合気やそれの始祖たる古武術だ。もちろん攻撃も有るが基本は守りだ。それでも良いのかな?」


「むしろ好都合です!! 守りたい大事な子が居るんですっ!! だから、ぜひご指導下さい!! お願いしますっ!!」


 思わず守りたい子と言ってしまった。だけど今更引き返せないし、ここでなら強くなれるかも知れない、何よりこんなにケンカの強い人が居るなら一緒に鍛えてくれるかもしれないと思ったからだ。


 すぐに入門の書類を見て月謝も良心的価格だったので母さんへの報告も何とかなりそうだ。成績も余裕だったし。やっと入門出来た。全部が上手く行ったので急いで家に向かって走っていた。


「あ……シン……」


「さぁーちゃん?」


 家に着くと玄関前に狭霧が居た。どうしたんだろうか?ボクと目が合った瞬間に左手をぎゅっと握って目線を右下に下げてしまった。助けて欲しい?ボクに?


「えっと……何か、あったの?」


「う、うん。ちょっと……その」


「さぁーちゃん、少しだけ待ってて今母さんに渡すものがあって、それからすぐに」


「ううん。やっぱいいや。また今度……」


 それだけ言うと狭霧は家に入ってしまったので、ボクはすぐに母さんに入門の話と幼馴染特別補正予算の交渉に入った。この時、狭霧の様子を気にしていればもっと違ったのかもしれなかったのに、この時のボクは気付けなかった。





「行ってきますっ!!」


 あれから一週間が経ち今日から気信覇仁館に通う事になった。ボクはここ最近の鬱憤を晴らすべく稽古に打ち込もうと気合が入っていた。ちなみにボクシングジムの方は昨日付けで退会してきた。


 なぜか引き留められたが才能も無いボクがいてもしょうがないだろうし、たぶんスパー相手が減るから引き留めたんだろう。実際微妙な扱いを受けてたし、そんな事より新天地で頑張ろうと走って行った。そのボクの背中に二つの視線が向いていた事に気付いて無かった。


「お姉ちゃん? シン兄に言ったの?」


「まだ……」


「私の方が先に出て行くんだから、早く言わなきゃダメだよ?」


「分かってる、良いから!! 私が自分で言うから……」


 まさかボクが道場に向かったすぐ後に、うちの玄関前でこんな会話がされているなんてボクは知らなかったんだ……。狭霧の両親の別居が決まって、その事を狭霧がボクに相談しようとしていたなんてボクは知らなかった……彼女の様子の変化に気付いてあげられなかった。


「失礼しますっ!! 押忍っ!!」


 門下生はボクを含めて三人しか居なかった。ほとんどの人は勇輝さんが暴れたので骨折やそれ以上の重症を負っているから無事な人しか居なかった。しかも勇輝さんも愛莉さんも居なかった。ただ直接師範が稽古を付けてくれるのでそれは嬉しかった。


「愛莉は既に段位を持っている。それに勇輝もな。あの二人は師範代でも手を焼く強さでな。この間のような乱戦なら勇輝に勝てる者はおらん。ワシでも怪しい」


「いつも二人は居る訳じゃないんですか?」


「ああ、あやつらは基本、好きな時に来て組手だけやって帰るからな……」


 師範はかなり丁寧に型などを中心に実直な武道を教えてくれた。基礎をキッチリと丁寧に、そしてボクや他の門下生に指導してくれた。だがしかし、ここでもボクの特性で、いつもの一を聞いて十を知るようなスピードで成長して行った。


 それでも白帯なので今までよりも成長スピードは明らかに遅い、それもそのはず、ここでの稽古はひたすら方稽古とたまに確認の組み手しかやらず、後はひたすら自分が技を受けるだけだったからだ。


 受け身はそれこそ小学生の頃からひたすら父にやらされているので今更感が強かった。強くなっている実感が欠片も無かったのでボクは焦った。なので魔が差したのだろう、久しぶりに空手道場の方に顔を出して軽く組手をしてその帰りに商店街に立ち寄った時だった。


「見つけた!! テメェ!! ガキっ!!」


「えっ? ぐあっ!! うぅ……」


 いきなり後ろから殴りつけられて倒れてしまうけど無意識に受け身を取る。もう癖のようなものだった。後頭部をいきなり殴られたから頭がクラクラする。


「い、いきなり何を……」


「てめえが奴の、勇輝のチームのメンバーなのは分かってんだよ!!」


「えっ? な、何の話ですか?」


「テメェ!! 奴の馴染みの道場に通ってんだろ!!」


 どうやらそれだけでボクは勇輝さんの仲間認定されてこうしてボコボコにされているらしい。とんだ災難だ。少なからず抵抗してみたがダメだった。ボクの習った柔道の投げ技も体格差で相手に届かず、筋力も足りずに相手に抱き着くだけで終わってしまい逆に投げられ。空手の正拳突きもペチペチと打撃するだけで逆に手を掴まれて返されてしまう。まるで子供と大人の喧嘩だった。


「なんだそれ? まさか殴ってるつもりか? オラァ!!」


「ごふっ……がっ……ぐっ……っ……」


 またか、今度は完璧に負けるんだ。前は狭霧を人質に取られたから手出しは出来なかった。今回は……力でも、気持ちでも負けるしか無いのか……情けない……。殴られると思った瞬間に、その拳を遮って逆に殴り飛ばす影が割って入った。


「ちっ!! ガキ一人に舐めたマネしやがって!! オラァ!!」


「テメェ!! 待ちかね――「黙ってなっ!! おりゃ!!」


「囲め!! やっぱりこのガキはテメェの仲間か!!」


 口が切れて痛めつけられ倒れていたボクの前に現れたのは勇輝さんともう一人、県立の高校のブレザーを着た勇輝さん以上に目つきの悪い高校生だった。


「ちげえよっ!! 関係ねえガキだ!! 許さねえぞ!! 取り合えず全員しめてやる!! 行くぞ、竜!!」


「分かりましたっ!! 勇輝さん!! 『シャイニング』の力、テメェら半端もんに見せてやる!!」


 二人は不良五人組をほとんど手間をかけずに撃退してしまった。強い、勇輝さんが強いのは何となく分かってたけど、もう一人の人も強い。そしてボクは思ってしまった。こんな風になりたいと。


「良いなぁ……つよ……くて……」


「おい、坊主っ!! 春日井!!」


「気絶してますね……コイツ、覇仁館で稽古受けてんすよね?」


 ボクの意識が薄れる中で勇輝さんともう一人のブレザー姿の人がボクをどこかあざけるのが聞こえた。仕方ないよね……弱いんだから。そこで今度こそボクの意識は途絶えた。

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