第5話

 明日から学校が始まるって日の夜だった。

 今日は、きちんと申し合わせて道場での訓練も休みにしていたので、若菜と会うことはないはずだった。宿題はとっくに済んでいるし、提出物、持って行くものも全部揃っている。

 けど――。


「はい……分かりました。いえ、問題ありません。一応、打矢を腰に二本差しておきますので。はい。では、すぐに」

 電話を切ると同時に、若菜の携帯に掛けてみるけど、案の定、若菜は電話に出なかった。呼び出し音が八回鳴った後、留守電に切り替わったのですぐに電話を切る。

 返信の期待も薄かったけど、一応、どこにいる、とだけメールを送った。

 もしもの事態も想定して、打矢で武装し――とはいえ、警官に職質されたくもないので、二本の打矢を治めた革のホルスターを抜きやすいように斜めに腰に差し、シャツの上にジャケットを着て、その裾で隠した――、叔母さんこと若菜の母親からの電話があってから、五分で準備を終えて家を出た。

 家の前の通りに人通りは無く、まだ日付も変わっていないというのに辺りは死んだように静まり返っている。

 そこそこに田舎なこの町は、外灯が少なく夜になると一気に暗くなる。

 住宅街のこの辺りはまだ良い。家の窓から灯りが漏れるから。ふたつの商店街も、ほとんどの店は午後八時でシャッターを閉めるが、ポツポツとある外灯のおかげでまだ懐中電灯が無くても歩ける。

 しかし、中学校付近なんかは、午後八時以降は真の暗闇だ。他にも、神社や寺の周辺、田畑、高速道路の高架線付近……視界の利かない場所の方が多い。

 確かに、若菜は自衛の手段を持っている。

 無手でも、下手な男なんかよりも強いけど……。

 心配していないわけじゃない。

 短く息を吐いた後、深く息を吸い込んで、まずは若菜の家の方へと向かって俺は駆け出した。


 去年辺りから、こういう連絡が増えた。今年、中三になってからは特に。月に一度ぐらいのペースで叔母さんから電話が来ている。

 両親と言い争った若菜が、夜中に家を出たので、探して欲しいって。

 最初の頃は、若菜は俺の家を目指して家出していたので探すのも簡単だったけど、最近ではそうとも限らなくなってきているし、見つけるまで一時間以上掛かることも多くなっていた。市の体育館の駐輪場や、小さな公園なんかはまだ可愛い方で、使っているのか放置されているのか判断がつかない古びた公民館の非常階段とか、いつのまにか入居者がいなくなって閉鎖されたボロアパートの門、寂れている方の商店街の潰れた店のそばの自動販売機のベンチで見つけたこともある。

 ……心配されたいだけなのか、本気で隠れているのか、少し迷う。

 見つけて欲しいのか、欲しくないのか。

 若菜も、叔父さん叔母さんも、喧嘩の理由を話さないから――話すまでも無い些細なこと、なのかもしれないけど――、余計に疑問だけが膨らんでしまう。自分の学校の状況から察するに、進路希望調査とか、三社面談とか、そういうのに前後した時期で若菜が家出しているようにも思えるけど、確証はない。

 ちなみに、ウチの両親と若菜の母親は、俺達が行かされる高校の卒業生だ。

 勉強も県で中ぐらい高校で、運動は上位。卒業後の進路はほとんどが進学で、大学のランクは可もなく不可もなく。そういうごく平凡な、中学とさして変わり栄えのしない普通の学ランとセーラーの制服の高校。

 二人で同じ高校へ行けって、親の話が嫌なのか?

 前に俺にそんな感じの話を振って来た時には、特に嫌がっている感じはなかったけど……。

 いや、どうかな?

 若菜曰く、俺は『全然分かっていない』らしいし、顔に出して無かっただけという可能性も否定しきれない。

 ……ああ、俺が、若菜と同じ高校に行くということに思う所あるってことなのかもな。

 許婚って言葉、若菜は変に意識し過ぎてる。

 そんな、気がする。

 先の事だと見ない振りして、横に置いておく俺が正しいわけでもないだろうけど。でも、結局は、大学を出てからの話なんだし、その時には親に頼らなくて生きていけるようになっている……と、思う。

 というか、そのぐらいには自立した人間になりたい。


 中学三年の身空では、逃げ出せる場所なんてたかが知れている。

 若菜はバカじゃない。計画性も無い逃避行が成功するとは思ってないはずだ。キレたところで、結局は同じ流れにしかならないって分かっているはずなのに。

 何度繰り返す気なんだか……。


 若菜の家が見えてきたけど、若菜の気配はまだ感じなかった。

 どうしようかな。

 次に探す場所もそうだけど、同じことを繰り返しているだけの俺達に関して。

 俺が……例えば、若菜以外の女子と付き合い始め、それが噂になれば、どうなるんだろう? っていうか、若菜はどういう行動に出るだろうか?


 ……執着は、されていると思う。

 でも、それが純粋な愛情なのか分からない。


 俺だって――。

 若菜以外に想う人がいるわけじゃない。

 でも、そんな消去法な愛情なんて、最初のボタンから掛け違えた結果のような気がする。


『分かってない癖に』

 若菜の声が頭で響く。

 そうだよ、俺は分かっていない。

 だから、保留にして……もっと未来に、もっと自由になった時に、もっと強くなってから――決めたんじゃ、ダメなのか?


 青春なんて、ただの過程だ。

 めんどくさいばっかりだ!

 十代なんて不自由な時間、とっとと終わっちまえ!

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