第29話「ボクの決意と愉快な?仲間たち」


「う~ん……ボクは?」


「おう起きたか? 春日井」


「えっと……勇輝さん……?」


 今ボクは商店街中央のベンチで寝かされている状態だった。勇輝さんともう一人の目つきの悪い長髪、つまりロン毛の人がボクを見下ろしていて、ロン毛さんは少し不機嫌そうだ。


「助けてくれたんですね? ありがとう、ございました……」


 口の中が切れて少し違和感が有った。懐からハンカチを取り出し血を吐き出す。ちょっとヒリヒリするけど、殴られた箇所よりはマシだった。


「礼はいらねぇ。むしろ巻き込んだのは俺らの方だ。気にすんな」


「ま、そうなるな。弱いのにかわいそうなこった。ハハッ」


 もう一人のブレザーの人がボクに嘲笑ちょうしょうを浴びせてくる。何か恨みでも買われてるんだろうか?それともただ単にバカにしたいだけなのか?でも言い返せない。何も出来ずに一方的に殴られておしまい。これじゃ笑われるよ、ベンチから起き上がって二、三歩歩いて空を見上げると眩しかった。もう泣きそうだった。


「そう、ですね……ふ、ふふ……ハハハ……」


「おい、竜……やめてやれ。中一のガキが高三に勝てるわけねえだろ」


「それもそうすっね。でも負けておいて笑えるとか逆にどうかと思うんすよね?」


「強い人には分からないでしょ? もうおかしくて笑うしか無いですよ……」


 ここまで努力したのに何も通じなくて、それどころか助けられてバカにされる。もうこんなの笑うしかない。これじゃ大事な人を、何より狭霧を守れない。無駄だったんだ……これでも三ヶ月頑張った。成長は止まったけどそこそこは強い、ある程度なら強いからなんて自惚れて、いざ実戦に出たら何も出来ない。

 あぁ……なんて中途半端な器用貧乏、いやこんなの器用ですら無いからただの貧乏?あはは、もう、どうでもいいや……。


「はぁ……お前は結局どうしたいんだ?」


「え?」


「お前は師範の前で守るために強くなりたいって言ったよな? ありゃ口だけか?」


 口だけ?ボクは頑張ったんだあの子のために全力を尽くしていつか相応しくなって隣で守れるように、前に出て盾になれるようになろうと必死に努力した。口だけなはずが……無い。


「どう言う意味……ですか?」


「お前が守りたい子ってのも、その程度の――!! くっ!!」


 瞬間的に、ボクは頭が真っ白になっていた。一瞬で間合いをつめて勇輝さんに殴りかかった。だけどそれを簡単に止められる。ならばと足場を確認しながら空手ではあんまり使い慣れてないハイキックを、弾かれたなら、今度は回し蹴りを連続で繰り出す。しかし全て受け止められて地面に叩き伏せられた。


「速い……。って、テメェ!! ユーキさんに何してやがんだっ!!」


「竜、いいから下がってろ!! おいおい、もう終わりなのか? 春日井、その程度か? お前の想いってのは?」


「もう負けない!! あの子の事だけでは!! 絶対に……もう二度とっ!!!」


 負けない、絶対に!!叫び声をあげて全力で蹴りを正拳突きを、がむしゃらに全てを、自分の全部を出し切る。ことごとくが弾かれ、あるいは受け止められてしまう。まだ動ける、まだ……。


「なるほどな……確かに悪くない。だが……な……」


「そうすっね。速い、それに的確っすね……だけど」


「うおおおおおおおおおおお!!!」


 二人が何かを話しているけどそんなのは関係無い、ただ全力で拳を、蹴りを叩きこむ。微かに当たった。向こうは一切の反撃をして来ない、ただ全てを防ぎ、こちらをまるで受け止めるように防御の姿勢だけを崩さなかった。明らかに舐められてる。


「はぁ、はぁ、はぁ……ぐっ……なんで……」


「ま、ここらが限界か? それで? スッキリしたか?」


 息も絶え絶えで無様に膝をつくボクに対して相手は無表情、ただこちらを見ているだけ、そこには何の感情も無い。怒りと羞恥に燃えている自分とは正反対の目だ。これが強い人間の余裕、許せない、悔しい、とにかく負の感情がボクを支配していた。


「するもんかっ!! こんな、こんな実力差を見せつけられて!!」


「ならよ……スッキリしたくねえか? 勝てるようになりたくねえのか? 勝ち取れば守れるぞ? 大事なもん全てを……」


「そんな事……あるはずが……」


「絶対に無いって言い切れるのか?」


 その問いかけにボクは先週自分で言った事を思い出していた。耐えて、我慢して嵐が去るのを待つ。確かに時間が解決してくれる事も有るけど、その間の悔しい気持ちは?悲しい思いは、今現在進行形で苦しんでいるボクの、この想いはどうなるんだ?


 こんな気まずい関係になって狭霧と会話が無くなり、先生はクビになって、彼女の家では両親の喧嘩が絶えない。ボクが耐えて、我慢して得た結果がこれなら……こんなものは間違っている。


「じゃあ、勝つには……勝ち取るには、何をすれば良いんですか? 今のボクに何か出来る事は有るんですか?」


「へっ、面白い顔になったな。ああ、漢にゃ言った事を守る責任があるっ!! だから俺がお前を漢に鍛えてやる!! 喧嘩の仕方も女の守り方も全部っ!!」


「出来ますか? ボクに、こんな中途半端なボクに……」


「出来るかじゃねえんだよ。やるんだよ!! 心配すんな!! ついて来い!!」


 手を引っ張られて立たされると横に居たもう一人の高校生の人は面白く無さそうにしている。けど反対に勇輝さんはなぜか笑顔だ。


「あ~あ、また勇輝さんの悪い癖が……ま、コイツも口だけじゃなくて良いもん持ってますしね。鍛えりゃモノにはなりそうっすけど……」


 ボクは二人に連れられ商店街を後にしてなぜか、道場に近い裏手が林の神社に来ていた。そして林をさらに分け入って行くと廃墟跡のようなくたびれた小屋があった。よく誘拐犯とかが監禁場所に使いそうな場所と言えば分りやすいかもしれない。


「こ、こんなとこで何を?」


「ま、色々とな?」


「そら最初はビビんでしょ? こんなとこ、しかも中坊だし……」


 そう言って勇輝さんはドアを開ける。すると予想通りにそこは埃と鉄臭い時間が止まったような廃墟が広がっていた。ここで特訓でもするのだろうか?そう思っていたら床の一部がいきなり持ち上がりその下からオレンジに近い茶髪の頭がひょっこり出て来た。


「お? ユーキと竜おかえり~……って、何でその子連れて来ちゃったの!?」


「えっと……地下室ですか?」


「ま、そう言うこった。降りるからついて来い」


 そう言うと愛莉姉さんが持ってた地下室の蓋を全部持ち上げ階段を降りて行ってしまった。ボクがどうしようかと残り二人を見ていると愛莉姉さんがどうする?と、竜さんを見ている。


「あ~愛莉さん。アレですユーキさんの悪い癖が出たんす」


 それだけ言うと愛莉姉さんは何かを察したのかヤレヤレとため息をついてこっちを見た。どうやら入って良いみたいだ。


「ま、しょうがないか。それじゃ案内しますか……私たち『シャイニング』の秘密の地下室にね?」


 そこそこ長い地下への階段を降りると地下室は思ったより広く、入り口の狭さに反比例してテニスコートが二面は入る位の広さがあった。そして中も異質だった。まず端の方に柔道用の畳が敷き詰めれられており、そのすぐ脇にはサンドバッグがぶら下がっていた。


 その反対側にはこれまた不思議で、少し大きい机とその上にデスクトップパソコンのディスプレイが三つ所狭しと並び、本体が机の下に鎮座している。椅子だけはゲーミングチェアだった。その横にはソファーとベッドの上に色々な包装紙に包まれた箱やら何やらが積まれていて、最後に割と大き目のちゃぶ台が中央にあってそこに二人の人が座っていた。


「やあ、おかえり……と、誰かな? リーダー? その子は?」


「ふむ、察するに新人では御座いませんかな? 吾輩には分かりますぞ?」


 一人はスカイブルーと淡い金色のメッシュの入った優男風な人で、その人は学ランを着ていた。もう一人は黒縁メガネに『護国』と書かれた鉢巻をしている男の人だ。その人はブレザーの下に二次元美少女、俗に言う萌えキャラのプリントされたTシャツを着ていて、オタクっぽい人。幸い彼の体系はやせ型なのでキャラTシャツの女の子の顔がパンパンになる事は無かったのが救いかな?


「おう、帰ったぞ!!レオ、サブ!!」


「取り合えず、ど~してそこの……えっと名前なんだっけ?」


「春日井 信矢です。各務原さん」


 そこでちょうど良いと勇輝さんが全員でボクに自己紹介するのを提案したのでお互いに名乗る事になった。なんか入学した時以来だな、自己紹介なんてするの……。


「ま、アタシはもう何回か会ってるけど、改めて、そこの道場主の孫やってる各務原 愛莉かがみはらあいりよ。よろしくね? ちなみにユーキはアタシのカレシ、だから私に惚れるなよぉ~? 少年?」


「はい。分かりました」


 その点は大丈夫です。惚れるわけ無いから、狭霧以外は基本的に女性としては興味がわかないんで問題無いです。だけどボクが全く動揺しないと、逆に不満だったらしい愛莉さん。勇輝さんに文句言ってるけど勇輝さんは強引に切り上げ「次だ次!!」と言って目つきの悪い人に話を振った。


川上 竜人かわかみたつと、東校二年だ。ユーキさんとは『シャイニング』を立ち上げた時からの仲だ」


「えと、『シャイニング』? って……さっきから何でしょうか?」


「あぁ、それは僕たちのチーム名さ。失礼、僕は甲斐 零音かいれおん。空見澤県立南高校の二年生。皆とは二年くらいの付き合いかな? よろしく春日井くん」


 今度は二色頭の人の零音さんが発言した。後で聞いたら淡いゴールドを下地に青いメッシュを入れていると説明してくれた。つまりニセブロンドに一部青を入れている状態だそうな。他の人がやったら微妙なのにこの人やると妙に合ってる。それにこの人は凄い美形なイケメンだった。


「次は吾輩ですな? うおっほん!! 吾輩は天翔ける龍を従え星砕く牙と呼ばれる孤高の騎士、天龍院 星牙と――「堂々と嘘つくんじゃねえ佐藤 三郎」うっ……佐藤三郎です……」


「アハハ……よ、よろしくです川上さん、甲斐さん、佐藤さん」


 横から川上さんの鋭い一喝を聞いた後に乾いた笑いしか出ないボク。ちなみに佐藤さんは高校一年生だけど通信制の高校に通っているそうで、かなりの時間ここに詰めているそうだ。


「ま、一通り自己紹介も終わったし、明日またここに来い!! 道場有るなら道場上がりでも良い」


「はい……。ここで鍛えてくれるんですか?」


「まあな、サブは別として、他は全員がちゃんと戦えるから俺らが四人で、お前を鍛えてやる!!」


 竜人さんが強いのは分かっていたけど零音さんも強いなんて思わなかった。それが顔に出てしまったのか零音さんが照れながらこちらに向いて「アハハ」と言いながら教えてくれた。


「僕はそこそこ喧嘩は出来るけど強くは無いよ。この間も一人で居るところを襲われちゃったしね。あれは危なかった」


「ま、コイツは少し変わっててな中国武術がメインなんだよ。気功とか聞いた事ねえか? マッサージとかそう言う系のやつ」


「曾祖父が戦争帰りでね。戦地で覚えて来たらしいんだ。それで引き上げて来た後も僕まで受け継いで来たから完全な我流なんだけどね。でも気功はいいよ~!! 女の子にモテるからね?」


 なんでも零音さんは見た目とその気功を使ったマッサージで女子にモテモテだったらしい、そのせいで凄いトラブルを抱えていた時期もあったとかで、その時に勇輝さんや他のメンバーに会ったらしい。


「さて、じゃあアレだ。明日から特訓してやるから今日は帰れ。愛莉、神社の前まで送ってやってくれ、んで今日は全員解散だ」


 勇輝さんの号令でボクと愛莉さんが先に出て戸締りを残った四人ですると言うのでそのまま帰路に着いた。そしてボクが地下室から出た後に残りの四人で秘密の会議が行われていた。


「サブ、春日井信矢で調べられるだけ調べてくれ。写真も撮ってただろ? とにかく多く情報を頼むわ。ガキであの強さは変だ。一瞬だったがヤベェと思ったしな。裏が知りたい」


「そうすっね。負けた原因は実戦経験の無さですね。あんなお手本みたいなフォームじゃそら隙だらけですよ。それを速さだけで補って勇輝さんに一発当てた……」


「ほんと? ただの育ちのいい子にしか見えなかったけど? 何か裏が?」


 三郎さんがPCの前に陣取り即座にボクを調べ他の三人がそれぞれの感想を言い合っていた。


「すぐ出ましたぞ。とある民事事件の被害者の名前と一緒ですな。未成年だったから巧妙に隠されてますが過去の地方掲示板のコメント欄に名前が出ていますぞ? すぐに訴訟を起こした方の事務所を突き止めてみせましょうぞ」


 こうしてボクの知らない内に事態は少しづつ動いていた。そして動いていたのはボクだけじゃなくて狭霧の方もだった。そしてその事にボクはまだ気付いていなかった。

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