第27話「出会い」
いつも狭霧と遊びに来ていた神社の前を通り過ぎるとそこは人通りが寂しくなる住宅街、その一角にその道場はあった。無駄にデカイ屋敷、そして木の扉に門。中からは掛け声が聞こえてくる。凄い門下生とか人数多そう……そう思って門を叩こうとした瞬間。その門の中でガラスが砕けるような音や何かが倒れる音が響く。
「な、なんだ? こんなに激しい稽古をするの?」
さすがに不安になって門を叩くか悩んでいると、しばらくして門の隣の小さな通用門が開いて大柄な学ランを着た高校生の男性が出て来た。門を叩こうと固まってるボクと目が合った。
「あぁ? 入門希望か? 中坊」
「えっと、はい……」
「やめとけ、ここじゃ強くなれねえからよ」
「えっ?」
それだけ言うとその人は大股でどこか不貞腐れたように歩いて行った。何だったんだろうかと思っていたら通用門から今度はセーラー服を着た頭が明るい茶色、オレンジ色に近い髪色の女子高生が出て来た。
「あ~入門希望? 今この道場、超忙しいからさ。また今度にしてくんない? あ、そうだアンタ、大柄で頭オールバックにした
「えと……学ランを着た大きい人なら、そこの道を右に歩いて行きましたけど?」
「あっちは……神社か、ま、そっかサンキュ!! んじゃあ行くわ!!」
そう言うとその女の人はダッシュで男の人の後を追って行った。これがボクとアニキ、秋津 勇輝さんとの最初の出会いだった。ちなみに後から追いかけて来たのは愛莉姉さんだ。
「忙しいのは分かったけど。挨拶だけして次回の見学の予約とかしておこうかな?」
せっかく来たのに手ぶらで帰るのは嫌だったのと、先ほどの凄まじい音が気になって思わず二人が通って来た通用門から中に入ってしまった。
そしてそこに広がっていたのは道着を着た人たちが倒れて呻き声をあげて苦しんでいる光景だった。十人弱は倒れている。その中で一人、頭が白髪の初老の人が倒れた者を起こして手当てをしているのが目に入った。
「こ、これって……」
「ん? 知らぬ気配が居ると思ったら誰かな? ご覧の通り今はちと手が空いておらなんでな、後にしてもらえると……なぜ邪魔をする?」
「この人は
「ううっ……」
「意識レベルは少し怪しいけどたぶん大丈夫。口腔内に吐しゃ物の形跡無し。すいません。おじいさん何か冷やすものお願いします」
気付くとボクはすぐに動いていた。ボクは小学校生活の大半を狭霧のために医療の知識を本やネットそして一部は実践でそれを学んでいた。何があったか分からないけど道場なら試合の事故での脳震盪などを疑った。今回はたまたまそれが当たりだったようだが、素人診断だから少し怖かった。
「分かった。持って来たぞ少年」
「はい。あの、お爺さん? 救急車は呼びましたか? 今見たそこの人が少し怪しいんでこれを道着に貼っておいて下さい」
「先ほど無事な弟子に電話はさせに行ったから間もなく来るはずだ。しかしこの赤いのを貼るのか?」
「はい暗記用の
そしてボクはその後も他の気絶している人には同様の処理を、意識は有るけど痛みを訴える人には触診で骨折の有無を確認するけど素人のボクには難しいので怪しい人には全て添え木をして固定してしまった。分からないんだから仕方ない。そして全員の処置が完了した後は擦り傷などの消毒の用意をしようとした時に道場に救急隊員が入ってくる。
「十三人か、多いな……応援が後から来るが今は五台しか搬送出来ない」
「すいません。あくまで素人見解なのですが意識の怪しい人にこの赤い付箋を貼ってありますんで確認をお願いします」
「は? 君は何を言って……まさかトリアージ!? おい!! まずは優先的に赤い付箋を!!」
「ほ、本当です!! 意識混濁者にだけ貼られてます。四人です!!」
「意識の有る方には添え木で簡単に処理はしました。怪しいのは全部縛ってしまったんで分からないんですが……」
この間ネットで調べたのでトリアージの存在は知っていた。取り合えず、いかにも意識が怪しい人にはちゃんと処置しておいたのだ。ただあくまで素人検診なんでそこが心配だったがこれで一安心。その後、四人が搬送された後に新たに二人が追加で搬送されていた。
「なんだこれ……応急処置もほぼ完璧です。擦過傷の治療くらいしか仕事がありませんよ俺たち……」
「まさか、これもさっきの少年なんですか?」
「ああ、私が弟子たちを動かそうとしたら『脳震盪の可能性があるから動かさず冷やせ、後は口の中も確認しろ』と言われてな」
「応急処置としては間違ってませんね。ところでその少年はどこに?」
ボクは最低限の事を終わらせ救急隊員の人に説明を終えるとコッソリと道場を後にしていた。もう大丈夫だと思ったのと、これ以上あの場にいても邪魔になるだけだと判断したからだ。そして道着も持っていたのでそのまま空手道場に顔を出したりしてその日は終わった。もう七月上旬、ボクが中学に入学してから三ヵ月が経とうとしていた。
◇
翌日の放課後もボクは習っていた中で一番マシな空手の道場に顔を出して軽く汗を流し帰路についていた。その帰り道に思ったのは、いついかなる時に何に巻き込まれるか分からないと言う事だ。まさか道場の見学に行って野戦病院の真似事するなんて思わなかった。
「もし、さぁーちゃんが巻き込まれていたら……」
なのでいつ狭霧に危機が迫るかもしれないと思い、包帯や絆創膏に消毒液などはもちろん、その他医薬品なども購入した。結構な額になったけど後で母さんに幼馴染特別補正予算として計上しようと思う。(通るかは分からない)
「これで一通りは揃ったなぁ……薬局で揃えると高いから今度からは百均も使わなきゃいけないな……」
そんな事を考えている時だった、いきなり正面から走って来た人間がぶつかって来て吹き飛ばされた。幸い受け身はすぐ取れた。
「いてて……なんだ?」
「なんだ? じゃねえよクソガキ!!」
「どこ見て歩いてんだっ!! ボコされてぇのか!? あぁん!!」
不良に絡まれた……しかも三人も居る。正直、小学校時代のイジメの何倍も迫力があって怖すぎてチビりそうだった。これに比べたら
「す、すいませぇん……」
「何してんだ!! 早く行くぞ、ガキなんか放っておけ!! これからお楽しみが待ってんだぞ!!」
「はい先輩!! へっ、命拾いしたな、普通なら迷惑料貰うんだが見逃してやる」
それだけ言うと高校生たちは商店街をまた駆け抜けて行った。ボクが倒れていると歩いていたスーツのお姉さんが気付いてくれてキチンと立たせてもらった。夕焼けに照らされて足が凄いプルプル震えていて恥ずかしかった。最近この商店街付近は不良たちが抗争を繰り広げていたり、中には半グレ集団やもっとマズイ組織と繋がっている人も居るとか……。
◇
ボクは気を取り直して今日こそは道場に入門しようと向かう事にした。せっかくだから神社にお参りでもしてから行こうと思って、お財布から五円玉を探していると『うっ』と呻き声が聞こえて来た。ボクは恐いけど声の聞こえた神社の裏手を覗いてみた。
「うっ……ドジった……ぜ……まさか、あんなもん持って来んのかよ……」
「あ……」
そこには大きな岩に背を預けて満身創痍の男子高校生がいた。昨日会ってボクに入門を止めるように言った人だ。見ると頭から乾いてはいるけど、一部流血していて学ランはズタズタで至る所が破れていた。その破れた箇所からも血が
「あ、あの……」
「だ、誰だっ……んっ? あいつら……じゃ、ねえのか?」
「き、昨日、道場の前で……」
「昨日? ああ、あん時の……いつっ……わ、わりぃな。今こんなんだからさっさとどっか行ってくれ。実はよ、今ぁ、隠れてるとこでな……」
すぐに手当てしようと思ったけど睨みつけられ思わず身が
神社の陰から見るとそれはブレザーや学ランを着た不良高校生集団だった。どうやらこの傷ついた人を探しているようなので、ボクは真っ先に飛び出していた。
「あぁん? なんだガキ? 用でもあるのか?」
「い、いえ。ボクお使いでここを通ってただけで寄り道してて」
「お使いとはエライなぁ? ボクぅ~? ま、いいか。ところでここに学ランでボロボロなダセー奴が来なかったか?」
「えっと、その人ならさっき頭がオレンジ色の女の人と一緒にこの神社とは反対の方に行きましたけど……」
真っ先に飛び出してすぐに嘘をついていた。この人達も、そこの人も不良でコワい人だけど怪我人を放っておくなんて出来ない。だからウソをついた。どうせ今も昔も狭霧のために嘘なんて何回もついてるし今更だ。
「お前……なん……で?」
「良いから、今から応急処置をしますんで失礼します……」
神社の裏に戻るとボロボロの人が驚いた顔でボクを見ていた。ボクとしては道場の人だし不良の人よりも安心だと思ったから当然の対応なんだけどなぁ……。
「ちょっ、オメー……やめろよ!!」
「大声出すとせっかく追い払った人たちが戻って来ますよ?」
「あっ、わぁ~ったよ……いつつ」
そう言うとボクは止血や打撲、擦過傷の手当てなどを始めた。今、目の前の不良さんの頭に包帯を巻き腕も血をふき取り、止血しながら包帯を巻いた。顔には絆創膏を三つ、体中の擦過傷は全て消毒し傷の深いところには絆創膏などを貼っていった。次は口腔内の確認をしよう。
「口の中もキレてますね。さすがにボクも治療は出来ないんで病院に行って下さい」
「お、おう……てかオメー凄いな……医者か?」
「中学生の医者なんて居ませんよ。少し心得があるだけです」
「これで少しかよ、俺が中坊の時なんてツバ付けとけば治るって言われたんだが」
「あぁ、それも間違いでは無いですよ
抗菌物質と言った辺りからこっちを見てポカーンとした顔をして少し眠そうにしていた目の前の不良さんを見て思わず笑いそうになる。この説明をした時の狭霧も似たようなリアクションで『そんな難しい事言わないでよ。シン』みたいな顔をされたからそれを思い出していた。
「とにかく効くんだろ? メンドクセー話は眠くなる。なんか面白い話しろよ」
「面白い話なんて……ボクには出来ませんよ……」
「真面目ちゃんかぁ~? 坊主? てか何で道場なんか来たんだよ? オメーどう見ても勉強とかできる系だろ? どうして道場なんて来たんだ?」
「そ、それは……強く、なりたかったからです」
全くの他人だし、どうせ聞かれても問題無いと思って思わず言ってしまった。この一言でボクとアニキの関係が始まったと言っても過言じゃない。これがボクとアニキの正真正銘、本当の出会いだった。
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