第11話「秀才ガチギレ5秒前」


 あれから三日、狭霧と会う事は無かった。もちろん今日も体育館に様子を見に行ったのだが、珍しく狭霧の姿を確認することが出来なかった。仕方ないので校内の見回りをして行こうと思う。

 理由としてはこの間のカツアゲ紛いの事案や校内での喫煙など良からぬ噂が生徒会の議題で上がっていた事も関係している。もしイジメやそれに類する何かが起きているなら、自分の目の前では二度と起こさせたくない。


「異常は無し……と。今日も我が学院は平和である……か」


 勢い込んで校内を巡ってみたものの平和そのもので部活動中の風景や放課後の語らい、そして青春の代名詞の男女の逢瀬……は、見ない振りをしてその場を離れた。自分が二度と出来ないであろう高校生活を応援こそすれ邪魔はしたくない。


「いいですね。青春だ……」


 少し心がほっこりするしたまま生徒会室に顔を出すと、生徒会の他のメンバーは居なかった。代わりにメモだけが残されて、ここの鍵を返しておくようにとだけ書かれていた。ちなみに第二生徒会室の方は今日はお休みだ。この間の検証データをまとめるために二人は忙しいらしく今行くと確実に邪魔者扱いだろう。特に用も無いので大人しく職員室に向かった。



 職員室……それはほとんどの生徒が嫌がる教師たちの巣窟そうくつ……などと言うのは良くない。思っても言ってはいけない。私はノックをして「失礼します」と一礼し入室する。学校のどの場所とも違う独特の喧騒と空気感が伝わってきた。


「はぁ……またあなた達三人ですか」


「あはは……ほんとすいません。気を付けさせますんで」


 キーボードを叩く音に紙にペンが走る音など、ある種独特な雰囲気の中でその声は一際通っていた。気になって奥を覗いて見るとそこにはスーツを着てメガネをかけたいかにもな女性教諭と反対にジャージを着てどちらかと言えば快活な女体育教師、そして制服姿の女生徒三人が対峙していた。


「確かに三人ともスポーツ科ですし、特に竹之内さんは特待生ですので多少は目を瞑ります。で・す・が、それにしてもアナタ達三人は酷過ぎます!!」


「ま、まあ隆杉先生。彼女たちは勉強が少し不得意なだけでして……あはは」


「あのですね。中野先生? 確かにスポーツ科の生徒は多少は学業について免除されています。それこそ特待生ならば……ですがこれは明らかに許容範囲外です。大会に影響があるのなら大会後に補習は受けて頂きますよ!!」


「「「えぇ~」」」


 そこには他の生徒と一緒に項垂うなだれる我が幼馴染が居た。居ないと思ったらこう言う事かと一人で納得しながら少し思案するが、狭霧は基本的に頭は悪くなかったはずだ。どういう事だろうか?と、疑問に思ったがそれがいけなかった。


「おお、副会長!! ちょうどいいとこに来たな。担任に聞いたぞ!! 抜き打ちのそれも特進と同じ小テストを君だけ全教科満点だったそうじゃないか!! 今年もこのまま成績トップを独走かね?」


 ありがたいが今は止めて頂きたい里中学年主任……そんなデカイ声出されたらマズイ。ほら職員室中がこっちを見てる……あ、狭霧と目が合った恥ずかしそうにしている可愛い。おっと、いけない邪念がまた入った。それより問題は……。


「はぁ……三人も彼のような天才的な優等生になれとは言いませんがもう少し学業に身を入れて欲しいものです」


「「「はい……」」」


「ま、まあ隆杉先生。三人共反省してるんでこれくらいに……」


 隆杉女史は英語担当の熱意のある教師と聞いている。いや正確に言えばエリート思考が強いらしく、さらにスポーツ科の英語担当としての現状にも不満を持っているらしい。この情報源は例の二人なのだが、なぜそんな事を私に話していたか理解した。狭霧と関係があったからか。


「大体ですね! 中野先生も、もう少し生徒の管理をですね!!」


「はい。気を付けますぅ~!!」


 そして彼女、中野先生は隆杉女史よりも三年後輩で教科担当は保健体育だ。スポーツ科の担当教諭でもあったはずなので三人の担任なのかも知れない。取り合えずここに私がいても彼女らの立場が悪くなることしか無いので即座に帰るに限る。


「里中先生。私は生徒会室の鍵を返しに来ただけですのでこれで……」


「あ~春日井くん特進担当の桶川なんだがいいかね」


「ふぅ……桶川先生何でしょうか?」


「特進入りの件をもう一度検討してくれないか? 君の実力なら途中編入でも問題無いだろう? 普通科や、ましてスポーツ科の生徒とは違って君は選ばれた側の人間なのだからどうかね?」


 うっぜぇ……それがこの教師への第一印象だった。去年からしつこいのなんのってくらい私を特進にスカウトしようとする。特進なんかに入ったら狭霧のストーキング……ではなく周辺警備及び監視業務が出来なくなる。


「お話はありがたいのですが私には生徒会の活動が有ります。ご期待頂いて申し訳ないのですが……」


「そうか。生徒会活動か……そう言えば昨年度も君がスポーツ科のお荷物を助けたんだったね……正直私としてはそのような無駄な活動で君のような優秀な人材を浪費するのはもったいないと思うのだよ。だからこちらの件を承諾してくれないか?」


 コイツ、近くに居る狭霧たちへの当てつけなのか?さらに隆杉女史もうんうんと頷いている始末。密室で教師しか居ないからといってやりたい放題。後ろに視線を感じる。あれは絶対に不安な顔をしているに違いない。なんなら泣きそうになってる可能性すらある。本当は鍵を返して終了の予定でしたが仕方ない。


「私をそこまで評価して頂いて大変恐縮です。桶川先生のような素晴らしい先生にここまで目をかけて頂き私も光栄です」


「そうか。やはり君はこちら側だな。生徒会には私から言って―――― 「ただ、良いでしょうか?」


「私はそうは思えません。スポーツ科の生徒の皆さんの活躍それに裏打ちされる努力や友情その先の希望に満ちた素晴らしい光景、それらが普通科の私たちや特進科の生徒の全てを後押ししてくれてますし、そんな彼ら、彼女らを私は同じ学院の仲間として誇りに思います」


 まだ何か言おうとしていた桶川の言葉を遮る。そもそも今までの狭霧の努力全否定は私の逆鱗を触れるどころかベタベタ触った上にトラの尻尾の上でダンスしている状態だ。それにいくら教師でも言って良い事と悪い事が有る。と、ここまで言ったが何を言いたいかと言うと『私の狭霧をイジメんなクソ教師』が今の私の心境である。


「た、確かに君の言う通り多少貢献はしてくれているが見なさい。そこの生徒たちのように隆杉先生や中野先生に迷惑をかけてしまう生徒もいる。学生の本分は何と言っても勉強だ。どうかね? 正論じゃあないかね?」


 そう言って狭霧たち三人を見て言った……言ってしまったな?狭霧をターゲットに完全に入れてしまったのなら見逃す事はしないし、絶対に引くわけには行かない。それは私に対しての宣戦布告と同義なのだから。


「なるほど。確かに彼女らに何らかのペナルティはあって然るべきだと思いますが、いま話しているのはスポーツ科の生徒全体の話のはず。それは少しよろしくない態度なのでは? いかがですか? 里中先生?」


「え? ああ……。確かにそうだ。一部の生徒を見て全体を語るのは少しマズイねえ……桶川くんそれは指導の範囲を越えているものかも知れないな」


 さっきから置物化していた学年主任をフル活用する手段に出る。この人は無駄に人格者だ。スポーツ科の生徒たちの試合などには可能な限り応援に行き、生徒たちを常に応援する熱血教師だ。私も生徒会業務で試合応援をしたり狭霧の試合を全試合コッソリ監視している時など必ず見かけるから、その善人ぶりは折り紙付きだ。だからその人の良さを最大限利用させてもらう。


「そう。それは人によっては残念ながら差別的に見えてしまいます。桶川先生も、そして隆杉先生も先ほどからそのように見えてしまい少し危惧してしまいます」


「えっ……私はそんなつもりじゃなくて彼女たちのことを……」


 まずはそっちの隆杉女史も盛大に巻き込ませてもらう、ついでに狭霧の方を確認するとこっちを心配そうに見ている。大丈夫もう負けない。君を背にして負けることはもう二度とあってはいけないのだから。彼女のをもう一度しっかり見ると今度は桶川に向き直る。


「ええ。その通りです。先生方は大変熱心に私たちを指導してくれてます。それには感謝しか有りません。で・す・が!! 少し行き過ぎている面も有るのでは? と、私は感じています。いかがですか? 里中先生?」


「う~む。そうだな!! 確かに春日井の言うことも一理ある。生徒個人も学科としても少し穿って見てしまう部分もあったかも知れない。ありがとう春日井副会長やはり君は素晴らしい優等生だ」


 そしてこの状況で一番有効な戦術は、その場で一番エライ人間を味方につけてヨイショする。この職員室で今一番立場が上なのは統括学年主任の里中先生だ。


「ですが学年主任!!」


 なおも諦めない教育熱心な桶川だが、私の期待通りなら学年主任はこの場を抑えると同時に正論側に回るはず、色んな意味で正論や希望と言った言葉に弱い人だ。だからさっきは希望だの努力や友情などと滅多に使わない言葉を使った。そんな正論よりも狭霧を泣かせない事が最優先事項なのだ。


「まあまあ、桶川くん。わが校の副会長は公正で平等でどんな生徒にも優しく接する生徒の鑑。まさに優等生!! 実に素晴らしいじゃないか」


「ですが……それとこれとは」


 あくまで食い下がる桶川だが、もう趨勢すうせいは決している。私は至極当たり前の正論しか吐いていない。普段から正論クソくらえと思っているが利用する時の爽快感はたまならない。正論とは正しいから常に強い。ゆえに人の心を正面から砕けてしまう。正論ほど強いものはこの世に存在しないのだ。ではそろそろ、この茶番を終わらせよう。狭霧、あと少しの辛抱ですよ。そう言って彼女をチラっと見ると彼女と視線が合った気がした。

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