第3話
俺が黙ったってのに、沈黙は長くは続かなかった。
一分もしないうちに若菜の方から話し掛けてきたからだ。
「ちょっと」
「ん? って、な! なんだ⁉」
若菜が、エアマットをぴったりとくっつけて、俺の寝床の方に若干進入してきた。いや、若干で止まらなかった。自分のタオルケットを蹴飛ばし、俺のタオルケットを横にして、半分分捕って、自分の腹の上にも掛けている。
まあ、足を出して寝ても爪先が冷えるような気温じゃないし、それはいいけどさ。う、うろたえるだろ? 年頃の男子としては。
いや、相手が若菜だけどさ。許婚だけどさ! 小さい頃からずっと一緒の幼馴染だけどさぁ!
なにをする気だ、と、期待一割不安九割で若菜の様子を窺う。若菜は、俺の枕を引っ張って、枕の左端に頭を乗せたので、その影響で俺の頭は枕の右端まで追い遣られてしまう。
「途中で止められると、色々想像しちゃって余計に怖くなる。いつもなら、意地悪く全部話すんだから、言いなさいよ」
膨れっ面の若菜は、話さなかったら今度は俺の頬を抓るような勢いというか……目の前に突き出してきた指先の動きで威嚇してきたので、俺は再び溜息を吐いてから口を開いた。
「その生徒は、不安に思いながらも引き返そうとまでは思わずに、見慣れない道を進んでいたんだって。でも、しばらく歩くと、路地の先に今時珍しい木の電柱が見え、そこに備え付けられた電灯が、チカチカしながらだったけど見覚えのある道を照らしていたらしいんだ。そこで、その生徒は、安心したからか『なんだ、不気味だったけどなにも起こらなかったんじゃないかよ』とか呟きながら、路地を抜けたんだけど――」
若菜は素と言っていいのか分からないけど、ニュートラルな表情で、呆然と話を聞いている。怯えている素振りぐらい見せてくれても良いような気がするんだが……。ややつまらなく思いながらも俺は喋り続けた。
「チカ、チカチカと、明滅していた電灯が、いよいよ本当に寿命を向かえたらしく、バチッと切れて、あたりが真っ暗になったんだって」
話の流れに合わせてさり気なく枕元のライトに手を伸ばそうとするけど、それを敏感に察知した若菜に手の甲を叩かれた。油断しているように見えて、しっかりと気は張っていたらしい。
折角の演出が出来ない、と、不貞腐れた顔を向けてみるが、若菜の目はどこか虚ろで、怒り返してくる余裕さえも無さそうだった。
若菜が突っかかってこないと、こっちとしてもなんだか張り合いが無い。
「つ、続きは?」
そうしおらしく訊かれてしまうと、大人しく話すのもやぶさかじゃない。
演出できなかった分も込めて、感情たっぷりに俺は続きを口にした。
「翌日になって、いつまでも家に帰らない生徒を心配した両親が警察に相談したんだけど、未だに行方が分からない」
オチがいまいちだよな、とは俺もここまでの話を聞いた時に思った。
長い間一緒に過ごして来た若菜も、この話を聞いて俺と同じことを思ったらしく、急に表情が活き活きとし始めた。
「ふ、ふふん。バッカだよね、匠も。その生徒が行方不明なのに、どうしてその状況がはっきりと分かるのさ。子供だましの作り話に――」
調子に乗った若菜の顔を満足そうに眺めてから、俺は若菜の声に被せて後半を話し始める。
「その生徒が行方不明になって、ひと月ぐらい経った頃かな。その生徒の一番の親友のところに、行方不明の生徒からのメールが届いたんだって。帰り道、辿った道順。心の声をそのまま書いたようなメールが、一日おきに届いて……最後は、電灯の明滅のメールで終わっていたらしいんだ」
「ヒッ……」
若菜が息を飲む音が、テントに響いた。
若菜にもそれがわかったらしく――、外の鬼に聞こえるとでも思ったのか、自分の口を両手で覆っている。
……そういえば、今更だけど、こういう話をしていると寄ってくるんじゃなかったっけ? まあ、今更だけどさ。
「勿論、そのメールは警察や行方不明の生徒の両親にも伝えられて、ソレを元にその路地が探されたんだけど、そんな場所はどこにも見当たらなかったらしい。だから、悪戯としてそのメールも忘れ去られていったんだけど……」
「だけど?」
「最初の生徒が行方不明になった一年後、その親友もある夏の夜に忽然と姿を消したんだ。そして、最初の生徒と同じように、いなくなった道順のメールが更にその友達に送られてきて……。だから、俺の中学では、毎年夏に何人か生徒が消えているらしいんだ。常態化しちゃってるし、警察の捜査でも原因不明だから、町の偉い人の保身のため、事件そのものも無かったこととして処理されているんだって」
若菜の目尻が若干怪しい。歯を食いしばっているのか、頬が若干強張ってる。
クスリと俺は笑い――。
「もし、だよ? このランプが消えた時、俺達はこの場所にまだ居れるのか、ナッ⁉」
話をまとめにかかった途端、今度は首を絞められた。
しかし、急所である首を触られたので、反射的に肘を極めてしまい、一瞬で若菜の腕は引っ込んだけど……。
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