未筆の恋
日付が変わると同時に、私のスマートフォンが振動する。
また来た――これで十日連続。
今時誰も使わない携帯電話会社のキャリアメールだ。どうせ誰も送ってこないからと思って通知設定をいじっていないため、こうして振動で知らせてくる。
署名は当然ない。表示されるのはメールアドレスだけ。件名をわざわざ書く気はないらしい。
内容は本当にくだらない。だらだらと「つらい」だの「泣きたい」だの「死にたい」だのといった言葉が連なっている。
もういいだろ。私はふつふつと湧き上がる怒りで叫び出しそうになる。
これは遺書だ。
十年前に死んだ、彼女の遺書。
最初にこのメールが届いた時、私はただただ気分を害してメールアプリを閉じた。メールをわざわざ削除する気は起こらなかったが、迷惑メールをいちいち逐一削除する人間のほうが少数派だろう。
二日目。前日と同じ午前0時に届いたメールの内容を読んで、私はまた苛立つ。
三日目。ここでなぜキャリアメールで送られてくるのかという疑問が生じた。
送り主のメールアドレスを読んで、これは悪ふざけの好きな学生が用いそうなものだと察しがつく。と言っても、十年前のわずかに残った感覚だが。
私はそこで高校の卒業文集に挟まった藁半紙の存在を思い出した。引っ張り出すと今にも破れそうなまでに劣化していたが、内容を読むことはできた。
これは高校一年生の時に、クラスで作成した連絡網だった。当時はまだ連絡手段としては携帯電話のメールが多数派を占めており、この連絡網にも携帯電話番号とメールアドレス、それに住所までが書かれている。当時でもすでに個人情報の扱いには慎重になってきており、学校側には内緒で生徒たちだけで用いるために作成した代物だった。
暗記したメールアドレスを頭に浮かべながら、その藁半紙に目を走らせていく。
あった。
愕然とするよりは、納得のほうが勝った。
このメールアドレスを用いていた生徒。彼女の名前は卒業文集には出てこない。卒業アルバムにも彼女の姿は写っていない。
高校二年生の春、彼女は死んだ。ありきたりな自殺だった。
十通目が届いた時に起こす行動は、あらかじめ決めてあった。連絡網を取り出し、彼女の携帯電話番号をスマートフォンに打ち込む。
コール音。彼女の携帯電話番号は、まだ生きている。
「はい」
電話越しの声を聞いて、私は少し震えた。かつての彼女の声とそっくりだったからだ。
「妹さんかな」
私は単純な推理を口にする。
「はい」
相手はただ力なく、肯定した。
相手の話によれば、彼女が自殺したのち、まだ携帯電話を持っていなかった妹がその契約を引き継ぐこととなった。妹は携帯電話会社のややこしい契約内容に疎い両親を騙くらかし、機種こそ変更したものの、彼女の電話番号とメールアドレスはそのままで契約した。
そして彼女の使っていた携帯電話本体は、ずっと妹の机の中に仕舞われることとなった。
きっかけはたまたま妹が彼女の携帯電話を取りだしたため。端末ロックのかかっていない携帯電話の中身は簡単に見ることができた。
そこで未送信メールのフォルダが膨れ上がっていることに気づく。中身を見ると彼女の書いた遺書が山のように出てきた、というわけだ。
「届いてよかった」
最後にそう言って、電話は切れた。
翌日、午前0時。私のキャリアメールの未読通知が99を超えていた。
彼女の遺書が、まとめて送りつけられてきていた。もう一度電話をかけてみるが、現在使われていないというアナウンス音が流れる。メールに返信しようとしたが、使われていないアドレスと送信を拒否される。
連絡網に書かれた彼女の家の住所に足を向けてみたが、そこにはコンビニが建っていた。
私はただ、たんまりと積まれた彼女の遺書を読みふけることしかできなかった。中には時折彼女の生活について言及するものもあり、弟について謝る内容がいくつかあったが、妹という存在にはまったく言及がなかった。
彼女は誰かに恋をしていた。誰かはわからない。死にたいという欲求の中に垣間見えるその恋を、私は追体験していく。
なぜこの遺書が私に届いたのか。
すべてを読み終えたら、わかるだろうか。
未読通知はまだ99を超えている。
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