第10話「彼女の追憶と本当の想い」‐Side狭霧その1‐

 私、竹之内狭霧はヘタレである。別に自虐でも何でもなく本当に自分でもそう思う。幼稚園の時はすぐに男の子にからかわれて泣き出し、小学校に上がっても男子の前ではビクビクしていた。それも私がハーフだから皆が言う金髪だったからだ。容姿が少し違う、たったそれだけで簡単に人は他人を傷つける。


 四歳までは妹の霧華と一緒に公園の隅で遊んでいてもイジメられる日々。大人たちは他愛無い子供同士のじゃれ合いなどと思っていたけど私たち姉妹にとっては逃げ出したくなる状況だ。そんな状況にやっと両親が気付いて私たちは引っ越すことになった。そしてそこで私は運命の人に出会った。


「どうしましたか? 竹之内さん?」


「ううん。そっか生徒会ってそんな忙しいんだ」


「面倒な二人組にこき使われる日々ですよ」


 ため息をつきながらメガネをくいっと直すのが様になっている彼、春日井信矢が私の大事な幼馴染で今も初恋継続中の相手だ。高校生になって一気に背が伸びて、今は少し大人っぽくなってて今も優しくてカッコいい私だけの王子様…………だった人。


「そうなんだ。それじゃ、あの噂って……あ……」


「あ……ここでお別れですね」


 昔なら家の前まで一緒だったのに、今はこの住宅街と駅方面の別れ道までしか一緒に行けない。それは今の私たちの関係性を表してるようで、もう道は分かたれてしまった事を突きつけられたように強く感じる。


「う、うん。あのっ!!」


「なんですか?」


「何でもない……それじゃあバイバイ」


「はい。それでは車に気を付けて下さい。あと遅刻は厳禁ですよ? それでは!」


 また言えなかった。彼は、信矢はそれだけ言うと踵を返し反対方向に走って行った。私も急がなきゃいけないのは分かるけど、実はこの間の大会で少し足を痛めていて走りたく無かった……いやそれは言い訳だ。久しぶりに信矢と二人きりで話せて舞い上がった気分が今度は離れる寂しさでガクンと落ち込んで、走る元気が無くなっただけ。

 なんでこんな事になったんだろう?決まっている悪いのは全部自分だ。自分がヘタレで意地っ張りじゃなければ、ほんの少しだけでもあの時だけでも素直になれていたら私もシンも誰も傷つかなかったのに、それを壊したのは間違いなく私だ。だから私はまた思い出す一番楽しかったあの頃を回想する。



 私は引っ越して来た時も不安だった。ママとパパが言うには引っ越し先のお隣さんは三人家族で同い年の男の子がいると言う。当時の私は男の子は髪を引っ張ってきたり、泥だんごを投げて泣かせてくるとにかく嫌な存在だった。

 きっとその子も私をイジメて来るに違いない。私がいくらそう言っても両親は『あの人たちの子だからそれは無い』とか当時では理解出来なかったことを言っていた。だがそれは間違いなく真実だった。


「ここが新しいおうち?」


 まだ日本語が少し怪しい妹の霧華と手を繋いで新居を見ていたら隣の家から人が出て来た。キリっとした目つきのしっかりした女の人とガッシリとした体形の、だけど優しそうな顔の大人の男の人とその間に一人の男の子が歩いて来た。


「せんぱ~い!! これからお世話になりま~す!!」


「あんたは……相変わらず子供をリアムさんに任せっきりにしない!! まだ小さいんだから目を離すなと言ったでしょうが……」


「おう、リアム!! 一年ぶりくらいか少し痩せたか?」


「そう言うユーイチは太ったカナ? それともまた鍛えたのカ?」


 両親たちはシンママ以外は完全に私たち子どもを見てなかった。シンママだけは私たちとシンを交互に見て心配そうにしている。そしてシンは私たちを交互に見るとニコっとと笑って普通に挨拶をしてきた。


「はじめまして。かすがいしんやです。四歳です」


「たけのうちさぎり……四歳。こっちは妹のきりか」


「きりか」


「三人共挨拶出来たわね!! エライわ……引っ越し終わるまで二人はこっちの家で待っててもらうから来てくれる?」


 シンママが私たち子どもの目線に合わせて言って私と霧華の手を繋いでくれた。そしてこの時点で私たち姉妹は気付いてしまった。この人は自分のママよりしっかりしてると言う事に……。

 以後わたしたち姉妹の中でもママに相談する前にシンママに相談することが増えてしまってママが嫉妬することが増えたのもこの時の出来事が原因だったのかも知れない。


「信矢! 二人と遊んでられる? 少しだけお隣を見てくるから。おうちから絶っ対に出ないこと。良いわね?」


「うんっ!! 分かったママ!!」


 そしてシンと私たち姉妹だけになった。シンはすぐに子供用のコップを三つ用意するとオレンジジュースを入れて持ってきてくれた。


「どうぞっ!!」


「う、うん」


「あ~がと!」


 今思えば霧華の方がお礼も言えて第一印象は良かったのかも知れない。それでも当時の私は警戒心を崩さなかった。ただ思ったのは他の男の子とは違ってニヤニヤしておらずニコっと笑ってそこまで嫌悪感は無かった。その後、夜までに最低限の荷解きが終わったみたいでシンの家で夕ご飯だった。シンママのチーズハンバーグはとても美味しくて嫌な事を忘れられた。そして私の運命を変える大事件はそのすぐ後に起こった。


「幼稚園……行きたくないよぉ……」


「さぁーちゃん……。こんな感じで、先輩に相談したかったんですよぉ~」


 私は明後日から行く幼稚園に行きたくなかった。前の幼稚園でいい思い出はあまりない。こちらでもどうせ同じだと思ってグズった。子供の頃だから多少はしょうがないなんて思う人はイジメられた事のない人の言い分だ。本当に嫌だった。


「はぁ……信矢も去年から入園してるけどそんな事無かったわね?」


「うん。昨日もみんなで遊んだ~!!」


 目の前のシンは脳天気にみんなと遊んだなんて羨ましい事を言っていて、どうせ私は一生みんなの輪に入れないんだと、私はイジけて目の前のシンを見て不貞腐れていた。


「ど~せ。どこに行ってもバカにされる……」


 大人たちがあーだこーだ言ってるけど解決策が思い浮かばず少しの沈黙がリビングを支配していると唐突にシンが言った。


「ふ~ん。キレイなきんぱつなのになぁ?」


「きんぱつじゃない!! あっしゅぶろんどだもん!! パパと一緒の色だもん!」


 きんぱつ、金髪女、ガイジン、何回も何回も言われた事をやっぱりコイツも言うんだ。だから許せなかったコイツも結局同じだ。そう思っていつも男の子に言っていた事を言ってやった。


「えっ……?」


「あ……うぅ……」


 でもこの後は知っている。男の子に生意気だと言われて髪の毛を引っ張られる。そして頭に泥だんごをぶつけられて『黒になったら日本人な~』とか言われる。そう思っていた。当時の私は言ってから恐怖に身がすくんでいた。恐る恐る信矢の方を見ると一瞬キョトンとした顔をするとすぐに笑顔になった。


「ごめんね? アッシュブロンドって言うんだ。キレイな色だね。まるでお姫様みたいだ」


「え? ええっ!? ~~~っ!?」


 てっきり髪の毛を引っ張られると思ってプルプル震えていた私を見て、一言謝るとシンは髪の毛を軽く触って頭をポンポンと撫でた。私は初めての経験に、ただただ驚いた。たまに女の子で綺麗な髪と言って褒めてくれた子はいたけど男子では初めてだったし、頭をポンポンなんて両親以外にされたことなんて無かった。だから凄く恥ずかしくて顔を真っ赤にしてその日はそのまま家に帰った。そして私は家に帰って一言。


「しんやくんが一緒なら行く」


「Oh my God!!! 早い!! 早過ぎます神よ!! 娘はまだ四つデス!! それとも私は友人の息子に訴訟を起こす必要があるのデスか!?」


 なぜかパパが普段は使わない英語を使っていた。家ではママと話す時くらいにしか使わないのに、今思えば四歳の頃から心配してくれてたんだね。本当に心配症で優しいパパだ。


「んふふ~!! 信矢くんと一緒なら幼稚園行けるのね?」


「うん。いく!!」


 反対にママはだいぶお気楽な感じだった。この頃はママも凄く余裕があって優しかった。


「これは先輩と親戚になる日が近いかも知れないわね~!!」


「な、ナニを言ってるんだナオ!! 狭霧はまだ四歳ダ!!」


 両親が凄い事を言っているのだがこの時はまだ恋とかそう言う感情は無かった……はず。ただこの人なら味方だと漠然とした安心感があっただけだった。でも今思えばそれが始まりだったのかも知れない。そしてこの後から私のシン依存が始まった。


「しんやくんと一緒じゃなきゃ……やだ~!!!」


「えっ? 狭霧ちゃん? さぁーちゃん? どうしたの? ね?」


 私は幼稚園で『りす組』に入った。信矢は『きりん組』だった。それを聞いた私の当時のリアクションがこれだった。バスに乗るまで手を繋いで降りる時もシンのカバンを掴んでいたけど、幼稚園内で私は先生に連れられて教室に来た。そして即座に泣いた。完全なヘタレである。だけどここで終わりじゃなかった。


「狭霧ちゃん!! 大丈夫!! 何かあったの!?」


「しんやくん! わたしここいや~!!」


「落ち着いてね~狭霧ちゃ~ん?」(はっ、もう彼氏居るとか勝ち組かよ……てか私も彼氏欲しい……)


 私が泣いてわずか三秒でシンはやって来た。私にはその時点で完全に王子様にしか見えてなかったと思う。すぐに手を握ってシンの後ろに隠れる。それを見た瞬間の先生のイラっとした顔は今でも少しトラウマだ。やはり手のかかる子だから怒らせてしまったのだろうかとたまに反省する。


「せんせ~!! 狭霧ちゃんが落ち着くまでボクここに居ます!」


「え、でもそれは先生ちょっと困っちゃうな~」(え? 何ですか? シン君この子去年までこんな子だった? てか何よこの彼氏ムーブは……出来てるの? もうそう言う関係なの!?)


 イラッとした顔をした後に今度は先生の困惑した顔も印象的だった。その後はシンと私の粘り勝ちで私たちは一週間後には同じ組になった。後の二年間はずっと信矢にベッタリだった。呼び方もいつの間にか「シン」と「さぁーちゃん」になっていた。


「おい! しんや~!! たたかいごっこしようぜ!!」


「え? シンは私とおままごと……」


「うん!! ボクおままごと大好き!! ごめんね!!」


「オメーそれでも男かよ!!」


 シンは当時私が引っ越して来るまで仲の良かった子の誘いは私が一緒に遊べるかの基準で選んでいた。特に男子は私が怖がるので積極的に避けていた。一度シンに男子の方に行っても良いと言った時にシンは迷わず言った。


「え? ボクはさぁーちゃんと遊んでる時が一番楽しいから行かないよ」


「いいの? おままごととか人形遊びしかしないよ?」


「さぁーちゃんと一緒ならそれで良いよ!!」


 こんな感じで私たちが喋っているとたまに先生たちが死んだ魚のような目をしていたり、半泣きになったりして園内の様子が色々と大変だったらしい事を大きくなってから知った。そう言えば卒園の時には色んな先生から『幸せになるのよ』とか『私もいい恋するからね!』とか園児に言うセリフとは思えない言葉で送られた卒園式だった。そんな私たちの関係は小学校でも変わらなかった。


 ある日シンの家に遊びに行ってシンの部屋で待っていた時だった。シンがトイレに行っていて手持ち無沙汰だった私は何気なく机の上の開きっぱなしの雑誌に目を奪われた。


「何読んでたんだろ? バスケットボール特集……好きなのかな?」


 机の上に置いてあった雑誌はバスケットボール特集のページが開かれていた。そのまま次のページを開くと『女子バスケットボールの最高峰WNBAの選手特集』と、そこには書いてあった。


 その記事を読んで単純に私はカッコいいと思った。そして女子でもバスケって出来るのかと思って次の端を折ってあるページを開いた瞬間にピキッと表情が固まった。今までバスケをしていたプロ選手の水着グラビア特集だった。しかもみんな大胆な水着でそこに載っていた選手はみんな胸はふくよかだった。


「やっぱり……そう言う事なんだ……」


 自分の当時は成長していない胸に手を当てながら考える。シンはとにかく優しく同年代の男子とは比べものにならない程に紳士だ。だがそれでも欠点と言うか許せないところが有る。ぶっちゃけシンは巨乳好きだ。気付いてないとでも思っていただろうか。フフフ……。シンが私を見ている時また私も常にシンを見ているのよ。この間もガッツリ見てたし。


 シンは小さい頃に私のママに抱き着いた時とシンママに抱き着いた時の顔の幸福度が明らかに違った。ちなみに私のママは大きく、シンママは普通より少し小さい。これは禁句なので言ってはダメと真顔でシンに昔言われた。前に言ったら夕ご飯を抜きにされたらしい。


「ごめん。さぁーちゃんお待た……せ?」


「シン……そこ座って」


「はい……」


 何かを察したようで正座するシン。外ではシンの後ろに隠れていたけど家の中だと完全に立場は逆転していた。いや、そう言う風にシンが誘導していてくれたのに気づいて無かった。その後に必死にバスケの記事を見ていたと言い訳するシンに泣いて駄々をこねていると、シンママが入って来てうやむやになった。


 むしろシンママに雑誌の所在を聞かれシンパパのものだと判明して更に問題になったらしい。今思えばこの出来事がきっかけで私はバスケに興味を持ったんだと思う。


「いったぁ……シン! ごめんちょっとタイム」


「ちょっと擦りむいてるね!! 少し待ってて!!」


「うん。でも大丈夫。血も少ししか出てないし」


 私は入部から必死に努力して実力を付けて行った。でも上手くなれたのは横でシンが見てくれていたのが一番大きかったと思う。最初はレギュラーなんてなれなかったのに始めて二年、小学五年生時にはレギュラー入りも果たしこの日はクラブ活動後の自主練だった。もちろんシンと一緒だ。その時に私は少しバランスを崩して膝を擦りむいてしまった。


「うん。血は少ししか出てないけど少し砂利とか小石が付いてる。軽く流すね。消毒は……これならしない方がいいかも。でも一応絆創膏は貼っておくね。明日もう一回練習前に見せて」


「分かった。ありがと」


 シンは少し前から男バスでは補欠になっていた。最初はレギュラーだったのに徐々に実力が落ちたらしい。本人は周りが上手くなっただけと言っていたのだが明らかに原因は私だった。でもその時の私はそんなことにも気付いてなかった。


 それで少し見ない間になぜか応急処置とか栄養学とか明らかにスポーツやそれ以外の知識を身に着けていた。本当にシンは何でも出来る。バスケだって補欠になっただけでクラスの子より普通に上手いし勉強も出来る。幼馴染として私も鼻が高い。ちなみに私は勉強は普通だった。


「よし。たぶんこれで大丈夫。気になるなら明日の朝に言ってね?」


「分かった。うん。大丈夫そう……つぅ!?」


「さぁーちゃん!? 大丈夫!? 歩ける?」


「大丈夫……これくらい……やっぱ少し痛いかも肩貸して……って何してるの?」


 立ち上がろうとしたけど少し傷が深かったみたいで軽く痛む。打撲も有るみたいだった。片足でピョンピョン跳ねて帰るかそれともシンに肩を貸してもらおうとしたらシンは私の前に屈んで背中を向ける。


「家までおんぶするから乗って!」


「え……だってシン。今は私の方が身長大きいんだよ!?」


「大丈夫! 鍛えてるから。さぁ乗って!!」


 そう言って動かないのでシンの背中に体を預けるとすぐに立ち上がってシンは歩き出す。公園から家まで徒歩で三分もかからない筈だったのに私はシンの背中で眠ってしまった。だってこの背中は世界で一番安全だったから、出会ってからすぐに困ったらこの背中に隠れたし、身長が伸びてからもシンのすぐ後ろにサッと避難したこともあった。シンの背中その後ろは私の定位置だった。そしてあの悪夢の日が来た。


「ねえ!? 竹之内さんはカレシとか作らないの?」


「か、彼氏とかそんなんいらないし!!」


「そりゃそうよ。だって狭霧ちゃんは彼氏って言うかダンナ様が居るもんね~?」


「は? はぁ!? シンはそんなんじゃないし!! ちっ、違うし!!」


「べっつに春日井くんだなんて言ってないけど~?」


 あの日はその年のバレンタインデーの次の日の少し寒い日だった。ちなみにその年はシンママ&ママと一緒に作った手作りのチョコをちゃんとシンに渡して有頂天だった。私はクラスの女子二人と一緒にトイレの帰りにこんな感じで惚気ていたのだが教室で争う声が聞こえた。


「訂正しろよ!! 見澤ァ!!」


「じゃあお前コクれよ!! そうすりゃ分かんだろ?」


「なっ……何でそんなこと……」


「ビビッてんじゃねえか出来ねえんだろ!!」


「そーだそーだ!! 竹之内ダンナビビってる~!?」


 急いで教室に戻るとシンが男子三人と対峙していた。その内の一人はクラスで特に乱暴な男子の筆頭で女子からウザがられる男子のナンバーワンの見澤だった。私にも未だに金髪とか平気で言ってくる嫌な奴だったけどシンの後ろに隠れたり無視したり後は女子の友達に庇ってもらったりしてやり過ごしていた。

 そしてシンも無難にかわしていたはずなのにどうしてこんな事を?と、当時の私は疑問を持っていたその当時のシンは喧嘩は苦手で滅多に怒らなかったからだ。


「分かったよ。さぁーちゃん……いや狭霧!!ボクとつき合ってくっだっさぁいっ!!」


「ふぇっ!? ええええええええ!!」


 告白だった。教室に戻っていきなりの告白だった。さらに噛んでた。でも私の心は割と冷静だった。なぜなら昨日の夜も告白されてたからだ。何を隠そうシンからは過去に三回告白されてる。今日で四回目だ。告白の言葉が『結婚して下さい』から『つき合って』に変わってるのが気になったがいつものように『はい。お嫁さんにして下さい。』と言って終わりにするはずだった……。


 だがそれはそこが家の中ならばの話だ。ママや妹それにシンママとかに『お似合いだね~!』とか言われて毎年終わるはずの儀式。だけどここは教室だった。途端に冷や汗が出る。ここで私の悪い癖が出てしまった。


「わたっ、私とシンはそう言うんじゃないし!! ただの幼馴染だし!!」


「そうよ! 男子!! いい加減にしなさいよっ!!」


「えっ? あの二人違うんだ? いが~い!!」


周りから冷やかしの声やからかい、それに擁護の声などで教室中が一斉に騒がしくなった。


「ごめん。信矢とはそう言うんじゃないから。でも……」


「ほらっ!! どうだ! 見澤! さぁーちゃんは断った! さっき言った『金髪ビッチ』と言ったことを訂正しろ!! そして謝れよ!!」


 すぐに私の言葉を遮ってシンは叫んだ。やっぱり私のために怒ってくれたんだ。帰ったらお礼に昨日の余りのチョコで作ったチョコチップクッキーあげようっと、その時は気楽に考えていた。

 だけど私もそしてシンもこの見澤が後に転校させられるようなクズであることを認識してなかった。


「お、おう……ってお前! フラれたのに偉そうにすんなよ!! そうだよ!! お前、竹之内にフラれたんじゃねえか!! ギャハハハハハ!!」


「そうじゃん!! お前もうダンナじゃねえじゃん!! あはははははは!!」


「離婚だ離婚~!! ギャハハハハハ!!」


「は? 何を……言って……。今はその話じゃ……」


 この時のシンは純粋だったし、私は持ち前のヘタレが全開で頭が真っ白になっていた。ウソでもシンを振ってしまったんだ。焦るけど訂正の言葉が出ない。そしてシンはいつも真っすぐだったのでこう言う屁理屈には弱かった。


「ふ~られた~ふ~られた~!!」


「春日井の奴ふられた~!!」


「フラれた春日井は今日からカスな~!!お前あだ名カスだからぁ!!」


 後には三人の嘲笑とクラスの居心地の悪さだけが残った。どんな形であれシンは私にフラれた。私がふってしまった。それがクラス中に広がって、次の日からシンは度々からかわれて最後はイジメに発展していった。私はそれを見て見ぬふりしか出来なかった。


 最初はシンに口止めされたから黙ってた。でも最終的にボロボロのシンを見て過去の幼稚園の時にイジメられていた自分を思い出すと怖くて助けられなかった。何が幼馴染だ。困った時に一番辛い時に助けてくれた一番大好きな人を助けられない情けない人間それが私だった。


「どうしよう……私のせいだ。私が……」


「狭霧。パパに話してくれないカ?最近様子が変ダ。何ガあった?」


「そ、それは……」


 最後のチャンスなのに言えなかった。その三日後に担任の先生がシンのイジメの証拠と現場を押さえ全てが発覚した。そしてシンママとうちのパパが真っ先に動いた。実はパパの職業は国際弁護士で日本でのライセンスを持っている。


 担任の先生とパパは連携してイジメの主犯五人とその家族を徹底的に追求した。最後は五人の両親に脅迫紛いの事までしたそうで、かなり無茶をしたらしい。これで解決して私たちの関係も元通り……にはならなかった。


 この時にはもう私はシンと向かい合えなくなってしまった。シンは何度も私に話しかけてくれたのに申し訳無さと、情けなさで私はシンの顔をまともに見れなくなってしまった。本当に弱くて情けない私。それに私はあの時中学時代にもっとシンに酷いことを……自分のあの醜い感情のせいで……。


「痛いよ……シン……心も、体も、痛いよ……」


 今住んでいるアパートの前で弱音を吐くけど家の中では絶対に言わない。だって母さんが悲しむから。パパと喧嘩して別居してまで私の希望に応えてくれた母さんに悪いから。だから私は元気にただいまと言って家に入った。

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