第23話「拒絶と因縁」

 何発か殴り合って分かった事があったのはコイツには闘気やら殺気とか言う物騒なもんは無いって事だ。つまり本気じゃねえって事になる。本気のケンカならさっきナイフ持って襲って来たバカみたいに殺気が溢れるはずだからな、つまりコイツはただスポーツとしてのボクシングをしてるのであって、古代の拳闘と呼ばれる切った張ったの死合しあいをしてる訳じゃねえって事だ。


「スポーツ選手としちゃあ有能だな。ルールを守って楽しくだからな」


 こんな物騒なもん持っておきながら本人はスポーツやってるだけだから殺気はおろか闘気すらない。良い意味でアスリート止まりって事だ。クソメガネは大柄な見た目とコイツのパンチの威力を見て、まさかやる気がねえとは考えられなったんだろうな。しょせんは頭ガチガチのデータ野郎だ。なら勝つ方法は?簡単だ。スポーツしてる相手に合わせてスポーツしてやる必要はねえって事だ。


「おらっ!! 来いよっ!! そのへなちょこパンチ打ち込んでこい!!」


「お前こそ変な構えしやがって!! うおおおおお!!」


 ま、ボクサー相手にゃ変な構えだろうな、この構え、これだと蹴りが出しやすいんだわ姿勢保つの少しメンドイけどな。基本ボクシングは素手ではかなりリーチの長い格闘技だ。しかもコイツの体格、それらを加味すると奴の腕より長いリーチから攻撃すんのが一番効率的ってことになる。つまり蹴りが一番だ。


「っらぁ!! もういっちょ!!」


「ごがっ……蹴りだと……反則……」


 突っ込んでくる奴の鳩尾に蹴りを一発、怯んだところに後ろに下げていた足を勢いよく高く上げそれを振り下ろす。かかと落としだ。もちろん頭なんて狙わないで肩を狙う、嫌な音がしたがそのまま、もう一度ダメ押しに正拳突きで鳩尾を叩くと今度こそデカブツは動きを止めた。


「わりぃなぁ……これスポーツじゃなくて実戦ケンカなんだわ。言ったろ? タイマン張るってよ」


 しょせんはスポーツ「才能」がものを呼ぶ領域だ。ルールん中だと強い。だからメガネ第三外装は「武道」ってルールの上を行く「人の道」を選んだし、俺は「喧嘩」ってルール外の「暴力」を選んだわけだ。方向が違うから比べるのはムズイけど、ま、競技と実戦の差だな。さて、せっかく出られたんだし、ずらかるか。


「しん……や? だよね?」


「あぁん? お前か……気安く話かけんな裏切り者が」


「あっ、うぅっ……」


 その俺の前に狭霧のやつが震えてこっちに近づいて来るから軽く威嚇した。これ以上俺に関るな俺の近くに居たら巻き込む、それに俺はまだ許していない。アニキや皆にやった事、俺を裏切った事を……この怒りは消えて無いんだからよ。


「ちょ……副会長? どうしたの? 狭霧だよ?」


「まさか頭打っておかしくなった?」


「や、やっぱり、これじゃ、まるで……あの日のシン……」


 あ~あ……相変わらず泣き虫のままかよ、ったく宥めるのは俺の役割じゃねえっての……。あいつら甘やかし過ぎだろ……クソ、また泣かせちまう。やっぱさっさと逃げるか、そう思ったら体育館の扉が複数箇所同時に開き、六人のグラサンの黒スーツが入って来た。


「そこまでです!! 佐伯は三人を守りながらこちらに連れて来なさい!! 対象に対しては三人で囲んで対処を!! 残りの二人は私たちの護衛を!!」


「けっ!! やっぱりテメーか!! 千堂のお嬢!! 前のようにはいかねえぞっ!! 借りを返してやる!!」


「でしょうね。なのであの時より三人も多く人員を連れて参りましたよ? 大人しく縛に付きなさい!!」


 確かに、あん時より俺の体はデカくなった。だけど相手の数も増えてる。しかも奴らのやる事だ対策までしてるだろう……時間はねえ。じりじりと三人が包囲を狭めてくる。お嬢とお節介野郎の方を見ると狭霧だけが二人の下に連れて行かれて他の二人は体育館の外に出されたようだ。それに付き添う形であちらは一人戦力が減って向こうは五人。


「あ、あの……先輩たち!! 信矢は……」


「落ち着いて下さい竹之内さん。初めまして私は千堂 七海。生徒会の会計をしてます。こちらは夢意途 仁人むいとまさひと様です。私たちの事はどこまで?」


「シンと一緒に生徒会に所属してるってのと、よく一緒に行動してるって話を……聞いてます」


「なるほどなるほど。今、彼を鎮圧するからそれが終わったら君にも事情を話そう。もう隠しておける段階では無さそうだしね」


 もう勝った気でいるのかよ。クソが、道具なんてねえから奇襲も出来ない。なら現地調達しかねえよな?相手は前と同じなら千堂のお嬢の構成員、お嬢や狭霧たちの直掩ちょくえんについた二人は前にも見た事有る、そこそこ強い奴らだった。

 だがこの三人は見た目はあいつらより若い。そして実力はあの二人より弱い。どうするか……焦ったら負ける。俺はジリジリと下がりながらある地点まで動く。


「今、投降すれば手荒な真似はしませんよ? どうしますか第二災害さん?」


「大人しく研究材料になっとけ~!! その方が楽だからな」


「え? 研究材料ってシンに何してるんですかっ!?」


 あと二歩……下がる。そして腰だめに構える。なるべく背後を取られないように動く、あと一歩。一人が無防備に近寄ってくる。だが明らかに誘っている。だから二歩前進して拳を一発放つ。相手はにべもなく避ける。そして拳を開いてサングラスを指にひっかけて弾き飛ばした。だが、それだけしかしない。


 俺はバックステップしながら更に三歩下がる。目標地点だ。そこでわざとバランスを崩してよろめく、そこは俺が先ほど流血した地点で血がまだ乾いてない場所だ滑った……フリが出来る。


「うわっ……やばっ」(俺の演技も中々と様になってるな)


「確保しろっ!!」


「凡ミス? いえ、そんなはず……何が狙いなの!? 彼らと一緒に最後まで戦い抜いて、最後の一人になっても戦い抜いた彼がこの程度で終わるの?」


 俺は倒れながら蹴りを使って二人目の顔面を狙う。が、サングラスしか吹き飛ばない……狙い通りに、そして右手で血塗れのそれを手の中に入れた。完全にバランスを崩して倒れた状態でゴロゴロと転がり逃げるが当然相手も追って来る。ここは運だったが、すぐ近くにはサングラスが外れた二人で後の一人は遅れた。倒れたままの俺を押さえつけようと覆いかぶさるそのタイミングで動いた。


「いただきだなっ!! くらいなっ!!」


 そして手の中のメガネのレンズ砕を思いっきり握りしめる。一瞬、激しい痛みを覚えるがそれよりも、眼前の二人の目に向かって自身の血液とメガネの破片を叩きつけるように投げる。至近距離なので相手は避けられない。


「うあっ!!」 


「ぐっ……目っ、目にっ!!」


「そうらよっと!! おりゃ!!」


 相手の視界を一瞬でも奪ったら後は乱戦だ。寝ころんだまま蹴り上げて一人は金的を、もう一人は抱き着いてこちらを動けなくしようとしたから完全に決まる前に顎を掌底で叩き脳をシェイクしてやった。一人は気絶、もう一人は悶絶して動けなくなった。そいつらを押しのけて俺が一人だけ立ち上がり残りの黒スーツを睨みつけた。


「強い……だがっ!!」


「タイマンじゃあ……お前にゃ勝ち目はねえぞ!! っらぁ!!」


 血塗れの左手でストレートを打つ。敵は逃げ腰で俺の拳を避けたが付いていた血が相手の頬に付いた。


「っ!! 血ぃ!!」


「血ぐらい見慣れてろよっ!! うらぁっ!!」


 正拳突きを鳩尾に食らわせ気絶ではないがコイツも悶絶して動けなくなった。今の血への反応と言いコイツは新人か何かか?ま、どうでも良い。これであいつらを守る戦力しかねえから俺は悠々と逃げる事が出来そうだ。


「はぁ……はぁ……。もう出し物は終わりかっ!? じゃあ俺は今度こそ自由にさせてもらうぞっ!!」


 一対一じゃ俺には勝てないのは分かってるだろうしな。向こうがガチでやってくるなら分からないが俺を捕縛しようと動いてるから本気は出せない。だけど俺は本気が出せる、なんせ遠慮なんてしねえからな。この差はデカイ。


「仕方ない。交渉は出来ませんか?」


「色々と交渉の余地がこっちにはあるぞ~!! 早く戻ってこ~い」


 する訳ねえだろ。狭霧のやつを人質にした挙句、一年間も変な研究に付き合わされて最後は俺を封印なんてしやがった奴らと交渉なんて出来るかよ。ま、おかげで他二人も記憶が一部封印されて安定してたみたいだがな、あのアホ二人は言う事聞いてたみたいだが俺はゴメンなんだよ。


「なら仕方ありませんね……二人とも。それに戻ったわね? 佐伯。一〇分持たせなさい……業腹ごうはらですが援軍を呼びます」


「「「はっ!!」」」


 それだけ言うと三人はこちらを包囲するように動く。だが俺が素直に聞くと思ってんのかよ。時間稼ぎします宣言しといて一〇分も時間をやるわけねえだろ。左手はまだ血が止まらねえ、そんで相手は三人だが負けるわけには行かねえ……俺は負けられないアニキや皆がいたから俺は今、この場にいられるんだからな!!またもう一度輝くためにっ!!

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