第9話

 E鉄道のターミナル駅では、今日も多くの人々が行き交っていた。その誰もが別の目的を抱き、別々の家に戻るために電車に乗り込む。


「すごい怖い話あるけど聞く?」


 若い女性がハンカチで手を拭くと、アルコールで上気した赤い頬のまま、そう切り出した。抑えの効いた紺色のブラウスを着ている。


「え、なになに、教えてよ」


 二の腕を露出した袖の短いパステルグリーンの服を着た、快活そうなショートカットの女性が応じた。腕に薄手のカーディガンをかけている。


「1年くらい前にさー、急に腕に痣ができたんだよね」


「痣?」


「うん、しかもこういう、ガーって掴んだみたいな」


 女性は右腕で自分の左の手首をあたりを掴んで見せた。


「えっこわっ」


 二人の女性は明るい構内を歩きながら会話を続ける。


「ねー、超怖くない? しかも二日くらいほんとに痛くて」


「やば……なんか憑いてるんじゃないの?」


「1年くらい前だし、それから何もないし……」


「写真とかないの?」


「ムリムリ、マジで怖すぎるやつって撮れないって。スマホ呪われそうだし」


「あー、わかるー」


 不意に紺のブラウスの女性が立ち止まった。


「どうしたの?」


「いや、こんな事故あったんだなって」


 掲示板には、昭和に起こったという鉄道事故の追悼式に関するポスターが貼られていた。


「腕の痣、電車事故の呪いとかじゃない?」


 ショートカットの女性はからかって言った。しかし紺のブラウスの女性の表情は曇っている。


「なんかこの名前……」


 眉をひそめた視線の先には、16人の犠牲者の名前が記されている。


「どれ?」

「最後の夫婦……ユキって」

「今風だね」


「ね。なんか旦那さんの方の名前知ってる気がして」


「えー? それマジで呪われてるんじゃない?」


 体を覆う悪寒に、二人はほとんど同時に自分の腕をさすった。


「気のせい気のせい。だって昭和の話でしょ?」


「だよね?」


 戸惑いがちに掲示から目を離した紺のブラウスの女性は、薬指で前髪を払い、笑顔を繕って雑踏へと歩き去った。


 今日も街を支配しているのは、傲慢なまでの日常性に違いなかった。

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