第12話「デレはバレを呼ぶ?」
私はメガネの位置を直し改めて桶川に向かって少し笑みを浮かべて職員室の壁にかけられた我が校の理念と額縁に入った四文字熟語『文武両道』を指差し言い放った。
「桶川先生。私は勉学もスポーツも差別など無く、どちらも学院生活には必要であると思います。文武両道、それこそが我が校の理念でありこれを体現することが正しく、我々生徒への正論になるかと思いますが……いかがですか?」
「そ、それはだね……」
「ぷっ……あははは。もうやめとけ桶川ちゃん。副会長は折れねえみたいだ」
「山田先生!! あなたも二組の、特進の担任ならもっと生徒をですね!!」
そこで更に割って入ってきたのはテストの採点をしていたベテラン教師の山田先生だ。ほどよく引き締まった体で剣道部の顧問を務めている方で、生徒へ理解も有る人物で程よく厳しく程よく甘い、生徒からの人気もかなり高い教師と聞いている。
その人まで介入した以上ここで手打ちと言うことだろう。だけどダメ押しをさせてもらう。狭霧を傷つけたのだからこれくらいは言わせてもらいたい。
「それに私個人としても勉強だけでは息が詰まってしまうので色々と
「あ~あ。こりゃフラれたな桶川ちゃん。分かったよ副会長」
両手を上げて降参のポーズをした後に桶川を抑え、こっちを見てウィンクしてくる。チョイ悪オヤジと言う感じで、悔しいがカッコ良かった。そのウインクがもう行っても良いと言う合図のように見えた私は即座に動いた。
「ありがとうございます。山田先生。それと今ちょうど所用を思い出しまして中野先生いいでしょうか?」
「ええっ!? 今度は私なの!?」
いきなり話を振られてこの場で固まっていた体育教師に水を向けると露骨に驚いていた。横を見ると狭霧と他二名もこちらを見て次は何をするのかと見ている。今の職員室は見せ物が終わった後のような喧騒に包まれ混乱している。だから畳みかけるのは今しか無い。
「はい。実は前々から出されていた体育館の北側の扉の不具合についてなんですが」
そう言っていつも持っている生徒会への要望書を出す。これは万が一狭霧へのストーキング……ではなく、生徒会の活動が怪しまれないように常備しているもので三枚は用意している。もし発見された際はこれを見せてその場をしのぐ予定だったのだ。
「え? そんなの出したおぼえ……う~ん?」
あ、マズイこれは計算外だ。中野先生がここまで察しが悪いとは……迂闊だった。案外抜けてる人なのかも知れない。どうする?少し目をつぶって首筋を掻くと思考を落ち着かせる。そして次の一言を私がどうしようかと考えていると、間髪入れず予想外の方から声が入った。
「あっ!! あ、あれですよ!! 確か先週に出されてたやつです……」
「うん? ああっ!! あったわね。じゃ、じゃあ行きましょう。え~と副会長くんもお願い出来る?」
それは狭霧だった。小走りで近づいて来ると私の持っている要望書をそれらしく読み上げて中野先生とアイコンタクトをしている。とりあえず、こちらの意図に気付いてくれたので二人の話に合わせこの場から離脱を図る。
「はい先生。ではちょうどいいので、バスケ部の三人にも現状確認のために来て頂きたいので、もうよろしいでしょうか隆杉先生?」
「え、ええ……いい……わよ?」
若干この状況に置いてかれている隆杉先生がこのまま気付く前に勢いで逃げ出したいが、あくまで抵抗してくるもう一人の教師がいた。桶川だ。
「待ちたまえ。春日井くん生徒は三名も要らないだろ」
「いえいえ。大事です。多方面からの考察すっごい大事です」
「いや、それは横暴だと――「いいぞ~!! さっさと行け春日井!!」
ここでまたしても山田先生のアシストと言う名の、ただの羽交い絞めにされる桶川で笑いそうになるが私は静かに目礼する。このまま続きを見たい気がしないでもないが今はこの場からの離脱が最優先だ。
「山田先生~ありがとうございま~す。三人とも行くわよ!!」
「ちょっ、先生待って~」
そして根が素直なのだろうか、中野先生は堂々と逃げる宣言のようなお礼を言って退出。狭霧以外の女子生徒二名もスポーツ科らしく「ありがとうございました!!」と大声で逃げ出す始末だ。これじゃせっかくの私の作戦が台無しだと考えていると手が掴まれる。
「え? さぎ……竹之内さん?」
「ほら行こう!! シン!!」
「ああ……行こうっ!!」
狭霧はニコっと笑うと両手で手を掴み、そのまま引っ張られるようにして私たちは二人で職員室を後にする。「しつれいしました~」と言って退室する際に山田先生がニヤリと笑ったのが印象的で、そして何か口が動いていたが、よく聞こえなかった。
「あいつ笑うんだな暴力会計……いや無敵の副会長さま?……弱点見ぃ~つけた」
この言葉を聞けていれば後々あんな面倒な事態になることは無かったのかも知れないと私は後悔するのだが、それは少し未来の話だ。
◇
「ふぅ。ここまで来れば一安心か……」
「うん。てかシン、前より足早くなってない?」
「伊達に毎朝走ってませんよ? ご存知でしょう?」
「ま、そっか……今はもう私の方が早くなったと思ったのになぁ……ふふっ」
なぜか体育館前までダッシュで来てしまった私たちはそのまま息を整えながら笑い合っていた。しかもお互いにかなり近い距離、それもそのはず、まだ手はお互い握ったままなのだから。
「あ~そのぉ、副会長くん? いいかな」
「てかタケ!! あんたは早くこっち来な。さすがにマズ……イんじゃ……?」
「ウソ、狭霧が笑ってるし……そしてもっとレアな副会長の笑顔!?」
そしてバッチリ見られていた。中野先生や部員二名が明らかに動揺してこちらを見ていたので狭霧の手をそっと離し、少しだけ距離を置くように半歩後ろに下がる。そしてすかさずメガネをくいッと直して四人に向き直った。
「これは失礼。ボケっとしていて、竹之内さんに連れて来られてしまいました。それで中野先生どうかしましたか?」
「あっ……」
そして狭霧、手を離しただけでそんな悲しそうな顔をしないでくれ。
「いやさ、体育館の扉どうするかなって思ってね」
「赤音せんせ。それどう見ても副会長の言い訳じゃん。私でも分かったよ」
「一応ね? ほら副会長くん真面目だから案外本当かもって思ってさ」
そう言えばそのような詭弁で逃げ出したのだった。なので私は素早く体育館の扉を調べると一言。
「ふむ問題無いですね。ではこの要望書はこちらで処理しておきましょう」
「ぷっ。副会長そう言う系だったん? 案外悪いんだね。でも助かったよ」
「お気になさらずに私の方も中々スカウトが厳しくて、イラっとしてましてね」
「ねえシン? そんなにしつこいの? 特進のスカウト」
メガネの位置を直していると、いつの間にか狭霧が私の腕に抱き着くような形でガッシリと掴んでこっちを見ている。さすがバスケ部、素早いなとか感心しながらも鼓動が明らかに早くなる。柔らかい……ええい静まれ我が心臓よ。
「え、ええ。それと狭霧。昔から言ってますが男性にこんなにくっ付いたりすると危険だと言いましたよね? もう少し気を付けないと」
「え? だってこんなこと信矢にしかしないから大丈夫だよ? それに昔からずっ~とこんな感じでしょ?」
ピキッと何か空間にヒビの入る音がした……気がした。特に問題が…………有り過ぎる。最近過去を思い出す事が多いからこの距離間が普通だと勘違いしていたが、今の私たち二人は疎遠だった。それに学院内では一切交流が無い。それを一歩どころか百歩飛び越えて急接近されていたのを完全に忘れていた。腕の柔らかい双丘のせいで自制心が吹き飛んでいた。
「え? 二人って……知り合いだったの?」
「いえ、そういうわけではな――「幼馴染だよ!! 幼稚園からずーーーーーーっと一緒!!」くて……」
完全に私の言葉を遮り狭霧が言い切ってしまった。私の言葉が空しく廊下に響くがそんな事など気にしないで目の前の女性三人は水を得た魚の如く狭霧を質問攻めにし始めた。
「ちょっと!! タケ!! どう言う事よ!! そんなの初耳よ!! てかあんた恋バナするといつも先に帰るじゃない!!」
「恋バナって言うかぁ……私とシンはただの幼馴染だし~えへへ。あとシン。さっきは庇ってくれてありがと……凄い嬉しかった」
「いえっ、あ、あれは桶川先生の言い様が気に入らなかっただけで、決して狭霧の努力を全否定したような言動が許せなかったからでは……っ!?」
気付いた時には完全に失言していた。まだまだ精神が未熟と我が師やアニキ達に説教されそうだ。落ち着け……どんな戦いも冷静さを欠いたらその時点で敗北する。
「お、副会長が……デレた?」
「デレたって言うか……もしかしてこっちが素なの? 副会長くん?」
「赤音ちゃん気付いた? そうなんです!! 昔からすっごく優しいんですっ!! 私が泣いてたら三秒以内にいつも来てくれたしぃ~♪」
「そこら辺詳しく教えなさいよ!! タケ!! あんたがこんなノリノリなの珍しいんだから!! あと副会長との過去バナとかも詳しく!!」
そう言うと四人はなぜか円陣を組みだした。これが運動部特有のノリなのか……と、どうするかと狭霧の方を見ると彼女もこちらに少し振り返りイタズラが成功した時のような、とびきりの笑顔でこっちを見ていた。
まったく……相変わらず可愛いなぁ!!いけない落ち着け、落ち着くんだ。静まれ我が心。さて、狭霧が終わったら次は私の番だろう……この難局どう乗り切るべきかと私は思案を巡らせるのだった。
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