第二章『過去-傷だらけの器用貧乏-』編

第26話「強くなりたい器用貧乏」


 中学生になったボクの環境はあまり変わらなかった。すっかり臆病になったボクは周りと壁を作る、そして小学校からの知り合いは皆ボクの腫物扱いを知っていた。幸いにも狭霧のお父さんのリアムさんがボクのイジメ事件を解決した事はほとんど知られておらず、ただ優秀な弁護士がボクについて介入したと言う事実だけだ。もっとも関係者は知っていたのだろうけど。


 そう言う訳で狭霧にイジメや危害などが及ぶことは無かった。それに安心してボクの中学校でのボッチ生活はスタートした。学校では全てそつなくこなし、たまに廊下ですれ違う狭霧とも目を合わせない。狭霧とは中学三年間同じクラスにはなれなかった。なっていたら辛かったと思う。そしてボクは家に帰ると部屋でノートPCに電源を入れる。


「よし……今日はこの流派の動画を見よう」


 ボクは両親からイジメに気付けなかったからと買い与えられた色々なプレゼント、その中の一つのノートPCを使って武道や格闘技などの情報を集めていた。そして次にこの街、空見澤市一帯の道場などをリストアップして行く。ボクは強くなりたかった。狭霧を、そして自分の大事な人を守れるような強い人間になりたかった。


「ふ~ん、取り合えず四つくらい巡ってみるしか無いかな?」


 一通り決めると今度は父さんの書斎を訪ねる。ノックをして入ると父さんはスクワットしていた。父さんの名前は春日井 優一、狭霧のお父さんのリアムさんと同じ大学のゼミだけど、本人いわく法律関係とは無関係の普通のサラリーマンをしているらしい。その会社に入社した理由は柔道部やジムに似た施設があったからで普通に就職しておいて企業の部活にも所属している変わり者だった。もちろん実業団の選手のように強いわけじゃないらしい。


「信矢か? ふっ、ふっ……どうした? 何か用か?」


「うん。実は連れて行ってもらいたい場所が有るんだ」


 そう言ってリストアップしてプリントアウトしたものを見せるとスクワットを止めてそれを見た。


「空手に興味が有るのか? 父さんが教える柔道じゃダメなのか?」


「ううん。父さんのおかげで受け身が上手くなったよ。でも他にも色々とやってみたいんだ」


「ふむ……正直おすすめは出来ないなぁ……まずは一つを極めないとな……」


 父さんは難色を示している。なんせ座右の銘が「一意専心」な父さんだ。中学の頃からひたすら柔道一筋らしい。


「やっぱダメ?」


「まぁ、他の武道を見て改めて勉強するのも良いかもな? 体験教室なら金はかからんしな、さすがの母さんでも許してくれるだろう」


「ですよね~」


 ちなみに我が家はボクの母、春日井翡翠ひすいによって完璧に財政管理をされており本人曰く死ぬまで安心な人生設計らしい。そしてその週の土曜日にボクは道着を持って父さんと一緒に近所の道場へ向かう事になった。


「あ……」


「シン兄!! どっか行くの?」


「う、うん。キリちゃん達もお出かけ?」


 家を出るとちょうど狭霧と妹の霧華ちゃんが隣の家から出るとこにバッタリ出くわした。狭霧は気まずそうにしているけど妹の霧華ちゃんはそもそもイジメ発覚までは普通に接していたのでこの時は狭霧よりもよく話している状態だった。


「うん。今はあんま家が静かじゃないからね~」


「行くよ。霧華。それじゃオジサン失礼します。シンも……行くから」


「そうか、二人とも気を付けるんだよ……それにしてもリアムに奈央ちゃん、またか……どうしたものか」


 ボクのイジメの件が解決して一年が経ったのだが、新たに別な問題が発生してしまった。それは狭霧の両親の夫婦喧嘩だった。始まりの原因はボクと狭霧の関係の悪化だった。よくあるすれ違いだなんて父さん達も最初は諦観していたが、それが一向に収まらずこの三ヶ月後に二人は別居することになる。

 その際にリアムさんには霧華ちゃんが付いて行き、奈央さんには狭霧が付いて行く事になった。どちらに付いて行くかはそれぞれの希望だったらしい。もっとも当時のボクと父さんはそんな事になるとは思わず目的地の道場を訪ねる事になった。





 まず最初に訪れたのは大きな空手道場だった。体験教室をして師範代の人や門下生の上手い人に基礎を教えてもらい、やって行けそうと思って通った結果、二ヵ月で空手歴の長い同い年の中学生を圧倒してしまった。凄い!!天才児などと言われて更に数週間後にそれは徐々に失望の声に変わっていた。


「押忍!! ありがとうございました!!」


「押忍、春日井!! 今日も良かった!!」


 そう、ボクは二ヵ月弱で帯も白から茶色に変わっていた。初心者にしてはかなり早い成長速度と言われた。ちなみに今は二級になれたので来月には黒帯か?などと言われていたのは一週間前、悲しいかなそこからパタリと成長が止まってしまったのだ。以降は良い強さになった。だがそれでも道場の門下の人も二ヵ月弱で素人がここまで来れたのは凄いと言われ、褒められた。だけどここでボクは気付いていた。


「ここが限界かなぁ……あとは経験で頑張って一級になれるくらいだろうな。取れたら良いなぁ……黒帯」


 帰り道トボトボ帰りながらボクが思ったのはこれだった。実は父さんにも柔道を仕込んでもらっていたのだが、受け身やいくつかの技を教えてもらった結果、技の覚えも早いし天性のものがあると言われたのに、それも一ヵ月を過ぎると普通の成長レベルに落ち着いたらしい。


「今までが急成長だったしな、信矢は信矢なりに成長して行こう。そもそも武道とは一日にしてならずだ!!」


「うん。ありがと」


 この現象は実は過去にも何度か経験していて、バスケの技術などがこれだった。始めた当初は色々な事が人より上手く出来た、ところがある一定の水準に達するとボクの技術は壁にぶつかったように止まってしまうのだ。ここから先は更なる努力が必要になり、上達するには今度は人以上に努力が必要になる。

 しかし、この時点で普通の人よりそこそこ出来てしまうので、やらなくても良いのかも?とか思ってしまうのだ。だけどこれに待ったをかけたのが我が母、春日井翡翠だった。


「信矢、期末試験対策は出来ているの? 勉強はしている?」


「まだ先の話だし、そこそこ勉強もしてるよ」


「スポーツや体を動かす事も大事よ。でも勉強が出来ることは将来においては、より役に立つ。いつも言ってるわね?」


 あのイジメ騒動から母さんはこちらへの干渉を強めた。よく言えば小学生の頃は放任されていた。多少の怪我も、狭霧との関係も極力干渉はしなかった。それは勉強もスポーツも平均以上に出来ていたからだ。

 しかしあのイジメが起きてからは母さんはボクと意図的に時間を作るようになった。ただガミガミ言うのでは無くたまにお小言という形だ。


「問題無いよ。今回も平均以上は取れるから」


「前回は理科と社会が八十点を割ってたわね? 平均八十五点以上は取ってくれると嬉しいのだけど?」


「うん。分かったよ。それでなんだけどさ……」


「今度は何を習いたいの? 結果を考慮して考えるわ」


 そしてボクは武道の時間を削って勉強を必死にした平均睡眠時間は四時間を切ったけど気にしてられなかった、それだけ強くなりたかった。自分に合う武道や格闘技を探すために、自分に「才能」があってどこまでも強くなれるものが一つはあるはずだと思っていたから。ちなみに七月の期末テストは平均九十点越えだった。


「ボクシングはダメ……空手もイマイチ、システマや総合格闘技はそもそも教えてくれるところが無い……動画やネットを見るしか無いか……」


 以前リストアップしたものを見ると、柔道やボクシングには赤ペンで斜線を入れた。特に成長の兆しが見えなかったからだ。あれから空手と並列でボクシングジムに通っていた。さらに休日や夜に父さんに柔道を見てもらっていた。


 ボクシングは意外とすんなり動きは覚えられたけどパンチ力が足りないと言われ、他にも色々と向いて無いと言われたので、以降は週二のペースでサンドバッグの相手とたまに同い年の子とスパーリングを組んだりもした。


 ちなみにその子の方が才能は有った。ボクには打撃力は無いけど受けたりかわしたり等が向いてるとジムの人から言われそれからもスパー相手もしていた。体よく利用されていただけとも言う。だけどこれが後の戦闘スタイルの礎になったからここでの三ヶ月は無駄にならずに済んだと後になって思う。


「後は……古武術? 合気道も併せてご指導します? 二つ覚えられるならお得だね……でも、おいしい話には裏がある。また父さんに頼んで行こう」


 母さん曰く世の中には普通の人間は少なく、騙す人間と騙される人間しか居ないらしい。そして自分はどちらかと言うと騙す側だと、ちなみに父さんは騙される側だと笑いながら言っていた。


「母さんはドライだからな……父さんは脇が甘いとこ有るし……」


 父さんの名誉のために言うと父さんは詐欺やらには一度も遭っていない。ただ女運が死ぬほど悪かったらしい。それを見かねた母さんが助けたのが馴れ初めらしい。決してその前日の合コンで介抱された事が原因では無いと今でも言い続けてる。最初はこの事実は知らなかったけど、ある時に狭霧のお母さんの奈央さんに教えてもらい翌日に狭霧と一緒に聞きに行って発覚したのだ。


「あの後、狭霧ママはヒドイ目に遭ってたなぁ……うちの母さんによって」


 あの光景は筆舌に尽くしがたいもので狭霧と二人で震えあがったものだ。横で寝てた霧華ちゃんは運が良かったと思う。ボクたち二人はそのせいで母さんには絶対に逆らわないようにと震えていたものだ。

 そんな事を思いながら父さんに付き添いを頼んだけど忙しく無理と言われた。仕方ないので母さんに一人で行く事を伝えるとボクは古武術の道場、これから色々と関わり合いになる気信覇仁館へと向かった。

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