第3話

 ありあわせの昼食を椀によそって、若菜に渡す。

 椀を渡されたから、魚にも火が通ったと判断したのか、川魚は既に若菜の左手に握られていた。

 地面に椀を置くのもお互いに気が引けるので、正面から向き合って一礼。

「いただきます」

「頂きます」

 道場ではないけど、これは、なんといかもう習慣だ。礼儀正しいのは、別に誰に非難されることでもないしな。

 顔を上げ、ザリガニの肉を齧る。味付けは塩だけだけど、別に悪くは無かった。若干は泥臭いものの食えないわけじゃない。野生のモノだからか、身が引き締まっていて、歯応えは充分。

「バターと野菜もあったら良かったのに」

 声の方に顔を向けると、若菜が魚を齧っている。

 ああ、アルミホイルで包んで蒸し焼きにして欲しいってことなのかもしれない。しかし――。

「バターは冷蔵じゃないと保存できない。夏山で、キノコ類は取れないし、そもそもキノコ類は毒も怖い。山菜も伸び過ぎてるし難しいな」

 実戦訓練というか、街中じゃない場所での動きも覚えるためのキャンプなので、そうした食料調達も訓練の一環として行っている。荷物は増やし過ぎたくない。

 もっとも、若菜はフキの根っこまで――フキの地下茎には毒があるので茎以外は食べない――取ろうとしたりするから、目が離せないが。

「分かってるし。ただ、ちょっと思った事を言っただけなんだから、正論で返さなくたっていいじゃん」

 俺から顔を背けた若菜。

 どうやら、また機嫌を損ねてしまったらしい。年頃の女子は、どうも難しいな。

 変に言い返して喧嘩になっても嫌だったので、黙って俺も食事を続けると――。

「町に戻ったら作るよ、ぐらい言えば良いのに」

 と、わざと聞こえる声で若菜が言った。

 ウチの道場――俺の親父が長男で家を継ぎ、若菜の母親はその妹なので、若菜は少し離れたアパートに住んでいる――に来た時は、夏休みで親が家にいないって事もあって、いつも俺がなにか作っているんだから、そんなのは別に言わなくても良いことなんじゃないかと思う。

 ただ、まあ……。

「今度、道場の昼食で出すよ」

 若菜の顔が、再び俺の方に向いた。これは、最初から素直にそう言え、と、思っている顔だ。流れで怒ったふりを続けているような表情をしているけど、機嫌も――直っているっぽい。

 いまいち、若菜の中にある基準が分からないな。

「食後の休憩が済んだら、走りこみからはじめよう」

 言ってから、山菜汁を飲む。というより食べる。主食が無い――十日分のコメを持って山登りは、流石に無理がある――代わりに具を大目にしているので、水分はあんまり無い。味は……まあ、草って感じのも多いけど、そういうものだと思えば別に悪くない。若干とろみみたいなものがあるのは、エノコログサの穂をつぶして水で溶き、籾殻にあたる部分を水で流しているから。秋なら、もう少し大きくなった実を脱穀して煮たりも出来るんだけど……。

「りょーかい」

 若菜の返事を聞き、前もって蒸留してペットボトルに入れておいた水で、口の中の物を胃へ流し込む。

「休憩中は、出来れば襲うなよ」

「それはどうかな~」

 楽しそうに、猫みたいな顔になっている若菜。

 まったく、と、俺は嘆息して椀の残りを掻っ込んで食事を済ませた。

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