不可視の血盟

 私は最強だった。

 ――そう、過去形である。いや、過去形になるかもしれないという、漠然よりは確かな観測と言ったところか。

 このふざけたデスゲームが始まって一週間。囚われたクラスの中で、生き残ったのは私を含めて四人。

 そのうち三人は、現在チームを組んで行動している。

 当然である。ゲーム開始と同時に私に与えられた戯法げほうはほかの参加者たちより明確に抜きん出ていた。

 最後に生き残るは一人だけ。参加者には全員、戯法と呼ばれる特殊能力が付与される。最後の一人になるまで、この異界から抜け出すことはできない。

 三つだけの簡単な、そして悪質なルール。

 始まりを告げたのは、私による手近な人間の殺害であった。私は自分の戯法がどんなものかを確認しようとしただけだったのだが、あまりに強力な戯法は発動した途端に隣に立っていた哀れなクラスメートを消滅させた。

 それがまずパニックを起こし、戯法を暴走させた生徒たちによって自分の戯法も確かめられぬままクラスの半分が死んだ。続いて私への徹底的な排斥が既定路線として決定づけられた。

 仕方ない。私の不注意のせいで、当惑の中から一気に殺戮の嵐が巻き起こったのだ。もともとクラスでの人付き合いの少なかった私に弁明の機会は与えられず、私は最低最悪最強のターゲットとしてほかの全員から狙われることとなった。

 無論、私が逃走したり、襲ってきたり恭順の態度を見せてきた相手を指先一つで吹っ飛ばしたりしている間に、ほかのクラスメートたちの間でも殺し合いは頻繁に巻き起こっていた。一人明確な敵を作ったところで、最終的に生き残れるのは一人だけ。ならばライバルは蹴落としてなんぼというわけだ。

 そうして激闘を勝ち抜き、いま私を打倒するためにチームを組んでいる三人。彼女たちはもともと仲がよかったり、同じグループに属していたわけでもない。ただ私を倒すという目的のために、手を取り合って戦い続けてきた。

 彼女たちとの交戦は三度にわたったが、戯法の扱い方は明らかに熟練されており、また戦うたびに洗練されていった。これまで――残り四人になるまでの戦いの中で、彼女たちが何度も死線を潜り抜け、己の技量を研鑽し続けてきた結果と言えた。

 英子、尾藤、椎名の三人が私を取り囲んでいることにはもう気付いていた。

 私の戯法――〝滅血葬ブルート・トート〟の発動には、直接相手に触れなければならない。これまでの戦いで、互いの手の内はとっく割れている。だから私に直接触れられまで接近してくる者はいないだろう。狙うのは当然、物陰からの不意打ち。

 ここは全く人の存在しない異界であるが、建物や地形は私たちの暮らしていた町とそっくり同じである。私がいたのは、町の中心にある開けた公園の中央。昔はここでよく英子とかくれんぼをして、私が見つけられずに泣き出すと、英子が慌てて飛び出してきた。

 私の頬を、弾丸と同等の速度で撃ち出された英子の人差し指が掠める。

 英子の戯法、〝魂部矢輪コンベアリング〟。マズルフラッシュ代わりの血飛沫を捜しているうちに、中指、薬指が矢継ぎ早に撃ち込まれる。直撃すれば風穴が空くほどまで威力を増している。最初のころは爪を撃つだけで痛みに泣き叫んでいた英子が、ここまで冷徹な能力者となったことに、恐怖と、大きな安堵を覚える。

 自分の指を切り離して撃ち出す際に、英子は盛大に血飛沫を上げる。そこだけは最初から変わっていない。だから私の戯法とは無関係に血飛沫が上がっている地点を見つけ出せば、そこに英子が隠れている。

 昔とは違う。私は研ぎ澄まされた目ですぐさま英子の隠れている場所を見抜いた。

 次弾は撃ってこない。〝魂部矢輪コンベアリング〟は自身の身体を弾丸として射出する都合、瞬間的な消耗も著しい。だが放っておけばまたすぐに攻撃に戻ってくる。射出した部位は、かなりの速度で元通りに再生する。今のような「指鉄砲」だけではなく、身体のありとあらゆる部位が英子の弾倉だ。

 始末するならやはり英子からだが――そう簡単に通らせてくれる相手ではない。

 私が咄嗟に飛び退いた芝生の地面がべこんと大きく抉れる。

 尾藤の〝大食漢ダイショッカー〟の厄介なところは、戯法の行使が不可視であるところだ。だがそのため、尾藤の攻撃範囲は狭く、〝大食漢ダイショッカー〟を直接私に食らわせるためには、すぐ目の前にまで姿を現さなければならない。

「絶島――今日こそ決着つけるぞ」

 もともと粗暴だった尾藤の口調は、この熾烈な戦いを経て聞く者を恫喝するためだけに最適化されたような威圧感を常に纏うようになった。

 私は両手を大きく横に広げ、尾藤に触れようと大きく身体を翻す。偶然でも身体が接触さえすれば、〝滅血葬ブルート・トート〟の掌中に入る。

「雑なんだよ! オメーは!」

 尾藤の言葉からは明確な怒りが感じられた。たまたま最強の戯法を与えられた私は、当然大した苦労もなく今日まで生き残った。

 尾藤の〝大食漢ダイショッカー〟が唸りを上げる。手の内は割れている。〝大食漢ダイショッカー〟とは捻じ曲げられた空気を触手として使役する戯法だ。〝大食漢ダイショッカー〟が直接振り下ろされる時に巻き起こる風圧は、いま見た通り地面を抉ってしまうほどの凄絶さを誇る。だがそれだけのエネルギーのコントロールは、今日まで生き残った尾藤にとっても、まだ困難を極める。

 空気の触手が私の右腕を掠めた。ごっそりと肉が持っていかれ、気圧に巻かれて激しく血が撒き散らされる。

 狙い通りだ。

 私の身体から溢れ出た血液は、明確な指向性を持って尾藤に張りつく。

滅血葬ブルート・トート〟の能力は単純明快。血液の支配。尾藤たちはその発動条件が私による直接接触だと思っているし、事実今日まで私はその方法でしかこの戯法を使ってこなかった。なぜなら、触れた時点で勝負が着く。〝滅血葬ブルート・トート〟によって、触れた相手の血流を止めてしまえば、たちまち相手は死ぬ。もっと早く決着をつけたければ、相手の体内の血液を刃物の形に変えて体内から串刺しにしてしまえばいい。

 だが、〝滅血葬ブルート・トート〟が支配するのは他者の血液だけではない。私自身の血液も、自在に操ることができる。

 尾藤の肌に付着した私の血液が、針のようになって皮膚に無数の穴を穿つ。尾藤がぎゃっと悲鳴を上げて見当違いの方角に仰け反る。いまさら冷静な判断ができたところで手遅れだが、そうやってわけもわからず死ぬほうが、お前らしいよ。

 私の血液と尾藤の血液が触れ合い、血の経路パスが開通する。〝滅血葬ブルート・トート〟は完全に尾藤を掌握し、速やかに全身の血の流れを堰き止める。尾藤は溺れる魚のように口をぱくぱくと開いてのたうち、絶命した。

「――なるほど。自分の血液も操作できるのね」

 私の足下に約500ミリリットルの水が撒かれ、瞬時に凄まじい熱波と、約1700倍に膨れ上がったことによる衝撃波が私の身体を襲う。

「絶島さん。奥の手を明かしてくれたおかげで、逆に希望が見えたわ」

 ペットボトルを手にした椎名が冷徹な目で距離をとる。

 水の三態を自在に操ることができる椎名の〝手赤冷ハンドレッド・ゼロ〟は、確かに私の天敵となる戯法だった。〝滅血葬ブルート・トート〟はあくまで「血液」を支配する戯法である。血液とはつまり液体でなければ戯法に悖ることとなる。そして血液の大部分は水分。椎名の能力圏内に入れば、まちまち蒸発させられてしまう。

 だが――椎名の〝手赤冷ハンドレッド・ゼロ〟の発動条件は私ほど容易くはないはずだ。でなければ、私と同じように触れた相手を即死させることができたはず。体内の水分を全て気体に変えてしまえれば、あっという間に爆殺することができる。

 椎名はそんな目立った行動には出ていない。発動条件は、間違いなく椎名が複数携帯しているペットボトル。その内部に入れた水にしか、〝手赤冷ハンドレッド・ゼロ〟の効果は及ばない。

 椎名は空になったペットボトルを投げ捨て、次のペットボトルを取り出す。いずれにせよ、水蒸気爆発の直撃を食らえばただではすまない。第一、接近戦では私の戯法が圧倒的優位にたてる。おあつらえむきに、ちょうど私は流血しており、操れる血液には困らない。

 私は腕から垂れ落ちる血液に指向性を与え、槍のように形を整えて椎名に向けて放つ。触れた時点で〝滅血葬ブルート・トート〟で椎名の血液を掌握できる。

 だが、血の槍は椎名に触れる前に、激しい音を立てて蒸発した。

「驚いているようね」

 椎名はその場を一歩も動かない。同様に私も動かずにいた。次の血を使った攻撃を放つべきか――だが自分の血液を用いる場合の単純な落とし穴を意識してしまう。失血死――あまりに自分の血液を放てば、待っているのはなんとも間抜けな最期である。

「私の〝手赤冷ハンドレッド・ゼロ〟の能力が及ぶのは、『私が視認している500ミリリットル以下の水』――そして私は、あなたが撃ってくる血を決して見逃さない。この距離なら、なおさらね」

 なぜここにきて自分から手の内を明かす――私の意識が椎名に向いていることが、この女の狙いなのだと気付いた時にはもう遅かった。

 私の胸を、英子の腕が貫いていた。

滅血葬ブルート・トート〟による止血――などという問題ではない。砲弾と化した少女の腕が一本、心臓を貫いているのだ。どうあっても助からない。

 私は最強だった。

 だから英子を守ろうとした。けれどあの子は、ジェノサイドの発端となった私を、中学でグループが別れた時から変わらない態度で拒絶した。

 だから私は、自分の血液をそっと英子の体内に忍び込ませておいた。血液のパスがつながり、私は英子の血液をずっと掌握していた。

 英子が〝魂部矢輪コンベアリング〟で身体の部位を失い血を流すたび、私は気付かれないように〝滅血葬ブルート・トート〟で止血していた。英子は自分の戯法が使用するたびに大量の血液を失う代物だと気付くことはなかった。私による止血によって英子は戯法を何度も使用することができるようになっていき、練度も飛躍的に上がっていった。

 だから――もう少し、意識よもってくれ――。

「〝滅血葬ブルート・トート〟……!」

「無駄なあがきを」

 椎名が冷笑するが、お前もまた見当違いをしている。私は英子の止血のために最後の力を使っている。英子の腕が生え揃うまで、なんとしてでも意識をもたせる。

 勝てよ、英子。お前は強くなった。本来ならば失血死したはずのところを私が押しとどめ、〝魂部矢輪コンベアリング〟を完全に自分のものにした。

 お前が生き残ってくれればいい。お前にとって私が最悪の敵のままでも、感謝などからもっとも遠い存在であってもいい。

 視界がぼやけていく。意識も途切れていく。

 英子と椎名の決戦を見届けることのないまま、私は退場した。

 最後に見えたのは、盛大に血飛沫を上げて驚愕に歪む英子の顔――。

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