メランコリック

第1話

 十八畳と聞くと、アパートの安い部屋の三つ分に相当してかなり広いイメージがあるものの、道場が十八畳というのはそれほど広いとは感じない。特に俺や若菜が修めている実践武術は、四角く区切られた試合場なんて区別は設けず、単に有効的な攻撃によってのみ勝敗を決めるからだ。

 もっとも、家の敷地にそんな施設があること自体が稀なんだろうけどさ。


「ハイッ!」

 若菜が、胴を薙ぐように打矢を振り抜いた。

 間合いの外。

 振り抜く前にそれには気付いていたんだろう。若菜は、打矢を手から離し、慣性に従って斜め後ろへと飛ばし、鋼線を延ばして攻撃面を広げ、独楽のように回転する動きで二撃目に入っている。

 短く二度跳躍して、更に後ろに下がった。壁が背中のギリギリまで迫っている。

 若菜は壁に打矢がぶつからないように鋼線の長さを調整し、俺の頭の位置を水平に薙いできた。

 狙い通り。

 壁にぶつかって勢いが削がれれば一度手元に回収するしかない。それを避け、攻め続けるためには、壁にぶつからないギリギリを振り抜くしかなく、打矢本体の軌道が読みやすくなる。

 若菜の打矢を叩き落し、前へと踏み出すが――。既に、若菜が低い姿勢で突っ込んできていた。打矢の軌道を調整した後、俺が打ち落とすために視線を逸らした隙に突進してきたんだろう。

 左に!

 重心を移動させ、サイドステップで避けようとするが、若菜が俺の両足に抱きつく方が早かった。道場の床にうつ伏せに転がされ、そのまま背中に乗った若菜が俺の首の後ろに膝を入れてきた。

 詰み、だ。

 抜ける隙は無いし、下手に動けば首の骨を脱臼させられる。

「……参った」

 素直に降参するけど、若菜はすぐに俺の背中から降りなかった。むしろ、より密着するように上体を傾げているのが背中の感触から分かった。

「もし、だよ?」

 耳に若菜の息が掛かる。

「このまま膝に私が体重をかけたら……どうなると思う?」

 考えるまでも無い質問だ。首の骨が脱臼して俺が死ぬ。ただそれだけ。

「好きにすれば?」

 慌てなかったのは、そんなことしないはずと思っていたからじゃない。人間、いつかは死ぬんだし、あんまりじたばたするのも性に合わなかっただけだ。結果が同じなら、無駄なことはしたくない。そもそも、好かれてるのかもって思う時もあるものの、嫌われてるんだろうなって思う時も少なくないので、若菜が俺を殺しても別に不思議じゃない。もっとも、不思議じゃないってだけで、実際に殺されたら腹立たしいだろうし、可能なら呪ってやろうとは思うけど。

「……マジになっちゃって、かっこ悪いの」

 一瞬だけ空気が張り詰めた後、そんな台詞を口にしてから、若菜は俺の尻をペシペシと二回叩いて、背中から降りた。

 立ち上がり姿勢を正せば、若干、作っているような感じがあるものの若菜の得意そうな顔が目の前に突き出された。

 別に……今は腹は立たない。面白くない、と、思ってしまうのまでは止められないけど。勝負は勝負。負けたのも事実だ。

 中学校も終わりかけの今となっては、男女の差も確かにある。が、実践武術は得物も使うし、単純に体力や腕力だけでは勝てない世界だ。特に俺達の流派では投擲具も使うんだし、急所を射抜くのにはそんなに大きな力は要らない。

 十回戦えば、六回は俺が勝ち、一回は引き分け、三回は若菜が勝つ。実力は、性別による差ほどには離れていない。悔しいし、認めるのも癪だけど。


「もう一本」

 間合いを取って声を上げるが、若菜の態度はつれなかった。

「ええ~」

 だるそうな顔で、不満そうな声を上げている。

 勝っている今、気分良く今日の訓練を終えたいんだろう。でも、逆に俺は、若干気分がよくない。負けたままっていうのも、すっきりしないものが腹に残る。

 それに今日は、動きを読む練習として――投擲は、相手の未来予測をして、その場所に射ち込む必要がある――若菜に先制させていたので、あと一本、いや、二本ぐらいは俺から攻撃したかった。

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