第4話

 大男は再び男の髪を掴み地面に近づけた。次は地面がはっきり見えた。そこには、字が書いてあった。とても下手な字だったが男は読むことはできた。

 ーこのやまでなにをしていた、おまえはなにものだ

 男は唇を震わせた。顔も青ざめている。でも顔は笑っている。いつもどおり。

「私は、自分の村を探していました。私は自分の村のことを覚えていないのです」

 大男は顔をしかめた。男は言語が違うのかと思ったが、大男がうなずいたので男は深呼吸をした。大男はさっき書いた字を手で消すと石でまた何かを書いた。

 ーほんとうだな

「もちろんです」

 男は答えた。

 ーおれのいえでかってにさわぐな

 一瞬、男は何を言っているのか分からなかったが大男の目を見ると、この山だということがわかった。

「私は何も悪いことをしていないと思うのですが」

 ーおれのいえのしょくざいをとった、おれのいえでひをおこした、おれのいえにながれているみずをのんだおれのいえでかってにしんでた。これいじょうのことはあるか

「ないです」

 男は気を失っていただけで死んではいないしこの大男は些か我儘だ。

「私はあなたに合うまで気を失っていたようなんですが…」

 ーおおわらいたけをたべたからだ。みえないものがみえたり、きこえないものがきこえたり、めまいがしたり、うまくはなせなかったりしたろう。それはどくきのこだ。それでそのあとしんだ

「オオワライタケ」

 男は復唱した。男の声に大男はうなずいた。

 ーそれで、おまえはなにがしたい。このいえで

「ここ周辺の村を回りたいです。何しろ私はこの山に入る前の記憶がないもので…」

 大男は少し考えるように手を顎にやった。

 ーおれのいえのなかにもちいさいがむらがいくつかあるが

 大男がそこまで書いた途端、男は叫んだ。

「そこを回りたいです」

 大男は顔をしかめると石を持ち直し、怒ったように速く文字を書いた。

 ーなぜおれがおまえのためにそんなことをしなければいけない。おれにとっておれはがいでしかない

 がい、を害と訳すのに時間がかかった。

「そうかも知れませんが、私は狩りが得意です。それに…」

 ーおれのいえのものをコロス、のか

「しかし、そうしていかなくては私達は生きていけません」

 ーおまえはなにもわかっていない。ここでのいきかたをしらない、ここのきまりをしらない、ここのしくみをしらない

「教えて下さい、この山、あなたの家のことを」

 男は大男の目をじっと見ながら言った。この男は恐れというものを知らないのだろうか。はぁ、男は大きなため息を付いた。

 ー俺はお前を助けない、村を見つけたらすぐに家から出ていけ。

 男は笑顔をこれ以上ないぐらい気持ち悪くして笑った。すると大男は腰にかけていた鋭く尖った石を男に振り下ろした。

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