第24話「救世主はラーメン屋の看板娘」

 さっきから変だ。千堂のお嬢がスマホで指示を出してから五分、今は一人昏倒させて残りの黒スーツは二人、確実に俺が押しているはずなのに嫌な予感しかしねえ。その原因は奴がスマホで電話したのが一度だけって事だ。


「はい。私立涼月総合学院の第一体育館まで塩ラーメン四人前で餃子は結構です。

仁人様、竹之内さん? 何か他に食べたいものあります?」


「おお、今度は塩か。俺はそれで良いぞ~」


「え? ええっ!? 今はそれより信矢を止めないとマズいんじゃ?」


「はい。では以上で、でお願い致します」


 なぜかラーメンの出前しやがったからだ。しかも「なるはや」とか言いやがったしな。そんなにラーメンが食べたいのか?まあ良いさ、俺を倒してラーメンで祝杯でも上げる気かも知れないし、全然違うところに連絡した可能性も有る。四人前とか言っていたから増員は四人とかそう言う事だろう……。だが今はそれどころじゃない。


「クッソ!! コイツら完全に……」


 コイツ黒スーツらは基本的に攻撃をして来ない、包囲するだけだ。しかしこちらがどこかのドアから脱出を図ろうとすると妨害をしてくる。さっきはそれを利用して先行して孤立した一人を倒したのだが、もう二度も同じ手は使えない。


 二人に減ったからなおの事こちらの間合いには入らず体育館から出ようとすると妨害だけをする。時間稼ぎとしては優秀だ。ならここは発想の転換が必要だな……そうだろ?千堂のお嬢!!


「っ!! そう来ますか……こちらには竹之内さんが居るんですけど?」


「関係ねえなっ!! これなら戦うしかねえよなぁ!!」


 そう、今護衛が一人も居ない千堂七海とお節介仁人野郎と狭霧の三人を狙う。必然コイツらは護衛対象を守らなければならないから俺と交戦する。

 大方、狭霧が居るから自分らは狙われないとでも思ってんだろうが、狭霧を人質や盾にした場合は他の二人第一、第三からの協力すら得られなくなるのは分かってるから出来ねえだろ?内側でくすぶってたからよく分かるんだ。お前らとアイツらの関係とかもな。


「させるかっ!!」


「やっと来たかよっ!! 待ってたぜっ!!」


 黒スーツの一人が慌てて突っ込んでくる。だから後は向かって来る奴に、いきなり振り返り裏拳を叩きつける。さすがに腕でガードしたが、それも狙い通りだ。だからボディがガラ空きになる。そのまま重心をわざと崩し右膝で至近距離からニー・キックをお見舞いした。


「ぐごっ……早すっ――「さっさと落ちなっ!!」


「きゃっ……あっ……信矢」


「お前は大人しくしてろ……ったく……」


 黒スーツの腹に俺の膝蹴りがしっかり決まったので悶絶した相手が崩れ落ちる。その光景に狭霧が悲鳴みたいなものを上げた。あ~ほんとイラつく、もっと下がってろ。万が一怪我でもさせたら、何を言ってんだ俺は……。


「あと一人か。時間は三分も余ってるし余裕だなぁ!!」


 最後は佐伯と呼ばれてた奴で中坊の頃に借りの有る相手だ。コイツとそこで倒れてる二人に俺は捕まった。今でも体格差は有るけど、それも中学の時ほどじゃない。もう勝てる。それに今は、コイツらの大好きなお嬢様が危害を加えられそうな状況だ。


「そらっ!! 行くぜええええ!!」


「ぐっ、がっ……まだ、だ……」


 奴は護衛として俺と対峙しているがレベルが違う。そりゃ鍛えているだろうし武道も嗜みでやってるだろうが、あちらさんがやっているのは、お稽古の延長のルール有りきの試合だろうからな。


 あの人にストリートで鍛えてもらった俺とじゃそもそもスタイルが違う。しかも守勢に回ったなら勝利は確定している。動けない相手を一方的になぶるのはあんま趣味じゃねえが、仕方ねえな。


 さすがに顔色が少し変わって来たじゃねえか千堂のお嬢様よ。そして距離を少し取って次の蹴りでトドメを刺そうとした時だった。ガラガラと体育館の扉が開かれた。


「ちわ~っす『勇将軒』で~す。出前お持ちしました~」


 なんか出前が届いた。さっきお嬢が電話してたラーメン四つが本当に届いた?隠語では無かったのか?それともラーメン店の店員の後から誰か出て来るとかなのか?そう思って出前の方を見ようとした瞬間、確かに千堂七海は口端を上げた。


「あら、二分も早くご到着……。ふぅ……正直助かりました」


「あ~お取込み中っすか? で? これはどう言う状況なんだ? ちゃんと説明しな!! シン坊!!」


 そしてその出前の店員はいきなり俺を怒鳴りつけた。二年前と全然変わってない、前より少し抑え目になった茶髪と、キリッとしたアーモンド形の瞳、そしてどことな~く漂う元ヤンな雰囲気。


「なっ……はっ、はい!! 愛莉姐さん!! 今はその……お、俺は……」


 コイツ……千堂七海、最初からこれが狙いかよ。よりにもよって愛莉姐さん呼ぶとか……卑怯だろ。ふっざけやがって、てか勇将軒ってアニキの実家のラーメン屋じゃねえか!!やっべぇ頭が上手く働かない。


「ったく……男がな~にグダグダ言ってんだか、勇輝に言うからな? パンピーに

喧嘩ふっかけてイキってたってよ?」


「そ、そんな。ち、違うんすよ。あとアニキに言うのだけは勘弁して下さい」


「つ~か連絡も入れてやったよなぁ? アタシは気ぃ付けなって言ったよなぁ? 

あんだよ、この惨状は?」


 今更ながら冷静に体育館を見てみると枝川や見澤を始めとしたボクシング部の七名が死屍累々に倒れていて、さらに呻いている千堂のお嬢の黒服が五人もそこら中に倒れている。バスケ部員は連れて行かれてるが血痕は至る所に飛び散っていた。とんでもない惨状だ。先ほど見た武道場と似たような状態になっている。


「あの女……何でここに来てるのよ。なんでっ!! どうしてっ!! シンの前に現れてるのよっ!!」


「あ~ゴメンゴメンて。てか彼女ちゃんまで居るのね。こりゃいよいよどう言う話か聞かないとねぇ? 話す気はある? シン坊?」


「いくら愛莉姐さんの頼みでもそれは……」


 おい狭霧、愛莉姐さんになんて口の利き方を……てか何か狭霧に甘く無いっすか?姐さん……。てかこうなったらこの先も予想がついてしまった。


「あ~その前に、塩ラーメン四人前お持ちしました~どこに置きます?」


「佐伯、岡持ちごと預かって差し上げて」


「はい。お嬢様、すいませんお預かりします」


「ども~。助かります~。お代は後程……これで両腕使えるな!! 分かってんだろ? シン坊? 久々に鍛えてやるよっ!! 構えなっ!!」


 やっぱり~!!愛莉姐さんやる気満々だし、悪夢だ。なぜ悪夢かと言うと決まっている。この人は俺が通っている古武術の道場で姉弟子をやっていた人だからだ。試合形式では一度も勝てず、実戦では戦った事が無い人……そして俺がすご~い、お世話になった人の恋人なのだ。しかも今の俺は片腕が不調、連戦による疲労、おまけにさっき狭霧の声を聞いた瞬間に頭まで痛くなって来やがった。


「んじゃあ行くぞ!! シン坊!! 気信覇仁館きしんはじんかん、師範代 各務原 愛莉かがみはらあいり!! 稽古つけてやる!!」


「くっ……春日井信矢……流派は無いです!! お相手願います!! 愛莉姐さんっ!!」

 

「破門されたわけじゃねえんだから、うちを名乗りゃいいのになぁ……爺さんだって気にしてねえだろ?」


 そう言ってお互い油断なく構える。って、待て待て今この人「師範代」とか言わなかったか。いつの間にそんなに強くなってんだよ。あのじーさんそんな事一言も言って無かったぞ。俺以上にこの人の方がパワーアップしてそうなんですけど……。




「動きが無い……あれですか? 達人同士だと動いた瞬間に決まるみたいな感じなんですかね? あ、仁人様、胡椒いりますか?」


「ズルズル。んっ、ああ、もらおう。竹之内さんもかける?」


「あ、私は辛いんでいいです……信矢、大丈夫かな……ズルズル」


 さっきから数分、全く動きの無い俺たちを尻目にあの三人はラーメン食ってやがる。またしてもテーブル代わりに卓球台使ってる。椅子は佐伯って黒スーツが用意していた。

 そもそもこの戦いに動きの無いのは当たり前だ。俺らの流派は古武術を名乗ってはいるが中身はほぼ合気道、すなわち守りがメインとなっている。愛莉姐さんはガッツリ古武術と合気道なので攻める事はまずない、俺みたいな格闘技を継ぎ接ぎの亜種じゃない。その代わりカウンターや防御が凄まじい。


「シン頑張れ~? で、良いのかな?」


「バカかっ!! お前ら俺を捕まえんだろうがっ!!」


「あっ、そうだよね……ゴメン」


 ああ、もう何でバスケやってる時以外はトロいんだか……俺に凄まれてすぐにビビんじゃねえ……ったく本当に昔からヘタレなのは変わらねえ。急にオドオドしやがって心配で目が離せねえじゃねえか。ああっ!?制服にラーメンの汁飛んでんじゃねえのか?染みになったらどうすんだよ、ったく後で注意しとくか。


「余裕だね~。彼女ちゃんそんなに心配かシン坊? アタシから目を離すなんてダメじゃない?」


「っ!! しまっ……!!」


 ゾクッとした。まるで耳元で囁かれたみたいなトーンで震えた。ほんとに一瞬目を逸らしただけなのに間合いのギリギリまで接近されている事に驚愕する。

 そこから更に演舞でも中々見れないような、まるで舞うような華麗な動きでこちらの打撃をさばくと完全に間合いに入られた。正直、魅入られてしまった。


「まだまだ隙が多い……今度道場来た時また鍛えてやるよ」


「華麗過ぎんだろ……姐さん……」


 狭霧に気を取られた本当に一瞬の隙にここまで入られてしまった。完全に俺のミスだ。あぁ……今度ぜってぇ説教してやるからな狭霧……。そう思って狭霧の方を見るとやつは明後日の方向にトリップしていた。


「ううっ……シンやっぱり大人っぽい人好きなんだ……おっきい胸にしか興味無いと思ってたのに……」


 ぐっ……だ・か・ら!!お前はそう言う事を人様の前で言うなって前から言ってんだろうが……そう思った瞬間には、俺は愛莉姐さんに手首を掴まれ一瞬で倒されていた。愛莉姐さんの得意な『片手取り四方投げ』がきれいに決まって、床に叩きつけられた。そして最後に掌底で鳩尾を突かれると俺の意識は完全落ちて行った。

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