第8話「追憶とボクの思い」(後編)


「本当はもっともっと思い出は有るんですけど、我が家にある三十冊のアルバムが無いと語れない部分が有るので今日はこの辺りで……」


「そ、そうか。昔から仲が良かったとは聞いていたが本来の自我はここまでとは……第三の彼がまともだったと自覚する時が来るとは……。ありがとう。では次にイジメ直前までの話をお願いするよ」


 ボクとさぁーちゃんの思い出の深さに感動したのか軽く声が震えているドクターさんを見ると満足した。ボクの人生の全盛期はイジメ前までなので、そこまでの小学生の頃の思い出を語って行く事にする。



 さぁーちゃんは小学生の低学年の頃には幼稚園で出来た友達も少しづつ増えて、ボク以外とも女子ならだいぶ打ち解けていた。それでも家の行き帰りも含め常に隣にはボクが居たし小学校のイベントは九割ボクと一緒。そんな中で転機があったのは小学三年生だった。


「ミニバス部に入りたい?」


「うん。だから何とかして!!」


「え……普通に入部すれば良いんじゃ?」


「一緒に来て!! シンと一緒ならママも納得するから!」


 そして家まで連れて行かれて関係無いのに彼女のクラブ活動決めの会議にボクも参加。ちなみにあちらの両親とそしてキリちゃんと言うメンバー構成だった。


「う~ん。私はシン君が参加出来るように、出来れば男女混合のクラブが良かったのだけれど……」


「いや、狭霧もいつまでも信矢頼みは良くないよ奈央。いずれ男女別の行事は増えて行くと思う。自立への第一歩なら問題無いと思うナ」


「え? シンは一緒じゃないの?」


 うん、やっぱり気付いてなかったみたいだね……さぁーちゃん。どう見てもボクと一緒に入る気満々だったから男女別なの知らなかったみたい。しかし自分で言い出した手前引っ込みが付かないで、そのまま入部することになってしまった。昔から意地っ張り可愛い。


「うぅ……」


「お姉ちゃん? いいの? シン兄と一緒じゃなくて?」


 そんな事を一人で思っていると、キリちゃんがボクら三人を無視して話し合いを続ける両親を尻目にさぁーちゃんに確認を取ってる。今思えば小学一年生なのにボクたち二人の間で上手いこと立ち回っていたし、さぁーちゃんよりも思考が大人だったような気がする。


「やるもん!! 一人でも出来るから!!」


 ちなみに心配になったボクは翌日に男子ミニバスケ部へ入部届を出していた。理由は練習場所及び練習時間などが同じという点で、選ぶ理由はそれだけで充分だった。ちなみに当初ボクは意外にも上手な部類だった。体格差が出るまではセンターにPGポイントガードPFパワーフォワードなど大体のことは出来た。どのポジションも無難にこなせたのだけれど、ある時から成長が止まったような感じで、上達はしなかったので結局ポジション争いはしなかった。


 と、言うより肝心な時にさぁーちゃんの方を気にして肝心な試合の時にチームの足を盛大に引っ張ってからは完全に補欠になっていた。ちなみに狙ったわけではないけど結果的にそれでよかった。


「シン!! あと三本!!」


「うん!! 分かった!」


 それは放課後のクラブ活動の後に近所の公園で、さぁーちゃんの練習に付き合えるからだ。さぁーちゃんも当初はレギュラーでは無かったので二人で暗くなるまで近所の公園で練習していた。


 あまりに遅い時間まで練習していたので両家の両親に割と本気で怒られた。怪我も少しずつ増えたりしたのも原因の一つで、問題だと感じたボクは一計を案じた。


「おかえりなさい信矢……ってあんた、そんなにいっぱいの本どうしたの?」


「ただいま~母さん。ひつよーだから借りてきた」


「必要って……重くなかったの?」


「うん。頑張って持ってきた」


 母さんに図書室で借りて来た本を見られて若干焦る。ランドセルの中身を全て学校に置いてきて空になったスペースと両手で持って来たとバレるわけにはいかなかったからだ。


「頑張って……ねぇ……それにしてもこれって……『初心者でも簡単にできる応急処置』『医療雑学百選』『気を付けよう!!スポーツの怪我の怖さとその原因』って全部医療関係の本じゃない!?」


 当時『いりょーかんけーの本』と言われてもピンと来なかった。が、実際はその通りで応急処置や怪我の原因を事前に知っておけば、さぁーちゃんの怪我などに備えられると考えた結果の行動だった。


 最近は放課後の練習に熱が入り過ぎていて擦り傷、打撲に打ち身などが増えて、よく保健室に入り浸っていたボクら二人。あまりにもよく訪れるので簡単なものなら自分でも治療出来ると保健室の先生に言われ詳しく調べるようにした。


「なるほど……この間使ってたのがアルコール消毒液で、湿布薬はこれが一番良いんだ……」


 父さんのノートPCを借りて図書室から借りてきた本に書いてあった知識と一致する薬品や必要な医薬品をチェックする。中々に根気がいる作業だったけど一週間ほどで大体終わった。


 続いて実践、応急処置は最初はグダグダだったけど徐々に慣れてきた。保険の先生や母さんにも協力してもらって、なんとか包帯の巻き方や消毒方法なども聞き、最低限のことは出来るようになって来たので、次の分野にも手を出すようになった。


「シン!! 私、次の試合出られそうだよ!! 凄いでしょ!!」


「うん。聞いたよ!! これならレギュラー入りも近いね!! あ、さぁーちゃん。はいこれ蜂蜜レモン」


「うぅ~ん酸っぱ甘い!! 今日の味が一番いいかも!!」


「りょ~かい。じゃあ味は次回もこう言う感じにしておくね。あと整理運動は忘れないでね?」


「分かってるよ~!! なんかシンがママよりうるさいママになったみたい」


「ううん違うよ!! ボクはマネージャーになるよ!!」


 次の分野とは栄養学や選手のサポートや健康食などのサポート系のスキルの分野だった。怪我や病気などの本やネットの記事から発展し、最終的には、プロの選手のコーチなどのブログ記事などを読み漁ったり、とある選手の自伝などで読んだ知識を取り入れていた。


 そのボクの知識の吸収と比例して、さぁーちゃんも、どんどんバスケが上手くなって五年生では完全にレギュラーになっていた。一方のボクは男子バスケ部の方では相変わらず補欠だったので女子部の方に入り浸ってマネージャーのようなことをしていた。


「シン!! タオルちょうだい!!」


「うん。あとスポーツドリンクも飲んでね。じゃあボクは一度向こうに戻るから何かあったらすぐに呼んでね? じゃ!!」


「うん! よろしく~!!」


 最近はよく笑うようになったし背も少しボクより大きくなってきた。それがバスケの上手さにも関係していたのかも知れない。ちなみにこの頃からボクは一部の男子から『女好き』とか『ダンナ竹之内』などと呼ばれるようになっていた。が、そんなのは完全無視していた。


「はい。さぁーちゃん今日のメニュー」


「うん! シンありがと!! あと今日の放課後なんだけど……」


「また竹之内とダンナがイチャついてるぞ~!!」


「ひゅ~ひゅ~!! 熱いね~!」


 こんないつもの会話ですらからかって来る輩が多くて困ってたけど、これがイジメの前兆だったのに気づけなかったのは本当に鈍感過ぎたし、さぁーちゃんしか見てなくてクラスの空気が読めてなかった。


「そ、そんなんじゃないし!! そんなんじゃないから!!」


「うん。そうだよね。じゃあクラブの後でね!」


 うん。今思えばボクはあくまでマネージャーで、これもただの照れ隠しだったんだよね。最初から男として見られてなかった。ボクだけが勝手に思ってただけなのが、会話を思い出しててよく分かる。そりゃ気まずくなるよね。ここでドクターさんが待ったをかけたので一度話を止めた。



「今の話から推測するに明らかに彼女はおまえ以外見えてない気がするんだが?」


「ええ。ボクが都合のいい見方しかしてなかったんです。きっとそうに違いないです。さぁーちゃんは優しいから最近偶然にも再会したから気にして声をかけてくれたんですよ」


「とてもそうは思えんのだがな……こればかりは本人次第か……ま、それに彼女と過剰に接触もマズいからな。彼が起きかねない」


 少し呆れられている気がしないでも無いけど、ボクらの関係だからドクターさんでは理解出来ないと思う。それに何よりさぁーちゃんと、また仲良くなった時に別れを告げられるのがとても怖い。だから彼に全てを任せたのに……ボクは今何をしてるんだろうか?


「そう……ですね。この後もお話するんですか?」


 この後はボクがイジメられてさぁーちゃんとギクシャクするだけの話なのであまり話したくは無いのが本音だ。あと中学の頃の話はボクはあまりしたくない。


「いいや、今日はここまでだ。ありがとう。では戻ってくれて構わんよ?」


「はい。ありがとうございました。あとこれからもボクをよろしくお願いします」


「ああ、任せてくれ。君らは多いに研究の役に立つからね。二年前からこれは契約だからな?」


 そう、これは契約。ボクらとドクターさんの互いの利益をかけた契約だから。ボクは自分を強くしてもらってもう誰も傷つけないで、自分の居場所を守れるようなメンタルを手に入れるため、ドクターはボクを使って自分の長年の研究の実証をするための契約なのだから……。

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