不意打ち
第1話
若菜を連れて――なんとなく、ハグした後だったし、手を繋ぐような感じじゃなくて、ちょっと微妙な距離で並んで歩いて廃神社を出ようとしたんだけど、ふと視界に白いものが過ぎった。
視線をそちらに向ける。
……白いモノ、じゃないな。
「珍しいな」
若菜も同時に気付いたのか、背中にしがみついてきたのが分かった。
鬼が林の中に立っていた。森では一番多く見かける人型の鬼で、成人男性の1.5倍ぐらいの人型だけど、手足は自重で折れそうなほどに細い。
あの山以外にいるとは思っていなかった。
珍しいこともあるものだな、とは思ったけど――ああ、もしかして、若菜が二番街にあまり行きたがらないのって、これが理由なのかな――、俺は警戒まではせずに神社の石段の方へと進む。
鬼はゆっくりとしたスピードで、俺達の右側を歩いていた。
鬼から攻撃されたことも無かったし、こちらの攻撃が通じたことも無い。鬼の方から俺達に近付いてきたこともなかったので、たまたま進行方向が重なっただけだろう。
特に気にも留めずに近付いてくるままに任せていたけど、向こうの腕が届く範囲に入ってから――どうも、相手がなんであれ、攻撃範囲に入られるのは気分が良いものじゃないから――若菜を軽く押し、俺も距離を取って先に鬼を行かせようと――。
…………?
なんだろう、なにか、違和感がある。確証はない。だけど、なにか、自分の中で納得できていないなにかが……。
「若菜、下がれ!」
右に若菜がいるため、追撃の危険性はあったが、俺は叫んだ後、左に短く跳んだ。
シュッと、右耳に大きく風を切る音が聞こえる。頬に手を当てると、うっすらと血が滲んでいるのがわかった。
攻撃された?
しかも、攻撃を当てられた?
「匠⁉」
若菜は――、どうやら無傷のようだった。鬼から距離を取って、若菜に近付く。鬼は、一撃を見舞った後は、再び何事も無かったかのようにゆっくりとした動きで石段の近くをウロウロし始めた。
「かすり傷。だけど……」
打矢を右手に装備し、予備の打矢を若菜に渡す。
「出口を押さえられたね」
「ヤるしかないな」
正直、なんだかわからないものを、なんだかわからないままに殺すのは気が引けるっていうか、後始末がめんどくさそうなので――アレの死体って、どこに通報するんだ? 警察か? 保健所か? さすがにこんな場所に放置ってのもなんだし――嫌だったが、向こうの出方が分からない以上、ここで止めを刺すと決めた。追って来られたら周囲に被害が出るし、あの攻撃速度から考えるに一般人では対処しきれない。てか、俺達でさえ武装していない時に襲われたら結構拙いと思う。
それに、意思の疎通が出来ないんだし、気配も明らかに人じゃない。殺しても、そう問題はないと判断する。
絵的にはイマイチかもしれないが、お互いの戦闘スタイルそして長年の経験から、若菜が前を固め、斜め後ろで俺が投擲姿勢に入った。
こちらの殺気に反応したのか、目の無い顔がこちらに向けられ――視線を感じた? ――、敵が動く前に、若菜が右回りに摺り足で移動を始めた。
若菜の移動にあわせ、打矢を敵の身体の正面に向かって投擲した。槍投げの槍のように、箸を持つ感じで三本の指で挟み、充分に回転をかけた一撃。紐での操作はしない。避けるようなら、軌道を変えて追うつもりだったが、鬼はただそのまま立っていた。
ほんの八メートルほどの距離は、一瞬で詰まり、先制の一投が――。
……ん?
突き刺さった、のは分かるが。かなり妙な手応えだった。手応えは、斬ったり打ったりする以外にも、投げ物や弓矢なんかでもはっきりと手で感じられる。その感覚が、奇妙だった。
動いているものなのに、皮と肉の区別が無い。プラスチックの分厚い板に射ち込んだようで――、突き刺さった前後で感触が変わらない。硬いし冷たいんだけど、金属とは別のなにかの手応えだ。打矢の後端の紐をピンと張っても、それを伝って呼吸や体液なんかの流れは伝わってこない。やはり生物では無さそうに思える。
じゃあ、一体?
そして、身体の中心に射ち込まれたって言うのに――貫通はしていないので、衝撃も少なからずあったはずなんだが――、鬼は何事も無かったかのようにそこに佇んでいた。
接近戦を誘って……拙い!
俺の投擲から、刺突系の効果が薄いと思ったのか、若菜は思いっ切り踏み込んでいた。クソ……鉄砲玉かなんかか、お前は!
三歩ほど遅れて俺も距離を詰める。
鬼の左腕が軽く振り上げられ、若菜に向かって振り下ろされた。速度がかなり速い。俺達の動きよりも更に。細いから重量が無く、それゆえの速度なのかもしれないが、最初にかすった感じから威力が無いとまでは思えない。
若菜は、鋭い一撃を逆に足を止めることでギリギリでかわし、右足で鬼の手首の上を踏みつけ、鬼の上腕を抱え、鬼の肘に左膝を当て――。
「はぁぁあっ!」
……折ったのか?
音も何もしないまま、鬼の腕は逆に曲がっているが……。
ッチ。だから突っ込むなってのに。若菜の顔が戸惑い、その一拍の隙に鬼の右腕が持ち上げられ――。その脇の下を、手元に手繰り寄せていた打矢で射った。
サイドスローというより、アンダースロー気味の投げ方だったので、初速は遅いし威力も弱めだが、もろに関節――ってか、人間では急所なんだけどな――に食い込む。
鬼の狙いがコッチに変わったのが分かった。
鬼の右腕の斜めに打ち下ろす一撃をかわし、懐に入り込む。打矢を掴んで引き抜き、鬼の左腕――若菜は既に距離を取っている――その前腕に打矢を合わせて押し合いに持ち込んだ。
体格の割りに、腕は細いし、圧はたいしたことがない。そう、力負けはしないんだが……。
一歩離れていた若菜が、俺の背中を踏み台にして、鬼の即頭部に回し蹴りを放った。人でいう所の、耳の少し下にもろに足の甲が入っている。
ダメージは……判別し難い。腕の圧も弱まっていないし、重心も崩れていないことから、堪えてはいないんだろうが……。
表情や鳴き声なんかの情報が皆無なので、なにが有効打なのか全くわからないな。
鬼が予想以上に重かったのか――四肢と比べて、ボディには重量があるのかもしれない――、蹴りの反動で空中に飛び上がってしまった若菜。その左の骨盤近くに左腕を回して。抱き寄せるように引き寄せ――。若菜を抱きかかえた反動を活かし、俺の打矢を若菜の蹴りが入った辺りに打ち込んだ。
もろに頭に突き刺さるのが分かったが、鬼は普通に俺達への追撃姿勢に入っている。突っ込まれたら厄介だな。左右にステップを踏めるように重心をやや低くすると……。
俺の打矢の状況を確認してか、若菜は抱きかかえられたままで、俺の左足の太股にしっかりと両足を乗せ――若菜の重心を支えられるように更に深く膝を曲げ、くるぶしの角度を調整し、踏ん張る――、打矢を放った。
俺の打矢が刺さっている場所の丁度反対側のこめかみ付近に、若菜の打矢が刺さる。
追撃の前傾姿勢は解かれた。
しかし、それでも鬼は絶命しなかった。
いったい、どんな生き物だ? いや、そもそもが生き物じゃないのかもしれないけど……生き物としないと殺せないので、生き物と考えることにする。
「負けてないけど……」
若菜が手首のリングを引いて打矢を回収し、棍として構えている。
俺も打矢を引き抜き、手元へと手繰り寄せながら答えた。
「勝ってるとも言い難いな」
与えているダメージなら、明らかにこっちに分がある。……と、思う。
スポーツでいうところの、審判の判定ならよっぽどのアウェーじゃない限り、俺達が大差で勝っている。
しかし、いくら攻撃しても有効打にならない以上、体力に限界のある俺達がジリ貧なのも確かだ。
どうする?
関節は、どうも逆にも曲がるようだし……頭部への攻撃も、致命傷にはなっていない。他の暗器も持ってきていれば、捕縛出来たかもしれないが……。クソ、自分の町だからって油断してたな。
……仕方ない。危険ではあるが、周囲の藪というか林を突っ切って助けを呼ぼうと決め、若菜に視線を送ろうとしたその時。
鬼が逃走した。
バックステップのような動きで、石段を降り、あっという間に夜のシャッター街へと消えていった。
しまった。手負いの獣を――!
追って止めを刺すか……。いや、そもそも倒せるのか、か?
「……匠?」
俺の胸に抱えられている若菜が、不安そうに俺の名前を呼んだ。
抱きかかえたままでいたことに今更気付いて視線を落とすと、若菜はあんまり大丈夫そうじゃなかった。真冬に寒さで凍えるように、身体を抱いている。まあ、普通に山で鬼を見た時でさえ怯えてたんだし、相当に無理してたよな。
……深追いは禁物だな、今は。
医薬品も持ってきていないし、手元には最低限の武器しかなく、準備が足りてない。
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