打矢

第1話

 打矢って武器がある。

 昔は、前腕と同じぐらいの長さで、弓矢と同じ形状だが鏃が槍の穂先のような刃に変わっているという投擲具だった。

 そう、過去形。現代は銃刀法もあるので、シャーペン三本分ぐらいの太さの鋼鉄製のダーツのような形に俺達の流派では変えている。ダーツの尻尾の部分からは、鋼線が二十メートルほど伸び、手首の鋼のリングと繋がっている。というか、曽祖父が戦後間もない時期にそういう武器に作り変えた。

 俺達の流派では無手での格闘と、打矢による打撃、そして打矢の投擲を組み合わせて戦う。実践武術では寸鉄が一般的なので、少し珍しい部類なのかもしれない。


 微かな風切り音を頼りに、若菜の投げた打矢をかわす。カツン、と、俺の背後の木にぶつかった音がした。

 実戦訓練ではあるが、今は錘を仕込んだ木製の打矢を使っている。流石に、こんな場所ではもしもに対応できないから。……もっとも、本物と同じ重量を錘で担保しているので、まともに当たれば、相当の怪我を負うことにはなるが。

 走りこみの経験を活かし、姿勢を低くして木の根元の窪みや小さな起伏に身を隠しながら駆ける。

 ――いた、見つけた。

 向こうも俺を視界に捉え、すぐさま二投目を放ってきた。

 胸の中心目掛けて飛んでいる打矢だが、手を離れた後の軌道はかなり読み難い。鋼線で――今は釣り糸で代用――手首と繋がっているので、人差し指と中指に革の指サックをつけて操る事も出来るからだ。鎖分銅のような弧を描かせたり、波打たせたりと、複雑な動きをさせる事が出来る。

 打矢の羽の少し先を握り、若菜の打矢に自分の打矢を合わせ、側面を滑らせて釣り糸を絡め取る。

 すぐさま若菜が打矢を切り離した。

 打矢を一度軽く振り、絡み付いていた若菜の打矢を払い落とす。


 突きに入れる間合いじゃない。若菜が前進し、順手での突きが狙い難い距離に入っている。逆手に持ち直す猶予もない。

 格闘戦の距離。

 若菜の右足の爪先蹴り……いや、フェイントだな、重心が後ろ過ぎる。腰が引けている所を見るに、俺の勢いを殺して側面を取る気だろう。小回りは、若干背が低くて身体が柔軟な若菜の方が利く。腹に一発貰う覚悟で突っ込み、足を抱え込もうとするが、若菜が腕を地面について、左足で俺の顔を狙う方が早かった。

 逆立ちして、両足を使い時間差で二連蹴りを放つ若菜。突き飛ばすように一直線に伸ばされた若菜の踵が顔に迫る。回避は間に合わない。咄嗟に左腕で受けるが、充分な準備が出来ていなかったので大きく姿勢を崩されてしまった。

 畳み掛けられる!

 仰け反ってしまった態勢を立て直す前に、若菜に足で身体を挟まれた。組み付かれる。若菜が、挟んだ足をきつく締め、腕で近くの木の幹をつかみ、腕力で引っ張るようにして俺の重心を前に崩し、右手で俺の左腕を極めにかかり――。

「一歩遅かったな」

 若菜の無防備な脇腹を、逆手に持ち直した打矢でつついた。

 本物のように針になっているわけじゃないが、木製でも先端はそれなりに鋭い。そんなので、側筋の弱いところを突かれた若菜は――。

「ンニャ!」

 猫みたいな悲鳴を上げた若菜は、脇腹なのでくすぐったさもあるのか、背中を大きく仰け反らせ……。

 一呼吸後、トスン、と、操り糸が切れた人形のように、俺に巻き付いていた身体が地面に落ちた。


「あれ? 私、匠の打矢、蹴り飛ばさなかったっけ?」

 横向きで地面に横たわったまま、顔だけを上に向けて俺を真下から仰ぎ見る若菜。

「右足で? 脇の下辺りをかすりはしてたけど」

 左手で右腕や脇腹を改めてみるけど、ダメージは無さそうだった。肋骨もいかれてない。左腕は、蹴りをもろに受けたのでノーダメージとはいえな言えないものの、怪我というような状況ではない。

 若菜は、なんの手応えと間違ったんだ?

「しかし、若菜は、打矢の使い方下手だよな」

「うるさいなぁ」

 不貞腐れたような顔で、若菜が立ち上がる。木の根とか小石もあるので、地面に落ちただけと油断は出来ない。怪我を確認している若菜の背中側を見るけど、特に問題は無さそうだ。泥は付いているが血の跡は無い。

 パンパン、と、土汚れを払っている若菜にダメだしをする。

「不意打ちなら予備の打矢を紐無しで投げた方が良いし、向き合ってて隙が衝けないなら棍として打ち合った方が良くない?」

 指摘した途端、若菜に物凄く嫌そうな顔で睨まれた。

「……昨日、それで打ち負けた」

 そういえばそうか。

 でも、得物を持った人間に真正面から突っ込んでいくっていうのも、正解じゃないと思う。いくら身のこなしに自信があったとしても。

「組み手なら、まだ五分なんだけどね」

 負け惜しみを言う若菜に軽く溜息を吐き、腕を組んだ。

 性格の面もあるかもしれないけど、俺は距離を取って少しずつ体力を削って、接近するのは止めのようなスタイルが好きなんだけど、若菜は接近するための目くらましとしてちょっと打矢を使う程度で、すぐさま首狙いの絞め技に持ち込もうとする。男女の体格差を自覚してそうなのかもしれないけど、筋力の差を自覚しているなら、投げ物の技術を高めた方が効率的じゃないかと、俺は思う。

 まあ、その辺り、なにかこだわりがあるのかもしれないけど……。

 もしかしなくても、俺に対する反発から、なのか? 同じスタイルは嫌だとか、そういうの。

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