第22話「第二の復活、或いは彼の本性」



「遅いっ!! はぁっ!!」


「ごはぁ……グゾォ、カスのぐぜにぃ」


 私の挑発に易々と乗って来たのは、かつて私をイジメていた確か名前は……鳥巻というひょろりとした男だ。奴を入り身投げで態勢を崩し、がら空きになったアゴを掌底でアッパーカットのように打ち上げる。軽く宙に持ちあがった後にそのまま体育館の床に沈んだ。


「今度は俺だ!! かかってこ――「遅いっ!!」


 後ろに迫っていたもう一人を振り向き様にハイキックで沈める。上手いこと顔面に決まってしまい一撃で終わってしまった。正直ここまできれいに入るとは思ってなかったがアッサリと気絶する。これで後は一人、見澤のみ。


「凄い、やっぱ副会長強いね!! 狭霧!!」


「う、うん……そうだね」


「去年の『暴力会計』の噂ってマジだったんだね。一人で空手部と柔道部抑え込んだっての……こりゃ納得だわ」


 やはり狭霧はまだ動揺しているようだ。だが今は眼前の脅威を取り除かなくてはいけない。そうして見澤健二クズを見ると不思議なほどに恐怖心もトラウマも感じない。乗り越えたとは違う、根底から間違っている感覚。どこかズレた感覚がした。本当のトラウマはもっと別にある?


「ありえねえ!! ありえねえ!! 何であのカスがこんなにつえ~んだよ!!こっちは六人居たんだぞ!!」


「そりゃバカみたいに一対一で突っ込んで来ましたからね。三人で囲めばまた結果も違ったでしょうにね」


「俺らはボクサーだからそんな卑怯なことしねえんだよ!!」


 今までの人生そのものが卑怯な人間がよくもそう言う事が言えるなと内心失笑しながら構える。すると奴は数秒前の自分の発言を無視するような行動をとった。学ランの懐から刃渡り10センチ程のバタフライナイフを取り出し見せつけた。


「嘘……ナイフ」


「ちょっ!! ヤバイんじゃないのっ!?」


「これでぇ!! 終わりなんだよぉ!! カスぅ!!」


 ナイフの構え方は素人、ただ振り回しているだけだが、狭霧や他の生徒の方に行く事を考慮すると私が前に出て止める必要がある。こっちに近づいて二回縦横に切りつけるが、いずれも距離を取って回避する。


「ボクシングは出来てもオモチャを振り回すのは少し早かったようですね?」


「ふざげるなぁぁぁあああああ!!」


 どうやら振り回してダメと判断したようでナイフを上段に構え振り下ろすフォームにしたようだ。だが見澤の動きを見るが遅い、まず振り下ろす腕を抑え次に肘の部分もズラすようにもう片方の手で押すように叩く。

 それだけでナイフを持った手を中心にバランスを崩した。後はその手を掴んで相手を遠心力よろしく振り回し腕を後ろ向きに押さえつけ関節をキメて相手からナイフを取り上げる。


「武器取り、または無刀取りとも言います。これでも対武器の戦い方も修めてはいるんですよ? では、眠れ……見澤健二クズ外道!!」


「ま、待て、やめっ――がっ……」


 ナイフを奪って押さえつけたまま思いっきり後頭部から掌底を叩きつけて体育館の床とキスさせてその衝撃で気絶させる。もしかしたら力が入ったので前歯くらい欠けたかも知れない。だが、これで完了だ。


「ふぅ。ま、こんなものでしょう。皆さんご無事ですか?」


「助かったよ~!! 副会長~」


「一人であの見澤たち全員倒したのかよ」


 メガネを直して振り返りバスケ部と他校の面々を見るとみんな安心したのか、その場でへたり込んだり、力が抜けて座り込んでしまう者も出た。そこで気を抜こうとした瞬間、狭霧がこちらを見て叫ぶ。


「シン!! まだっ!! 後ろ!!」


「っ!?」 


 いきなり背後で風を切る音が聞こえて何とか反応する。狭霧の助言が無ければ今の一撃で致命傷に近いダメージを負っていた可能性もあった。気配をまるで感じなかった?そのまま距離を取り相手を確認する。

 体格一八〇センチ弱、大柄、太っているんじゃなくてあれは筋肉か?ただ明らかに上半身を鍛え過ぎて下半身が貧弱に見える。


「どちら様でしょうか?」


「三高のボクシング部部長の枝川だ。オメーそこの金髪巨乳のカレシだな? そいつよこせ」


「三嘉島高校の方ですね。追って連絡差し上げます。そして私の狭霧をよこせとか寝言をほざくな!! チキンレッグ野郎が……はっ!? 私は何を!?」


 ついつい汚い言葉が出ている。私の言葉では無い……まさか。いや、今はそんな事よりも目の前のこれを制圧しなくてはいけない。しかし不思議だ、気配を感じなかった。殴りかかってくる。避ける。やはり敵意が感じられない。


「くっ!!」(おかしい。見ていれば攻撃しているのは分かるのに動きが少しも読めない? 気が込められていない? 探知が効かない? どうなってる?)


「おらおらっ!! 逃げるんじゃねえ!! 殴らせろおおおお!!」


 通常、どんな武道や武術でも臍下丹田せいかたんでんに力を入れよと言われ、私も師に言われた事がある。そうする事で気力や勇気など「気」が溜まる等と昔は言われていたらしい。

 だがこれもあながち間違えとは言えず、要は腹にグッと力を込めて構えると落ち着いて、同時に「やる気」や「気合」が入ったりするのだ。今で言うルーティンに近い概念かも知れないが、いずれにせよ戦う場合はそれが発生するものだ。しかし目の前の人間からは何故かそれが感じられない。


「くっ……狭霧っ!! 他の方でも良いので先生を呼んできて下さい!! ここは抑えますので!!」


「あ、シン……でも……」


「タケ? あ~もう、分かった。一年集合~!! 二年や三年も倒れてる人連れて逃げるからっ!!」


 こちらの意図を理解したようで桐山部長が体育館内のほとんどの人を集めて逃げようとするが狭霧はなぜか逃げようとしなかった。出来れば逃げて欲しかったが、そして狭霧以外にもさっきまで捕まっていた佐野さんと井上さんも残るようだ。狭霧が心配で残ってくれたようだ。いい友達が出来たんだな狭霧にも……。そして視界の端にはもう二人。


「これは観戦しなくてはいけないだろ? なぁ? 七海」


「ええ、ですが緊急事態の場合は私兵を動かします。さすがにこれ以上は私の方でも隠蔽に無理が生じてしまいます」


「ま、仕方ないか。オーケー。だけど信矢があれに不覚を取るとは思えんがね?」


 見やすいように二階から一階に降りて来た二人に狭霧たち三人も怪訝な目を向ける。だが私にはそんな余裕は無かった。またしても枝川の「気」の感じられないストレートが眼前に迫る。それをなんとか避ける。


「とにかく、対策を……見て避けられるのならキチンと視界を確保していれば……」


「信矢っ!!」


 少しよろめいた私を心配した狭霧の叫び声が聞こえた瞬間――ズキンと頭痛がした。まさか……チラっと体育館の時計を見るとES276の効果時間はとっくに切れていた。それを自覚した瞬間、ズキンとまた頭の痛みが走った。マズイ……もし今、自我変更エゴチェンジした場合確実に負ける。しかし、その逡巡がいけなかった。それが決定的な隙になってしまった。


「そこだっ!! オラァ!!!」


「ぐっ……しまっ!! ごほっ……」


 ボディブローがわき腹を掠め、避け切れなくなった私に、追撃の顔面ストレートが決まり後方に無様に倒されながら、至近距離でメガネが宙に飛びレンズが砕け散った。咄嗟に受け身を取ったが、そこまでで私の意識は暗転した。マズイ……。







 はぁ、やっと出られるぜ……寝てろクソメガネ……出る。



「シンっ!!」


「ダメだよ!! 狭霧!!」


「ぎゃははは!! メガネって吹き飛ぶとこうなんだなぁ!! おい金髪さっさとこっちに来やがれ!!」


 暗転して数秒も経ってねえはずだ。外ではアイツ狭霧の声と俺をぶっ倒した野郎の声が聞こえる。目を開ける、視界は左は真っ赤で右は正常、メガネの破片は目ん玉に入ってねえ。まぶたが痛いから切れたのか……癖になると厄介だってアニキが言ってたな。


「ま、マズイな……メガネ拘束具が壊れたぞ……七海、どうしようか?」


「必ずしも第二災害が出るわけでは有りませんし、ここは私の私兵を使ってあの男を取り押さえ……春日井くん?」


 ユラリと立ち上がった俺を、お節介野郎とその女が見てる。中坊ん時には上手い事ハメられたからな……忘れてねえぞ……お前らの事もよ。


「やっと、出られた。だが、まず俺に舐めた事してくれやがったそこの筋肉野郎とタイマン張らなきゃいけねえよなぁ!!」


「お前、凄いな……見澤や他の奴はあれで殴ったら動かなくなるんだぜぇ。いいか、また殴ればそれでいいか」


「はっ!! 人様の目ん玉片方持って行ったんだっ!! 覚悟出来てんだろうな!クソ野郎がっ!!」


 そう言った瞬間に動きが三つ起こった。一つは眼前のデカブツが俺に殴りかかってくること、二つ目は視界でアイツ狭霧が俺に畏怖の視線を向けた事、そして最後はお節介共の動きだ。


「さすがにアレ第二が暴れたらマズイ!! それに逃げられても困る!! 七海!! 拘束の用意を!!」


「もう既に招集をかけました!! 一分以内に現着させます!! 第二災害だけは別格です!! あれは制御が効きません!!」


「どうやら時間はあんまねえ……やるかっ!!」


 手の甲で目を拭うと自分の血が少し付いた、一応は視界は確保出来た。すぐに右ストレートが飛んでくる。俺はそれを片手で受け止める。避けると思ったか?相手は出鼻を挫かれたように、たたらを踏む。今までと戦闘スタイルが違うから驚いたか?


「せっかくの殴り合いだ!! 楽しくやろうぜっ!! オラァ!!」


「がぁっ……おもじれぇ……殴りがいが有るな!! お前!!」


 相手の拳を返すとその勢いそのままに殴り返す。相手の右頬にヒットさせるとそのまま左フックで追撃するが相手もバッグスウェイでかわす。こちらが距離を取ったら今度はステップを取って逆撃を仕掛けて来た。それをかわして俺も距離を取る。


「なるほどな……こりゃメガネが手こずる訳だ。だって「気」も何もねえわなコイツは……アスリートって奴か」


 そう言って俺はボクシングの構えを解いた。そして両足を開き右足を後ろに下げ重心を乗せ足をピンと伸ばす。上半身は半身のいつもの構えだ。いつもなら足を横に肩幅に開くのを今回は縦に開いたような形になる。仕切り直しと行こうか……スポーツ野郎!!

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