第7話「追憶とボクの思い」(前編)


 彼が休眠状態になると自然とボクの出番だ。そもそも彼を休眠状態に出来るのは今目の前にいるドクターさんだけだからね。そしてドクターさんが待ちかねたとばかりに口を開いた。


「さて、話をしてくれるかな?中身第一の信矢くん」


「ボクの話をするの? 嫌だなぁ……もう思い出したくないんですよ」


 仕方ないから出て来たボクはうんざりした声で目の前のドクターさんに正直に言う。ボクは中学二年のあの時から全てを彼に任せて逃げ出した。いや、その前から少しづつ逃げ出していた。そんなわけで一年以上ボクは引きこもり状態だった。


「でも今日は出た。そうだろ?」


「さぁーちゃんの危機だったからね。出るのは当然ですよ」


 この人は何を当たり前の事を聞いて来るんだろう。ボクは弱いけど、さぁーちゃんの……狭霧ちゃんを絶対に見捨てない。例え守れなくても情けないと言われても助けることが出来なくても絶対に見捨てない。


「前は君のその優しさが彼女を傷つけ、そして今回は救った。中々に因果なものだねぇ」


「その話をまだするのならボクはさっさと帰りたいんですけど?」


「そうかそうか。怒らせる訳にはいかないな。さて治療チューニングを……いや今回は問診がメインかな。彼がどうやって君を引っ張り出したかその過程を知りたいんだ」


 彼が自分を殺してまでボクに助けを求めたその過程を知りたいとドクターさんは聞いてくる。これも病気を治すためなのは分かるけど今の環境こそが理想だから正直言いたくないなぁ……。


「呼ばれたから出た。そうとしか言えないです」


「感覚的過ぎて言語化出来ないと言う意味かな?」


「そ、そんな感じ……です」


 なんとか誤魔化す事が出来た。この方針は彼も同意してくれているのでドクターさんには噓をつく。実際は精神への過負荷による変更以外は呼ばれたら即座にチェンジは出来るけど、それを言ったら無茶な実験に付き合わされそうなので黙っておくと二人で決めていたのでこう答えるしかない。


「さて、今日は彼に負担をかけてしまったので治療するわけなのだが、治療のポイントをハッキリさせたいから君を呼び出した。彼からは過去について聞いたが君からは初めて聞く。他ならぬ当事者の君からはね?」


「それは……昔のイジメについて話せってことですか?」


「ああ。君らの症状の始まりは俺の予想では君の小学校時代に有ると思っている。本当なら君の大好きな竹之内さんに話を聞きたいがそれは無理だろ?」


「はい。それだけはどうか……どうか……お願いします」


 どうやら避けられないみたいだ。さぁーちゃんの名前まで出して来て強要してくるならドクターさんは本気だ。だから僕は渋々話すことにする。


「なに、イジメのことだけを話せとは言わないさ。まずは君たちの出会いからさ。それにイジメのことも彼から話は聞いているから彼女竹之内さんと関係のある部分だけでいい。どう殴られたとか? どんな罵詈雑言を浴びせられたか? など聞きはしないさ。安心してくれ」


「まぁ、そういうことなら……。じゃあボクらの出会いから話しますね」



 ボクらの出会いと言われてもそれは、ぶっちゃけると生まれて一ヶ月後と教えられている。と言うのもボクの母とさぁーちゃんのお母さんは、大学時代の先輩後輩の仲で卒業後も仲が良かったらしく、さぁーちゃんが生まれた時にボクも連れて行かれてそこで会ってたらしい。たぶん最初の記憶はボクの家の隣にさぁーちゃんが引っ越して来た時だと思う。恐らくは四歳だったと思う。


「幼稚園……行きたくないよぉ……」


「さぁーちゃん……。こんな感じで、先輩に相談したかったんですよぉ~」


 さぁーちゃん一家が引っ越して来たその夜、我が家で引っ越し祝いの食事会を開いて一段落した時の事である。今朝の集会よりも当時のさぁーちゃんはプレッシャーに弱く極度の恥ずかしがり屋だった。なのでこのようにグズってしまっていた。


「はぁ……信矢も去年から入園してるけどそんな事無かったわね?」


「うん。昨日もみんなで遊んだ~!!」


 そしてこの時のさぁーちゃんは勝気であったが落ち込んでいた。理由は引っ越して来た事と連動していて近所のクソガキ共にハーフである事でからかわれイジメを受けていたらしい。そこで旧友であり母親同士が先輩後輩の関係の有る我が家を頼って来たと言うわけだ。ちょうど彼女のお父さんのリアムさんの仕事の拠点がこちらへ移って来た事もあったらしい。


「ど~せ。どこに行ってもバカにされる……」


「さぁーちゃん……。ご近所も子供のやることだからって曖昧にされて……ねえ?リアム?」


 そこで今までボクの父さんと話していた男の人、さぁーちゃんのお父さんのリアムさんが話を切り上げてこちらに加わってくる。リアムさんは、さぁーちゃんと同じアッシュブロンドとヘーゼル色の瞳をした気さくな人で日本に留学後に、そのままこちらで就職し、さぁーちゃんママこと奈央さんと結婚したと聞いている。


「分かっていたことでスけど髪の色だけでここまでなんて考えて無かった。僕の留学時はここまでジャなかったから」


「そらお前、リアムはモテたからな。日本人は皆優しいとかゼミで大人気だったじゃねえか。だけど狭霧ちゃんと霧華ちゃんはお前と奈央ちゃんとのハーフだ。前提がちげえんだよなぁ……」


 さらにそのリアムさんと一緒に、さぁーちゃんの妹のキリちゃんをあやしていたボクの父さんも話に入って来た。ちょうどキリちゃんが眠ったので抱っこしたまま、こちらに来て奈央さんにキリちゃんを渡していた。

 実はこの父親二人も同じ大学のゼミ出身だったりする。そして合コンで母さんたちと知り合ったらしい。ちなみに母さんには食事会と言えと今でも言われる。合コンでお持ち帰りされたと言われるのが今でも癪らしい。


「ふ~ん。キレイなきんぱつなのになぁ?」


「きんぱつじゃない!! あっしゅぶろんどだもん!! パパと一緒の色だもん!」


「えっ……?」


「あ……うぅ……」


 大声で反射的に言って『しまった』と言う顔。こう言う時にポンと強気に言ってしまうのも原因でからかわれたのだろう。後は単純にさーちゃんが可愛かったのも原因だと思う。アタフタしてて本当に可愛いかったなぁ。


「ごめんね? アッシュブロンドって言うんだ。キレイな色だね。まるでお姫様みたいだ」


「え? ええっ!? う~~~っ!?」


 この時に思わずさぁーちゃんの髪の毛にふれてサラサラっと触ってしまった。そして彼女の泣きそうな顔を何とかしてあげたいと思って頭もポンポンと撫でた。今やったら確実に変態扱いされそうだけど四歳なのでセーフだ。さぁーちゃんの顔は真っ赤だった。


 この時に既にボクはさぁーちゃんにゾッコンだった。恋愛感情かは分からないけど大好きになっていた。キレイな髪にキレイな瞳そして真っ赤な顔。まさしく一目惚れだった。


「なっ……信矢。おまえ……」


「HAHAHA!! とんだ紳士が日本にもいるものだネ。君とは正反対だユーイチ」


「あらあら~? あらぁ~? 先輩?」


「奈央……言わないで、どこでこんなの覚えたのよ……我が子ながらなんて手の早い」


 なぜか両親たちが三者三様ならぬ四者四様なリアクションをしていた。そしてさぁーちゃん達が帰ると母さんがボクを膝に乗せて真剣に話しかけてきた。父さんは反対側に居てボクを見ている。


「信矢……狭霧ちゃんと一緒に幼稚園行ってあげられる?」


「うんっ!! ボクに任せて!!」


「そうか、狭霧ちゃんにそして霧華ちゃんにも優しくしてあげるんだぞ?」


「うん……狭霧ちゃんはボクが守るから!!」


 それから色々あったけど幼稚園にはいつもボクが手を繋いで送迎バスまで行くのが日課となり、バスの席は常に隣。そして入園時は組が違っていたけど余りにも、さぁーちゃんがグズり、ボクの組『きりん組』に入り浸るので最終的にさぁーちゃんも

一週間後にはきりん組に入ることになる。その後は卒園までずっと一緒だった。そしてそれは小学校に上がっても変わらなかった。変わらないと思ってた。

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