第3話「トラブルは向こうからやってくる」


「確認しました。ふふっ。大丈夫。私の部下に指示を無視してあなたを尾行した者はいませんでした」


 七海先輩は開口一番、不穏なことを言った。『私の部下に』と言った。つまりそれ以外に尾行している人間がいたと言う事実を暗に認めたことになる。


「その言い方では先輩の部下の人以外では居たんですね?」


「さて、それはノーコメントです。ところで春日井くんは先ほど気配と言ってましたけど相変わらずあの武闘派の不良連中やその仲間や関係者ともお付き合いをされているのですか?」


「いえ、最近はたまにスマホで連絡を取り合ったりしてますけど直接は会ってません。向こうから拒否されてますから。師とは月に二度ほどお会いしてます」


 上手くはぐらかされたが進学してからあの人たちとは、たまに街ですれ違う事はあっても互いに不干渉だ。だがそれと今回の気配の件はいったい何の関係が有るのだろうか?その疑問が表情に出てしまったのか七海先輩が更にニヤニヤして話を続ける。


「私や仁人様の気配はそれこそ壁一枚隔てた場合でも察知する事が可能ですよね? あなたのセンサーではなのですから。で・す・が、それが他人では無いのなら?」


「常に気を張っていたらどんな達人でも精神を摩耗します。それこそ家族とか四六時中一緒に居ますから……年中探知をしてたら疲れますよ。だから無暗に気配を察知しないようにしてます。そう言う訓練もしましたので」


「あぁ……そう言う事か七海!! 面白い……なるほどな!! やはり信矢、君は素晴らしい!! 無意識に……やはりエスに到達するには……」


 なぜかドクターには分かったようだ。さすが天才、どんなに頑張ってもその頂きに到達出来ない私からしたら羨ましい限りだ。私のような秀才の皮をかぶった器用貧乏には一生到達出来ない境地だ。


「ドクター。分かったのなら、ご教授してくれませんか先輩方? 非才な私にも分かり易くお願いしたいのですが?」


「ふふっ。これはそういう問題じゃないわ。少し聞けば普通の人も分かるようなお話よ。ヒントはアナタ自身の発言、私たちのような親密な者との気配分けがアナタは出来る。私に言えるのはそれだけよ」


 イタズラっぽく笑う七海先輩だが私の頭の中には疑問符しか出てこない。その後はドクターの実験と問診さらには簡単なアンケートなどに答えてその日はお役御免になったので大人しく家に帰ることになった……のだが、今日のイベントはまだ終わって無かった。


 ◇


「やめて下さいぃ~」


「いやいや俺ら少しカンパして欲しいだけだから! なぁ!!」


「そうそっ頼むよ恵まれない俺らにカンパしろよなぁ!! 特進さんよぉ!!」


 我が校は県内一のマンモス校だとは言った。目の前ではその負の面が出ている。普通の生徒や良い子ちゃんばかりではなく当然ながら不良またはそれに類する者も入学はしているのだ。


「はぁ……最悪だ」


 この涼学はそれなりに偏差値は高いのだが如何せんマンモス校なので学生の幅が広い、そしてある例外を除けばそのような人間本物の不良は初年度つまり一年生時に退学処分になるか、キチンとした指導の下に更生するかの二択になる。彼らを見ると全員ネクタイの色は青のラインの入った二年生。つまり彼らの実態は……。


「ふぅ……イキった不良モドキですか」


 私のため息とつぶやきだけが静かな昇降口に響いた。つまり彼らは、その本物の不良たちが居なくなった後にその連中のパシリもしくは、下っ端だった中途半端な人間が学園内だけでマイルドな不良となってイキイキとすることがある。目の前の彼らは正にそれだった。


 思いのほか自分の呟きが廊下に反響して内心焦るがここは冷静に、まずは相手を見てみよう。取り囲んでいる人数は三人で脅されている側は一人ちょうど昇降口側と廊下側からの死角となる隅に追い詰められているようだ。運が良いのか悪いのかその死角に一番近い場所の下駄箱が私のクラスのものだった。


「なぁ~んか今聞こえなかったぁ? りょうく~ん?」


「おう聞こえたな?大地ぃ~? お前は?」


「なんか調子こいたメガネがこっち見てほざいてんだけどさぁ!!」


 どうすべきか本気で頭を抱えたくなった。まず彼らの容姿なのだが中肉中背の二人に少し肥満気味が一人で、それぞれ顔にはタトゥーなんて掘っておらず、代わりに剥がれかかった死神のシールを張り全員例外無く染めたであろう金髪。狭霧のあの美しいアッシュブロンドの輝きを見た後のコイツらの醜いソレは本当に目に毒で沸点が軽く臨界を迎えそうだ。


「校内でのカツアゲ等の行為は止めてもらえないでしょうか?」


 さきほど生徒会室で外した『副会長』と書かれている腕章をカバンから取り出そうとした瞬間に明らかな敵意を感じる。来る……と感じる前に体が反射的に動き相手の拳をかわして、そのまま交差するように避ける。交錯した一瞬、相手のキョトンとした顔がハッキリと見えた。


「いきなり暴力は止めませんか? 平和的な解決が望ましいのですが」


「えっ!? はっ!? 意味分かんねえんだよ!! メガネェ!!」


 説得を試みるも不可能と判断し構える。相手は完全に動揺し、中段の蹴り……を繰り出そうとして中途半端に足が上がって変な態勢での蹴りの体勢になっていて。だから力も入らないので勢いも無く結論から言って遅過ぎた。単純な素人の喧嘩キックだろう。

 これが強者のケンカなら蹴りならばもっと敵意がはっきりと出て気迫だけで相手を萎縮いしゅくさせ恐怖を与える場合もある。だが目の前の相手はそれと真逆で非常に弱い敵意しか感じない、つまり相手が弱過ぎる。この手の手合いは単純な制圧術が一番だと判断しすぐに行動に移す。


「仕方ありませんね……少々痛いですよ?」


「は? がああああ!! いてえ!! 離せ!! 離せよ!!」


 相手の動きに合わせ半身に構えたまま間合いを図り、相手の重心を崩すように軽く当身をすると、そのまま接近して後は手首を掴みそのまま人差し指を捻り上げる。単純に相手の体勢を崩した後に、指を関節とは逆側に捻るだけの簡単なお仕事だ。これだけで人は簡単に痛みを覚えて怯んでしまう。


「簡単な護身術の一種ですよっ……はぁっ!!」


「ごっ……んごっ!! ゴホッゴホッ!!」


 そのまま動きの鈍った相手から少し離れ上腹部を掌底で突く。くぐもった声と背後で倒れる音を聞き、これで一人は無力化出来たと判断しつつ戦闘態勢は決して解かない。今の相手は明らかに弱かったから何とか対処できた。だがもう一人の実力はどうか分からない。


 そのまま背後を確認する前に敵意が来た。後ろのもう一人は大声を上げて殴りかかって来ていた。戦闘時に大声を上げるのは悪い事では無い、むしろ自らを鼓舞こぶしたり体の緊張を解いたり又は相手を威圧したりなど様々な場面で使えたりもするので有効だ。


「うおりゃああああああああ!!」


「っ!? いきなりですねっ!?」


 だが不意打ちを仕掛けるのであればそれは失策だ。背後を見る事も無く肘鉄を入れてグリッと相手の腹を抉りながら、その勢いのままに腕を振り上げ裏拳を相手の顔面に入れる。感触から相手の顔面に直撃したようだ。手加減はしたが思った以上に力が入り過ぎてしまって、怪我などさせて無いかが少し不安になるが、これで相手は少なくとも怯んだはずだ。


「ごはっ……げほっ…なんらぁなんだぁ? いへえよいてぇよ……いへえよぉいてぇよ~」


「ふぅ……。背後から襲うのは頂けませんね。思わず肘を使ってしまいました。割としっかり入ったので胸と、裏拳が恐らくどちらかの頬に入ってしまったと思うのですが……口内に傷や歯などに欠損は有りませんか?」


 二人目も戦意喪失しているが血など出ていないのを確認し、そのまま軽くトンと肩を押すと尻もちをついてその場で固まった。あと一人だと気配の方を見ると被害者と一緒にこちらをポカンと見ているようなので、今度こそカバンから生徒会副会長の腕章を取り出し左腕に付ける。学外に出る時は外すようにしていたので先ほどしまっていたのだ。


「生徒会副会長の春日井信矢です。不意の出来事のために止む無く制圧してしまいました。校内でのカツアゲ等の校内風紀に違反するような行為は禁止されています。もちろん学外でもですがね? お分かり頂けましたか?」


 カクカクと首を上下に振る不良モドキとなぜか被害者の生徒までこちらを畏怖の目で見てくる。血も出てない上に吐しゃ物も無いので今回はそこまで恐い思いをさせては居ないはずなのだが……。


「生徒会……副会長? 聞いてねえぞ……生徒会でヤベー奴ってのは一年の『暴力会計』だけじゃねえのかよぉ……」


 観念した最後の一人がポツリと呟いた。会計と言えば恐らく今も本当の生徒会室で必死に事務作業しつつ、顧問の教師と話し合っている吉川さんだろうが、彼女はそんな暴力的な生徒ではない。


「生徒会の会計は吉川さんと言う一年生の女子なのですが? さすがに何かの間違いだと思いますよ?」


「いいや!! 俺は去年卒業した空手部の先輩にヤベー会計の一年にしめられた上に退学寸前まで追い込まれたから、お前らは退学したくなきゃ絶対に手を出すなって言われたからバレないようににコッソリやってたんだ!!」


「あぁ……もしかして長谷川先輩ですか? その方は? 空手部を怪我で途中で引退された」


「そう、はっせーさんだよ!! お前も知ってるだろ? 全国に出場出来そうだったくらい強かったんだ。俺らも去年は肩身が狭かったから色々と教えてくれたんだ」


 その人は中々の不良っぷりを発揮された人で、私が昨年のちょうどこの時期に更生に協力した人だ。本来は空手部の副将をしていた人だったがハードトレーニングが原因で怪我をしてしまい、そのまま怪我が原因で空手が出来なくなり荒れたと言う割と真っ当な理由で不良になった人だ。


 最終的にその人と空手の真剣勝負をして何とか納得してもらった。去年の大変な出来事の一つだ。しかし、あの時は私が負けたら退学すると言うふざけた条件だったはず。辞めたがりは自分だった筈なのに、彼らには歪曲して伝えたようだ。今度会ったら一度文句を言わせてもらおう。


「そのヤベー会計の一年とは誰か分かりませんが昨年、会計を担当していた頃に長谷川先輩の更生のために試合をさせてもらったのは私です。ちなみに昨年度の二月の信任式で今年度からの副会長になりました。一応は朝の生徒集会で発表はされたのですが?」


「マジかよ……」


「じゃあ、あんたが噂の暴力会計……さん?」


「あ、じゃあ俺らたぶんその集会はサボってたわ」


「はぁ……。明日も朝から生徒集会が有るのでサボらないようお願いします。もう良いですよ。どうぞお帰りはあちらからです」


 昇降口を指さして三人にそう言うと『どうもすいやせんでした~』と揃ってダッシュで逃げて行く。逃げ足は中々なものでやはり彼らも元スポーツ特待生なのだろうか?この学院はよほどの事が無ければ退学などはさせずに『普通科』に編入されそこで過ごすことになる。もしくは学業が優秀だった場合は今回被害に遭っていた彼のような特別選抜進学科の通称『特進科』に行くことも出来る。


「あのぉ……僕も、もういいかな?」


「あ、申し訳ありません。すっかり忘れてました。大丈夫ですか?」


「うん。お陰様でね。本当にありがとう」


 特進科の彼も大丈夫なようだし、このまま流れで解散しようと考えた時にまた一瞬だけ気配を感じた。それは廊下の向こう側から来る集団の気配のようだ。こんな現場を見られたら色々と問題も生じるだろうし、この場はすぐに離れた方が良いだろう。私はすぐに彼を促し下校の準備に入った。

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