第2話

「もう一回、やっとくか。離れる距離は五百で、開始地点はさっきと同じ場所」

 野外での実戦訓練で、お互いが視界に入る範囲で戦っても仕方が無い。実践武術である以上、戦いの技術以外にも、学ばなければならない事がある。実践では、同じ条件での対峙が稀である以上、索敵から有利な位置取り、待ち伏せ……そういった技能も必要になる。

 足音や衣擦れの音、木や草の不自然な動き、移動の痕跡、匂い、そういった痕跡を追うために、五感を鍛えておく必要がある。

 今回は、最終的には勝てたものの、当初予定していた待ち伏せには失敗していたので、もう少し工夫してみるつもりで提案してみた。

 ちなみに、若菜はきちんとダメだししてくれないので、なにが悪くて待ち伏せに気付かれたのかは、自分で考えるしかない。多分、風向きの関係だったんじゃないかと思うけど……。

 次は、痕跡を風上側に残して、誘導やフェイントを工夫してみるつもりだ。

 しかし、若菜は、空を見上げた後、首を横に振った。

「多分、もうすぐ十六時になるよ。食料とか薪とか、そういうの集めたら、十八時ぐらいになっちゃうじゃん。今日はもうお仕舞い」

 戦っている時の威勢や思いっ切りの良さは何所へやら。怖いのを誤魔化すように、ちょっと不機嫌な顔で言った若菜は、まるで普通の年頃の女の子だった。

 いや、現代の女子は夜なんか全然平気で、深夜でもコンビニ周辺を徘徊する生き物なのかもしれないけど、男子のイメージというか憧れとして、ちょっと暗いのを怖がっているのは、なんとなくグッと来るものがある。

 ただ……。

 このキャンプも、もう何度目かも分からないぐらいだ。流石に慣れるんじゃないだろうか?

「まだ夜が怖いのか?」

 からかうつもりじゃなかったが、言い方はそうなってしまったように思う。

 しかし、若菜はその辺りはどうでも良かったらしく――多分、気にする余裕が無かったんだろう――、胸を張って宣言してから俺の背後をとって背中を両手で押し始めた。

「……当たり前じゃん。匠! 夕暮れには、テント戻らなかったら承知しないからね。いや、いいや! アンタ、時々当てにならないし。一緒に行動するよ。ほら、キビキビ動く!」

 やれやれ、と、打矢を腰のホルスターに仕舞う。若菜も、自分の打矢を回収していなかったのに気付いたのか、背中の気配が少し離れ、一拍後に横に並んだ。

 すれ違う際に肩に掛かった若菜の息は、熱い。

 いや、さっきまで動いていたので、俺もだろうけど。

「どうするの?」

「ん?」

 なにが『どうするの?』なのか分からなかったので、若菜の方を向くが、若菜は口を軽くへの字にしているだけで答えなかった。

「森で薪拾いながら川に出よう。そこからテントの場所まで下りながら、適当に採取」

 予定を聞いているんだと勝手に解釈して答えると、若菜は再び前へと視線を向け、足元の小枝なんかを物色し始めた。

 木は、なんでも燃えるってわけじゃない。落ちている枝も、水分を含んでいて内部が腐っているものや、折れて間もない物なんかは、燃えにくいし煙が酷い。生木でも扱いやすいのは竹ぐらいで、後は手に持った感じで充分に乾燥している枝を拾っていく。針葉樹の茶色に乾いた葉は、火を大きくするのに使うので、これも拾うけど、広葉樹の葉は使い道が無いので拾わない。

 適当に薪になりそうな物を小脇に抱えながら歩いていると、不意に鮮やかな緑色のなにかが、視界を横切った。

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