第6話「自我変更-エゴチェンジ‐」
かなりペースを乱されたが今はそんなことはどうでもいい。舞台端で狭霧と私のやりとりを壇上でニヤニヤ笑って見ていたあの二人を睨みつける。実際に二人はニヤニヤしていたので詰め寄った。
「ずいぶんと手の込んだことをやってくれましたね? お二方?」
「何のことですか? ねえ? 仁人様?」
「いやぁ……本当に凄いな竹之内狭霧。今の君に脳波計測器を付けられないのが本当に、本当に残念だよ!! 君の
どうやら満足の行く結果を得られたようで今の反応でよ~く分かった。今朝からの一連の動きとそしてバスケ部の、いや狭霧のことを黙っていたのはこう言う事だったのか。バスケ部と言うだけで私への嫌がらせだと思っていたら、まさか狭霧を直接使うとは……落ち着け。まだあの契約には違反していない。悔しいが契約を守っている以上ドクターに従わざるを得ない。
「ではしっかりと頼みますね? 副会長?」
「分かりましたよ。七海先輩……」
◇
その後、朝の集会はつつがなく進行し、ついに私の進行する番がやって来た。今まで朝の自習室の利用方法を話していた会長からマイクを受け取る。ここから先は私の仕事だ。
「ここからは昨年度優秀な成績を収めた部活動の表彰及び報告会になります」
放送委員の生徒がアナウンスをするとその後を私が引き継ぐ形で表彰会は始まった。水泳部、弓道部などの報告が終わりいよいよバスケ部の報告。まずは男子から前大会では県大会決勝まで進むも敗退。今年こそは二年前の時のように全国出場を目指すと宣言し場を沸かせた。中々に盛り上げ上手なようだ。さすがは部長。
「里中部長ありがとうございました。男子バスケ部の皆さんは団結力も強く最後の一瞬まで試合を諦めていませんでした。諦めない力を見せつけてくれてありがとうございました」
こんな感じで無難に褒めておく、これも生徒会の仕事なのだなと思いながら次の副部長の報告に移る。ほぼ部長と同じ報告で頑張りましたと言う気概は伝わったが、部長ほど盛り上がりはしなかった。やはり人によって向き不向きは有るものだ。そういえば私は何か重要なことを忘れている気がする。そう考えてる間にも男子二名が舞台袖に下がり狭霧たちが出て来る。少し緊張しているようだ。
「以上、報告終わります。今年は全国行けるように頑張ります」
女バス部長の報告が無難に終わり次は狭霧の番、彼女の名を呼び簡単な紹介をすると妙に緊張した様子で一歩前に出て来た時に私は思い出した。狭霧はこういう舞台では基本ヘタレるのだ。先ほどのように妙に気安かったり明らかに調子に乗っていたりで忘れがちだが彼女はこういう目立つ場はかなり苦手だった筈だ。
あのハーフの容姿ブロンドの髪にヘーゼル色の瞳と言う目立って下さいと言わんばかりの容姿のせいで小さい頃からその性格とのギャップに苦労していて人前では私の背後に隠れてやり過ごすなどは日常茶飯事だった。私の背中は彼女の定位置だったと言っても過言では無かった。
「しかしそれは過去、私と同様に彼女も成長しているはず……」
「あっ……そっ……しょれで……っわ……」
全然成長なんてしていなかった……。やっぱりダメだったか。そしてザワつく体育館、彼女を見ると見た目は極めて平然と立っているが私にはハッキリと分かる。あれは完全に固まっている。泣き出さないのが不思議なくらいだと彼女をよく知る自分としては思ってしまった。
よくあがり症と勘違いされる狭霧なのだが実はただ単にヘタレなだけだ。とにかくプレッシャーに弱く場に圧倒されて何も言えなくなる。今でこそ大丈夫になったが昔はバスケの試合前一つであんな感じになっていた。
「え? どうしたんだ? あの金髪?」
「金髪? って事は留学生? 日本語分からないんじゃない?」
「あれって例の女神様でしょ? きっと目立つためでしょ?」
様子のおかしい狭霧へ困惑の声と早くこんな集会を終わらせて欲しい一部の生徒からヤジが出る。隣の女バス部長も困惑している。恐らくこの状態の狭霧を見たのが初めてなのだろう基本的に私のような幼馴染でも無い限りはこの状態の狭霧を見る事は滅多に無い。ちゃんと高校デビュー出来ていたんだな狭霧。なぜか少し嬉しくなったが今はそんな状況ではない。
「わた……た……」
左手をグッと握って右下に視線を動かして半分涙目だ。いよいよ余裕が無くなって来た。幸い一般生徒から壇上は、かなり離れてよく見えないでいるが女バスの部長は真横なので丸見えだ。これ以上はマズイ。この状況……多少強引だが動くしかない。
「皆さん、申し訳ありません。今現在女子バスケ部の方の持っているマイクの故障が確認されましたので直ちに点検及び交換しますので少々お待ち下さい」
「なんだよ故障かよ。ね~わ」
「ほんとに故障なの?」
「でもマイクとかは放送委員じゃね?」
ブーイングと喧騒の中、他の人間が動く前に急いで狭霧の元に向かった。まるでこの世の終わりのような顔で立ち尽くす狭霧のそばに静かに立つ。万が一泣きだそうものなら大変なので、すぐに狭霧のマイクの電源を切る。ブツッと音がして彼女が一瞬ビクッとなってこちらに気付くと泣きそうになっている。昔の彼女ならこの時点で泣き出していただろうが今はグッと堪えている。
狭霧がこんなに頑張ってるなら仕方ない……本当の奥の手を使うしかない。だから……聞こえているのでしょう?任せましたよ。
(シン? わたし……やっぱり……)
(大丈夫だよ。さぁーちゃん。ボクが居る。後ろでちゃんと見てるからね? ほらもう大丈夫)
(えっ!? シン!? なん……で?)
(とにかく大丈夫。落ち着いて、さぁーちゃん? もう高校生でしょ? 頑張ろう!!)
(うん……分かった! シン!!)
小声で震えている彼女を何とか落ち着かせる事には成功したよ。じゃあボクの出番はここまで、強い君に後は任せるからキチンと、さぁーちゃんを守ってね?そのための君なんだからさ。次はボクなんかの手を借りないでよ。だから後は頼むよ。もう一人のボク。
「うっ……ぐっ、皆さん。失礼……しました。マイクの確認が終わりましたので……ふぅ……再開します。では竹之内さん。お願いします」
「は、はい。し、失礼しました!! 急に色々あってビックリしましたけど改めて報告します!!」
その後は他の部活の報告も終わり、閉会の言葉を生徒会長が行い集会は解散になった。狭霧は壇上から降りる際に何度もこちらを見てニコニコしていて本当にあの笑顔を見れて良かった。
◇
そして今は閉めの作業も終わり、ほとんどの人間が体育館から出ていたのでそれを確認した瞬間に一気に気が抜けて意識を失いそうになり、尻餅をついてしまった。これも
「春日井くん!? 大丈夫ですか!! 仁人様!? やはり、これも反動なのですか?」
「だろうねぇ……しかし、信矢。
「ああでもしないと狭霧を……竹之内さんを落ち着かせるのは不可能です。彼女は泣き出したら止まりませんからね。それと彼女が大勢の前で恥をかくのに比べたらこの程度……安い代償です」
メガネの位置がズレて外れかかっていたので慌てて位置を直し二人を見て言う。どうやらこの付近には三人しか居ないようで安心した。だがドクターの言う通り、あのやり方はかなり強引で体への負荷が大きかった。
「ですが、もし実戦で使うなら恐らくこう言う使い方になります」
「実戦ねえ。そこまで考える必要有るかね? いつもみたいに私が
ドクターの
そう言えば今日の狭霧は昨日再会した時はビクビクしていたのに今日はやたらフランクだったのは
「彼女を守るために
「とにかく今日は放課後は絶対に来て下さいね? 春日井くん。正直ここまでの予定はありませんでした。謝罪します」
わざわざ七海先輩が頭を下げるとは本当に予想外の出来事だったのだろう。そして私の動き自体もイレギュラーだったのがよく分かる。
「お気になさらずに、お二人には治療と学院生活で日頃のサポートをしてもらってますから……。それに今回は私の意志で使いましたから」
◇
多重人格障害、解離性同一性障害、呼ばれ方は色々有るが要は自分の心や思考が複数有り、それが別個独立して一つの体に居る状態だ。記憶を共有していたり、していなかったり、共存していたり体を奪い合っていたりと色々なパターンは有る……らしい。そんなまだ解明の進んでいない病、どうやら私はそれに近い症状らしく二年前それが発覚した。目の前の
「さて、あれから放課後になったわけだが……何か体に不調は?」
「いえ。あの時に
第二生徒会室に入ると珍しくドクターこと仁人先輩だけしかおらず、七海先輩が居なかったが、そんな事を気にする事も無くドクターは
「じゃあ始めるから横になってくれ。まずは体を楽にして目を瞑って……そうだ。数字を三つ数える内に体から力を抜いてくれ。そのままゆっくり数字を数えるんだ」
その言葉に頷いて目を閉じる。昨日は測定がメインだったが今日は催眠か……ゆったりとした気分のまま徐々に意識が遠ざかるのが分かる。今日はどんな過去を暴かれるのだろうか?そう思った瞬間にストレスが極大にまでかかり私は気を失った。
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